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200話 巡る陰謀

 物音一つ、寝息の一つすら聞こえない静謐過ぎる静寂の夜。

 まるで――いや、言葉通り都市が死んでしまったかのように。



「こりゃ酷ぇな」



 外套を被った二人――その内の一人の男小熊猫(ヒーレスパンディア)バウム・ヴィスタローグが惨劇を認めた。

 息を引き取った精悍な男猫人(ヒーキャット)男犬人(ヒーペルロ)達の大量の死体。崩壊、燃焼した民家は数知れず、用意していたであろう料理はぶちまけられ、一般人までもが随所で手にかけられている。

 無慈悲。都市同士の戦争だとしてもここまで無差別的に殺戮を行うのか? という疑問をバウムは抱く。



「血の匂いは吐き気がするゆ」

「お前本当に治療系【ワルキューレ騎士団】にいたのかよ」

「うぷ……このまま吐いていいゆか。めちゃめちゃ気持ちよくなれそうゆ」

「ぜってぇ止めろよ!? 俺の上で吐いたらお前マジで置いてくからな!?」



 外套を被ったバウムの上、肩に座り頭にしがみ付く体勢――肩車をされながらユラユリは嘔吐感を催す。

 治療系騎士団は輸血や採血と常日頃から血と隣り合わせで生活している。更には重傷の患者を看ることもあるため、凄惨な身体を眼にした事もあるだろう。

 そんなユラユリが催す吐き気に、バウムは本当にかの【ワルキューレ騎士団】団員だったのかすら疑いが充溢し、冗談なのか本気なのか割とげんなりしているユラユリを容赦なく叱り飛ばした。



「ったく、だから靴くらい履いて来いって言ったんだよ。何で俺がゆゆを担ぐ羽目になんだよ……」



 事の発端はユラユリが履物を履いていない事から始まった。見れば見るほどに阿鼻叫喚な崩落都市には血溜まりが数多く出来ている。裸足で任務へと駆り出していたユラユリはその血溜まりに足を踏み込むことを躊躇い、子供のように、それはもう駄々をこねるようにバウムへと懇願した。

 初めは全力であしらい歯牙にもかけなかったが、バウムの進行とは対極的に片隅で蹲るユラユリに、結局バウムが折れた。それが計算の上だったのかはユラユリにしかわからないが。



「ゆゆは生まれてこの方、靴なんて履いたこと無いゆ。フットバージンはガラスの靴って決めてるんだゆ」

「フットバージンって単語初めて聞いたぞ!? ガキの頃から履いてるのが当たり前であって、誰にもそんな概念ねぇよ!」

「でもガラスの靴って絶対歩くたびに痛そうゆな?」

「伸縮性皆無だからな。それは否定しねぇ。というか歩いてて割れないのかよあの靴」

「甘いゆバウム。考え方が逆ゆ。実はガラスの靴は踏み付けられる度に割れてゆけど、ものっすごい超速再生で復元してるんだゆ。割れてないように見えてるだけゆ」

「ガラスなのにスライムみてぇだな!? それ色んな方面で役に立つ技術だろ……」

「ゆふふふ、復元技術情報を入手して独占すれば毎日酒呑んで暮らせるゆ!」

「今もそんな変わんねぇだろ」



 任務に関係の無い駄弁を続けながらバウムとユラユリは調査を続ける。時折遺体を漁るブラックドッグ等の魔物が奇襲をかけるが、ユラユリを担いだままでも小熊猫(レスパンディア)の恩恵、夜昇を発動したバウムの相手ではない。

 生存者はいないか、何か手掛かりは残されていないか、バウムとユラユリは決して広くはない都市を時間をかけて見回っていく。

 しかしどれだけ時間を費やしても、どれだけ注意を払っても、人一人すらいない。血の匂いが濃く判然としない不都合もあるが、獣人特有の嗅覚に生者の気配がまるで感じられない。



「ゆゆ降りろ。少し休憩を入れるぞ」

「美少女のもちもちふわふわな太腿を堪能しきったゆか? 頼まれてももう背負われてやらないゆよ? こんな非常事態に紛れたサービスタイムなんて、バウムにはもう一生来ないゆよ?」

