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189話 液状龍の試練★

 あまりにも超俗過ぎる。

 あまりにも異次元過ぎる。

 活路を見出せたからなんだと言うのだろうか。



「う、ぐ……こんな、ところで……」



 暴力の直撃を免れたミュウは全身から血液を流しながら絶望の具現化リキッドドラゴンを睨む。

 既に遅行であるのは分かっている。しかし、後悔したくない。


「よんどころない……妾の体を好きにしろ! その代わりこの状況をなんとかせえ! 酔い、噎べ――アスモデウス……っ!」



 この窮地で魔力の半分での交渉や、悪魔の身体乗っ取りを懸念している場合ではない。今のミュウには彼等――仲間達を失う方が辛く、内なる悪魔に全てを捧げる腹積もりでミュウは呼びかける。

 その行動自体がミュウの毛嫌いする自己犠牲であることにも気付けずに。

 

 

(アスモ……!? 応えろアスモデウス!!)



 しかしそのミュウの呼びかけに悪魔は反応を示さない。

 無音の戦場、無音の心内が続き、ミュウは焦燥に駆られる。



(何故じゃっ!? 何故妾の魔織化が反応せん!?)



 ミュウが危地なる禁足地同行したのは、魔織化という絶対的な殲滅力を持つ悪魔の召喚が己の手の内にあるからだ。

 例え魔力が大幅に消耗されようと、略奪闘技(ルーティングゲーム)の対副団長時のように魔力を借りる事も出来る。最悪の場合ラウニーのように全てを乗っ取られようとも、人並み外れた殺傷能力を持った色欲の悪魔――アスモデウスに身を委ねる事で己だけは危地から脱する事が出来ると踏んでいた。

 そんなミュウが仲間達を優先し、悪魔(アスモデウス)にしてみれば絶好の乗っ取り機会に応答しないと言うのは不自然過ぎる。

 ミュウの脳内にリキッドドラゴンの攻撃に何かしらの抑制効果があると憶測したが、今となってはどうすることも出来ずに地を引っ掻く。



(こんな、化物……無理じゃないですか……?)

(ドラゴンはアカンやろ……勝てへん……)

(くそ……動け……! 動け動け動け……! どうすればリキッドドラゴンに攻撃が通用する!? どうすれば俺達に勝機が開ける!? 考えろ考えろ!!)



 リキッドドラゴンの口内に再度魔力が傾注を始める。やや時間をかけた濃密な息吹(ブレス)の前準備にルカは思考を最加速させる。

 しかし妙案は浮かばない。閃いてくれない。ダメージ一つ受けていないリキッドドラゴンに対して、自陣の負傷度があまりにも酷い。これ見よがしに溜められる息吹(ブレス)も、全員が無傷で回避するのは不可能だと思える程に。



(広範囲の結界で皆を……でも先延ばしにしかならない……! どうすれば……!?)



 そんな悩みに悩むルカの事情を汲み取る事などあり得ない。



『アア――ッ!!』



 一人として満足に動けない【零騎士団】に向け、リキッドドラゴンは息吹(ブレス)を解き放った。

 その神々しく眩い光は一直線に彼等の元へと。

 皆が歯を噛みながら神の審判の飛来を眺める。

 それは絶望か、それとも世の柵からの救いか。

 己達の終焉を悟るには十分な判断材料だった。



 しかし――パァンッと。



「「「っ!?」」」

『…………』



 その光線は一同の眼前で何かに衝突したかのように弾け飛んだ。

 直前の息吹(ブレス)消失に、傷だらけの【零騎士団】は瞠目し、諦念が驚愕へと早変わりする。そんな珍事にリキッドドラゴンはただただ起き上がる一人の人物を見下ろす。



「風……?」



 密室の空間である筈の内部に温かい()が吹きすさぶ。

 可視化出来るほどの高濃度の魔力を含んだ風の発生源が一人の人物を取り巻く――いや、その人物から放出されていた。



「はっ、はっ……はっっ……」



 ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる一人の少女。

 楚々とした白肌に釣り合わない裂傷や血痕。麗らかな肩で息をして今にも崩れ落ちそうな体裁。平時は穢れ一つ寄せ付けない清冽な白髪は悲愴なまでに汚れ塗れで。

 それでも勇敢に二本の脚で立つのは。



「サキノ……」



 サキノ・アローゼだった。

 一歩、また一歩と前に進み、相手は自身だとでもいうかのようにリキッドドラゴンへと向かっていく。



「私は……私はまだ、何も返していないっ!」



 優しく温かい風が球体となりルカを、マシュロを、ミュウを、ポアロを包み込んでいく。



「私を救ってくれたルカに……皆に……私はまだっっ!」



 その風は加速に加速を重ね、球体となり障壁と化す。

 一目でわかる。

 風の防壁は皆を護る為のサキノの結界。球体外部で吹き荒れるサキノの全ての魔力を注入した渾身の広範囲攻撃で仲間に危害を与えない為の結界だということを。

 


