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242話 祝勝会と復興計画

 夜。勝者達による三騎士団合同の祝勝会が開かれる。



「えー、本日はお忙しい中お声掛けに応えて頂き、誠にありがとうございます――って聞いてませんね」



 場所は廃工業地帯面前にある酒場『刻酒也(ときはさけなり)』。踊り子のような清楚且つ麗しい着衣がトレードマークの酒場で一人の店員が挨拶を飛ばすも、既に店中はどんちゃん騒ぎ。四十を超える貸し切りの大所帯となったのは、彼女――メル・ガウリルの提案があったからだ。

 略奪闘技での勝者を纏めて召集し一気にお祝いして貰おう――もとい売り上げに貢献して貰おうというやや邪まな考えもあったが、元々三騎士団が懇意にしている酒場であるからこその提案でもあった。



「メルち負けるなーっ! あ、ルカ君そのお肉ちょーだーい。あー」

「レラさん自分で食べて下さいっ! ルカさんも甘やかしては駄目です!」

「いーじゃんいーじゃん。今日は折角の祝勝会なんだしさ~。い~っぱい甘やかして貰うモンネ~」

「レラ、私達の祝勝会でもあるのだけれど……? それならレラには私達をいっぱい可愛がって貰わないとね?」

「サキちゃんが……サキちゃんが悪いオンナみたいにっ!? 笑顔があくどいよっ!? シルル助けてぇ~」



 メルの加勢に入るかと思いきや、店内を走り回って届けられた料理に釘付けに雛化するレラ。言われるがままに(レラ)へと餌付けしようとするルカにマシュロが牽制を施し、ルカの隣に座ったサキノの助勢にレラは隣のシルアーティに助けを求めて机の一角は大盛り上がり。



「主ぃ~、今日は記念すべき【零騎士団】略奪闘技(ルーティングゲーム)二勝目じゃぞぉ~! もっと飲まんかぁ! ほーれ、一気に行けーぇ! さーんにーいーち」

「二勝目って滅茶苦茶キリ悪くない!? って何でミュウこんなに酒勧めてくんの!? 前回の祝勝会は止める側だったよな!?」

「ミュウさん魔界に移住してから毎晩お酒飲んでますよ。魔界のお酒が気に入ったみたいです」

「主ぃ~妾の酒が飲めぬと申すかぁ~」

「ミウらんこれ僕や! 宴会始まって間もないんにルカりんと僕間違える!? わかったわかった! 飲むからそない勧めんでも――てか酒くっさ! 一杯目からミウらんにこない強いお酒勧めたん誰!?」

「シュリアよ。ミュウに魔界で美味しいお酒を聞かれたから、ラグロックでも重宝してたお酒を答えてあげただけよ。それともアナタは姫の助言にケチをつける気かしら?」

「ズルない!? 姫として扱うなって言ってたんに、こん時だけ姫の地位乱用すんのズルない!? ルカりん、シュリアんにボケの座奪われそうや助けてっ!?」

「ポアロ……すまん。この二人を相手に俺は無力だ……くそっ! これからはポアロを護れるように精進するから……!」

「それ僕がラグロックでルカりんに言うた台詞っ! ルカりんそんなことまで覚えて――ごぼぼぼっ!?」

「騒がしいな……」

「あぁ、全くだ……」



 魔界に腰を据えたミュウの新たな一面が更に談笑を加速させ、新メンバーシュリア・ワンダーガーデンも既に【零騎士団】に溶け込んでいた。流石は元王姫と言う事もあり耐酒性も強いようだが、略奪闘技での辛勝に飲酒の速度は早い。

 シュリアとミュウ、二人の美女に詰め寄られるポアロは一般健全男子の如くやや嬉しそうに。しかし実態はただの酔いどれ達のダル絡みであり、ルカに助けを求めるも『ラグロック民護送任務』時の意趣返しのように返答がされ、無惨にも杯になみなみ注がれた度数の高い酒をポアロはミュウに飲まされていた。


 そんな大賑わいの酒の席でカウンターに座り、ツマミ程度の少ない料理とグラスに入った酒を上品に嗜むソアラとキャメルは辟易しながらも苦笑する。

 肩越しに見渡す限りの笑顔。これも略奪闘技という敵方の脅威を退けることが出来たからこその結果だ。どれだけ騒ごうとも、どれだけ見るに堪えなくとも、度が過ぎなければ今日だけは許してやろうと団長同士の静かな見守りは続く。

