026話 恋天使大暴走★
自由が慶福の音色となって老若男女様々な生徒の鼓膜を甘く刺激する。
比較的穏やかな空気が充溢していた拘束時間の解放と同時に、ミラ・アカデメイアに多種多様な熱気が横溢することとなったのは、ひとえに放課後が顔を覗かせたからである。クラブへと身を打ち込む青春男女、学園下層のショッピングモールでバイトに精を出す者、予習復習に勤しむ者。時間経過とともに銘々が目的を持って行動を始める中、ルカは自身の教室で腕に巨大な荷物をぶら下げながら歓談に勤しんでいた。
「俺は首輪の付いた犬だろうか」
巨大な荷物の正体は黄金の如く煌びやかな金髪を持つラヴィリア・ミィルだ。ルカは日がな一日、ラヴィに腕を取られ抱き着かれていた。立派な双丘に埋めるように、差し当たっては極上の寝具に包まれるように。
朝に顔を合わせてからというもの講義中、休み時間、全ての時間接着していたラヴィへ、ルカは遂に己の立場を疑問として発したのだった。
「ルカは犬っていうよりか夜の獣かなぁ」
「夜の獣扱いされる実績ないし、そんな企みも一切記憶に無いんだが?」
「いいの……。例え都合が悪い記憶が消えちゃったとしても、最終的にあたしの元に帰ってきてくれれば……」
「俺の記憶が何者かによって消されるっていう捏造された珍奇な事件を逆手に取らないでくれる?」
残念知能全開のラヴィは自身の妄想上のルカへ慈愛の抱擁を掻き抱きながら、現実のルカの腕も離さない。何を言っても無駄だと判断したルカは辟易しながら、ラヴィの行動の真意を問う。
「――で、なんで俺は一日中捕らえられているんだ? 教師も誰もツッコまないし……ラヴィって俺の身体の一部に判定されてる?」
「あたし達……遂に一つになっちゃったね……」
「ぶっ!?」
ルカの周りで漫才を見守っていた白髪の美少女サキノ・アローゼは、ラヴィの意味深な発言に赤面しては思わず噴き出した。その様子にラヴィはにんまりと口端を歪ませ、羞恥に悶えるサキノを揶揄う。
現在、教室に残っているのは四人。ルカ、サキノ、ラヴィと、幸樹下でルカが共演を果たした茶髪の青年アラン・シルスタ。アランはやり取りを見ながらカハハハと豪快に笑い、久しぶりの友人達との学園生活を満喫していた。
「まぁ、あながち間違いじゃねぇな」
「間違いだわ。どこからどう見ても、誰が何と言おうと別々の個体だわ」
「なんだかラヴィが堂々とし過ぎていて、指摘していいものか迷っちゃったのよね」
「迷う余地があることが既におかしくない!?」
首を上下に得心を示すアランに対して冷静に訂正を入れる。ルカ×ラヴィが日常に溶け込みすぎて講義を担当する教師達ですら見事に黙認していたため、顎に指を添えるサキノですら事実確認の不可を認める始末。
各々が疑問にしていても「ラヴィリアなら普通」と認識してしまっていたために、今回のように常軌を逸した一日が送られてしまったのだ。
「二人の縛りプレイじゃねぇって言うんなら、ラヴィのことだしどうせマーキングとか言うんだろ?」
「うゅ!? な、な、なんでわかるのさぁ!? アランと同レベルってわけぇぇぇ!?」
「え、ラヴィ図星なの?」
「だってアランがいるとすーぐルカのこと盗ろうとするんだもん! これはルカを守るためのヒツヨーショチなんだよぉ!」
アランがさらっと言ってのけた奇行の正体は一発で核心を射たらしく、思考水準が同等の事実にラヴィは悶える。勿論ルカの腕も巻き添えだ。腕を引っ張られ、振られ、ルカの全身が揺さぶられる中、サキノの追認を対アラン用だとラヴィは主張した。
ルカへのダンスチームの勧誘、及びラヴィとのルカの盗り合いを普段から目の当たりにしているサキノは「あー……」と少しの憐憫と納得を抱いた事を禁じ得ない。
「だからってそんなしがみつかなくても」
「女の武器を使わない方が勿体ないじゃん? ね、サキノっ?」
「ふぇっ!? なんで私に振るのっ!?」
「甘いなラヴィ、だからお前はツインテールなんだよ。ルカは胸より脚派だぜ?」
ルカは呆れながらそこまでする必要はないと談ずるも、ラヴィは自身が持つ凶器を駆使しなければと豪語する。同意を求め間断なく飛んできた流れ弾にサキノは直撃、おろおろとルカへ視線を向ける。
そんな場が大荒れの中、アランはラヴィの髪で弄ぶ。やけに上手いお団子を頭部に形成されたラヴィは、しかし、ルカの腕は離さない。ルカの腕だけは離せない。
