220話 相性
演説の最中で引き起こされた暴動。魅了も未遂、聖拝堂は焔を全身に羽織り出入りも許しはしない中、ヴェルーガは宙に欠伸を放つ。
そんなヴェルーガの元へ偵察に出向いたハローが一時帰って来た。
「ヴェルーガ様、侵入者です。堂内にサキノ・アローゼとポアロ・マートンの二名です」
「二ぃ!? ぷははははっ!! 二ぃ!? だっ、はははは! ほ、本気で助けに来たつもりかよっ!? たったの二人でぇ!? ははははは!」
退屈を吹き飛ばす少数宣言にヴェルーガは抱腹絶倒で嘲笑う。
(何故助けに来た……! いや――主様が捕らえられておるのじゃから当然か……じゃが来るにしても同盟を組んだ【クロユリ騎士団】の手を借りるなど策はあったじゃろう……)
ヴェルーガの大笑いも当然だ。いくら団長のルカが大切とは言え、救出に来るにしてももっと人手を集めて来るものだとミュウもヴェルーガも思い込んでいたのだから。尤も、【クロユリ騎士団】に打診し断られた事は知る由もないのだが。
それが二名。逃走した人数よりも再突撃の人数が減る事態にミュウの頭は本当に助けるつもりがあるのかと、混乱に襲われていた。
一頻り一人で大笑いしたヴェルーガは目元の涙を拭い、髪を一度掻き上げ剣呑な様子を滲ませる。
「めんどくせーなぁ……堂内にはそこそこの腕前の兵とそれなりの数は残ってるが、【クロユリ騎士団】に勝った奴等相手じゃ若干不足気味か……? ま、念には念を入れときゃ間違いねーだろ。ハロー、ミュウ迎撃だ」
「はっ」
「…………」
返事も、視線も合わせようとしないミュウを横目に、ハローは無言で先行して聖拝堂を出ていく。
「まー、昨日の昨日まで仲間だったんだから踏ん切りがつかねーのはしょうがねーよ。俺もとやかく言うつもりはない。だけど変な企みを持って攻め込まれる状況が一番面白くない事は確かだ。だから今回だけはお前を支配させてもらうぜ」
「……勝手にしろ」
「悪ーな。記憶だけは無くならないようにしといてやるよ」
「悪趣味め……」
「これはお前の殻を破る為なんだぜ? 最初に戦う相手が一番辛い相手だと後で苦しまなくて済む。あ、こうしよう! お前の奮闘に応じてローハートの処遇を変えてやるよ! アスモデウスも言ってたろ、命の一つや二つ献上しろって。だからお前が最低一人の命を取って来ればローハートは即解放してやるよ!」
「お主何処まで極悪に――ぅうんっ!?」
どこまでも人を殺める事に抵抗を無くしたいのか、激情したミュウがヴェルーガに詰め寄ろうとした途端、ミュウの体が意に反して制止し激痛を呼び起こした。
堪らずミュウは膝を着き、目尻に浮かんだ涙を払い飛ばして玲瓏な紅瞳でヴェルーガを下から睨み付ける。
「俺に敵意を持った途端激痛が走る。それが従紋の効果だ。結構耐え難い痛みだろ? もう反抗しようなんて思うんじゃねーぞ?」
「チッ……!」
「じゃあしっかり仕留めて来い」
「うぐぅ……わかったのじゃ……」
ヴェルーガがミュウに手を翳した途端体から激痛が消失し、代わりに抗いようのない強力な支配が身に宿った。
不本意。屈辱。様々な負の感情を引き連れながら、ミュウは聖拝堂を後にしたのだった。
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「はぁっっ!」
「当たらんで、そんな多少武術を齧った程度の剣技じゃ、なっ!」
兵の振り回す長剣を最低限の動きで躱したポアロは、地に突き立てた槍をポールダンスのように活かし、お返しに鎧を身に纏う胴体へと蹴撃を叩き込む。直接的なダメージはないものの、兵は蹈鞴を踏み尻餅を衝く。ガシャンっと鎧の鈍重な音が響き、サキノとポアロの二人は歯牙にもかけず横幅十メートルほどの通路を進んでいく。