 そんな宴会の席の隅ではまさかの人物の姿も。



「いいか、俺様の増幅(ブースト)は脳に一切の強化を施さねェ。だから並大抵の奴等は強化に脳が着いてこられずに自滅すんだよ。だから俺様の増幅に適応したけりゃ、常日頃からもっと早く、強い自分をイメージしながら鍛錬しろ。そのイメージは夜昇にも活きてくる筈だ」

「はい、ありがとうございます」



【夜光騎士団】幹部のクレアとラウニーだ。場の和気藹々とした空気とは一転し、本日の略奪闘技の反省会を行っていた。



「……それにしても意外です。エレオスさんは絶対こんな宴会に来られないと思ってました」

「誰が来たくて来るんだよこんな馴れ合い……キャメルの馬鹿に目の届くところに居ろと釘を刺されてんだよ!」

「団長の言う事に素直に従ってるのも意外なんですけど……それより俺もサキノさんの所に行って親睦を深めて来てもいいですか?」

「あァ? てめェ今日の失態を等閑にしてオンナと戯れるつもりか? 行かす訳ねェだろ。みっちり精神論を叩き込んでやる」

「寂しいんですか? じゃあエレオスさんもルカ君の所に行きましょうか!」

「調子乗んじゃねェ! 俺様の視界に奴が入った瞬間ぶち殺してやる!」

「エレオス悪い、後ろ通るぞ」

「ローハートてめっ!? 空気読めや!!」

「何で俺がいきなり罵られてんだよ!?」



 手洗いに向かったルカがタイミングよくラウニーの後ろを通過し、ラウニーは激昂する。

 平常運転。しかし略奪闘技でもクレアを前線に出して支援していたように、明確に変化が見られるラウニー・エレオスにクレアは笑いが滲んだ。


 そんなこんなで宴会は進み、料理の提供も酒の提供も落ち着きを見せ始めた。

 四十名以上ものオーダーを捌き切った厨房はへとへとに。踊り子衣装の少女達も一息つく時間が生まれ、店内の一角のステージでダンスの披露が開始された。



「英雄様、【零騎士団】様、本日はお越し頂き誠にありがとうございます。先日からご利用頂いてましたことは存じておりましたが、改めまして挨拶をと。私この『刻酒也(ときはさけなり)』の副店長メル・ガウリルと申します」



 他の踊り子衣装の店員達と比べれば、比較的露出面積の少ないエルフのメル。しかし女性にしては大きな身長と立ちずまいからは端麗さと艶麗性が隠しきれていない。同時に戦士としての素質も。



「【零騎士団】団長のルカ・ローハートです。そしてこっちが副団長のサキノ・アローゼ――」



 ルカは順々に【零騎士団】戦場部門の皆の紹介を行っていく。勿論酔い潰れて机に突っ伏したミュウも、新メンバーのシュリアも。



「皆様のご活躍、確と見聞しております。【クロユリ騎士団】様然り、【夜光騎士団】様然り、傑物騎士団様方にご利用頂けますことは『刻酒也(ときはさけなり)』にとっても誉れ高い事でございます。本拠もそう遠くない場所に建てられたと聞きますので、どうぞ御贔屓に」

「工業地帯の復興が上手くいけば、団員達も利用させて貰うかもしれません。その時は俺達共々団員をよろしくお願いします」

「――……? 工業地帯復興、ですか?」



【零騎士団】が独自に動いている計画に、当然メルの首は横に傾く。

 魔力製品が魔界の主になってからというもの、酒場『刻酒也』の売上は大幅に落ちた。元々の立地や良く利用頻度が多かったからこそ莫大な売上を得ることが出来ていたために工業地帯が息を拭きとっても何とか閉業せずに済んだが、それこそ全盛期の頃と比べれば一割程には売上は減っている。

 新しい建物が立つわけでもなく、土地を有効利用する訳でもなく、死んだままの工業地帯。埃が被り、哀愁漂う程に放置が続いた工業地帯の復興。

 そんな地の復興という単語自体が、諦念の強い彼女等には無縁のもので理解に及ばない。



「はい、シュリアは元ラグロックの王女です。ラグロックは魔物の危機に晒され崩壊を辿りましたが、ラグロックの技術は生きています。魔力製品は人々にとって必需となるもの、供給を途絶えさせるわけにはいきません。ですから俺達【零騎士団】は工業地帯を復興させ、リフリアで生産を開始する計画です」