「触るなぁーっ!! ツインテール関係ないしぃ! それにルカはあたしの胸派に決まってるでしょ! あたしの方がルカと付き合い長いんだからあたしが正論に決まってるんだからぁ!」
さりげなく自己アピールを含ませて激昂するラヴィは、ルカの手をさりげなく太腿に誘導して挟み込もうとする。
「ブレっブレじゃねぇか!? 自信満々に言い切ったお前はどこ行った!?」
当然ラヴィの行動は目に付き、言動が伴っていないとアランの正論がラヴィを突き刺す。
ギャーギャーとルカの嗜好性について言い争いが始まり、ルカは思わずサキノへと半眼を送った。その生気を失った無言の黒瞳からは救援が発せられていたものの、ルカと視線がかち合うとサキノは目を回しながら身体を守るように抱きとめた。全く伝わらなかったようだ。
そんな信号を送っていたのも束の間、ラヴィとアラン、二人のギラついた視線は何かを求めるようにルカへと会する。
「何……?」
「ここでアランとの因縁にケリを付けようと思ってね」
「ルカの性癖を理解してる方がルカの真の相棒だ。さぁ、答えを」
関与していないところで己を求める二人の熱いバトルが展開されていた。ルカは呆然とするも、正答を今か今かと手に汗握る二人に少々の逡巡。
胸か、脚か――。
サキノが聞き耳をたてながら、ルカが導き出した答えは。
「どっちでもないんだけど?」
感情を持たないルカ。また、絶世の美女ミュウ・クリスタリアに微塵も靡かなかったルカは性に対しても無関心だった。故に弾き出された解答は『興味がない』の意を込められてのどちらでもない。
しかしサキノを含め、三人の空気が凛冽としたものへと変貌し、急にたどたどしくなった。
「ルカ、特殊性癖はどうかと思うぞ……」
「まさかルカが……ちょっと警戒しちゃうな……気をつけないと」
「あたしはルカにどんな性癖があっても受け入れるからね!? 心の準備さえくれれば今すぐにでも!」
「一体全体揃いも揃って何を勘違いしてんの!?」
ルカ・ローハートは特殊性癖のヤバい奴。
満場一致での結論だった。
皆が皆冗談だとはわかっていつつも哄笑がそれぞれに漏れ、ルカはげんなりする。
そんな隣で笑うラヴィの色白の脚の微動をルカの視界が目撃した。
(……ん?)
普段より度を越えての過剰過ぎる身体接触、震えるおみ足――脳裏に蘇る二日前の出来事を基に、ルカの脳が計算式を即座に組み上げていく。
「……ラヴィ、もしかして俺の事、杖替わりにしてる?」
「ぅゆ!? そそそそそそんなことないひょ!?」
「あー、そういうことだったのか……」
一日を通しての奇行はアランからの防衛策とは名ばかりの、悩めるルカを求めて、地上二百メートルもの北東展望台の昇降を自力で行ったラヴィの後日弊害が原因であったとルカは看破した。時たま武芸部に顔を出して体を動かしていたり、筋肉量の違いからルカに影響はなくとも、運動能力や基礎体力が格段に劣るラヴィに損傷が残るのは当然と言えた。
何の話? とサキノとアランが疑義を醸し、先日自身が悩んでいたこと、及び北東展望台へとラヴィが付き合ってくれたことを簡略に話す。ようやく全員がラヴィの奇行を把握したところで、ラヴィは口を尖らせルカの腕をより一層自身に抱き寄せた。
「あ~あ、バレちゃったかぁ。それにしてももっと体力つけないと駄目だなぁ~。このままじゃルカに一晩中相手してもらうこともできないやぁ」
「ぶっっっ!?」
「サキノってむっつりだよね~。ナニを想像しちゃったのかなぁ~?」
「な、何も想像していないし! むっつりでもないしっ!? と言うかラヴィに言われたくないんだけれど!?」
普段行動を共にしているメンバーではあるものの、サキノは何かと依頼や頼まれ事によって席を外していることも珍しくない。発見に至るサキノの初心な面にラヴィはここぞとばかりに攻め倒し、サキノはすらっと伸びた繊細な手で羞恥に塗り潰された顔の熱を冷まそうとパタパタ仰ぐ。
そんなバタバタとした平和な日常の一時だったが、無抵抗のラヴィの黄金の髪で歪なオブジェクトを作り遊んでいたアランが時計を一瞥すると、声を上げてその場を立った。
「んじゃ、俺はダンスの練習があるから先に帰るわ。また明日な」
アランの先行を皮切りに全員の視線が教室前方の時計へと集結する。
