239話 略奪闘技前哨戦
『数の利などお構いなし! 太陽の昇る午前中にも関わらず、圧倒的殲滅力で【夜光騎士団】が攻め立てていくっ!』
魔界の天候は晴れ。地下空間である闘技街で略奪闘技を行っている為、地上の天候は左右されないが快晴にも劣らぬ熱気とエムリ・レムリットの実況が轟いていた。
本日の略奪闘技第一戦目ステラⅣ【夜光騎士団】VSステラⅣ【ロート騎士団】。【夜光騎士団】の勝利報酬は鞍替えした顧客の再獲得及び【ロート騎士団】財産の四分の一。対する【ロート騎士団】の勝利報酬はゼノン達【零騎士団】薬学部門との共同栽培している『円月花の利益権』だ。
戦闘形式は武力の『総力戦』。勝利条件は騎士団員の全滅もしくは大将の撃破。暗殺騒動による評判の低迷やステラ降格による報酬の削減によって多くの人員が退団した【夜光騎士団】の団員数、十名。対する【ロート騎士団】は二十三名。約倍数に至る総力戦は【夜光騎士団】が不利と多くの衆人が予想していたが。
「団長逃げて下さいっ!? 【暴君】……【暴君】が来ますっ!?」
「攻撃部隊はどうしたっ!?」
「全滅ですっ!? ですから残った者で攻撃部隊を組み直して敵大将を討ち取るまで時間を――ぶハァッ!?」
「ラングっ!?」
ドォン! と。敵陣営で諜報員による戦況報告を受けていた一人の男が上空から降って来た巨体に蹴り下ろされ、一撃で瀕死へと成り代わる。
強大な力だと理解していた。しかし実際に対峙すれば臆病な者は泡を吹いて倒れそうなほどの明確な戦意と殺意に、六名の【ロート騎士団】団員達はたじろぎながら武器を構える。
「はっ! ざまァねェなァ、ドゥーシャ! 知り尽くした騎士団になら昼間に挑めば勝てるとでも思ったか? あァ?」
「エ、エレオス……副団ちょ……があぁぁぁ……」
【暴君】ラウニー・エレオスは、折れているであろうラング・ドゥーシャ――元【夜光騎士団】団員の背中を足蹴にしながら挑発的な言葉を浴びせる。
此度の略奪闘技宣戦布告の発端となったのは元同僚の差し金だ。【夜光騎士団】を退団した後、【ロート騎士団】に入団したラングは【夜光騎士団】の戦力と全団員の能力、夜にしか恩恵を発揮できない夜昇がなければさして脅威ではないとの助言をした。薬学にも力を入れて始めている【ロート騎士団】としては願ってもない情報で、凋落寸前の【夜光騎士団】へ宣戦布告に至ったのだ。
だからこそラウニーは怒りを通り越して滑稽さを感じていた。
己の力がこの程度だと見積もられていたことが。己等の限界が、たかだかステラⅣの格下騎士団に拮抗されると見誤られていたことが。
「ふん……一人で突っ込んでくるとは名の通り【暴君】だな。差し詰め【暴君】の我儘を愚かな団長が制御出来なかったと言ったところか? だが俺を含めた六人を相手に単騎とは無謀だということを思い知らせてやる! 囲め! 数で制圧するぞ!」
「単騎、なァ。てめェ等みてェな飾りの目ん玉には勝てる未来でも見えてんだろうな?」
口角を吊り上げて笑うラウニーの不気味な言葉に、【ロート騎士団】団長はほんの僅かな時間判断を遅らせてしまった。
「待――」
「ぐあっっっ!?」
「がはっ!?」
ラウニーを包囲しようとした団員達が展開を始めた瞬間、二人の団員が背後から斬りつけられ地へと倒れ伏した。
無惨に散る鮮血に驚愕を孕みながら杖を持った回復魔導士が詠唱を始めるも。
「雑魚が」
ラウニーの強烈な回し蹴りがマントを羽織った少女を蹴りつけ、壁に叩きつけられた女猫人も一撃にて気を失ってしまった。
一気に三人を失ってしまった【ロート騎士団】は慌てて残った三名で布陣を組み直す。
「ふぅ……ありがとうございます。エレオスさんが気を引いてくれたお陰で不意を衝く事が出来ました」
ラウニーの隣に並び立つ男小熊猫クレア・レディベル。
俊敏な動きにて二人を屠ったクレアは逆手に持ったナイフの血を払う。
「遅ェ。俺様の増幅を付与させてやってんだぞ? 何二人倒したくらいで満足してんだ? あァ? 礼を言うくらいなら無防備な雑魚くらい全員倒せ」
「無茶言わないで下さいよっ!? エレオスさんの増幅をコントロールするだけで体ガクガクなんですからね!?」
