199話 団長の特権
多彩の花々が巨大な庭園で道を作る。道の所々には己が敷地を誇示するように記された二輪の花の徽章。
城と見紛うほど荘厳なまでの騎士団本拠。幾度も見た景色。
「クロユリ……騎士団?」
ココが開いた妖精門を潜ったサキノは、大きな槍柵を挟んで【クロユリ騎士団】敷地の隣へとやって来ていた。ぽつんと立つサキノは僅かに首を傾げ、目的地であろう【クロユリ騎士団】本拠にルカ一人でやってきた目的を脳内で模索した。
「何でルカが【クロユリ騎士団】に? それもココの口振りからすると頻繁に……」
略奪闘技は終えた。両騎士団に因縁などない筈だが、とそこまで考えて幾つかの可能性がサキノの思考に去来した。
「同盟として何か手伝いに来たのかな……?」
元【クロユリ騎士団】団員だったサキノならではの勘。団長であるソアラは【クロユリ騎士団】に大量の仕事や案件が舞い込んでくるために、常に書類や雑務に追われている。団長であるルカが経験を積むと言う名目も兼ねて、雑務の処理をソアラが願い出たとあっても何ら不自然ではないだろう。
しかしそれはあくまで騎士団としての活動の筈。完全な休養日にわざわざ魔界へ赴き、それも要領のいいソアラが連日ルカの早朝を縛るなんてことがありえるのだろうか、と不確定要素が浮上する。
「う~ん……違うのかな……お手伝い以外に考えられることと言ったら――」
言ったら。元【クロユリ騎士団】団員だったからこそわかる最大の焦燥勘。
「まさか本当に騎士団の誰かと逢引を!? あ~……あり得るぅ……クロユリに可愛い人多いからなぁ……レラ? それともアルアさん? シルさんって線も……」
美人揃いの【クロユリ騎士団】だ。百人以上いる中にルカの好みの女性がいてもおかしくはないと、結局恋愛要素に辿り着いてしまうサキノの心臓は脈拍を上げる。
数多くの騎士団が【クロユリ騎士団】に同盟や傘下懇請をして、下心ありきだと一蹴されてきたことにも頭の回らないサキノは重症か。
そんな重症のサキノに追い打ちの如く、ふと想起するのは禁足地ヒンドス樹道でのレラの言葉。
『ルカ君とウチはただならぬ関係だから~』
レラの能力の全貌を知るルカ、そしてその能力を民衆に隠すレラ。ヒンドス樹道でどこまで能力を使えばいいのかという密談の末、サキノが尋ねた際にレラが誤魔化した言葉が徹底的にサキノを追い込む。
(やっぱりレラ……? レラみたいな子がタイプなのかな……明るくて、面白くて、強くて、優しくて……)
妙に納得してしまう自分が居た。レラの男女分け隔てないひょうきんさや個人領域にするりと入り込んでくるレラを想えば、己の性別が逆だったならばうっかり好きになってしまう可能性も否定できなかったから。
もしかしたら既に前から二人はいい雰囲気だったのかもしれない、と一人肩を落とすサキノ。
そんな一人で完結してしまう思考を巡らせるサキノの視界に飛び込んで来たのは、本拠から歩いて出てくる二人の男女。
「ぅえっ!?」
思わず変な声が飛び出てしまった。数ある恋愛候補の中でも可能性としては限りなく低い女性がルカと本拠から並び出て来たのだから。
(ソアラさん!? 嘘でしょ!? あのソアラさんがルカと!?)
男女でいるイコール恋愛対象。既に頭の中が恋愛一色のサキノは視野が狭くなりすぎている。
バリバリの仕事人間であるソアラが、男性など興味がないとでも言うかのように大穴中の大穴であるソアラの姿にサキノの頭は混乱真っただ中だ。
更にはルカと向き合い、ルカの手を取る行為にサキノの落胆メーターは爆発を迎えた。
(あ……そうか。ルカの強さを一番間近で見たのはソアラさんなんだ)
肉体的な強さ。精神的な強さ。心の強さ。
己だけじゃない。多くの人がルカの強さを目の当たりにして変えられてきたのだ。
その中でもソアラは格別。正面から戦闘し、ルカの全てを全身で感じ取たソアラが、ルカの強さに心惹かれてもおかしくはない気がした。
(同盟はあくまで二人が会いやすくするためのものだったんだ……)
全てが繋がった気がした。
全く見当外れなことにも気付かず。
そんな二人を見つめるサキノの方へ、二人の視線が向き始める。
(ヤバッ!?)