「やかましいわ。頼む事もねぇし来なくていいわ」

「ふーん。ま、いいゆ。あ、ここから出る時、周り血溜まりゆからまた背負えゆ」

「どの口が一生来ねぇって言ったんだ!? 回収が早過ぎんだよ!」



 比較的状態が良い一軒の民家に潜り込みバウムの上からユラユリが飛び降りる。内部は他と変わらず荒らされているが、血痕や遺体などがある訳でもない。

 辛うじて原型を保っている椅子に腰を下ろし、机を挟んでユラユリと向き合う。



「しっかしまぁ、ここまで人が居ないもんかね。生き残りは他国に逃げたって可能性は十分に考えられるが……」



 アイテムポーチから回復薬――小さな酒ボトルを取り出しバウムは喉に流し込む。



「どこも小さな都市ゆが、五日かけて調査した三か国どこも同じような惨状ゆな。――おい一人だけズルいゆ。ゆゆにも寄越すゆ」

「あ? お前のアイテムポーチにも入れておいただろうが。自分の飲めよ」

「そんなもん出発前に呑んだゆ。だからゆゆは出発時には持ってないゆ。だから一人だけはズルいって言ってるんだゆ」

「知らねーよ! てか何出発前に飲んでんだよ! 来んな! これは俺のだ!」



 机を迂回したユラユリが、椅子に座るバウムに乗っかり酒を奪おうと手を伸ばす。



「いいから寄越すゆ。酒を寄越すか強引に押し倒されるかどっちがいいか、選択を誤ると死ぬゆよ?」

「どっちがいいって選択肢迫ってるくせに何で選択誤ったら死ぬんだ――」



 どちらの選択肢もユラユリにとって好都合な選択肢に、酒を取られまいと上部に掲げていたバウムの体が後方へと揺らぐ。半壊していた椅子は崩壊し、事実上言葉通りにユラユリが押し倒す形になった。




挿絵(By みてみん)




「痛って……ん?」



 と、横たわったバウムの視界の片隅。一つの写真立てが地に落ちており、バウムは拾い視界に収める。

 その押し倒したバウムの上では幸福そうな顔で奪い取った酒を煽る両得のユラユリがいたが、既に蚊帳の外だった。



「…………」



 写真立ての中には人族の若い夫婦を写した一枚の写真。生活感や環境から見てバウム達が居る場所の家主達だろうと判断するには大した難問ではない。



「なぁゆゆ。俺の勘違いならいいんだが、調査した三か国で人族の死体を一度でも見たか?」



 写真から眼を切ったバウムは直上で最後の一滴まで口へ注ぐユラユリに問いかける。



「ゆ? んー……ゆゆの記憶によれば確かに人族の死体は一回も見てないゆな」

「回った都市はどこも大して大きくはないが市民は全殺。戦争にしちゃあ人族の姿が一つもねぇ」



 違和感。確かに魔界は人族の総数が少なく、都市一つ一つを見れば偏っている都市もあれば極少数の都市もある。

 それなのにバウム達が調査で回った国々は一人として人族の遺体がない。都市同士の戦争であれば優先して惨殺されるだろう忌まわれた人族が。



「言われれば確かに奇妙ゆな。仮に都市にいた人族がかなり少数だったとしても、遺体が無いのは明らかに意図があるゆ」

「目的……戦争相手は人族だけを拉致でもしてんのか?」

「人族の奴隷化ゆか? 考え方が古いゆ。未だに発展しきってない国は確かにあるゆが……そんな行き遅れた都市が戦争に勝つなんて正直現実味がないゆ」



 人族の奴隷化とは古来の魔界で蔓延していた悪習だ。異世界共生譚(ファンタアリシア)によって伝聞される人族の愚行の数々、それは人族を徹底的に追い込んだ。ある時代は戦争としての駒に、ある時代は不眠不休の肉体労働の従事者に、ある時代は暴力も厭わない下僕に。