「今度は私が皆を救うの!!」



 略奪闘技(ルーティングゲーム)

 自身を救うために戦ってくれたルカの為に。

 助けて利は無い筈なのに身を挺してくれた皆の為に。

 自身のせいで危険な任務に出向くことになってしまった【零騎士団】皆の為に。

 サキノは。

 サキノ・アローゼだけは。

 何があっても退けない。



天紫嵐漫(てんしんらんまん)ッ!!」



 白刀を一振りして切札を解き放つ。

 そのサキノの疾呼に暴風が空間を支配する。風は速度を次第に増し、時間経過によって威力を際限なく高めていく。


 天紫嵐漫。

 仲間を傷付ける事を決して良しとしない慎重で正統派なサキノらしからぬ無差別広範囲攻撃。白き暴風はサキノの意思に関係なく、所構わず、タイミング構わず立ち入る者全てを傷付ける斬撃の嵐だ。

 それは自分自身も例外ではなく、真っ直ぐにリキッドドラゴンを見据えている今も身体から次々に赤潮を吹き出している。



「っっっ!」



 キィン、キィン、と無数の風が強固な鱗に弾かれる様に、サキノがリキッドドラゴンへと突貫する。

 鱗を突破する事は叶わずとも、しかし鱗を次々に傷付けリキッドドラゴンも無反応ではいられない。術者であるサキノを狙い、攻撃を受けながらも一撃必殺を繰り出していく。



『アアアアアアアッッ!!』

「はああああああッッ!!」



 幾ら障壁を張っているとは言え、リキッドドラゴンがルカ達を狙う事を避けたいのだろう。自身も自身の術に裂傷を浴びながらリキッドドラゴンの近距離で交わう姿に、ルカは意地でも立ち上がろうと腕に力を込める。

 そんなルカの手にコツン、と。何かが触れた。



「これ、は……」



 透明に近い白色の液体が入った小瓶。回復効果が見込めないために最後の最後まで残っていたゼノンとクゥラの新薬。

 アイテムポーチが数々の苦難に破け小瓶が零れ落ちていたのか、それとも今こそ使う時だと自己主張したのか。

 しかしそんな些細な事はどうでもいい。戦端を切り拓いてくれる一手だと信じ、ルカは魔力を注ぎ込みながらゼノンの数少ない言葉を想起する。

 

『この任務は恐らく途轍もなく過酷なものになると思う。未知への挑戦、強大過ぎる魔物に皆の士気が負に染まっちまう事もあるかもしれない。そんな時はこの薬にルカ兄ちゃんの魔力を微量込めて割ってくれ。回復効果は無いが、きっと皆の支えになってくれる筈だ』

『この薬は効力を知らない方が効果が高い。一般に出せる代物でもないし、使用者を選ばなけりゃ逆に全滅になり兼ねない。これはルカ兄ちゃんにしか使えない劇薬だよ』


 ゼノンの説明からルカは一つの仮説を立てていた。

 だからルカはダメージに震える膝を叱咤して立ち上がり、風の防壁から歩み出て皆の視線を集め、最大限己を――仲間を奮い立たせる。



「強敵が何だ、困難が何だ! サキノが――仲間がまだ戦ってる……俺達がへばってる訳にはいかないだろう!!」



 風に裂傷を喰らいながら、ルカは自身の魔力を注いだ小瓶を握り潰した。



「立てッッ!! 【零騎士団】!!」



挿絵(By みてみん)




 ルカの士気に共鳴するかのように左手首の騎士団の誓印が発光する。

 ルカの足元にも発生した紋様は強い光を放ちまるで波のように、マシュロの左手の甲、ミュウの胸元、ポアロの首元、そしてサキノの右肩――そして全ての者の眼光に発光を伝播していった。