見てはいけない現場を見ていた気がしたサキノは咄嗟にしゃがみ込み、姿を植栽の陰に隠す。植栽の間隙から二人の様子を改めて窺うと、二人は徐々にサキノの方へと歩み寄ってきている。
(な、何でこっちに来るの!? に、逃げないと!?)
手こそ繋いでいないが、確実に己へと寄ってきている二人にサキノの焦燥感は警告を放つ。
身を隠しながら赤子のように這い這いで逃げるサキノ。勝る速度で接近してくるルカとソアラ。
植栽の中だと言うのに伏臥で頬杖をつき、ニヤニヤとサキノを凝視するレラ。
「ひ――きゃあああああああああああああああああああああッッッ!?」
本日二度目の大絶叫が飛び交った。
バクンバクン、と鼓舞する心臓。口を半開きに見つめてくるレラから、臀部を地面につけたままサキノは後退る。
「な、な、な、な、何でレラがそんなところにいるの!? 何してるの!?」
「サキちゃんそれこっちの台詞~」
いる筈のない植栽の中で身を隠すように存在するレラに問う。柵を挟んでケラケラ笑うレラは土塗れ。間違えても早朝にいていい場所でも格好でもない。
そんな両者の元へルカ達が追い付き。
「ここら辺だ。ほらな、見つけたぞレラ。――む? サキノじゃないか。どうしたそんなところで」
「サキノ? おはよう。サキノもクロユリに呼ばれてたのか?」
「あ……あぅぅぅ……」
己の行動も痴態も、全てが裏目に出てしまったサキノは真っ赤になった顔を暫く上げる事が出来なかった。
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「はははは! ローハートの行動が気になって尾けてきたのか、本当に可愛いなお前は!」
「サキちゃんガチ乙女じゃん。可愛過ぎ……」
見た事もないソアラの大爆笑に、騎士団本拠――執務室に通されたサキノはぷしゅ~と白煙を上げる。
その隣では尊さの破壊力に耐えるかのようにレラが口元を抑え、サキノへと抱き着く。
「わ、私のことはいいじゃないですか……! それより何していたのか白状してくださいっ! その、手、手まで繋いで……」
【クロユリ騎士団】本拠付近にいた理由を説明したサキノは紅潮しながらもソアラに詰問する。
もう痴態は全て曝け出した。開き直りのように次はソアラとルカの関係性を暴いてやる、と頬を膨らませる。
「案ずるな。お前が思っているような事ではない。団長の特権である『近習探知』の教導をしていただけだ。ヒンドス樹道で仲間達と逸れた際に扱い方を知らなかった事を奴なりに後悔したらしく、ここ数日私の手が空く早朝ならばと手解きをしていたのだ」
「そゆこと~。ウチがあんなとこに居たのはいわゆるかくれんぼ! 夜間の護衛依頼終わりで丁度体空いてたから、団長がウチを探すっていうゲームだったんだ~」
『近習探知』。
誓印の烙印は団長の魔力を極微量体内に取り入れるため、団長が魔力探知を習得すれば団員のおおよその居場所の特定が可能となる。遠ければ遠い程特定は雑になり、近ければ近い程明瞭に把握できる近習探知は様々なところで活用されている。
例えば依頼。団員達の依頼進捗を透視することも出来れば、アクシデントのためにルートから逸れれば味方を送り込むことが出来る。
そして密会。普段行かぬ場所、怪しい場所などへ赴き奸計を働く団員がいたとしても、その行動は団長が近習探知さえ発動していれば筒抜けだ。
団員達から救難信号を送る事は叶わず、また団長から団員へ何を伝えると言ったことも出来ないただの位置情報の把握だが、存外この特権に救われている者は数多い。
しかし近習探知を発動させるにはかなりの集中力を要する。砂場の中から極微量の己の魔力を掬い上げるような感覚に近い。