聖拝堂は広い。オルパール五本の指に入るほどの威厳と立地面積を誇る建造物は内部が錯綜している。どこに向かえばいいのかは亜人族程嗅覚の利かない彼女等では判然としなかったが、常に移動を続けなければ、いつ何時対処しきれない程の物量に遭遇するかわからない。
散発して現れる兵達を大きな怪我をさせず、血を流させず退ける二人はとにかく奥へと進み続けた。
そんな二人の視界に一際開けた空間が現れる。視線を交換した二人は加速し、勢いよく空間内へと飛び込んだ。
警戒心を最大に膨張させる二人の左方、そこには一つの通路を背に佇む修道服を纏う一人の女性――ハローと周囲を取り巻く十程度の兵。
「【愚の詠人は云った。不交は永遠、駆逐は有限。栄華を冀うのなら威で抑せ――】」
「アカンっ! 完全に待ち伏せされとるっ!!」
終わりかけのハローの詠唱。どす黒い魔力が空間を縦横無尽に走り、何故己等がこれほどまでの魔力に接近しなければ気が付かなかったのかを彼女等は考える余裕すらもない。
呪術を放たれればそれだけで戦意を消滅させられ、戦況は愕然と言っていい程に呆気なく抑される。周囲の兵も挺身を厭わず時間稼ぎのように突撃を始め、どう考えても、どう見繕っても遅きに失している。
それでもポアロは魔力を練り重力の手綱を引き寄せ、サキノは低身で兵達の隙間を縫い特攻を仕掛ける。
そんな二人の見当虚しく、ハローの口が開く。
「【オベイ――】」
が。
「させん」
ドォン! と無駄な轟音を打ち鳴らし意識を集めた先。別の通路から現れ、漆黒の長銃を片手にハローへと蒼い電磁砲を飛来させた人物。
「くっ!? ローハート!? どうやってここへ!?」
「ルカっ!? 捕まってたんじゃないの!?」
うねりを上げて接近する爆速の射撃にハローは堪らず回避を敢行する。それでも魔力の手綱を手放しはしなかったが、唯一の天敵ルカの出現により【オベイユアマスター】の行使に制御がかかる。
ここに来られる筈の無いルカの出現に、ハローとサキノの疑問が同時に飛んだ。
ルカがリフリアへ帰って来ないことから、サキノはルカの身柄が拘束されていると推測していた。だからルカをまず救出し戦力を補充してからミュウの元へと向かう算段だったのだが、オルパールへと到着した途端、天蓋もあり、思った以上にミュウの魔力が充満しており追い易いとの指摘をエンネィアから受けた。
だからサキノは計画を変更した。ミュウの匂いを辿り、ヴェルーガを打ち倒す方がきっと効率的だと。
その計画変更はルカにとって非常に都合が良く、サキノ達にとっても実に能率的だった。
何故ならルカにはサキノ達の行動に併せて対処出来る近習探知と橙黄眼による視野専有があるのだから。サキノ達の突撃に併せてルカが牢屋からの脱出を図れれば、それだけでルカの救出と言う一手間が省略できてしまうのだ。
「頼りになる治癒師が居てくれたおかげだ」
羽衣を掴んで振り回し大旋回で兵を一掃するポアロの周りに、背を預け合いながらルカとサキノは並び立つ。
(ローハートが相手では私の【オベイユアマスター】は全く効果を発揮しない……戦力的にも圧倒的不利ですし、どうしたものでしょうか……)
ルカの出現によってハローの呪術はただの魔力の無駄撃ちへと変貌し、ハローは魔力を一度体内へと戻した。周囲のドス黒の魔力は鳴りを潜め、サキノも一時の安寧を得たことを悟る。
「やっぱりルカにあの魔法が利かない事が相当堪えてるみたいね。ここは全員で戦闘して、早急に突破する策が良いと思うのだけれど」
「無力化に苦手意識があるのなら尚更だな。俺もそれが良いと思う」
団長、副団長の意見の一致にて迅速な突破策が合理的だと判断され、再び戦闘の幕が上がりかけた。
が。
「ちょいちょい、首脳陣達の決定に口を挟むんは少し気が引けるけどちょっとええか?」