 下界で引き起こっている亜人族嫌厭が、当然魔界でも逆の行為が行われていた。

 そんな奴隷化が未だに続いている都市は限りなく数を減らしているものの、あるといえばある。しかし外界の情報を仕入れず、いつまでも人種の優劣性に胡坐を掻いた後退国が戦争に勝つなどあり得ないとユラユリは説く。



「俺達に課された命はあくまで周辺国の調査と、他国の情報屋との情報交換だ。ここまでは壊滅させられた都市しか回ってこなかったが次は本命になるだろうな」

「王都オルパールゆか……余所者をあまり受け付けないし、あそこはいい噂は聞かないゆよ。大丈夫ゆか?」

「深入りはしねぇよ。あくまで偵察だ」

「わかったゆ」



 あくまで偵察。あくまで情報取集。

 都市に課された極秘任務『一夜の内に滅んだ都市の捜索』を履行する為、バウム達は次なる目標を設定したのだった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




「ふぁ~あ、暇だ……」



 バウム達が崩落都市から目的地を王都オルパールへと変更したその頃。

 王都オルパールの何層にも積まれた白色の壮大な聖堂、月明かりが差し込む杳とした最上階では、一人の男が床に散らばった書類達の上でゴロゴロと横になり倦みを隠さない。



「働きたい訳じゃねーけどさー、如何せん刺激が足りねーんだよな。ふぁ……」

「だから手を組みましょうと提案していますのに。大層刺激のある物語を謳歌する事が出来ますよ?」



 巨大な扉が開放されたそのバルコニーでは、勾欄に腰かけた閑雅な花魁美女――ラウニーのルカへの復讐劇に一役買ったラナが扇を手に上品に微笑む。

 しかしそんなラナの誘いに男は鼻を鳴らしながらぞんざいにあしらう。



「やだわメンドクサイ。俺がなーんもしなくていいなら考えてやってもいいけど、ベルフェゴールが乗り気な訳ないっしょ」

「貴方は怠惰の悪魔に従順過ぎませんか?」

「人間なんて可能なら怠けたい生き物だろ……あーあ、布教活動もメンドーだし、誰か代わりにやってくれねーかなぁ」

「よくそれで開祖様なんて務まりますわね」

「この位置が何かと一番都合いーんだよ。もーいいか? 眠ーんだ俺は……」

「ええ、又来ますわね」

「もう来んじゃねーよ」



 音も立てぬ程身軽に屋根上へと消えていったラナに背を向けるように寝返りを打つ。金の装飾が施された黒基調の修道服が皺になるのも厭わず、男は立てた肘を枕に眠りに落ちようと瞑目した。

 そんな男の元へ開放された扉から一つの足音が踏み込んで来る。



「ヴェルーガ様、少々お耳に入れておきたい事が」

「……ぐぅ」

「ヴェルーガ様、起きていらっしゃいますよね」

「なんだよー……寝よーと思ってたのに……」



 再びごろんと寝返りを打ち、白髪を掻き毟るヴェルーガと呼ばれた男の前には、同じく黒の修道服を身に纏った黒髪の女性。その目元には大きな布――アイマスクで視界が遮られている。



「私に狸寝入りなど意味が無い事くらい既にお判りでしょう」

「ハローが情報持ってくる時って厄介事増える時だしつい」

「つい、で無視しようとしないで下さい。私は諜報員としての役目を全うしてるだけです」

「固いなー。真面目かよ」

「真面目を責められる謂れはございません」

「まーいいや。で、要件は?」



 ぐだぐだなやり取りを経て、ようやく本件を聞きに入ったヴェルーガの体勢は横のまま。しかしハローはそんな不躾な態度を少しも嫌悪せず、片膝を落として本題を口にし始めた。



「私共が落とした都市を嗅ぎ回っている者が二名います。一人は幸福都市リフリアの【預言者(プロフェテス)】ユラユリ・エルメティカ、もう一人の男は情報にはありませんが、大方【預言者】に雇われたリフリアの者でしょう」

