212話 彼等の目的は
そこかしこに放散した魔物の死体。醜く肉塊に成り果てたオーク、棍棒を握り締めたまま吹き飛んだオーガの腕、胴から両断されたゴブリン、ひしゃげた顎を地に落とすブラックドック。
数十にも及ぶ魔物の大群は戦場に立つたった一人の少女を残し全滅に至っていた。
「おぉーすんごいすんごい。ほとんど一人でやってまうなんてやっぱ自分強いねんな」
樹上からアイマスクをした少女――ハローへと声を落とすのは槍を肩に担いだポアロだ。魔物の大群に一切動じる事も無く、五分五分と宣言しておきながら殆どの討伐をハローに任せ、のらりくらりと逃げ回っていた。勿論最低限の魔物の駆除はするもののハローの攻撃折衝を第一に考え、隙と言う隙を見せないポアロに見えない瞳がジトっと向く。
「食えない御方ですね。決定的な隙を見せる訳でもなく、かといって私に魔物を押し付けておきながら狙ってくる訳でもない」
「っちゅーか、どっかで見た事ある太刀筋やなぁ思ったら、自分ラグロックでやりおうたな?」
戦闘中、ハローの剣筋にどこか既視感を覚えたポアロはその澱にもどかしさを覚えていた。しかしよくよく考えればポアロが相手した事のある人間など数が知れていることから、その答えに辿り着くのはさほど難題ではなかった。
ラグロックの奇襲。その人物の是非をポアロが問うも。
「さあどうでしょう? 私はあくまで陽動でしたから覚えてませんね」
(否定せんちゅーことは確定か。ほならあくまでこれは一連の騒動、尚更目的聞き出さなアカンな……)
ラグロック、陽動と言う単語から少なからずラグロックに攻め込んだ犯人の一人であることが判明する。
ともすればラグロックでの奇襲はシュリアやラグロックの品々を狙ったものではなく、元々【零騎士団】を狙ってきた可能性が浮上する。ラグロックへ任務に行っている行動が筒抜けで奇襲が実行された以上、【零騎士団】を綿密に調査している事も考え得る。子供達への危険が及ばないようにするためにも、尚の事彼女達の目的をはっきりさせないといけないとポアロは懊悩する。
うーんうーんと首を左右に行ったり来たり。元より戦意も無い、ただただ逃亡の機を窺いながらも離れようとしないポアロに、地面を鮮血で彩った地にたった一人立つハローは長剣を鞘へと滑らせ、ミトンの下に隠れた左手の徽章の通信をそっと切断する。その行動がポアロに知られることは無かったが。
「興が冷めました。去りたくば去りなさい。元より私達の邪魔をするつもりのない人族を深追いするだけ無駄です」
黒髪を後ろへ靡かせたハローは上部に位置するポアロを眺めながら、戦闘終了の意を唱える。
そんなハローの戦意霧散にポアロはわざとらしく体を飛び跳ねさせた。
「へ? ええのっ!? 油断させておいて後ろからブスリとか無しやで?」
(ちゃうねん! 今の僕は見逃して欲しいんやなくて目的が知りたいねん! どうにかして目的に話題誘導せんと……)
しかし心中は焦燥。見逃してやるとは言われつつも、ポアロがここに残った目的が達成されていない。
単に命が惜しいだけでなく、何故見知った仲ではない筈の【零騎士団】を狙ったのかをまだ問い質していない。
「そのようなことはしません。これだけ時間が経過して、貴方達の仲間が逃げてこないと言う事は、ヴェルーガ様が目的を達成したのでしょうから」
しかしハローから思わぬ言葉が飛び出し、ハロー自らが目的の話題を展開してくれる僥倖にポアロは重槍を仕舞って樹上に立ち上がった。
「目的? ナンソレ?」
「貴方に教える義理はありませんね」
「ええやん~少しだけ! 話の先っちょ、いや、ヒントだけでもっ! 頼むっ! この通りやっ!!」
「この通りと言うのなら頭くらい下げたらどうなんですか?」
にべもないハローの拒否を食い気味に全力懇請するポアロは直立不動。姿勢こそビシッと正しく凛然としているものの、頭を微動だに下げていない。
憎たらしい程の飄逸さや、まるで友とじゃれ合っているかのような無警戒さにハローのジト目が濃くなり、また警戒心が剥落していく。
「何で見えてんのや。因みに僕の直立不動懇請ションは土下座を上回るんやで」
「どこをどう受け取れば土下座よりも上位だと? それに物理的には見えていませんが、見えていないと戦闘も生活も出来ないでしょう」
「ホンマに盲目やったんか? オシャレやと思てたわ。めっちゃ強いし」
独自の懇請ションと謎理論で必死の訴えを呈すポアロ。諧謔をものともしないハローは冷静に疑問と説明を告げていくも、ポアロの純粋な褒め言葉に毒気を抜かれる。