「軟弱モンが。俺様はまだ五割も付与してねェぞ。それくらい一分でコントロールしろ」
「それが出来るのはルカ君だけですっ!?」
「ぎゃーぎゃーうるせェな。ちんたらしてっとキャメルの奴等に追い付かれちまうぞ。残りの三人、五割の増幅でやってみろ。今のてめェならやれる筈だ。最低限のフォローくらいしてやるよ」
「……なんやかんやで信用してくれるんですか?」
「調子に乗んな。てめぇが使いこなせずにくたばれば俺様がやるだけだ。その時は覚えてろよ……鍛え殺してやる」
「鍛えてくれるのか殺したいのかどっちなんですか!? ともかくやれるだけやりますッ!」
敵大将の眼前だと言うのにラウニーの傲慢とほんの微塵の信用は揺らがない。
そんな明確なまでに変わったラウニーの態度に様々な驚愕を抱きながらも、夜昇を越す力の操作に重点を置いたクレアは【ロート騎士団】の三人を相手にするのだった。
結果――一人を倒したものの、途中で限界に達したクレアの尻拭いをラウニーが行い、【夜光騎士団】は勝利した。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
二戦目。ステラⅡ【クロユリ騎士団】VSステラⅢ【ラッキー騎士団】の個人戦。勝負形式は五対五の一騎打ちで勝ち星が多い騎士団が勝利となるが勿論。
「【零騎士団】の奮闘に奮起したのかは知らんが相手にならんな」
「おっ、お疲れ様ですっ!」
「完封とは流石です団長」
【クロユリ騎士団】全勝。団長のソアラは相手の感情を読み解く髪解すら使用することなく勝利を手にした。
一滴も汗をかいていないソアラは微笑みながらタオルを用意したアルアに拒否を呈し、シルアーティの称賛を受ける。
特に戦闘に興味は無かったが、ソアラの選考により選出されたチャイナドレスを着こなすイーリン・スパナは胡坐で工具を弄りながら「ソアラお疲れアル~」とぶっきらぼうに労いの声をかけた。
そしてその隣では。
「レラ、機嫌を直せ」
イーリンの隣で頬を膨らませていじけるレラ・アルフレインが。
「ずるいずるいずるい~~~っ! アルちんもシルルもリンリンも団長も皆戦えてるのに何でウチだけ不戦勝!?」
「断定は出来んが元よりお前との一戦は捨てるつもりの戦略だったのかもしれんな」
「戦うつもりがないなら最初から喧嘩吹っかけてくんなーっ! べーっだ!」
アルアが先鋒として舞台に上がり一勝。勢いに乗りたい【クロユリ騎士団】は次戦にレラを送り込んだが、その選択は相手を戦々恐々とさせた。なんと対戦相手の【ラッキー騎士団】は一人と一勝を犠牲にレラに棄権を言い渡したのだ。
ソアラの言うように【ラッキー騎士団】は最低限の力で最大に勝率を上げる為、自陣最大戦力を三人にあてがって勝利する方針だった。団長対決は避けられないにしてもレラとの一戦を落として残り三勝をもぎ取ればいいと。
しかしそうは問屋が卸してくれる筈もなく、アルアが容易に一勝を勝ち取る。一戦目で早々に追い込まれた【ラッキー騎士団】に更なる非情。嬉々として舞台に上がるレラに団長は悩み、団員達は震え上がった。結果棄権するに至り、暴れる気満々だったレラは肩透かしを喰らったのだ。
不完全燃焼――発火すら出来なかったレラに不満が充溢していても当然だった。
「戦士として名誉な事じゃないか。私ですら戦闘を前に棄権された事など無い。誇っていいことだぞ名誉幹部」
「よっ、名誉幹部~」
「め、名誉幹部ーっ」
「えへへ、ソウカナ? まあ名誉幹部なら仕方ないよね~」
レラの取り扱いを十全に掌握しているソアラはレラの機嫌を取り戻そうとおだて、目論見に感づいたシルアーティとアルアはすぐさま加勢に入る。
単純且つ純粋なレラの怒りメーターのゲージは急速に下降していき、ホクホクな顔をしながらレラは頭部の後ろで手を組んだ。
「チョロ甘アルな」
手元でカチャカチャと鳴る金属音に混じりながら、ぼそっと聞こえないように呟いたイーリンの言葉はレラに届かず。
昨日のルカとの前哨戦――一方的な蹂躙だった――がレラの大暴れ阻止の一役を買っていたことは、誰にも知る由は無かった。
略奪闘技二戦目【クロユリ騎士団】の勝利。
勝利報酬は年三パーセントの利益の献上。




