248話 違和感と糸口
ガタガタガトゴトと馬車が揺れる。荒れた地の進攻は決して乗り心地が良いとは言えないが【零騎士団】一同は依頼主の商人へ笑みと会話を切らさない。
商人とは都市と都市を常に移動する職業であり、つまり常に魔物の脅威に脅かされる存在だ。中距離からの豪炎を得意とするヘルハウンドや地面を掘り進み奇襲を仕掛けるアルミラージがいるゲトス山地は特に。そんな恐怖を緩和するための会話も護衛依頼の一部と言える事だろう。勿論魔物に遅れを取らない実力がある事は大前提ではあるが。
「兄ちゃん若いのに苦労してるんやなぁ。ええで、僕の胸くらい貸すで?」
撃退力、人柄の良い会話力、双方に申し分のない【零騎士団】の評価は右肩上がりだ。商人達の間でもその評価は浸透し始めており、此度のように試用といった商人が増えている事も事実。騎士団活動はいい傾向にあった。
「はははっ。これだけお綺麗な方々が揃っていて、よりによってポアロさんが胸を貸して頂けるんですか。ありがとうございます。謹んでお断りします!」
「断んのかいっ! いやまぁ僕が逆の立場でもそうなるけど! しゃーないルカりん、胸貸したり」
「さあ来い」
「操馬中ですよ!?」
陽は落ち、リフリアへの到着も間もなく。商人との関係性も良く、何事も無く護衛依頼を終える事が出来そうだったが。
「……お話し中すみません。ルカさん血の匂いです。恐らく生存してる魔物は居ないようですが」
すんすんと鼻を鳴らすマシュロは獣人の鋭い嗅覚によって危険を事前に察知した。
ピリッと伝播する緊張感と警戒心。いくら喜楽として雑談をしていたとしても魔物の影が接近すればそうもいかない。
「……警戒するに越したことは無いか。止まってくれ」
「畏まりました」
ルカの制止の声に馬車がゆっくりと停止し、ルカ達は馬車から降り始める。サキノが最後に降り、マシュロの引率に従って移動した場所は袋小路となった一帯。
魔物の姿こそなかったが、馬の遺体に飛び散った血痕、数々の地形の破壊が一同の視界を埋め尽くしていた。
「うっ……これは大規模な戦闘があったみたいですね……」
「馬の血は乾いとるの。荷物こそ散乱しとるが人肉が落ちとらんことからも犠牲は馬だけみたいじゃの」
「妙にリアルな分析ですね」
「妾は不幸中の幸いと言いたかっただけじゃぞ!?」
「何も疑ってませんが!?」
地に残った残骸を調べながら交わすマシュロとミュウの会話をサキノは後ろから眺め、ポアロが快活に笑う。
「…………」
しかしルカだけは妙な違和感を覚えており、安堵の空気に混じる事は出来なかった。
(似てる……俺の能力に……)
斬撃痕、特殊電磁銃による砲撃痕、地がめり込むほどに強く踏み込んだ痕。
ルカが抱いていたのは既視感。まるで己が魔物の集団を蹂躙したかのような戦闘の痕跡が残されている事に胸がザワつく感覚があった。
勿論ルカが南南西のゲトス山地で大量の魔物を相手にしたことは無い。斬撃痕なら刃物を持つ戦士であれば誰でも可能で、砲撃痕なら電磁砲、体術使いなら足跡を残す事が容易に可能な為、スリーマンセルの護衛依頼でそれぞれ異なる戦術の戦士が揃ったと考える方が自然だろう。元々ルカの創造は多岐に渡る為、何でもこじつけのように痕跡に違和感を繋げる方がおかしいと誰でも思う事だろう。
しかし。
(何で負滅救剣の痕跡があるんだよ……)
欠片すらも残さず壮大に抉り取られた岩盤、そして消滅の魔力痕だけは看過する事は出来なかった。
何かが忍び寄ってきている感覚がルカの足元に薄ら寒さを生じさせる。
「主様よ、眉間に皺を寄せてどうした? 何か気になる要素でもあったか?」
「……ん、いや。そこまで重要視する事でもないかな。危地に陥ってる人が居なくて良かったよ。帰ろう」
偶然。これは何かの偶然だ。違和感も憂慮も拭えなかったが、ルカはそう思い込むことにした。
現在は護衛依頼中、最優先は商人を無事に都市へと送り届ける事だ。
魔物も救済を求めている者もおらず、ルカ達は再度馬車へと乗り込んでいくのだった。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
「【零騎士団】の皆様ありがとうございました。快適な旅路、安定した実力。是非よろしければ今後も専属として護衛して頂けますと幸いです。それではまた」
ルカへと契約書類を手渡し、帽子に手を添えて辞儀をした商人は都市北部へと去っていく。本拠近くまでやってきた【零騎士団】は商人の後ろ姿を見送りながら好感触を抱く。
二日がかりの護衛依頼に、各々は背伸びをして疲労感を夜の空気に溶かした。
「一日離れていただけで本拠が恋しくなるなんて、やはり持つべきものは家ですね……」
「都市を逃げ回っておったお主が言うと現実味があるのう……じゃが妾もはようゆっくりと風呂に浸かりたいわ……」
