025話(幕間) 日常±非日常
快晴と呼ぶに相応しい燦々と降り注ぐ太陽が朝を告げる。
「おっはよ~、る~かっ!」
周囲に同じく登校する生徒が溢れ返る中、背後からばいんっ、という音をあげて頭を揺さぶられたルカは、前方へと蹈鞴を踏んだ。
「おぉ、ラヴィおはよう。今日も相変わらずだな」
嫌な顔一つせずルカは奇襲の正体へと言葉を返した。
二本に纏められた黄金の髪は艶を放ち、快活っぷりを朝から披露する。
「そりゃあそうだよぉ! いつルカが求めてきてもいいように、手入れは欠かさないからねぇ!」
「一体全体、何の話だよ」
「そりゃ、ルカが愛でたこのおっぱいの話だよぉ!」
「愛でてないし、そんな話してないけど?」
『ローハートが育てただと……う、羨まけしからんぞ。おい、仲間を百人ほど集めておけ!』
『野郎共、戦だ! 各種拷問器具を持て!』
『ヘエ! 既に取り揃えてあります隊長ぉ!! いつでもご指示をっ!』
『アンタ、私というものがありながらラヴィリアの何を羨ましいって……?』
『撤退ー! 全員撤退だぁー!!』
話が噛み合わず眉根を寄せるルカの背後では、朝からギャーギャーとうるさいやりとりが交わされていた。
鼻高々と胸を張ったラヴィは、ルカの辟易に、ん? と首を傾げるが、にぱーっと笑顔を咲かせる。
「どうやら悩み事は解決したみたいだねぇ」
「凄いな……何でわかるんだよ……」
「ルカの匂いがいつも通りのいい匂いだもん」
「匂いで悩みがわかる時代到来!?」
ルカの周りをくんくんと匂いを嗅ぎながら周回するラヴィ。
そんな歓談を広げながら二人は学園へ向かう足を再度動かし始めた。
昨日のデートが余程嬉しかったのか、ラヴィは全身を使って口が閉じる暇もないほどに会話を続ける。
「ラヴィ」
ラヴィの助言に救われたルカは、ぽんぽんと、優しくラヴィの頭を撫でた。
「ありがとな」
今度こそしっかりと感謝を告げ、親しみを込めて凛然と笑顔を作った。
「……めん」
「ん?」
しかしプルプルと震え出したラヴィは――爆発した。
「何、今の顔!? イケメン過ぎるんだけどぉ!?」
「……は?」
大絶叫。
瞳をキラキラと輝かせ、頬を上気させ、ツインテールが激しく揺れ動き、興奮という興奮を全身で表現していた。
「いやいつもイケメンなんだけど何かこう神が降臨したというか女神が微笑んだというか天使が誕生したというかそもそもルカは男の子だから女神じゃないんだけどあたしのメスの部分が悦んじゃってるというかルカがそんな顔するなんて想定外だったから不意打ち過ぎるし心の準備って何のためにあるのって話だし嗚呼今すぐ襲いかかりたいけどそんなかっこよすぎる顔のルカ相手にしたらあたし蒸発しちゃうよというかあっつい今日暑すぎるんだけど夏到来にしては早すぎないかなあたしに春はこないのに夏はすぐきちゃうのどういうことなのぉ!!」
「お、落ち着け……」
機関銃のような間断ない呪文を放つラヴィは肩で息をする。
盛大に息を吸い、再度呪文を唱えようとするラヴィの頬をにぅ、と摘まむとラヴィの表情がニヘェと崩れた。
「二人共おはよっ!」
朝の挨拶を口に、軽妙な靴音を地面に弾きながら合流を来たしたのはサキノ・アローゼ。
「おはようサキノ」
「おはおぉー! ハキノがほんな時間に登校はんて珍ひいね? どひたの?」
依頼遂行のため、普段から早い時間帯に登校しているサキノがラヴィの登校時間と被るというのは稀にも稀。そんなサキノの事情を知っているラヴィは頬を摘ままれたまま疑問を投げかけた。
「うん? 特に理由なんてないよ?」
「うっそだぁー! あたしにはわかるんだよぉ!? わかっちゃうんだよぉー!? 大人しく白状しなさいっ!」
ルカの手から解放されたラヴィは、隣に立つサキノの周りをウロウロ。
じりじりと詰問しながら白を切るサキノを認めない。
そんなラヴィの様子にくすりと一笑する。
「……うん、そうだね。頑張り過ぎるのを止めた、ってところかな?」
凛然と微笑み、髪を後方に流す仕草はこれまでに見られない美しさを秘めていて。
ラヴィは見惚れた。
「何、今の顔!? イケメン過ぎるんだけどぉ!?」
「ん、デジャヴか?」
本日二度目の同様のやり取りを最短で行った。
「何の話……?」
一度目のやり取りを見聞していないサキノは理解出来ずに困惑するが、ルカは「こっちの話だ」と、相手にしないことをお勧めした。
一人で盛り上がるラヴィはころっと表情を笑顔に戻すと、サキノの顔を覗き込みながら一言。
「でも、今のサキノの方がすっごく綺麗に見えるよっ」
「ぃえっ!? き、綺麗……!?」
「ね、ルカもそう思うよね?」
動揺し、赤面するサキノを真ん中に挟みながらラヴィは反対側のルカへと尋ねる。
「あぁ、そうだな。なんか本来のサキノらしさって感じがする」
「る、ルカまで……」
それは心の余裕。
サキノが見せた普段のたった一つの表情でさえ、親友の彼女等にとっては見違えるほどのものだった。
褒め称えるラヴィの言葉に顔の熱も冷めやらず、頬を淡く染めたままサキノは顔を軽く俯ける。
少しの逡巡の後、二人の名を呼んだ。
「あ、あのねルカ、ラヴィ……」
「どうした?」
「んー?」
「え、と……その……」
言葉が喉を行き来するが、サキノは一呼吸すると決然と顔を上げ、
「今日の放課後、用具室の清掃があって……よ、よかったら力貸して欲しいんだけど……どう、かな?」
しかと大きな一歩を踏み出していた。
意志の貫徹は美徳であるが、貫徹しないことは悪ではない。それは他に耳を向ける成長の兆し。
「勿論手伝うよ、任せてくれ」
「うんうん! あたしも勿論い、い……?」
そのサキノの変化にルカは即答。ルカに続き、ラヴィは笑顔で承認……しかけ、あんぐりと口を開けて驚愕を露わにした。
「サ、サキノが……頼ってくれたぁぁぁああああああああああ!?」
ラヴィはサキノを凝視。サキノは堪らずルカへ苦笑。ルカは小首を傾げる。
ルカの懊悩の解消とサキノの変化の時期に、怪しい繋がりを感じたラヴィは前方に出て二人を交互に見上げる。
「え? え!? ふえええ!? ふ、二人に何が!? 怪しすぎるううううううううううううう!?」
恋する天使の大絶叫が快晴の空に木霊した。
日常は非日常へ。それでも平和な時間は必ず訪れる。
ルカとサキノは肩を竦めながらそんな時間を享受していった。




