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023話 切望★

 勇脚と美脚、都合四本の脚が目まぐるしく駆け巡る。

 糸槍(しそう)によって開けられた多くの穿孔、ミュウの攻撃に伴う広域の糸、瓦解した建造物が散見する戦場で、ルカはミュウと熾烈な()()()を繰り広げていた。


 少年が上段蹴りを放つ。少女は身を屈めて躱す。

 少女は左手を薙ぎ斬糸を飛ばす。少年は瞬間的に背後に回る。

 少年は渾身の拳撃を打つ。少女は振り向きざま腕で防御する。



「ああああああああああぁっ!!」

「ぐぁうっ……!?」



 衝撃によって地を滑るように後退したミュウは防御に使用した右腕をビリビリと痺れさせる。



「こやつの速度と力が著しく上昇した!?」

「はっ、はっ……!」



 圧倒していた筈のミュウには余裕が消え去りルカを睨めつけた。

 対するルカは今にも倒れ伏しそうなほどに疲弊している。それなのに格段に増す動きのキレ。


 翠眼――『身体強化』。

 ルカの肉体は力、耐久、速度が劇的に向上している。信頼及び敬愛を認識したルカに、つい今しがた宿った力。無駄な魔力を消費しない肉弾戦は、残息奄奄のルカに残された最後の砦でもある。

 戦場を広く駆け回るルカは、遠近問わないミュウの広範囲の攻撃を躱しながら一撃一退(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す。


 互角、時によっては劣勢のミュウも、しかし黙ってやられっぱなしではない。

 ルカの後退に合わせ、右手に生産した魔鞭(リリン・ウィップ)をルカに向けて放つ。

 ルカは回避し再び攻撃に転じようとするが、背後より手首に急激な制止をかけられ回頭する。

 手首に巻かれていたのはミュウの鞭。その行方を目線で辿っていくと、背後の柱を折り返してルカを捕えていた。



「そら……捕まえた、ぞッ!」

「があっ……! うぐぅぅっ!?」



 ミュウがルカの自由を奪い、力の限り鞭を引く。

 ぶしゅっと手首から赤い悲鳴が上がり、呻吟を漏らすルカは僅かに後退する。しかしいくら左手首から鮮血が迸ろうとも、ルカはそれ以上動かない。隙を晒さない。



「小癪な……ッ!」

「ぐぅううう……!」



 力が拮抗する。

 一瞬の隙は致命的。例え手首が切断されようとも決定機だけは作らせないと、汗を滴らせながらルカは耐える――が、スパンッ、と。

 両者の駆け引きは、純白の発光を全身、刀に宿したサキノによって断ち切られた。



「サキノっ!」

「ごめん。遅くなった!」



 白纏を解放したサキノの刀はいとも簡単に魔鞭(リリン・ウィップ)を斬断する。平衡状態だったルカとミュウは互いに蹈鞴を踏むが、次の行動への力関係が戦況を大きく変えた。

 ルカは泳ぐ体さえも前方に踏み出す力へ。

 ミュウは攻防後手となる後方へ。



「行こう、ルカ!」

「あぁ!」



 二人の怒涛の連撃が始まった。

 拳が、刀が、刀が、脚が。ミュウの全身を殴打しようと、斬裂しようと攻め立てる。

 速度の向上した二人の攻撃は、一糸乱れぬ連携で徐々にミュウの空白を奪っていく。



魅了(エピカリス)が解けたじゃと!? ありえん!」



 独りでに魅了(エピカリス)が解除されたことに困惑するミュウは、死角から飛び込んでくるサキノの刀撃を翼で受け止める。



「はぁッッ!!」



 サキノの白刀が、思考に余裕のなくなったミュウの翼を遂に傷付けた。

 飛び散る鮮血、刈り取られる余裕。



「くっ!? 調子に乗るでないぞ!!」



 初めて自身を傷付けた白纏を厄介と受け取ったミュウは、翼を大きく羽ばたかせ風圧を巻き上げた。

 三者距離を置き、ミュウが鞭を地面に叩きつけると、背後に大小様々な膨大な数の紅色魔法陣が浮かび上がり、無数の糸が二人に向けて放たれる。


 多方向、多角度から撃ち込まれる規則性のない横殴りの糸。

 回避と掌底で急迫する糸を往なしていく翠眼。

 それでも往なしきれず傷を増やしていく翠眼。

 糸の嵐を掻い潜り、白光する体で先行驀進する紫紺眼。

 焦燥の色に染まるのは、艶やかな双眸に浮かぶ紅色の瞳。



(どうしてこやつらは恐れないのじゃ!? 傷つくことも、失うこともッ!?)



 既に限界を越えている筈なのに止まらない彼等の脚。ミュウはありえないとばかりに否定を込めて怒り心頭に吠えた。



「人の本質はそう簡単には変わりはせん! どれだけサキノ・アローゼを信じたとて、いずれまた騙し傷付け、裏切るぞ!?」



 瑕瑾に塗られた全身を、震える手脚を、浮遊する意識を叱咤したルカは拳を地面に叩きつける。渾身の力で捲った岩盤と砂塵が戦場に舞い揺らぎ、ミュウとルカを繋ぐ視界が一瞬の内に遮断する。

 糸が手当たり次第に砂埃を揺らしては貫通していく中、ミュウは自身を傷付けるに足るサキノの白刀へ鞭を絡ませて後方上部へ投げ飛ばした。



「例えそうだとしても、その度に俺はサキノに寄り添う道を選ぶ!」



 定められた運命を救えるように。

 守らなければならないモノを守れるように。

 だからそのためにも変わらなければいけない。

【嫌悪】を知り、悪意を知り、【信頼】を知ったルカは願った。



(俺は――変わりたいッ!)



