237話 誇りと錯誤
一時優勢に見えたポアロがココにしっかりと調教を受けている頃、ラヴィに手を引かれたルカはショッピングモールに連れられていた。
放課後に来た事もあり、制服を着たメノ・アカデメイアの生徒や他校の生徒が疎らに存在する空間。若い者から年老いた者まで笑みを共存させる商業施設は今日も賑わっていた。
「それでね、シャルナの勧誘がすっごいの! ま~ぁ? あたしの才能を見破ったのは流石なんだけど、あたしはルカ専属のメイドだからさぁ」
現在ラヴィは片手にタピオカが入ったミルクティーの容器を手に、ルカが知らない夏季休暇中の出来事を事細かく振り返り説明してくれている。まるで身の潔白を証明――他の異性とは何の交流も持っていなかったことを証明するかのように。ラヴィからすればただ単にルカとお喋りしたいだけだったが、ルカが指摘していないにも関わらず自分からあれやこれやと情報を公開していく。
「雇った覚えも専属にした覚えもないんだけどな? ラヴィが興味あるなら俺の事は気にせずやってみてもいいんだぞ? サキノも一緒な訳だし」
大人気店カフェ『あうる』。ラヴィは夏季休暇中にシャルナと言う名の友達から『あうる』のバイトを勧誘されていたらしい。
ラヴィはルカと行動を共にすることが多いが、気さくな性格や裏表のない無邪気な姿から基本的には友達はかなりと言っていい程に多い。それでも優先すべきはルカ第一。そんなラヴィの一途な面も知っていることから着かず離れず、しかし隙あらばラヴィを遊びやバイトに勧誘する者も多い。
ルカが魔界に渡航している間、人々の記憶にはルカ・ローハートという人物は存在が空白になる。略奪闘技や禁足地ヒンドス樹道への出向、ラグロック民護送任務やミュウの奪還など、ルカにしてみれば大忙しだった夏季休暇中は魔界での出来事が主で、特にラヴィへの勧誘が顕著だった。
よくよく考えれば何故ルカと夏休み一緒に居られなかったんだろう? と疑問にも至りそうなものだったが、ラヴィの頭には今ルカと居られることが何よりの幸福だった。
「う~ん、制服も可愛いし興味はあるけど、あたしが誰彼構わず笑顔振り撒くのってルカに心配かけちゃうかなって?」
「……? ラヴィの人柄の良さは知ってるから俺は気にしないけど?」
「んもぅっ、そーゆーことじゃなくってぇ~! ほらルカってあたしの事好きじゃん?」
「まぁ。(友達として)好きだけど、何か関係が……?」
「ぅえへへへへへへへへへへぇ~~~~」
「急に壊れないでくれるっ!?」
嫉妬。ラヴィが言いたいのは己がバイトであっても他者に寄り添う事でルカに余計な嫉妬を抱かせたくないと言う事だったが、誘導尋問のように口外させた好意の言葉にラヴィはそれどころではなかった。頭に付けた二本の尻尾をブンブン振り回しこれ以上ない程の喜びの舞いを『嫉妬』がイマイチよく理解出来ないルカの前で披露してみせる。
『踊れ、脳まで』
そんな一人悶絶しながら嬉々を爆発させるラヴィを他所に、ルカは聞き覚えのある声に視線をその方向に走らせた。
巨大な広告塔に映るのはアラン・シルスタ。ラヴィも言っていた広告が大々的に表示されていた。
『目覚めろ、細胞』
アラン達の華麗なダンスが流れるように映し出されていく。
所々に映し出されるは汗を弾くアラン達が元気飲料を煽る姿。
『誰もが嫉妬するその美舞。世界に遅れを取るな』
アラン達三人のダンスチーム『ゼロ・テュピア』。象徴であるダンスを取り入れた広告は非常に格好いいものに仕上がっており、ルカや多くの者達の視線を奪った。
その知名度は下界リフリアでは知らない者を数えた方が早い。広告のように世界にも進出を始めている『ゼロ・テュピア』を見て、ルカはアランへの敬意を改めて感じた。
『ゼロ・テュピアか~一気に名前売れたよなぁ。周りでもダンスやり始める人増えたぜ?』
『お前の周りでもか? 俺の周りでもそうなんだよな。来てるよダンスブームが』
近くの座席の会話が耳に飛び込む。盗み聞きするつもりはなかったが、ラヴィの故障も相まって自然と会話を脳内が捕捉してしまう。
しかし流行にまで発展させるとは、これまたアランの影響力は凄いなとルカは感心を抱きながら珈琲を口に含んだ。
『でも、知ってるか? アランも勿論凄いんだけどさ、ゼロ・テュピアを立ち上げたのはルカ・ハートってやつらしいぜ?』
しかし雲行きの怪しい話がルカの動きと言う動きを停止させた。
『その噂は聞いたことあるな。裏でアラン達を指揮するリーダーだって噂もな』
『幸樹広場で踊ってる動画見たことあるけど、マジで本職達と遜色がない。だけどルカ・ハートの活動記録は一切無くて、謎の人物なんだよな……実在するの? みたいなことも言われてるらしいぜ?』
『はははっ、動画に残ってんだし存在はするだろって話だよな!』
『ゼロ・テュピアの実力も勿論なんだけど、スペシャルゲストっつーか、ミステリアスな部分があるとなんか追っかけちまうよな』
『わかるわー! 期待値が高まっちまうよな!』
違う。そう訂正したい気持ちに駆られるも既に噂は出回っているようで、この場で声を上げても大した影響力にはならない。
