201話 大移住計画開始
陽炎。
凹凸の多いゲトス山地に容赦のない日光が降りかかる。地面から放つ熱気が靄となり熱さの程を物語る一方、広域に渡って数多くの戦士達が魔物を相手にしていた。
「やッッ!」
「いいぞサキノ。死地を乗り越えて腕を上げたか?」
「ありがとうございます。でも、まだまだです。もっと動きに無駄を無くさないと……」
ゲトス山地終盤。魔物の大群を相手にするのは【零騎士団】一行と、団長のソアラを含めた【クロユリ騎士団】団員十人。二度と叶わぬと思っていた元団員サキノとの共闘に、ソアラの口角が緩く上り評価を下した。
現在【零騎士団】と【クロユリ騎士団】は『ラグロック民大移住計画』の為、第一段階としてゲトス山地の魔物の掃討に繰り出していた。
大まかに三つの部隊に分け、役割を分担したその先遣部隊が彼女達一行だ。彼女達の役割は主に通行ルートの確認及び障害物の除去。地殻を縦横無尽に掘り進む一角兎アルミラージの存在によって、馬車が通る通行ルートに欠損がある場合が往々にしてある。そんな不都合を限りなく減らすため、先遣部隊は遠回りしながらラグロックへの道程を消化していた。
勿論そんな都合は魔物には関係なく大群で彼女等の足止め、命を狙ってくるが、十二分な戦力に魔物達は歯が立たない。複数弾射撃、跳弾、威力の高い広範囲の空気砲と、多彩な銃撃を持つソアラは集団戦にも強く、ルカは遠巻きながら味方としての頼もしさを実感する。
「無駄を無くす、という考え方も確かに正しい。しかし完全に無駄を無くすというのは、常に変化する戦場で相手がいる以上極めて困難な課題だ。だからこそ無駄を無くすのではなく、無駄を活かすべきだ」
「無駄を活かす、ですか?」
「そうだ。無駄な動きを本命の攻撃を確実に当てるための囮に繋げる。無駄な動きを得たからこそ剣筋を加速させる一手とする。戦闘スタイルにおいて手段は様々。私の跳弾も言ってしまえば無駄の塊だ。何せ一度外している訳だからな。それでもサキノの眼に私の跳弾に無駄がないと見えているのならば、相手の回避行動を見てからの跳弾で一連の動きとして対応しているためだろう」
「なるほど……勉強になります」
思えばサキノも、その一連の動きという響きに思い当たる攻撃がある。
紫電重閃。サキノの切札の一つであり、広範囲に及ぶ追加斬撃。その技の真骨頂が二度目の追加斬撃であるのだが、一度目の白刀よりも威力の高い斬撃を与えるには、相手の体に、武器に、宙に斬撃痕を仕込む必要がある。言ってしまえばその斬撃痕を刻む過程というのは無駄に等しい。勿論その過程で倒すことが出来れば万々歳なのだが、サキノにとっては二度目の斬撃の為の伏線という認識に近い。
ソアラが言いたいのはその無駄――一撃目の斬撃を無駄と捉えるか、それとも本命の攻撃の為の予備動作と捉えるかと言う事だ。その認識を常の戦闘でも心掛けろ、常に頭を動かしながら流動的な動きを目指せ、と言ったところだ。
「レラの戦闘を思い出してみろ。あれこそ無駄のオンパレードだろう。しかしレラは直線的な動きだけではなくトリッキーな動きで相手を撹乱させる。トリッキーな動きを織り交ぜることで、無駄な動きでさえも予備動作のように見せ相手に付け入る隙を与えさせない訳だ。恐らく本人は戦いを楽しんでいるだけで無意識なのだろうがな」
「そうそう~。戦いを楽しめるようになれれば視野も広がるし、何より戦術の幅が広がるんだ~」
ソアラの説明に十全の説得力を持たせたのがレラの戦術だ。何度も任務を共にしているサキノが納得しかけていると、その本人がソアラとサキノの間に顔を出した。
ここにいる筈の無い本人が。