 順応するだけの運命を変えたいと。

 サキノを救いたいと。

 バジリスク戦(あのとき)、生きたいと願ったように。

 ルカは心から、願った。


 翠眼のルカは抜け出していた。

 虚を衝かれるミュウの背後十メートル。

 瞳が黒眼へと変化を遂げ、右手に剣身のない柄を握るルカ。

【願望】、【切望】、あらゆる願いを引鉄にして救済を施す。



「絶ち斬れ(マイナス)を」



 厳然たる極彩色の八芒星がルカの瞳に燃え上がる。

 大気中の光という光を吸収するかのように剣身を象る濃密な数多の光。

 剣身からは息吹のように、光が漏れては宙を舞い踊る。


 (プラス)を蝕む(マイナス)要因の『消滅』。

 謎の極彩色の力の正体。

 ルカの声に振り向いたミュウは、ゾクッッッ、と。

 その神々しくも禍々しい、異質を超越した力に、最大級の悪寒を細胞全体で感じ取った。



(あっ!? あれは『受けて』はいかんっ! 絶対にっ!!)



 砂利を蹴飛ばし、ルカが突貫する。

 彼我の間合い、七メートル。

 額に冷や汗を湛えながらミュウは鞭を自身の上部へと放ると、鞭は弾け、糸がルカへ飛来した。精製も召喚も、最善手である回避も遅きに失すると判断したミュウが取った苦肉の策は、手元の唯一の糸を迎撃に回すことのみだった。

 焦燥と共に放出した糸はルカへ一直線に向かう。

 絶妙な間合い。直撃か、通過か。

 しかしそんなミュウの焦燥は杞憂だとばかりにルカの膝がガクッと僅かに落ちる。

 蓄積された痛手(ダメージ)、重ねに重ねた疲労、消費限度を超えた魔力が僅か一歩分の遅延を招いたのだ。



「ふっ……残念じゃったの!?」



 何十本もの糸がルカを貫こうと急迫する。

 斉射された攻撃に回避も防御も間に合わないルカは、それでも脚に力を込め、最速で突貫する。

 自力で掻い潜ることは不可能な棘の波。その差、数ミリ。

 僅かな遅滞であっても、ミュウの勝利に天秤が傾くのは必然であった。

 ミュウは勝利を確信し、拳を握りしめた。


 ――しかし。

 白髪の彼女が取った次の行動が。

 八芒星の瞳の少年の迷いのない敢行が。

 ミュウが抱く勝利への慢心を覆し、彼等の一縷の勝機を手繰り寄せていく。

 強引に天秤を傾けるのも、また、仲間という『重石』を授かった者の賜物であることも道理だった。



「な――」



 膝が落ちようと前進を止めなかったルカの身体が、直撃必至だった筈のルカの身体が、急激な加速を施行する。

 ルカの上空には刀を一振りしたサキノの姿。



「ルカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」



 颶風がルカの背を優しく、力強く押した。

 背後で置き去りになる糸と地の衝突音。

 一瞬にして詰められた間合い。

 驚愕と恐怖に瞳を見開くミュウ。

 ルカは極彩色の軌跡を残し、ミュウの反応を見届けることなく一閃。

 光の雄叫びが戦場に蔓延する。


挿絵(By みてみん)






負滅救斬(エフティヒア)






 爆砕。

 虹を架けるような一振りは、並みならぬ衝撃と閃光で蒼い空間を多色に焦がした。

 キラキラと、まるで水面に反射する太陽のように空間が光に溢れる。

 疾風が周囲一帯を蹂躙し、煙という煙を巻き上げていく。

 暴風が呑み込む建造物は、亀裂を境に崩壊を余儀なくされた。所々で崩壊音が地を揺らし、衝撃のほどを物語る。


 宙を舞っていたサキノは発光に視界を塞がれながら着地し、戦況の趨勢を窺う。

 暖気を帯びた光は徐々に勢力を弱めながら収束に向かっていた。

 明滅する視界にサキノは恐る恐る目を開いていくと、そこには柄のみの元長剣を振り下ろした体勢のまま固まるルカの姿。

 ルカの眼前には、攻撃によって抉れた地面と広域に駆け抜ける消滅痕。足元には鎖が落ちているだけで、脅威の少女の姿はどこにも見当たらない。辺りに癒着していた糸の数々も存在を消し、静寂な空間が残っている。


 その光景が意味するところは――二人の勝利。

 戦の幕を下ろしたと悟るには十分過ぎる静謐さだった。

 サキノが喜色の声を上げようとした時、ドサリと。

 ルカは残心の体勢から、その場に倒れ伏した。



「る――」



 駆け寄ろうとしたサキノの声も最後まで言葉にならず、視界がぐにゃりと音を立てて捻曲する。

 酷使した身体は悲鳴を上げ、超過した疲労は意識を引き剥がす。

 続けてサキノも膝を着き、微かに抵抗を試みるも努力虚しく。

 やがて全身の力が抜け、倒れ込んだ。

 二人の意識は、罅割れる秘境(ゼロ)の中で静かに拭い去られていった。


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