 体の傷は回復薬(ポーション)で幾らでも癒せる。魔力の消費は魔力回復薬(エナジーポーション)で幾らでも補充できる。

 しかし負に汚染された戦意だけはいくら本人が奮い立たせても、偽り――表面上のものでしかない。芯から変える事は出来ない。

 そんな負に汚染された戦意を強制的に掬い上げ周囲の者の後押しをする新薬こそが、ゼノン達が開発した『士気伝播薬』だ。クゥラの微々たる魔力を媒体にした『士気伝播薬』は使用者の士気を周囲へと伝播させる効果を持つ。

 ゼノンが使用者を選ばなければ全滅になり兼ねないとしたのも、どんな窮地でも絶望に折れない心の持ち主が対象者だったからだ。感情が希薄が根源だとしても、どんな困難にも立ち向かうルカ以外に誰が適任だと言うのか。


 士気伝播薬の効果か、それともルカの煽動に負けん気が働いたか。

 一同の表情から曇りが消失した。

 既に限界を超えている筈が、一人残らずその場を立ち上がる。



「ふぅ、ふっ……サキノさんだけに、格好付けさせるわけにはいきません……誰が負けるもんですか!」

「気合見せなアカン時ちゅうもんはくるもんやなぁ……! どこまでも足掻いてやろやないか!」

「新設早々スパルタじゃのう……! ふぅぅぅ!! ならば導け! 主様よ!」

「サキノの風に怯えるな! 行くぞッ!!」



【零騎士団】再出陣。

 全員が自傷を厭わず結界を飛び出し、サキノが展開した風の領域を突き進む。

 


「【詠唱コール。我、脆弱なる絶対守護者、惰弱なる相反攻者。()に目覚めぬ覚醒に悲嘆するこの想い、長き幽冥の時を経て他に認められし時真価を発揮す――】」



 迂回しながらマシュロは詠唱を始める。

 マシュロは自身の攻撃の基盤となる強化詠唱において、行動不能になる弱点を『夜光騎士団』元副団長ラウニーから指摘されていた。多対一や詠唱の時間を稼ぐことが出来る場面ならまだしも、一対一になると途端に自身の攻撃力は半減以下となる。


『現状に満足してぇならいつまでも甘えてろ』


 ラウニーなりの激励だと解釈し、略奪闘技(ルーティングゲーム)後から移動しながらの詠唱を鍛錬していた。速度は不十分、集中力が乱れれば魔力は無為へ、回避など以ての外の単なる的だが、ルカの士気を貰い受けた今のマシュロに出来ないことは無い。



