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194話 好影響を与える者

「……うわぁ、本当にもふもふだぁ」

「そうでしょうそうでしょう。獣人とは毛色の異なったモフモフ感! これが九尾のエンネィアさんです!」

「何故お主が自慢気なのじゃ?」



 薬舗『タルタロス』の作業場ではクゥラがしゃがみこみ九尾狐エンネィアの体を撫で、その隣ではマシュロが薄い胸を張りながら鼻を伸ばし、更にその隣ではミュウが半眼で見下ろす。

 女子達が盛り上がる中、エンネィアの肌触りが気になっているサキノがそわそわと落ち着きを無くしており、隣のルカの「行って来いよ」という言葉にこくこく頷きサキノも感触を確かめに行った。一度触ればその緊張に塗れた顔は晴れやかに。その幸福顔を見て、それだけでもエンネィアの仲間入りを承諾した価値はあったのかと安堵した。

 当の本人は撫でられるのが好きなのか、丸くなって女の子達に自由に触らせていた。



「魔獣まで手懐けちまうなんてルカ兄ちゃんホントどうかしてるよ……俺がおかしいのか? 温室育ちの俺の認識が甘いのか……?」



 女子達がきゃいきゃいはしゃぐ中、たった一人頭を抱えて悩むのはゼノン・ウェシル・ノルベールだ。

 薬舗『タルタロス』に帰って来たルカが肩に乗せていたのは九本の尻尾を携えた九尾狐だった。それも人語を話し、詳しく話を聞けばヒンドス樹道で戦った魔獣だと言う。常識が簡単に覆される魔界とは言え、まるで捨てられた子猫を拾って帰って来たかのようなルカの軽率さに、そして魔獣を飼うという常識外の行動に仲間達が狼狽していないことに頭痛が堪え切れていない。加えて先程まで一緒に薬舗で運営していたクゥラも一瞬の驚きを見せた後に即座に順応する始末。己がおかしいのかと疑心暗鬼になってしまうのも無理は無かった。



「……私もびっくりしてる。でもルカお兄ちゃんが審査したのなら間違いはない筈。とりあえずお兄ちゃんも触ってみなよ?」



 普段の笑顔と異なるクゥラの幸福顔と尻尾の動きにゼノンも少しだけ興味が引かれる。

 しかし矜持がある。獣人で手入れに気を使っている姉や己達よりもいい感触の筈がないという。ちっぽけな矜持が。だからこそゼノンは己の矜持の為にも確かめなければならなかった。



「王族だった俺達の毛並みを上回れる訳――お……これは、中々……」

「……ね? 私達の毛並みとはまた違った感触」



 ゼノンの表情が思わず幸福に崩れた。年齢に反し、普段はクールぶっているゼノンの表情の弛緩に、マシュロの尻尾を体に巻き付けて耳を触るサキノ、サキノに巻き付いたマシュロの尻尾を誰にも見つからぬよう触るミュウ、そしてルカは思わず笑みを共有した。

 因みに誰にも悟られまいと獣人の毛触りを楽しむミュウに爆笑したポアロは、後々ミュウに絞められることとなり、サキノに背を向けて耳を触られ続けているマシュロは終始喘ぎ気味に悶えていた。



「主殿、この子達の前では姿を繕う必要はないね?」

「ああ。その必要は無い」



 ゼノンが変わらず感触を堪能しているとポンッ、と小サイズの九尾は通常サイズへと戻った。急な巨大化にクゥラは飛び付き、騎乗したゼノンに驚愕が生じる。



「……おっきい! おっきいっ!!」

「語彙が死んでるぞクゥラ……しかし凄ぇな……こっちが本当の姿か?」

「そうだよ。異端とは言え拙も魔獣だからね。ただ、拙は人を背に乗せて走りたい。人の役に立ちたい。拙の存在が認められるか、この夢が叶うかどうかは別問題だけどね」



 エンネィアが初めて語る夢。それはやはりどこまでも人との繋がりだった。

 決して媚びを打っている訳ではないその声音に、ゼノンはエンネィアの頭を優しく撫でる。



「大丈夫だ。ルカ兄ちゃんの元に居ればきっと叶うさ」

「……ありがとう」



 誰一人としてルカの信用に欠如は無い。ルカが決めたのなら、ルカの元に居れば。団員達の十全な信頼にエンネィアは付く主人が真からの善人だと理解に至る。



(シスターマイン……拙はようやく安寧の地に辿り着けたのかな?)