「……何故お前がここにいるレラ。お前は中堅隊で魔物の討伐がメインだろう」
「いや団長だけサキちゃんやルカ君と一緒にいれてズルいな~って批難しにきたんだよ?」
「お前が魔物と交戦したいと中堅隊に手を上げたのだろう……」
「にゃはは~。まぁ冗談は置いておいて、シルルの探知に魔物の大集団が中央拠点の南方十キロに引っかかったんだけど、いちおー掃滅範囲外だからどうするのかなって判断仰ぎに来た」
「ふむ。護送任務には二日はかかる算段だ。任務途中で襲撃があっても対処は出来るだろうが、時間がある内に一掃しておくに越したことは無い。範囲内の掃滅が終わり次第対処してくれ」
「了&解ッ!」
踵を返して神速の速さで走り去っていったレラを見ながら「あの冗談が無駄というものだ……」とソアラは辟易し、サキノは苦笑を作った。
レラの居る部隊は中堅隊。【零騎士団】とソアラ達がルートを確保する先遣部隊に対し、レラ率いる中堅部隊はルートから逸れながら拡散し、広域に渡っての魔物討伐が主な仕事だ。その中堅部隊の鍵となるのが、探知系戦士のシルアーティ・レオナルドだ。魔物の接近を一早く探知、もしくは任務に被害を及ぼすであろう集団の魔物を先見しレラへと伝える。その情報を受け取ったレラは約五十いる部下へと指示を下すと言った具合だ。
遅れて都市リフリアを発つのは数多くの荷馬車と運送業を手掛ける【ナウス騎士団】を率いたアルアのいる後続部隊だ。二部隊により安全を確保した後の出発に、普段は危険の伴うゲトス山地であっても商人達の顔は明るい。幹部のアルアを筆頭に万が一の四十人の護衛を引き連れ、ルートを経由しながら各所に『拠点』を敷いていく。道中五か所。予期せぬ魔物の襲撃等があっても対処できるように団員達が配備され、代わる代わる休息を取る団員達の休憩所だ。
役割を分担した三つの部隊により、安全かつ順当に『ラグロック大移住計画』の第一段階が進められていく。
「前回来た時もそうだったが、やっぱりここは魔物の気配が濃いな……」
「ラグロックは眼の前なんですが、ここが最難関かもしれませんね……」
先遣部隊が脚を止めたのは最後の下り坂。障害物と言う障害物は何もないが、眼下に広がる崩壊都市――旧ラグロック市街が最後に控えていた。ここはルカ達が魔物の数の多寡によって、シュリア護衛任務で最も苦戦した場所。ラグロック防衛線で大幅な掃滅をしたものの、再度生み出された魔物は人の気配に寄り付く習性によってラグロック付近に大集合している。
全盛期の七割以上の土地を奪われた旧ラグロック市街には、正確な数こそ判然とはしないが二百以上はいるのではないだろうか。
「大分昔にラグロックへ来たことがあるが……まさかここまで生活圏を狭隘させられ凄惨な状態だったとは……」
ルカの隣に並んだソアラは栄華の真っ只中だったラグロックの恐るべき変容、そして奥で肩身狭く生成されている四柱の結界に言葉に切れを無くす。
「どうするフリティルスさん? この戦力なら一気に攻め落とす事も可能だと思うけど、安全重視でレラ達中堅部隊が合流するのを待つか?」
ルカの提案に右から左まで視界を張り巡らせたソアラは少しの懊悩を経て口を開こうとした――が。
「許せない……絶対許せないアル!」
一つの怒号がソアラの背後で打ち上がった。
「鉱山に囲まれた重厚放つ工場……耳を喜ばせる槌の演奏……工具や作業油の独特な匂い……炎と汗の共存……無い……何もかもが無い……一度見たあの夢の国の面影が何も無い!! 絶対に許さないアル!!」