人と言うのは噂に敏感だ。火がないところに煙が立たないのは無論そうなのだが、面白おかしく吹聴する者もいれば、人伝とは必ず尾鰭が付いて回る。
ルカにしてみれば親友のアランに誘われたから共演しただけであり、己が絶賛される筋合いなど一切ない。
ところが世間はそうは見ない。アランの前口上やルカの実力を見れば、共に活動していないことから別のチームで活動してるのではないかと疑問を持つ者は現れる。そんな人々がルカを辿っても活動記録などある訳が無く、謎が憶測へと昇華する。
なるべくしてなった。一連の噂はルカの順応力によって成立してしまったのだ。
「やっぱりルカは凄いねぇ。練習じゃなくて、たった一回人前で共演しただけでこれほど知名度広がっちゃうなんて! ただぁーしっ! 名前を間違えてるのは頂けない! ルカの名を訂正してこねばっ!」
故障から再起動したラヴィがルカを称賛しながら、名前の認識が誤っていることを訂正しに席を立とうとする。
「ラヴィ、ストップ。騒ぎになるのも面倒だし、騒ぎになったらラヴィとの時間減っちまうぞ?」
しかし変に事を荒立てたくないルカはラヴィを制止させた。
「ぅゆっ!? それは困るっ! えへへ、そんなことまで考えてくれてるなんて、ルカありがとねぇ」
愛する人物の誤名訂正の使命感に駆られていたラヴィはルカの一言によって正気に戻る。
自身と一緒に過ごせる時間の事まで考慮してくれていた事を知ったラヴィは、座席をルカに寄せながらハートを振り撒く。
そんなメロメロなラヴィの密着に眉を下げながら、ルカは先日のアランの言葉が頭に反芻されていた。
『ゼロ・テュピアの真のリーダーはルカだって騒がれてるのにお前を絶賛するのが俺らしさか? CMの依頼でルカが居ない事に落胆されたことに何も感じないことが俺らしさか?』
周囲の評価を耳にした今ならば理解出来る。
注目を浴びているのは確かに『ゼロ・テュピア』だ。しかし陰にチラついているのは紛れもなくルカの存在。アランにしてみれば自分達の実力が十全に評価されていないと感じても仕方が無かった。
(思ったよりもアラン達との共演が悪い方向に影響してるな……誘われるがままに参加してたけど、無配慮だったかもしれないな……)
もう一度広告等に眼を向ける。
そこには既にアラン達の広告は映し出されておらず、また別の広告が流れていた。
しかしルカの目に映るのは、映ってもいない筈の燃え盛る『嫉妬』の文字。
(結局夏休み後一日しか来なかったな……大丈夫かアランの奴……)
ルカの胸中には自然と不穏が渦巻いていくのだった。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
他方、ルカが憂慮をかける少年は一つのスタジオにいた。
鏡を向かい合わせに汗を弾かせながら踊るのはアラン一人。音楽に合わせて体を捻り、巻き、しならせていく。
「お疲れアラン~。俺達は先に帰るけど根詰め過ぎんなよリーダー!」
開いた扉から荷物を背負ったチームの仲間達が手を振る。
音楽だけが先行し、アランは動きを止めて剛毅に笑う。
「おーうお疲れ。体冷やすなよー」
扉が閉まり数瞬、アランは笑みを消して音楽を止める。滴る汗を拭ったアランは壁に腰かけ、小休止のついでに携帯電話を開く。
売名に伴い評価というのは必ず付き纏う。ダンス流行の発端を作った『ゼロ・テュピア』としては――リーダーであるアランとしては世間の評価は気になるところではあった。
ゼロ・テュピア、ゼロ・テュピア、アラン、ダンス、ゼロ・テュピア――ルカ。
「…………」
陰に潜むルカの名。『ゼロ・テュピア』の創始者だとか、真のリーダーだとか、そう言った噂はアランも知っている。
勿論ルカの能力も評価しているし、友達としては一緒に踊れる事やダンスについて語り合える事は喜ばしい事だ。
しかしだ。『ゼロ・テュピア』はアランが立ち上げた、アランの為のダンスチームだ。いくらラヴィに叱られようとも執拗に勧誘していたとしても、ルカに乗っ取られるような筋合いは微塵もない。
世間は裏設定というものを求めているようだが、そんなもの期待される方がアランからすれば知った事ではないし、出回る噂に納得もいかないだろう。
「……ルカ」
無言で世論調査を終えたアランは、たった一人の少年の名を口から零し、一つの動画を再生する。
そこには魔界で巨人ヘカトンケイルと戦うルカの姿が、そして『魔織化』したラウニーと戦うルカが映されていた。
その動画で動き続けるルカを、アランの茶眼はひたすらに追っていく。
動画の終わりにアランはその戦闘動画をネットに上げようと操作を行うが、セキュリティに弾かれ公開の目論見は頓挫する。
「やっぱ駄目か……」
実はアランはルカの戦闘動画をチームの仲間に見せたこともあるが、彼等の眼には真暗な動画が永遠と映っていたらしい。
どうやら魔界の出来事を撮影は出来ても世界の秩序を乱すような行為は適応されないらしい。
「……ちくしょう」
悔しさの込められた一句を宙に投げ、アランはもう一度動画の再生を始めた。
アランの胸中は誰にもわからない。




