240話 少女の異変
注目の二戦が終わり都市は大盛り上がり。酒が進む酒豪達がいれば、祭のように出店している出店も繁盛真っ只中だ。
だが祭の勢いは衰えないどころか加速する。次の対戦カードこそ俺達が見たかったものだ、と言わんばかりの大歓声に包まれる大注目の第三戦【黒英雄】率いるステラⅢ【零騎士団】VSステラⅢ【サクリ騎士団】。
工業地帯復興のために今後多大なる出費がほぼ確定している【零騎士団】は、勝利報酬に騎士団財産八割を提示してきた団長サクリ率いる【サクリ騎士団】との対戦を呑んだ。ゼノン達の『円月花を使用した蘇生薬の薬権』を対等条件に。
数こそ少ないものの占領戦や集団戦は【クロユリ騎士団】の二の舞だと判断したサクリは【零騎士団】に六対六の個人戦で挑む事とした。名が知れれば知れる程能力は隠秘しきれなくなることも否めないが、逆説的に捉えればミュウやポアロの拘束術を前回観せていたために脅威と感じられた節もある。集団の力は強くとも個人の力であれば勝機はあると。
しかし。
「僕の前では魔術師は無力や。相性悪かったなぁお嬢ちゃん」
先鋒【N】ポアロ・マートン。魔術師相手に圧勝。
発動さえしてしまえば強力な魔術を使用出来る為、出鼻を挫くためにも最も脅威ある魔術師を送り出した【サクリ騎士団】は裏をかかれて白星を貰う。
次鋒【麗貴】ミュウ・クリスタリア。
「炎で燃やし尽くせば無力化出来ると踏んだようじゃが残念じゃったな。既に一度至高の焔使いと戦っておる。お主を妾に当ててくる事も想定内故、既に対策済みじゃ。くふふ。このような限られたフィールドじゃあ、耐熱の粘着糸が敷き尽くすも早かろう。お主の負けじゃ」
大剣に炎を纏わせて戦う戦闘スタイルの少女を拘束し圧勝。
【サクリ騎士団】についての情報が一切無かった為、ルカ達は事前に情報屋のバウム率いる【シダレ騎士団】に情報収集を頼んだ。出費は痛かったが情報通りの能力、そして粘着糸の脅威も燃やし尽くせばミュウを無力化出来ると高を括っていたみたいだが、彼女達は一度消火不可の聖焔持ちエンネィアと戦っている。対戦前にミュウは魔力の性質を変換していたのだ。
これぞ経験則と言わんばかりの対策に【サクリ騎士団】の次鋒の目論見は破綻。半減した能力と広くもない戦闘領域、ミュウの土壌が出来上がるのも時間はかからなかった。
六対六という変則的な勝負形式では三勝を手にすれば一先ず敗北の可能性は除去できる。一分けでもすれば勝利で三勝三敗の場合は勝者の一人を選出しもう一戦することとなる。
そんな勝敗の分かれ目、重大な四将に、二勝を手にした【零騎士団】は【天邪熊】マシュロ・エメラを投入した。
【クロユリ騎士団】幹部のアルア・リービスを撃破した確かな実力の持ち主に対し、【サクリ騎士団】は副団長の一人である二メートルを超す巨漢を当てた。
「アルア・リービスの力と俺の力、どっちが強いか思い知らせてやる」
巨剣を二本持った巨漢は試合開始の銅鑼の音と同時に、一気に勝負を決めるつもりで怒涛の連撃をマシュロへと叩き込んだ。
前回の略奪闘技を観戦していた巨漢は、アルアに匹敵する攻撃力をマシュロに認めるものの防御が出来ない事に気が付いていた。そしてアルアが苦戦した理由は互いに矮躯な身なりで手数に欠けたためであると。
つまり防御が不可のマシュロに対して勝利の可能性を最大限に上げる為には息つく間も許さぬ連綿の連撃が一番の有効打であると判断したのだ。
――本来のマシュロの長所など忘却の彼方に。
何を斬り下ろしているのかもわからないほどの轟音と痺れる手の感覚。移動の気配を感じられず「やべえっ、やり過ぎたか!?」と原型も残らぬほどの五十を超す斬断に、巨漢は距離を取って息を切らしながら砂埃が晴れる瞬間を待つ。
砂埃が晴れた先、微動だにせずアストラスを開き優雅に立つ少女の姿が。
あんぐりと口を開く巨漢と、ニコッと笑う空色の少女。
不敵の様相に肌が粟立つ巨体と、傘を閉じながら歩き詰め寄るマシュロ。
「アルアさんならきっと私の絶対防御も打ち崩していましたよ? それに液状龍に比べれば大したことありません」
「ドラ……ゴン……?」
「あっ。えっと!? いえ、違いますっ! 仮想! 毎日の妄想トレーニングの相手の話ですっ!?」
ドラゴンの存在は人々の恐怖を助長するとして、都市から箝口令が敷かれていることも忘れて口走ってしまうポンコツをやらかす。
必死に取り繕おうとするも【零騎士団】一同は同じように頭を抱え、ルカはクスリと笑う。
