238話 懇親騎士団ご招待★
しきたり――と言うほどのものではないが、下界にそういった風習が存在すれば魔界にも当然存在する。
【零騎士団】魔界滞在組の引越しの完了、生活環境の整備が大方完了した本拠のお披露目会が開かれていた。
本拠に呼ばれたのは同盟相手である【クロユリ騎士団】団長ソアラ・フリティルスと幹部のレラ。そして本拠が出来るまでの間マシュロ達の宿を提供してくれていた【夜光騎士団】の団長キャメル・ニウスと幹部であるクレア・レディベルだ。
本拠らしい本拠に、遂に【零騎士団】という新たな傑物が形となって活動を開始したことに多くの者が感嘆を抱いていた。【クロユリ騎士団】の弱冠二名はまた別の感嘆ではあったが。
「へーぇ、これが閉魔鍛錬場ってやつなんだ? どれどれ、お手並み拝見、ッと!」
事前に聞いていた【零騎士団】特有の閉魔鍛錬場を実際に眼にしたレラ・アルフレインは翡翠の魔力を超伝導し、手に掲げていた両刃鎌『獅駆真』に膨大な魔力を付与させて翠魔刃をぶっ放した。
凄惨な衝撃音と内部がぐらつく震動を引き起こすも壁は無傷。魔力を通さないだけではなく、耐衝撃も優れている立派過ぎる鍛錬場にレラは驚愕を隠しきれない。
「すっご……っ! 本当に何もかも遮断しちゃうんだっ! ネェダンチョッ! 【クロユリ騎士団】にもこの閉魔――ぁ痛ったぁーっ!?」
瞳を輝かせながら振り返り、自分達の本拠にも閉魔鍛錬場を導入してくれと叫びかけたレラの頭をゴチン、と白の拳銃が鈍い音を立てて衝突した。
「馬鹿者。幾ら耐久性に秀でているとは言え人様の本拠だぞ。少しは規模を抑えんか」
「だってだってーっ! どれくらい耐えれるのか気になるジャン!? って団長もめっちゃ乱射してるじゃんっ!」
「む……いつの間に……」
【クロユリ騎士団】団長とは言え、目新しい物を前にすれば童心も帰ってくるようだった。
元より責任感の塊のようなソアラは、これまで人前ではしゃいだ事など早々ない。そんなソアラを児童退行させるのは【戦姫】であるソアラの遊び場――力を発散出来る閉魔鍛錬場と、ルカが行った【クロユリ騎士団】の呪いの軽減が大きいところだろう。
仲良くぎゃいぎゃい言い合ったソアラとレラは、しかし意見は合致しており考案兼監督のシュリアへと向き直る。
「シュリア、この閉魔鍛錬場は他騎士団の本拠にも導入出来たりするのか?」
「出来るわよ。ただ貴女達程の団員数が居る騎士団で何人も使うとなればそれなりに敷地は要るし、それだけ高くなるわよ」
「ふっふ~、姫サマ舐めちゃあいけないよ? なんたってウチ等は【クロユリ騎士団】だからねっ! 貯金もあれば稼ぎもある! さあソアラさん、思い知らせてあげなさいっ!」
「わからんわからん。レラのキャラが分からん。だがしかし、ざっくりどの程度なんだ? レラの言うように【クロユリ騎士団】にはそれなりの貯えと支払い能力はあるが」
即【クロユリ騎士団】への導入も検討を進める二人に、シュリアは頭の中で電卓を弾く。
「【零騎士団】で四名計算だから、その倍と考えても五億ザウ近くはかかるわよ?」
「レラ、諦めよう」
「早くないっ!? ウチ等くらいなら五億くらいあるでしょ!?」
「支払えんこともないが騎士団には諸々の経費というものがかかるんだ。それに万が一の事態の備えに手を出すのはやはり騎士団長として軽視は出来ん」
「んー……! 順番こに使う形でここの規模ならおおよそ半額でしょ? 諦めるには早いよ団長っ!」