「ふーん……嗅ぎ回った所で()()がやったっていう証拠はねーだろうし、そもそも()()はやってねーし。ほっとけばいーんじゃね?」

「それがどうやらオルパール(ここ)へと向かっているようで」



 極秘任務を行っていたバウム達の行動は、彼等には筒抜けだった。

 普段情報屋として各地へ赴くこともあるバウムだったが、基本的には各地の情報屋とのやり取りで事が済む場合が殆どだ。【夜光騎士団】の任務では力に任せ、裏稼業では情報屋とのやり取りと言った側面から、バウムは捜査という捜査をしたことがなかった。それは治療系の【ワルキューレ騎士団】にいたユラユリも然り。

 都市から発令される極秘任務、その認識が二人には甘かった。



「あー……そりゃ話が変わってくるな……めんどくせー……多少泳がせてもいい。内地で捕えろ」

「はっ」



 バウム達が危地へと向かっている事を知る由もない。



「それともう一つ、他国情勢を。商人が話していた会話を偶然聞いたのですが、リフリアで行われた略奪闘技(ルーティングゲーム)占領戦でステラⅡの【クロユリ騎士団】が落ちたようです」



 ハローが口にしたのは他国情勢に関してだ。領地や勢力の拡大を睨む都市からすれば、他国の戦力を知ることは一転して好機にもなる。他国の情報だからこそ押さえておかなければならない情報というものは確実に存在する。

 そんな他国にも名声が広がっている【クロユリ騎士団】が落ちたとあらば、それは大ニュースになり得るのだ。

【クロユリ騎士団】の戦力低下か出る杭は打たれるか。ヴェルーガは期待せずに予想を告げる。



「へぇ。あの【クロユリ騎士団】がねぇ。大方調子に乗った【クロユリ騎士団】を、ステラⅠの【ベルベット騎士団】か【ジャッジメント騎士団】が返り討ちにしたって感じじゃねーの?」

「いえ。それが新設騎士団の【零騎士団】だそうです」

「は?」



 しかしハローから飛び出た想定外の事実に、ヴェルーガはガクッと顔を立て肘から落とした。



「新設ぅ? 一体何人集めたって言うんだよ?」



 新設騎士団が勝利する可能性があるとすれば数に物を言わせた集団戦法だ。【クロユリ騎士団】にいい感情を持たない者――同志を集い、名を売る一種の博打だ。ただ連携が取れるのかは別問題。目標を達成した後に騎士団として成り立つのかも別問題だが。

 そんな半笑い――呆れ笑いを浮かべるヴェルーガにハローは止めを刺す。



「四名です」

「ぶっふふふふふふはぁぁ!! マジかよ【クロユリ騎士団】!! 四人に負けるなんて飛んだお笑い種だぞ!! 【クロユリ騎士団】も落ちたなぁ!!」



 限界だった。騎士団員が百名以上いて、まるで軍隊だと比喩された【クロユリ騎士団】。多くの難関任務をこなし、英雄の名を物にした騎士団。【軍姫】率いる女性軍隊がたったの四名に負けたという眉唾な情報にヴェルーガは笑い転げる。



「これがメンバーです」



 ハローがヴェルーガに寄り、情報誌を手渡す。



「活字めんど……団長ルカ・ローハートの奇抜的発想……団員はたったの四名。マシュロ・エメラ、ミュウ・クリスタリア、ポアロ・マートン――ん?」



【零騎士団】の団員名を連ねていたヴェルーガは上体を起こし、胡坐で座り神妙な顔で懊悩に入り浸る。



「どうされましたか?」

「いや……何か最後のピースが嵌りそうな気が……」



 アイマスクによって目元は見えないが、首を傾げるハローにヴェルーガは掌を向けて制止を図る。



「どこだ? どこで聞いた名だ?」



 直近に関わった王族の者、崇拝者の手紙、ここ数年で出会った数々の協力者――ぐるぐると時の律動を巻き戻していくヴェルーガ。

 時間にして一分足らず、ヴェルーガの記憶が掘り当てたのは今より遥か昔だった。



「あー。これは啓示か? 神なんて信じたことはねーが、このタイミングでこの名前と出会うなんて、神の導き意外に考えられねー」



 一人納得して立ち上がる。



「ハロー動くぞ。俺達の目的に大きく前進する奴がそこに転がってる」



 男は不敵な笑みを浮かべて、怠惰を吹き飛ばした。


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