今日も一緒に入っちゃいますか! と嬉々として本拠へと歩を進める魔界組の二人を横目に、ルカは一度幸樹を視界に入れ、サキノとポアロに向き合った。
「さて、俺達下界組も帰るか」
「さんせー。本拠でゆっくりすんのもええけど、ミラ・アカデメイアに編入したばっかやしやらなアカンことそこそこあんねんなー……」
魔界だけで完結する者達とは異なり、下界組の者には下界の生活もある。
暫く休暇を取ってもいいとの提案をルカから受けて盛大に感謝の意を表すポアロ。そんな二人をサキノはぼーっと眺めていた。
「サキノ?」
賛成でも否定でもなく沈黙に身を委ねていたサキノは、ルカの呼名にハッと自我を取り戻す。
「あっ、ごめんルカ。どうしたの?」
話を聞いていなかったなんて、サキノらしくない。何事にも常に抜かりの無いサキノらしく。
「……大丈夫か? 何か護衛依頼中もあんまり話してなかったし具合でも悪いのか?」
「ううん、体はこの通り全然! ごめんねっ! 最近色んなことがあり過ぎてちょっと疲れが出ちゃったのかな? 少し本拠で休ませて貰っていいかな?」
「…………」
護衛依頼の馬車の中でもその若干の違和はルカにあった。【クロユリ騎士団】で商人との会話や、安定した空気感を知っているサキノはこれまでの護衛依頼でもその経験を発揮していた。
今回の護衛依頼ではポアロやマシュロが商人と盛り上がっていたが、それにしてもサキノの口数が極端に少なかったことは否めない。
まるで心ここにあらずのように。
「女の子には女の子にしかわからんこともあるんやで」
「それを何で男のアポロに諭されてるんだ俺は」
「そうだよ? そんな女の子を優しく包み込んでくれるのが団長のルカの役目なんだよ? はいっ」
「はいって!? 何!? 俺は今何を求められてるの!?」
「わお、サキるんダイタン」
ポアロの援護射撃にサキノは両手を広げてここぞとばかりに攻め込む。その顔は若干羞恥に赭面がかっていたが。
抱擁か、はたまた抱っこか。妙に積極的なサキノの心理が読めずにルカは困惑する。
「何やらとってもワンダーな邪念を感じたけど、一体何があったのかしら?」
「どわぁーーーっ、シュリアんいつの間に後ろおってん! ビックリさすな!」
亡霊の如く。いつから居たのかサキノとポアロの背後には長身のシュリアが立っていた。
シュリアのルカに対する略奪心を知っているサキノは両手を広げたまま固まる。
「いやこれは……ちょっと悪戯心が……」
「可愛いわね。でも今はシュリアで我慢して」
回れ右でプルプル震えるサキノをくるりと自分の方へと向け、開放した両手を己に抱き着かせるシュリア。
行き場を失っていたサキノの正面がシュリアに吸い込まれ、はわわとサキノはシュリアの包容力に悶えた。
「お帰りなさいルカ様」
サキノの大胆行動を護ったのか阻止したのかはルカにはわからなかったが、シュリアに胸の底で感謝を告げた。
「あぁ、ただいま」
「……わっ。お帰りなさい」
後ろから驚かそうとルカの足元で小さな顔を覗かせるクゥラに、驚愕の声はルカからは出ない。
「んぉ、クゥラも一緒か。ただいま。どうした皆して?」
クゥラの頭を撫でながら背後を振り返ればゼノンとエンネィアも歩いてきている。その隣には引き返して来たマシュロとミュウの姿もあり、総出での集合にルカは首を傾げた。サキノがシュリアに抱擁――シュリアに捕らえられているという方が正確――している奇怪な光景が一同何よりもの謎ではあったが。
「依頼終わりの戦士を労うことは本拠に残された者からしたら当然じゃないかしら? 用事が終われば一晩中ルカ様に可愛がって貰うから今の内に媚びを売っておかないと」
「前半至極当然みたいなこと言っておいて、何で後半にボロ出すんだよ。もう少し粘れよ」
「シュリアさん貴女と言う人は少し隙を見せると――」
「独り占めが駄目だと言うのなら、不本意ではあるけど一緒でも構わないわよ」
「わかってるなら良しとしましょう」
「良しとしましょうじゃないんだよ。止めろよ。しないわ」
「団員を可愛がるのは団長の責務じゃないかしら?」
「シュリアが言うと意味が変わって聞こえてくるんだよ!?」
中々本題に入ろうとしないシュリアにクゥラが半眼を送りつける。元王女の諧謔に臆さないのは王の子息だからかそれとも。
「ごめんなさい、つい願望が。護衛依頼お疲れのところ悪いんだけど、ルカ様の身体を少し借りたいの。あ、性的な意味じゃないわよ?」
「わかってるわ! その話もう終わったと思ってたよ! ……まぁ俺は構わないけど何をしたらいいんだ?」
「リボーグ・エィソンの現在を掴んだわ。衰退から現在までの大まかな足跡も。残る欠片は彼の過去。交渉の為の切札を入手する為、力を貸して貰えないかしら?」
期日は二日後。シュリア達は難攻不落の偉人攻略の準備に取り掛かるのだった。