「どうしたポアロ?」
ポアロが二人の行く手を遮った。
「確かに早急に突破出来るんはベストやろうけど、前回手合わせしたけどハロりんの実力は幹部クラスや。もし手の内をまだ隠しとる可能性や、以後のトラップや連続戦闘を考慮すればここは体力温存して先に向かう方がええんちゃうか? ここは敵陣地のど真ん中やで? 何があるかわからん」
ポアロの意見も尤もだ。相手に何名幹部クラスの仲間がいるかも判然としない。聖拝堂にどんなギミックが隠されているのかもわからない。戦力の分断は危険を伴うが、故に見返りも大きい。略奪闘技で戦力を分断したが故に大将ソアラの元へまで辿り着くことが出来たように。
そんなポアロの説得にルカは。
「わかった。無力化で魔法を無力化できる俺が残る」
最善策を選択した。
しかし。
「アカンアカン。ルカりんはうち等の仲間にちょっかいかけた悪の親玉に用あんねやろ? やから――ここは僕に任せ」
ポアロが再びハローの前に立ち塞がろうと意を呈した。
「相手は行動制限をかけてくる魔法だけど何とかなるんだな?」
「どうやったのかはわからないけれど、ルカがまだオルパールにいる時、ポアロは殿を引き受けてくれてリフリアに帰って来た。だから私も任せて大丈夫だと思う」
「せやで。情報持って帰ったんも僕やさけ、これ終わったらたんまりルカりんに褒めて貰わんとな?」
「あぁ、沢山よしよししてやるよ」
「よっしゃーあ! 気合入ったでー!!」
「二人の関係性がよくわからないわ……」
「それじゃあ頼んだぞポアロ!」
方針決定。ルカは突破の隙を作る為、もう一度ハローへと特殊電磁銃を放射した。
戦闘の幕開けを感じ取ったハローは難なく回避するも、地の破壊による土煙にケホケホと息を撒く。
そんなハローの横を通過していく二人。背後の通路へと駆けていく二人をハローは。
「あらら。食い止めんでよかったん?」
追いもしなかった。
兵を突き飛ばしながら余裕の体裁で問いかけるポアロにハローは向き直る。
「土埃で見えませんでしたね」
「自分、盲目やろ。見えてて追わへんかったんやろ。別に誰に言う訳でもないし嘘吐かんでええねん」
「……ローハートが居ない方が私にとって好都合ですから」
「ルカりん天敵やもんな~。ならその天敵リストに僕も追加しといてくれへん?」
「必要ありません。貴方はここで切り刻まれるのですから」
ハローが抜剣し、戦闘態勢を作る。膨れ上がる戦意にポアロは口角を吊り上げ、今一度重槍を振り回して兵達を薙ぎ払った。
「参ります」
開戦。旋回したポアロの重槍の間隙を狙いハローは身体を潜り込ませる。ゼロ距離。どれだけ回避に準じようとも長剣の刃先はポアロを捉える事間違いなしの距離。
ハローはポアロの腹部を狙い長剣を振り始めるが、長剣が動きを停止する。
「っ!?」
「僕が逃げる前提や思たやろ? これでもそれなりに修羅場潜ってきてんやで?」
長剣を一瞥すると、己の体の死角から若葉色の羽衣が刃先を捕えている。回避するでも、柄を抑え込むでもなく、死角から捕える。初めて正面から相見えたポアロの常識外の戦闘に、右脚を振り翳そうとするも。
「くっ!?」
上部からの槍の鉄槌を察知したハローは、攻撃を中断して無様に転がり回避した。
そんなハローに追撃も行わず、ポアロは果敢に攻め来る兵達を弾き飛ばしていく。
円舞。戦場に舞う貴公子の如くポアロは、ハローを相手にしながらも尽くの兵を返り討ちにしていく。舞踏には似つかわぬアロハシャツではあったが。
「舐めるのも大概にしなさいっ!」
ハローの神速の剣技がポアロを狙う。しかしポアロは僅かに服を斬り裂かれながらも確実に見切り回避し、羽衣を鞭のように扱い剣戟を防いでいく。