「と、ともかく今のは忘れて下さいっ!」
マシュロの驀進に合わせ、巨漢は再び巨剣を薙ぐ。マシュロの無痛手、ドラゴンの言葉に動揺した剣に鋭さは無く、小さな体を更に小さく縮ませて懐へと潜り込む。マントを裂かれながらも掻い潜ったマシュロと巨漢の距離はゼロ。全身に力を込めてマシュロの打撃か電磁砲を受け止め、反撃の一手で骨を断とうと目論んだ男は身構えた。
そんな足元を巣食うマシュロの傘は空色を纏い、男の顎へ。
「ぅえっ――?」
スコンッ、と。小さく跳躍しながら伸びて来たフリル付きの傘の一撃に男の視界が揺らぎ、転倒した。
【零騎士団】も【サクリ騎士団】も観客も実況のエムリも、なんとも呆気ないマシュロの急所を衝く一撃に、皆が驚愕に沈む。そんな中、マシュロの強さを知っているルカと【夜光騎士団】団長キャメルは笑い、ラウニーは鼻を鳴らした。
動けない男の眼前に突きつける銃口。マシュロは「無抵抗の相手にこれ以上やってもいいのか」と審判に視線を送り、正気を取り戻した審判の判断で勝負は決した。
【零騎士団】三勝目。
「一撃……マシロん、いつの間にあんな戦い方覚えたんや?」
「生物には急所があると、色々な要因が重なって偶然気付けたんです。絶対防御を使用しながらでは攻撃力は大幅に落ちてしまうが私の弱点です。まだ漠然としか体感は出来ていませんが、もしかすれば獣人として何か感知できるような気がしてます」
「マシュロの新しい戦闘スタイルか。どんどん成長していくな。これからも頼りにしてるぞ」
「はいっ!」
ルカに頭を撫でられ、ご機嫌に尻尾を振るうマシュロ。
その隣を雅やかにシュリアが通り過ぎていく。
「シュリアも褒められたいわ。行ってくるわね」
中堅シュリア・ワンダーガーデン。ラグロックの元王女が舞台へと上がっていく。
後がない【サクリ騎士団】は巨漢の介抱をしながら中堅に速度自慢の少女を選出した。
「シュリアにはまだ皆に張り合えるような実力はない。能力は諸刃の剣。まだまだルカ様を支えるには力が足りない――だからシュリアはこの戦いで試させて貰うわ」
シュリアは波紋剣を引き抜き、眼前に構える。
桃色の瞳をそっと閉じ、清廉な声を吐露した。
「兎兎化雌――解放」
瞳が反転。兎の瞳を眼に灯した赤眼が相手を射抜き、シュリアの身体がゆらりと緩慢を辿り。
「んぐッ……!?」
惑溺の声を上げながら防具に一条の裂線が刻まれていた。。
ゆらりと後方を位置取るシュリアに反応し【サクリ騎士団】の団員は剣を振るうが、まるで舞踊のような流線的な動きに尽く空を斬る。
まるで攻撃を誘われているかのように遅の動き。しかし一転して、回避不可の体勢からの鋭角的な素早い回避に継ぐカウンターや瞬間的な移動によって、相手は完全に主導権をシュリアに握られていた。
「何だその動きは……っ!」
右へ左へ。シュリアの動きに合わせて武器を振るっても攻撃は不規則な動きに尽く梳かされる。
兎兎化雌とは偏に言えば緩急だ。緩状態を意図的に作る事で、行動途中の急停止、急転換、急加速を可能にした、機動力を上昇させる女兎人の限られた者だけが使用できる恩恵だ。本来物理の法則により、人間が一度速度に乗れば急停止は叶わず慣性が働く。しかし兎兎化雌を解放すれば慣性を無視した鋭角的な動き――行動途中でも強引な中断を可能にするのだ。加速しきって本来踏み込む脚が着地する前に後退すらも可能な程に。
それを可能にしているのは兎人による強靭な足腰があるからこそである。
「やるなシュリア。ただでさえ速い動きが緩急入り混じる事で相手を翻弄してる」
ルカが感嘆を漏らす。
だがしかし。
(攻撃が軽い……)
小熊猫の夜昇が夜にしか発動出来ないように、兎兎化雌にも桎梏はある。それは兎人の宿命――種族としての劣等にも起因する。
兎人とは生来、下半身以外の力の弱い種族だ。更に不運な事に幾ら鍛えようとも力が付きにくいという難点も抱えており、全身の筋肉量が増えれば種族としての長所である速度を殺すことになる。故に戦闘とは疎遠になりがちな種族で救助隊や諜報員としての裏方に回ることが大半の種族が兎人の実態だ。
つまりただでさえ力で劣り気味なシュリアが速度という予備動作を捨て、鋭角的な動きを獲得した所で与えられるダメージはたかが知れている。
それでもシュリアは波濤の連撃を叩き込んでいく。まるで己の弱所を隠蔽するかのように。
防具に切創が増え、徐々に相手の体力を奪っていく。