注目憚らず声を上げたのは【クロユリ騎士団】団員のイーリン・スパナ。ミニ丈のチャイナドレスを身に纏い、背中ががっつり開き、肌面積が多い桃髪の女猫人。しかしその腕には面積の広い布を二枚持ち、まるで貴婦女のような優雅さを秘めている。
「ソアラ! ラグロックをこんなにした魔物を全部ブッコロリにするアル! 魔物の狼藉を許しちゃ駄目アルよ!」
「そうだった……イーリン、お前は極度の工業女子だったな……それは怒るのも当然か……」
工業女子。力と体力勝負の世界である工業系は男性の職場というのが世の主な共通認識だ。しかしその中にも工具の魅力に惹かれ、炎と汗の職場に眼を輝かし、原材料から数多くの有用なモノへ昇華させるその技術に惚れ込む女性は稀ではあるが確かにいる。
その一人が彼女――イーリン・スパナだ。【クロユリ騎士団】に入団こそしているが、リフリア北西部の廃工場地帯が今も稼働していれば迷わずそこの騎士団に入団していたと言うくらいだ。
イーリンは怒っている。栄えあるラグロックを滅亡寸前に追い込んだ魔物達に。
つまりイーリンが言いたいことは一つ。
「私達で――いや私だけでも滅ぼしてやるっ! 出撃許可を出すアル!」
その燃え盛る熱意に詰め寄られたソアラは、チラとルカを一瞥する。
「意を汲んであげよう」
確かにレラ達には広範囲の捜索と討伐を命じた事もあり、自身達で対処出来るのなら事態は迅速に進む事だろう。
ソアラは浅い溜息を衝くとイーリンを見つめ、首を縦に振った。
「わかった許可しよう。だが無理はするなよ」
「謝謝! 突・撃ッ!!」
目にも留まらぬ速さで一人果敢に突っ込んでいく様を、一同ははにかみながら見送った。
「瞋恚に身を委ねたイーリンなら本当に全滅させそうだが、私達も行くぞ」
ソアラの号令を皮切りに一行は長い下り坂を下り始めた。
その先では既に五体以上もの魔物を一人で相手取るイーリンの姿。その戦闘スタイルは身体全体を使った体術がメインであり、腕に持った布を払い打擲するといった何とも奇抜な戦闘スタイルだ。
「滅破蹴嵐」
手を地に付き長いおみ脚から繰り出される回転蹴撃は数体の魔物を巻き込みながら高威力で蹴り飛ばし、ヘルハウンドが牙を剥けば長い布で視界を遮り攻撃を梳かす。スコルの尾から抽出される魔力弾が斉射されれば、強烈な踏鳴と同時に布を振り払い相殺。更に相殺だけに留まらず布が数メートル先のスコルへと打擲すれば、スコルはまるで鈍器に殴られたかのように骨を砕かれながら吹き飛ばされた。
「ほっッ! ハイッ!!」
布でありながら打撃を上回る剛柔兼ね備えた武器を眼にマシュロは瞠目する。
遠くで圧倒的戦闘を披露するイーリンを目指し、ソアラは走りながらマシュロ隣へと並ぶ。
「マシュロ・エメラ。先程の武器に魔力を伝播して戦うお前の姿を見ていたが、イーリンの戦闘術をよく見ておけ。あいつはクロユリでも魔力伝導に長けた戦闘をする。きっと学べる事が多い筈だ」
「フリティルスさん。ありがとうございます!」
「同盟であるお前達には強くなってもらわねばならんからな」
傘としての機能も持つ特殊電磁銃に魔力を纏繞したマシュロの戦闘を、ソアラは広域に及ぶ視野でしっかりと目撃していた。アルアから略奪闘技の敗戦を聞いていたこともあるが、まだまだ戦術面では発展途上でありながら莫大な魔力を持つマシュロに可能性を感じた。
サキノと同じく、同盟であるからには戦術の伝授も厭わないソアラにマシュロは気炎を灯す。
「ハイー! その程度アルか!? 私の憎しみを全て受け止めろーッ!!」
ラグロックの真民よりも怒っているのではないかと怒気を露わにするイーリンを筆頭に、旧ラグロック市街の魔物は次々と怨恨の化身に叩き潰されていった。