探知系の戦士と同じく、団長の力量によって探知範囲の拡大は可能となる。
窓から見下ろすソアラの眼には庭園で花を前に集中するルカの姿。続々と帰ってくる団員達に明朗に絡まれ鍛錬を中断させながらも、ルカは一人で鍛錬に没頭していた。
「そういうことだったんですね……すみません、私の早とちりで……」
ラヴィの嗅覚は恐ろしい程に正しかった。ただし強敵と言う意味の中には、強力な恋敵ではなく、実力そのまま強敵という意味だったのだとサキノは納得した。
そんな安堵を胸に落とすサキノへと視線を戻したソアラは、サキノへと警告を発する。
「サキノ、ただ一つだけ言っておくぞ。お前も人間であり一人の少女だ、恋愛感情を持つなとは言わん。だが盲目にだけはなるな。大切故に他者の優先度に優劣をつけては救える者も救えん」
そのソアラの警告は団長としての、一人の戦士としての説諭。
仲間の優先順位を恋を持って判断するなという、魔界の絶対的ルールだ。
「戦場では常に冷静な判断が必要となる。恋と言うのは仲間、そして己自身の身を滅ぼす要因になり兼ねん。だから私は大切な団員を護る為に、これまで男性のいる騎士団を傘下にすら入れてこなかったのだ」
助けが必要ない相手に手を差し伸べ、本当に助けが必要な相手を放置してしまう。それが恋の魔力だ。
それは時として相手に生殺与奪の権を握らせてしまう一手にもなり得ると。だからソアラは男性が所属している騎士団をこれまで傘下にすら許容しなかったのだ。外で交流を持つのは好きにしたらいい。だが傘下ともなれば合同で任務に発つこともある。団員達が恋に溺れ適切な判断を下せなくなる憂慮を極力除外した結果が、今の【クロユリ騎士団】の体制だった。
平和に浸かった下界ならば許される思考も、魔界では命取りになる。
浮かれていた。ルカは仲間達の為に鍛錬を積んでいたというのに、魔界での絶対的ルールの忘却にサキノはいかに己が恋に盲目的になっていたのか思い知る。
悄然と肩を落とすサキノに、しかしソアラはふっ、と笑う。
「だが時としてその感情は強い力を生むことも事実だ。一概に全てが悪いとは言い切れん。私が言いたいのはメリハリ、節度を持てと言う事だな。そしてローハートを狙うからには絶対に奪い合いに負けるな。相手は意外に多いぞ?」
「ソアラさん……ありがとうございます」
全てがマイナスに働く訳ではない。その仲間を、思慕を抱く相手を大切だと思う感情は、実力以上の力を発揮する事もソアラは知っている。
だからこそ感情を自律しろというわけだ。負になる面を自制し、正となる面を最大限引き出す。
諧謔を織り交ぜたソアラにサキノは否定もせず、深々と頭を下げた。
「男の落とし方ならレラが詳しいだろう。困った時はレラに聞くと良い」
「ちょっと団長無茶振り止めてよ!? ウチは自然体派なんだから、そんなの分かるわけないじゃん!? それこそウチより人生経験豊富な団長が直接教えてあげたらいいじゃん!」
「騎士団一筋に突き進み、男を跪けてきた私に恋愛経験などあると思うか? 甘く見るなよ?」
「何でそんな強気でいられんの!? ワケワカンナイシッ! あ、そう言えば最近ミニーに彼氏が出来たとかどうとか言ってたっけ」
「何? ミニーに彼氏だと? よし、クロユリ全員で面接の準備だ」
「ソアラさんやり過ぎですよっ!?」
「可愛い娘という存在を護る為にやり過ぎなどあるものか。しっかり見極めてやる」
「やっぱお母さんなんだよね~」
「誰がお母さんか! 止めろ! 私はまだ二十八だ!」
母と呼ばれ本気で怒るソアラに二人は笑みが尽きなかった。
異性を退けて来た騎士団だからこそ説得力を帯びるルール。その裏には誰もが恋愛経験が不足するという弊害が付き纏っていた。