「地下を使うにしても増築するにしても拡張工事は行わなきゃならないし、【零騎士団】にはシュリア達がいるからいいけどメンテナンス代もかかるわよ? 耐久が劣化して本拠が壊れてもいいのなら話は別だけど」
「レラ、諦めよう」
「二度目っ! 話聞いてる内に厳しいって事ウチでも分かっちゃったよ!?」
【零騎士団】こそラグロックから持ち込んだ結界や製品を使用することが出来たため二億ザウ前後――実際の費用はもっとかかっているがシュリア達の厚意により減額してくれている――で抑えられているが、他の騎士団ともなれば商売である以上無闇な減額は己達の首を絞めることになる。
特に初めての試みである事から保険的、商売敵がいないことから独占価格なところはあるが、実際に破壊があってはシュリア達の沽券と信用に関わってくる。毎月とは言わずとも定期的なメンテナンスは必要だろう。
己の全力を出し切れる発散場として最適な閉魔鍛錬場にレラも多少食い下がってはいたが、騎士団としての費用が膨れ上がる実感が湧いたのか、納得しながらも可愛らしくいじけてしまう。
「レラ、そういじけるな……たまには遊びに来てもらっていいからさ。サキノも喜ぶ事だろうし」
「えっ、ルカ君本当っ!? 毎日来ていいのっ!?」
「「仕事しろ」」
ルカの同盟としての提案にレラは嬉々として立ち上がるが、見当違いな発言に両騎士団団長の正論が穿った。
ぶーぶー口を尖らせるレラは「ま、いっか~」と頭の後ろで手を組みニシシと笑う。【零騎士団】との繋がりを嬉しそうに笑みで体現するレラに、ルカはほんのりと温かい感情を貰う。
――そんな無邪気な天使のような笑みは、途端に悪魔へと。
「さぁて、折角【零騎士団】に来たんだし、こんな素敵な場所もあることだし、ルカ君に一戦お願いしちゃおっかなー!」
手合わせ。舌なめずりをする悪魔の笑みは再戦願望。
そんな悪魔の提案をルカは断ろうとしたが。
「待てレラ、抜け駆けは許さん。ローハートとやるのは私だ」
「フリティルスさんも何言ってんの!?」
団員の無茶振りを止めるかと思いきや、まさかのソアラも再戦を名乗り出た。
翌日に別々の略奪闘技を控えている両騎士団としてはあるまじき行為。しかし閉魔鍛錬場があるのならば使わなければ勿体ないとでも言うかのように両者は奮い立っていた。
そして始まるいつもの口喧嘩。
「はぁーっ!? 略奪闘技でもウチの方が先にルカ君と闘ったんだし、今回もウチが先ですー!」
「それを聞いたからと言って、はいそうですかとはならんだろう。前回はお前が先だったのなら今回は私が先だ。レラは少し団長を立てることを覚えた方が可愛げがあるぞ?」
「なにおーっ!? そんな謙遜がなくてもウチは可愛いんですーっ! 団長だって部下に譲った方が上司らしいんじゃないのーっ!?」
「ローハートは危険な人物だ。危険があるとわかっていながら部下を先に送り出すなど団長としていかがなものか? 部下を想ってこそだと思わんか?」
「ルカ君が危険なのは否定しないけど、一回闘ってるんだし危険値も確認済みですー! 団長の味見は必要ありませーん!」
「何でどさくさに紛れて俺がディスられてるん?」
隣で淑やかに立つシュリアに尋ねるが、シュリアも首を傾げて両名の言い合いが続き。
「あーもうっ! じゃあまどろっこしいこと無しにして――ルカ君、ウチ等二人いっぺんに相手して?」
「二人同時に!? そんなに可愛く言っても二人同時には流石に無――」
「それは妙案だな。ローハート、【零騎士団】には工業地帯を復興するための莫大な資金が必要なのだろう? もしも何かがあった時の為にここで同盟相手の機嫌を取っておくのも悪くなかろう?」