どこまでも身体を劣等ありきの能力をシュリアは忌々しく思いながら、しかし使用すれば後がない切札を温存したままの戦闘は約十分にも及び。
「くそっ……こんな筈じゃ……」
「ふっ……ふっ……」
【サクリ騎士団】の団員がダウンした。
息切れの苦しさにやや恍惚としたシュリアに一同が苦笑を浮かべるが、今だけは目先の勝利に一同は喜びを共にした。
「シュリアよくやったな」
シュリアの元に駆け寄ったルカは称賛の声を送った。
「ありがとうルカ様。でもシュリアはこのギリギリの結果に微塵も納得してないわ。まだまだ問題が山積みね」
「あぁ、一緒に考えていこう」
しかしシュリアは満足している訳もなく、今後の課題として己の胸に刻み込んだ。
シュリア・ワンダーガーデン辛うじて勝利。【零騎士団】四勝。
【零騎士団】の勝利は確定したが試合は続く。
副将【白薔薇御前】サキノ・アローゼ。元【クロユリ騎士団】所属で、現在は【零騎士団】の副団長を任されるほどの人材。都市破壊の為に生み出された幻獣ヘカトンケイルにも勇敢に立ち向かい、避難の声や救いの手に勇気付けられた一般人も数多い。
何より身を犠牲にして都市を救おうとした女神のような存在に期待がかかる。
そんな【零騎士団】期待の新星はというと。
「わ、とと――っ!?」
やや危うげな戦闘を繰り広げていた。
傍から見れば苦戦にしか見えない僅かな誤差。しかし一度真剣に武器を交えた者にしか察することの出来ない注意の散漫。
「サキノ、お主まさか……?」
勝負に身が入っていない――ような気がする。ミュウ・クリスタリアは違和を感じられずにはいられなかった。
「騎士団の負けは確定してしまったけど【白薔薇御前】お前になら勝てそうだ! 皆の仇っ!!」
ルカが次戦の為の準備運動を進める中で、波濤の連撃を掻い潜るサキノ。
防戦一方になりつつある姿に、しかしルカはこれっぽっちも憂慮を抱いてはいなかった。
「舐めないで。ちょっと躊躇っちゃっただけだから――紫紋」
剣戟を打ち鳴らし彼我の距離が開ける。一瞬生まれた攻勢の隙にサキノは納刀と同時に足を踏み鳴らし、若紫の領域を展開した。
効果を知らない相手は不穏さを感じながらも、依然として優勢が脳裏に焼き付いており迷わず突貫。そんな愚直な直進はサキノの餌食である事も知らずに。
「明鏡紫水ッ!!」
紫紺の斬撃が距離を持ちながら相手を斬り裂き、【サクリ騎士団】副団長はその場で倒れ伏した。
【零騎士団】五勝目。
ルカとハイタッチを交わしながら入れ替わり、舞台から降りるサキノに一同は会する。
労いの声を浴びながらサキノは笑みを零すが、ミュウはその笑みが痛々しいものに映っており。
「サキノ、お主どこか調子が悪くないか……?」
皆の前で尋ねていた。
一同とは打って変わって出た憂慮の声に、皆の視線がミュウに向き猜疑が過ぎる。
「え? 体調は大丈夫だよ? あっ、立ち回りの事かな? ごめんごめん。対人戦ってまだ少し躊躇いが出ちゃって。でももう大丈夫、心配かけてごめんね」
「確かにサキノさん前回の略奪闘技出てなかったですし、対魔物とは感覚もまた異なってきますからね。少しずつ慣らしていけばいいと思いますよ」
下界の人間であることも理由の一つであり、人を斬るという行為に躊躇いが生じるのも当然と言えよう。ルカは持ち前の順応力で割り切り済みであり、ミュウやポアロは能力により拘束が主。心優しく義に忠実なサキノが最も対人戦に苦悩することは誰から見ても明らかだ。
焦らなくていい、躊躇はサキノの実力の些かも負にはならないと、マシュロはサキノの手を引き、団長同士の一騎打ちの応援へと誘った。
(違う……そういう躊躇いじゃとか精神的なものではない。しかし感じるこの違和はなんじゃ……?)
気持ちの悪い澱。サキノが取り繕っているとか、我慢しているとか、そういう類ではない。
まるで当の本人さえ気づいていないかのような。
一列に並び応援に励むサキノの背を――心臓を見ながら唇をきゅっと引き結んだ。
「【黒英雄】ねぇ……大層な二つ名だな? 時代の寵児みたいに持て囃されてるようだが、そのメッキ俺が剥がしてやる」
「ごめん、全く興味ない」
誰もが焦がれる英雄の資格と名声。
人々の称賛の声を純粋な否定によって受け取りを拒否したルカにサクリは逆上し襲い掛かった。
結果、ルカに軽く捻られ、英雄と呼ばれる所以や名に見合った実力を思い知らされたのだった。