「あら、もうこんな時間? 私もバイトがあるから先に行くね。いーい? くれぐれも二人とも羽目を外し過ぎないように」
「ハメを外すどころか、あたしはハメを入れ――」
「それを外すって言うの! もうっ!!」
終始暴走気味なラヴィはひらひらと手を振り、終始熱を顔に宿し続けていたサキノは赭面を引き連れ厳重注意を去り際まで続けた。サキノの警告がルカへ飛び火したのは言うまでもない。
二人きりとなった教室内に緩やかな風が立ち込め、暫し無言の時を二人で過ごす――こともなく、ラヴィの碧眼が怪しい光を纏い、首をぐるんっ、とルカへと向けた。その眼はまるで絶好の獲物を前にした捕食者。
「さて……それじゃあルカ、邪魔者はいなくなったし、マッサージ……して?」
「友達を邪魔者って言った!?」
「邪魔者は可哀相? それじゃあ厄介者も消え失せたし、ね?」
「余計酷くなってるけど!?」
「うゅへへ、冗談冗談。ほら……気持ちよく、して?」
目が冗談だと毛ほども言っていない。瞳孔が開き、ぎらついている。吐息が荒ぶれ、下心に塗れている。
後遺症を黙っていた真意は二人きりになった瞬間にマッサージを求めるためだったのかと憶測を働かせるルカは、ラヴィの暴走を止めるべく引き離そうとした。
しかし、よもやラヴィに力負けするなどとは皆目想像もしていないルカの手は思わぬ速度で払われ、椅子の背もたれに背を叩きつけられる。隣の椅子からラヴィはルカの膝に飛び移り、跨り、優位を確保し、ルカの自由を拘束した。
身だしなみには気を使うのか、頭部に象られたオブジェクトをツインテールのゴム紐ごと振り解き、黄金の長髪がさらりと背後に垂れる。その様相は美が具現化したものと言えた。
中身以外は。
「ほら……ルカ、触って? あたしの傷付いた筋繊維に……」
熱を孕んだ息吹を野放しにした偽りの美天使は、ルカに覆い被さろうとしていた。
見る見る内にルカの体が小さなラヴィの体の影に塗り潰されていく中、奉仕を受ける立場が逆転していることに不審感が沸き上がる。
「あれ? マッサージだよな? なんで俺がやられる側になってるんだ?」
「細かいことはいいの。それじゃあいただきま――ぴぃああああああああああああああっ!?」
目的を見失ったかのようにハートを周囲に撒き散らすラヴィはルカに体を預けようとしたが、大絶叫がルカの鼓膜を殴打した。
「…………」
「こっ、ココっ! 驚かさないでよっ!?」
「……はぁ」
「何か言ってぇ!?」
教室の扉の横にて大きな本を手に抱えた幼女ココ・カウリィールが半眼の色を濃くしながら無言で佇んでいた。呆れや軽蔑など、その視線からは良印象のものは皆無だ。
「ココ? 何か用か?」
ラヴィの大絶叫に耳をキーン、とさせながらルカは背後を顧み、無言のココへと用件を尋ねた。
「その格好で何事もないように振る舞えるアンタの神経、少しだけ称賛する。ラヴィリア、ローハートを少し借りるわ」
「え、ヤダ」
「……アンタねぇ」
傍から見れば情事に勤しもうとしている体勢に見えなくもない状況、僅かも動じることのないルカの度量を溜息とともにココは吐き出す。理由を伏せ用件を述べたココへ、間髪入れずに拒否を示すラヴィはルカの手によって隣の椅子へ下ろされたことには気付かない。
「なんで皆してルカを盗ろうとするのさぁ!? ルカはあたしの――! でもないか」
まだ、と最後にボソッと付け加えた。
アランに引き続きルカを盗られることに納得のいかないラヴィは惨めな抵抗を試みるも。
「アンタ、この間一般生徒使用禁止の仮眠室使った貸し、忘れたわけじゃないよね?」
「うっ……」
「忘れたわけじゃ、ないよね?」
重圧を言葉に絡め、弱点を突くココの言葉はラヴィに有無を言わせない。
「うゅぅ……わかったよぉ……ルカ、貞操はちゃんと守るんだよぉ!?」
「私を何だと思ってるのよ」
「俺を何だと思ってるんだ」
ラヴィが折れ、最後に皮肉のように放たれた反撃も両者にぞんざいに撃ち落とされ、交渉は一方的に決定へと踏み切られた。
わざわざ教室まで出向き、ルカを借りるとまで言ってラヴィから引き離したココの真意に、ルカは心当たりが少しだけある。恐らくはラヴィに聞かれたくない話――つまり異世界に関しての話だとルカは当たりをつけていた。
涙するラヴィへと別れを告げ、天空図書館へと先行するココの足音をルカは追いかけていった。