 大好きだったシスター達ですら辿り着けなかった人魔共住の極地。どれだけ人に尽くしても期待するだけ遠ざかっていく己の夢。

 しかしこの人物の元であればもしかしたら。

 当時はシスター達以外には考えられなかったが「必ず貴方を救ってくれる人物がいる」という、シスターの諦念に近い慰めは真実になり得るのかと。

 九尾狐エンネィアは白い天井のその更に先をぼんやりと眺めていた。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 それから数日も待たずに世紀の大号外が発表された。

 内容は都市の積年の課題であったリフリア独自結界の人柱制度の廃止。これまで知る者が極僅かに限られていた人柱制度は、略奪闘技(ルーティングゲーム)の最中に()()()によって公表されてしまった。司会を務めていたエムリに事情を徴収しても変装により判然としなかったという。

 都市としては大きな誤算だったが、【零騎士団】によって龍封石を確保出来たため隠し立ては必要なくなり、大々的に公表を決めた。勿論人の命を軽率に扱っていた罵声もあり、王ウェルザスから人柱制度の経緯は要所要所で誤魔化されながら謝罪がなされた。


 そして【零騎士団】による禁足地ヒンドス樹道の踏破によって、結界を展開する人柱の代替品鉱物――龍封石の存在は人々の不安を助長するために伏せられている――の発見、採取を達成した事。それらに伴って転化の儀を無事終え、強度の増した結界の展開に成功した事が大きく取り上げられた。

 その号外は主に、略奪闘技で人柱であるサキノを奪われることで結界が崩壊するのではないか、という人々の不安要素を鎮静化するに至った。

 一部では事情を知らない者達が「新設騎士団にそのような真似が出来るのはおかしい」「元々仕組まれた売名行為だ」などと吹聴する者もいたが、多くの者は略奪闘技での激闘を見ている事からそんな噂を鼻であしらっていた。


 以上が大号令の内容ではあるが、何処からともなく【零騎士団】が異例のステラⅢ始動となった情報が都市の波紋を呼んだ。ある騎士団は【零騎士団】の実力を図るために略奪闘技の果たし状を作成し、ある騎士団は都市に異例の判断をさせた【零騎士団】を称賛し、ある騎士団は階級昇進の為に闘志を燃やした。


 そしてルカを最大の眼の仇にする【夜光騎士団】幹部ラウニー・エレオスは。



(あいつ……また偉業を……っ!)



 幻獣ヘカトンケイルの撃破、格上も格上【クロユリ騎士団】撃破、禁足地ヒンドス樹道の踏破。

 放っておけば尽く話題に尽きないルカの功績に新聞をぐしゃっと握り潰した。

 自身が初めてルカと邂逅したのはいつだ? あれから何か月――いや何日が経過した?

 初めて拳を合わせた時は己が相手するにも値しない雑魚だと感じていた筈が、いつの間にか英雄扱いされていることに――いや偉業を達成して自分自身がルカの凄さを認めていることにラウニーは焦りと苛立ちを覚える。

 自身が副団長から幹部に降等している間に最大の宿敵は――。



「どこに行く?」



 立ち上がり地下の執務室から出ようとするラウニーに、執務机に腰かけ書類を処理していた団長キャメル・ニウスは顔も上げずに呼び止める。



「俺様の勝手だろ」

「近頃のお前は騎士団に尽くしてくれているとは感じるが、今はまだ勝手な行動は許さん」



 ラウニーの暴走を知るキャメルは、ラウニーが騎士団に戻ることを許しはしたが自由な行動は控えさせている。何もかもが制限ばかりと言う訳ではないが、報告は逐一行わせている。ラウニーも引け目を感じているためにキャメルに従うことを是としているが、今回ばかりは言える筈がなかった。



「鍛錬だよ! わざわざ言わせんじゃねェよ!」

「一人で禁足地へ赴こうなどと馬鹿な事は考えるんじゃないぞ。ローハートが踏破したとは言え、禁足地のギミックや脅威は顕在だ。一人で踏み込もうものならローハートに再戦する前に死ぬぞ」

「……気付いてんじゃねェよ。チッ!!」



 それもキャメルはお見通しだったようだが。

 新聞を眼にして己の行動を完全に看破されたラウニーは苛立ちを増幅させ、ぞんざいにソファへと座り込んだ。

 血気盛んなのは戦士にとっていい事だが、如何せん暴走癖のあるラウニーは徹底的に管理しなければ己の身も顧みない。しかしキャメルはそんなラウニーの後頭部を見ながら【夜光騎士団】設立当初もこのように行動制限をしていたな、と追懐に浸る。



「急くな。何も暴れさせないと言っている訳ではない。貴様にはその機会を与えてやるさ」

「あァ?」



 不機嫌そうな顔で首だけを向けたラウニーへキャメルは一枚の便箋を手に取る。



「飢える猛獣にもっと相応しい場を用意してやれそうだと言っているんだ」



 くるりと回したその書状には『略奪闘技(ルーティングゲーム)果たし状』と書かれていた。

 その文字を頭で理解したラウニーは、にやりと口端が上がり。

 凋落寸前だと舐められた【夜光騎士団】に宛てられた果たし状を挟んで、ラウニーと同じく、キャメルもまた冷笑を浮かべたのだった。


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