通用しない。ポアロにハローの剣技が通用しない。別段ハローは剣技に力を入れている訳でもない為、特筆するほどの有力者ではない。それでも十ほどの兵を相手にしながら尽くを防がれていることにハローは矜持と言う名の羽が掻き毟られていく。
「別に舐めてへんで? たかだか十ほどの雑兵と呪術しか取り柄のない自分を相手やったら、【クロユリ騎士団】の方がよっっっぽど手強かったし連携取れてたからな」
突けば刃、払えば鈍器。拘束具としても使えるポアロの重槍は広範囲の攻撃を得意とし、集団戦向きの武器だ。対個人でも十分に威を発揮するものの、何処からともなく降りかかる重槍の脅威は集団戦にこそ真価を発揮する。
そしてポアロは――実際にはマートンだが――略奪闘技で対多数戦を経験している。支配の力を良い事に数だけを集めた雑兵など、【クロユリ騎士団】との戦闘と比べれば天と地の差だ。連携などあったものじゃない。立ち上がり、突撃の繰り返し。そんなワンパターンな戦術にポアロが苦戦する筈がないのだ。
それこそ五十や百という数が居ればポアロも悲鳴を出さずにはいられなかったのだろうが、十程度――それも一人一人の力量が、毛が生えた程度であれば迎撃も容易い。
そんなポアロの余裕さにハローは冷静さを失っていく。少なくとも『呪術しか取り柄がない』とまで言わていては。
「そうですよ私は呪術しか取り柄がありませんよ! 魔法さえ発動すれば形成など一気に覆せますから必要以上の剣技は必要ありません!!」
「じゃあその【お弁当マスター】やったっけ? 主婦の特技使うたらええやん」
「【オベイユアマスター】です!! 馬鹿にしないで下さいますか!? 本当に人をおちょくるのが上手い御方ですね……ええ! 見せてあげますよ! 後悔させてあげます!!」
自身最大の呪術すらも馬鹿にされたのでは黙ってはいられない。
ハローは一度ポアロから距離を置き、兵達の動きを吟味しながら呪術詠唱へと踏み切った。
「【詠唱。闘志戦意自我自制。有が正で無が虚偽の器に悪辣たる粛正を――】」
ハローの魔力が膨張を始めた。兵の動きに合わせハローも詠唱を行いながらポアロへと突撃を執行する。
「昨日の僕の言葉なんてすっかり忘れてんなぁ。別に覚えとったところでかまへんし、敵愾心を煽ったんは僕やけど」
キィンキィンと剣戟音が広い空間に鳴り響き、魔力の唸り声が上書きをしていく。
サキノとマシュロを逃がすためにポアロが殿として残ったもう一つの理由。ポアロの自信に繋がるであろう重大な要素が頭から抜け落ちているハローにポアロは笑った。
その笑みすらもハローには驕慢としか感じられなかったが。
「【愚の詠人は云った。不交は永遠、駆逐は――】」
「すまんなぁ。詠唱、終わりや」
ハローの詠唱を見届けることなく、ポアロは重力場を解放した。
「がっっっ!?」
魔力を練りながら詠唱を続けていたハローはポアロの眼前で撃墜し、地に横たわった。
そんな無防備なハローに向けてポアロは重槍を下から薙ぎ払う。
痛覚により霧散した魔力。咄嗟の防御を割り込ませるものの、ポアロの強烈な打撃にハローは壁へと激突を生じさせた。
「かはっっ!? な、何が……」
「ふーん……魔力で支配されとうから兵達にも効くんやなぁ。僕の能力は魔力に反応する重力。僕が昨日殿を引き受けたんも、自分との相性がええからや」
見上げたハローの視線の先。ポアロの周囲にはギチギチと鎧の軋む音を囁かせる兵達が這いつくばっていた。
肩に重槍を担いだポアロの姿はまるで戦場の王のようで。
ハローはポアロに底知れない身震いを感じた。
「貴方は一体……」
「魔術師は僕の前には無力も同然。覚えときや」
ポアロ・マートン。
得意戦術は集団戦。しかし巻き込む仲間がいない一対多に限る。
ポアロの無双劇はまだ始まったばかりだった。