湿潤な双眸でとんでもない提案をするレラを押し返すも、何としてでも再戦したいソアラはあろうことか同調した。
じりじりと二人に詰め寄られ、たじたじなルカは二人の歩調に合わせて後退する。
「待て……ほら、明日俺達も【クロユリ騎士団】も略奪闘技なんだし、あんま無茶なことは……」
せめて一対一であればまだしも、強敵中の強敵二人を同時に相手取るなど正気の沙汰ではない。何かと理由をつけて断ろうとシュリアを一瞥して助けを求めるも、【零騎士団】対【クロユリ騎士団】の略奪闘技を知らないシュリアはにこっと微笑む。
制止役として一番役に立たない少女が傍にいる事にルカはこの時気付いてしまった。
「どんな逆境でも跳ね返しちゃうのがルカ君なんだしダイジョブのダイジョブー!」
「前哨戦とさせて貰おうか」
「だねっ。んじゃ、いっくよーっ!」
「幾ら何でも無理だってーっ!?」
ドカーンドカーンと砲撃と斬撃の嵐が開始される。圧倒的不条理、再戦と言うよりも復讐に近い形で笑顔の少女達は逃げ惑うルカを追いかけるのだった。
そんな団長の姿を見てポアロは抱腹で爆笑、その隣で腰を下ろすサキノはささやかに微笑を浮かべながらぼーっと元団員達を眺める。
サキノの膝には本日休暇を貰った小型化のエンネィアがすやすやと眠る。代わりにミュウが今日はゼノン達の護衛に当たっている。因みに【麗貴】として名が広まったミュウの秀麗さに人族等が薬舗へと押しかけ、人知れず薬業は繁盛していた。
「マシュロ、どうだ【零騎士団】は」
反撃に乗じようと振り返るも、間断の無い【クロユリ騎士団】団長と幹部の攻撃に吹っ飛ばされるルカの姿を視界に入れながら【夜光騎士団】団長のキャメル・ニウスは隣の少女に尋ねる。
「お陰様で毎日楽しく過ごせています。とても居心地のいい騎士団です」
【夜光騎士団】本拠を離れ、遂に自立したマシュロは断言出来た。常にルカが居ない事など若干の寂しさはあるものの、それでもミュウやシュリア、子供達とエンネィアがとても親密に関わってくれている。路地裏生活の孤独を知るマシュロからすれば考えられない生活の変化に、毎日毎日ルカへの貢献心が尽きることは無い。
「そうか。貴様がそう思えるのなら私も送り出したことは間違いではなかったのだろう。いい仲間達に巡り合えたな」
「はい、ありがとうございます。それと【夜光騎士団】ではお役に立てずすみませんでした」
「謝るのは私の方だ。同族がいるからこそマシュロを活かせると思っていたが、お前には劣等感を与えてしまっただけのようだ。私の管理不足と配慮不足、まだまだ未熟だ。すまなかったな」
両耳の隙間の空色の髪をキャメルはくしゃっと撫でる。
母親のように優しく、それでいて父親のように温かい手。今となっては遅きに失しているも、マシュロが求めていたのはこの温もりだった。その温もりをキャメルは最後に手渡す。
「いえ、私の覚悟が足りなかったんです。弱い私は逃げるだけしか出来ないと、自分の弱さを盾に成長を諦めていたんです。でも私にも出来る事はある。私を必要としてくれる仲間がいる。護られるだけじゃなく、私も護る側に」
「立派になったな……そうだな。そのためにも明日の略奪闘技は互いに勝って乗りきるぞ」
「はい。頑張りましょう」
過去は同じ騎士団だった者も、今では別々の道を。
空色の小熊猫と茶色の狼は互いの大事な物を護る為、肩を並べて明日を見据えるのだった。