「――――」



 驚愕に発声も忘れたメルは固まってしまう。【クロユリ騎士団】と【夜光騎士団】もレラを筆頭にざわざわと。



「何の話をしているのかと思えば、全く【零騎士団】は尽く話題性にかかないな」



 そんな一同の視線がルカ達に向く中、助け舟を出したのはソアラだった。



「ソアラ。ラグロック全体転住の時にも話は出ていたでしょう?」

「都市主動という話ではなかったか? 【零騎士団】が主となる事は知らなかったな」

「都市にもちゃんと話は通して来たわよ。ラグロックとシュリアの全財産七千兆ザウと交換にね」

『な、ななせんちょ~~~~~っっっ!?』



 いくらステラⅡ騎士団の【クロユリ騎士団】といえ、酔いも一瞬で青醒める規模の金額に飛び交う悲鳴と驚嘆。事情を知っているルカ達は頬こそ引き攣りはしたものの、何とか平静を保てている。



「【零騎士団】の繁栄を考えるのなら絶対に譲れなかったから。もうシュリアは永遠にルカ様に尽くすと決めたの」



 まるでプロポーズのような大胆告白に、酒場の九割を占める女性達の一部がはしゃぎ始める。

 微塵も揺らがない決意とシュリアの瞳にソアラは髪の編み込みを撫でた。



「シュリアならやりそうなことだな……否定するつもりも無いさ。だが廃工業地帯が百年以上もこのままだったのには、恐らく都市も関与できない何かしらの大きな力がかかっている筈だ。それらの問題を解決しない事には計画も頓挫に終わるぞ」



 ソアラの言うように廃工業地帯とは一世紀もの間、無言と無音を貫いてきた地区だ。都市発展の為に土地開発をすることなく残存し続けている経緯がある。

 つまり裏を返せば都市が手を出せない何かしらの理由があると。



「土地の権利……成程。都市も手を出せないから、シュリアがこの計画を都市に話した途端交渉が進んだってことかしら」



 土地の権利は別の者が所有している為に都市は手を出せなかった。

 つまりシュリア達が廃工業地帯を復興させるつもりならば、関与できない事を知っている都市はラグロックの全財産との交換交渉に応じることも視野に入れた。

 結果、シュリア達の計画が頓挫すればシュリア達は払い損で都市はほぼ無償で七千兆ザウを獲得できるという訳だ。計画が上手くいけば都市の発展としてもメリットはある。交渉に応じないという選択肢はないだろう。

 つまりシュリア達が復興の為に最優先にするべきは。



「意固地な土地の所有主を探して交渉以外に手はないって訳ね。都市ですら叶わなかった交渉、王女としての腕が鳴るわね」



 土地主を探し出し交渉する。

 他国と交渉をする事もあったシュリアの技量が試されることに、ゾクゾクと背筋を震わせ恍惚の表情を浮かべる。



「リボーグ・エィソン……」

「っ!」



 踊り子衣装のメルが唐突にある人物の名を口走り、シュリア達の視線がメルに向く。



「私、長寿のエルフなので知ってます。今はどこにいるのは分かりませんが、当時この地を統括していたのは紛れもなくリボーグ・エィソンというエルフの男性です。英雄様、シュリア様、お願いします。この地をもう一度生き返らせて下さい……! あの頃の活気を、あの頃の熱気を、もう一度……っ!」



 店の売上。勿論大事ではあるが、一世紀以上もの間変化を見続けて来たメルは当時の盛況を知っている。毎日が祭のように騒がしく、時に問題や喧嘩も起こるが笑顔の絶えない酒場。『明日の活気の為に日常を忘れられる日常の提供』をモットーに、客も店員も皆笑顔で。

 そんな日常を知っているからこそ、静寂と化した工業地帯の復興は知る者によっては心からの懇願だ。

 メルの低頭にカタン、と椅子から立ち上がったシュリアは微笑み、メルの頭を撫でる。



「良い情報をありがとう。リボーグ・エィソン……相手を知るには暫く時間を貰うわ。けれど必ず結果を出して見せるわ」

「頼んだぞ、シュリア」

「ええ、任せて」



 優しく告げ、シュリアは己の使命を果たすために宴会の場から出掛けていったのだった。


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