話す必要などない。しかし下手に食い下がられても面倒だと感じたハローは、ポアロの思惑に乗ってしまう。
「はぁ……私達、オルパールの者達は開祖ヴェルーガ様を筆頭に『人族永秀教』に与しています。人族永秀教の目的は人族の繁栄。人族の優位性を誇示し、悪なる亜人族を滅亡させるための組織です。そのために必要な人材を狙った、それまででです」
宗教団体人族永秀教。
ポアロがその名を耳にしたことは無かったが、壮大な計画で、荒唐無稽な目的を持つと言う事だけはわかった。
亜人族が九割近くを占める魔界で、亜人族を滅亡させようなどと言う噴飯ものの目的を。
【零騎士団】を狙ったのはそのための過程だと。
誰が目的なのかは二択にまで絞られる。団長のルカ・ローハートか、それともミュウ・クリスタリアか。
ポアロの脳内ではリフリアで英雄と呼ばれ、今や絶大な支持を誇るルカを仲間に引き入れようとしているのだと推測した。
「亜人族を滅亡、なぁ……言いたい事は色々あるけど、ほんで?」
「……貴方の言うようにヒントは与えました。これ以上話すつもりはありません」
ずかずかと無遠慮に踏み込んで来るポアロに、ハローは話を切り上げラグロックへの帰路を辿り始めた。
逃げたければ勝手にしろ。私は帰る。そう言外に言っていたのだが。
「なぁなぁその続きは?」
「っ!? 着いてこないで下さいっ!?」
隣で顔を窺いながら並歩するポアロに、まさか着いてこられるとは思わなかったハローは動揺しながら抜剣と同時に振り抜く。
しかしヒョイと躱したポアロは尚も執拗に食い下がる。
「僕等の仲やん、教えてやぁ~」
「仲良くなった覚えはありませんがっ!? くっ!?」
ぶんぶんと長剣を振るうが動揺に支配されたハローには既に精度などない。最小限の動きで躱しながらも歩み寄るポアロは手を合わせて懇願する。
「お願いっ! 今度は頭下げるからっ! この通りっ」
「横に傾げておいて頭を下げたとは言いませんっ!! 切り刻みますよっ!?」
「そんな野蛮な事言わんでや。僕は本当はハロりんが心優しい事知っとるで」
「どうして初対面の貴方が私の事を知っているのですかっ!! 鬱陶しいっっ!!」
大振りの長剣から跳躍で距離を取った無手のポアロは、この後もあの手この手でハローへと付き纏う。
執拗い。本当に執拗く、いつまでも逃げようとしないポアロにハローは巨大な、それこそおくびも隠すつもりも無い溜息を衝いた。
「はぁ~~~~~~!! 何なんですか貴方は! 去らないのなら【オベイユアマスター】で封じ込めて仕留めますよ!?」
「やったらええんちゃう? 僕には効かんと思うけど」
「そんな訳がありますかっ! 団長のローハートには効きませんでしたが、そんな特異がホイホイいて堪りますかっ!」
ハローはポアロと仲良く魔物を撃退している際――ポアロは魔物をハローに押し付けていた――オルパールで使用した戦意消失の呪術【オベイユアマスター】を使用しなかった。絶対的自信を持ち、発動さえ完遂出来れば一気に優勢、ほぼ決着といった圧倒的理不尽の魔法を何故か。
それは理不尽魔法を前に飄々とし、まるで詠唱を誘っているかのようなポアロの不気味さが、魔法行使をハローに躊躇わせていた。ポアロが殿として残った隠された『もう一つの理由』が、彼の不透明さを助長していたのだ。
「そんなこと今はどうでもええやん。それよりもさっきの話の続き教えてやっ! なっ!? ちょっとも全部も自分等の計画に支障ないやろ?」
どこまでも執拗く、どこまでも貪欲に追ってくるポアロ。
頭痛を堪えるかのように頭を抑えるハローは魔法行使に踏み切ろうかとも思ったが、ポアロの厄介さは尋常ではない。抹殺と諦念、どちらが己に徒労が少ないかを斟酌した結果。
「はぁ……貴方は嗜欲の血眷という言葉を知っていますか?」
ハローの中で諦念が勝利した。
そんなハローの変わった空気感にポアロは心の中で拳を握り締めた。
「あまるてぃあ? 聞いたこと無いな」
「悪魔に魅入られた方々の呼び名です。世には七体の悪魔が存在すると古来から言われていますが、その内の一体『アスモデウス』を宿した者が貴方の仲間に居る事をご存知ですか」
「アスモデウスっちゅーたら『色欲』かいな。ちゅーことは自分等の目的は――」
ルカ同様にポアロもようやく目的を察知する。
ラグロックで用件があったのはシュリアでもラグロックの者でもなかった。
「そうです。私達の目的はミュウ・クリスタリアの拿捕です」