「【負の想いと共存を。愚童(ぐどう)求道(ぐどう)の糧と成り】――ぐっっ!?」



 サキノの暴風がマシュロの脚を掠める。ぶしゅっ、と血潮が噴き出し転倒するも、マシュロは詠唱の手綱を手放さない。

 痛覚すら置き去りに、すぐさま起き上がりマシュロは進行を再開した。



「【日照に光る絶対守護(たづな)を手放し、全てを殲滅する力とせよ――攻護顛倒(アマノサグメ)】!!」



 絶対防御で猛烈に消費した魔力の残り。水色の魔力が小さな身体で充溢する。

 撃てる残数は五発。

 足元で注意を引き付ける仲間達の動きを見計らい、リキッドドラゴンの顔面へと蒼き銃閃を一撃放つ。

 リキッドドラゴンはマシュロの動きも視界には入れていたが、何度も撃ち込まれて効果を持たなかったマシュロの電磁砲に興味を示さなかった。

 構わず以前厄介な暴風を巻き起こしながら攻め続けるサキノへと再度視線を戻したその時。

 ドォンッ、と。



『…………?』



 些事な攻撃だった筈の電磁砲。

 極僅かな、ほんの僅かに衝撃を顔面に受け、攻撃の先を睨んだ。

 強固な鱗は焼き付き、ボロっと欠片が地へと落ちた。


 ――効果あり。


 初めて通用した攻撃にリキッドドラゴンの意識がマシュロへと向く。

 距離を保ちながら隙を狙うマシュロへと、リキッドドラゴンは無溜めの息吹(ブレス)を放つ。



「ぎっっ!? はっっ、はっ……!」



 前面に飛び込み辛うじて回避したマシュロ。

 しかしリキッドドラゴンの追撃は止まらない。再度蓄力のない砲撃を口腔に発生させ、もう一度マシュロを狙い澄まし。



「閉じとれ!!」



 ミュウがリキッドドラゴンの口を大量の糸で縛り付ける。

 まんまと口内で暴発――することはなく、強引に糸を引きちぎり開いた口から、遅れ気味に息吹(ブレス)が放射された。

 だがその時には既にルカが身体強化でマシュロを背負っており、息吹は無人の空間を通過していく。



「ルカさんごめんなさい……! 魔力を使い過ぎました……! 折角効果が見られましたが撃てて残り四発です……――ルカさん?」

「…………」



 ルカの背にしがみ付き救援の謝罪と余裕のなさを伝達するマシュロだったが、何やら考え込んでいる様子で返答はない。



「ルカさんもう一度来ます!」



 照準を二人に合わせたドラゴンは三度息吹の発射を試みているが、ルカは一瞥して縦横無尽に加速するだけで思考を止めることはない。



「時間稼ぎにしかならんがいいんじゃな! ポアロ! 合わせろ!」

「ほい!!」



 二度目の光景。ミュウはそこかしこから糸を生み出し、ドラゴンの体を再度拘束した。

 二度の大技に魔力枯渇(エナジーダウン)に陥り始めているミュウは膝を衝く。

 しかしリキッドドラゴンの狙いはあくまで自身に危害を及ぼすであろうマシュロのみ。息吹であれば拘束されていても問題ないと判断したリキッドドラゴンは、束縛に構わず息吹の体勢を取る。

 が。



「いつまでも同じやと思ったらアカンで」



 ガクッッとリキッドドラゴンの体が沈み込み、破壊光線の狙いがルカ達の遥か手前に逸れた。



『…………?』



 ミュウ×ポアロ。

 広範囲重力をではなく、糸に重力を流し込んだ二者の結託(ユニゾン)だ。効果範囲を極端に狭めたポアロの重力は、息吹のために発した魔力に反応を示し拘束力を生んだ。

 戦闘相手が変わったかのように次々と有力な攻撃を繰り出してくる一団に、リキッドドラゴンは魔力を解除して糸を引きちぎり始める。

 そんなリキッドドラゴンへ、強烈な蒼光線が直撃した。

 首元に電磁砲を受けたリキッドドラゴンは微かに体が揺らぎ、先の電磁砲よりも鱗を剥奪される威力に眼光を強めた。



(能力に単一の縛りがある俺には意味のないものだと思ってた――だけど触れてさえいれば干渉出来るのなら戦略は無限に広がる)



 長剣『威零多』を右手に、マシュロを背負う()()のルカの姿。

 その長剣が周囲の暴風――魔力を吸収していく。

 故に彼等を傷付けない。傷付けさせない。



(サキノに想いが伝わらなかったあの感情が何だったのかはわからない。だけど俺の中に芽生えた確かな感情と能力)



【悲嘆】

 略奪闘技成立前。レラに腕を斬り落とされ、病院の屋上で邂逅したサキノとの会話で感じた感情。

 伝わらない想い。流れた雫。その感情の正体は、これまでの感情とは異なりルカが理解するには至らなかったが確かな萌芽。



「これは一人の力じゃない」



 単一の縛りがあるせいで略奪闘技では意味を成さなかった【悲嘆】に依拠する能力。


『充填』

 周囲の魔力を取り込み次撃へと装填する、基本的に魔力を扱うルカ向けの能力だ。縛りがあるためにルカが一人で使いこなすことは出来ないが、相手に触れていれば干渉できる旨を理解したルカは、現時点最も効果のあるマシュロの砲撃に充填したのだ。



「撃てマシュロ!!」

「はいっ!!」



 脚を止めることなく駆け回るルカにしがみ付きながらマシュロは特大の砲撃を放つ。拘束によって満足に動けないリキッドドラゴンは顔面に電磁砲を貰い受けて、再び微々たるダメージを被った。



『オオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』



 絶対的防御力の龍鱗が貫通され、リキッドドラゴンは糸と重力の拘束も捨て置き怒りの咆哮を上げ、泡沫を湧出させる。

 一団を一手で全滅へと追い込んだ一撃に銘々は身構えるも。



「はっ、はっ、はっ……焼きが回った?」



 既にサキノによって風の領域を展開している以上、泡沫が長時間宙に滞在出来る訳も無く暴風に叩き割られ雲散していく。

 その未来を予見出来ていない光景にリキッドドラゴンに余裕が無い様子が窺え、ルカとマシュロは果敢に攻め続ける。



「ふっ、ふっ……」



 ルカは必要以上にリキッドドラゴンに肉薄し、足元で攻防を行う。その真意はリキッドドラゴンと距離を取れば魔力を中心とした攻撃では拘束力が働くために、接近しようとミュウとポアロが粘っている拘束が振り解かれてしまうから。それならば危険度は高まるが足元に纏わりつく方が拘束の影響は多少は見込んで動くことが可能となる。

 故に巨体故の攻撃の死角に飛び込み、一方的に返報を叩き込むことが出来るのだ。



「ふっっ!!」



 また一撃、リキッドドラゴンへと着弾した。

 そんな何気ない一撃。下方から放った電磁砲はリキッドドラゴンの顎に命中し、リキッドドラゴンの脚が初めてふらついた。



(効いた……? 変わりはない筈なのにどうして……?)

「マシュロ、限界まで充填しろ! 特大の電磁砲を叩き込め!!」

「は、はいっ!!」



 しかしそんなマシュロの疑問を追求する余裕も無く、ルカの指示が飛ぶ。

 ここまで使用した電磁砲は四発。残数は一発。最後の銃撃にありったけの魔力を込め、そしてルカからの充填を授け受け、隙を見せたリキッドドラゴンへと号砲を解放した。

 息吹(ブレス)に負けず劣らずの稲妻の如く蒼い光線は一直線にリキッドドラゴンの顔面へと。

 そんな全身全霊をかけた一撃は。

 ピシャンッッと、液状化で液を貫くだけで回避された。



「そんなっ……!?」



 液体龍リキッドドラゴンの一番の脅威。それは回避性能だ。

 巨体故の弱点を補うが如くの回避性能は人類に絶望を与える。

 しかし――。



「今ッッ!!」



 液体龍の完全討伐が目的ではない【零騎士団】にとって液状化は好都合でしかない。

 液の中で剥き出しになった核。出現時間は恐らく一秒程度だろう。

 しかし誰よりも早く、誰よりも戦場を駆け、誰よりも好位置を取り続け機を見計らっていた少女は、その絶好の機会を逃さない。

 唯一操れる周囲の風を足元で爆発させるかのように急加速で突進。彗星の如く核へと飛翔する。



「はあああああああああああっっっ!!」



 その振り下ろした白刀は。

 パキィィィン……と核を欠片へと転化させた。



「やっ――」

「気を抜くな!!」



 快哉を叫ぼうとしたマシュロ、そして気を抜きかけた一行にルカは叫ぶ。

 リキッドドラゴンが現れたのはルカ達の後方二十メートル。気を抜くには早すぎる距離間だ。



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』



 大咆哮が彼等の鼓膜を脅かす。

 その大咆哮に反応を示したかのように、岩塔の天井がボロボロと崩壊を始めて日光が差し込んだ。

 サキノは最後の力を振り絞って降り注ぐ岩石を風で弾き飛ばし、岩石の飛来も厭わずリキッドドラゴンは大翼を羽ばたかせ空へと舞う。


 龍封石。読んで字の如く龍を封印していた石。

 ヒンドス樹道最深部を住処とするリキッドドラゴンの咆哮に共鳴した天井は完全に天を曝け出し、龍封石を失ったリキッドドラゴンは解き放たれたのだ。


 リキッドドラゴンの脱出によって緊張の糸が切れた一同は次々と倒れていく。

 が。



「まだだ……」



 ルカは。

 ルカだけは膝を着き、上空を仰ぎながら死闘という緞帳が幕を下ろしていない事を察していた。

 その視線の先、上空約百メートルにはリキッドドラゴンが時間をかけて最大の息吹(ブレス)の準備を執行している。



「ごめ……ルカ、身体が、動かないの……」



 全力の全体攻撃を断行したサキノは辛うじて意識を保っているが、限界まで魔力を酷使したマシュロとミュウは魔力枯渇(エナジーダウン)によって気を失っている。



「はっ、はぁ、……はっ、僕が……叩き落としたる……」



 広範囲の重力場の展開に奥の手(ランボルス)、ミュウの広範囲の糸に重力を流し込むという慣れない結託を敢行したポアロは立ち上がろうとしているが憔悴しきっている。



「……休んでろポアロ。後は俺が」



 次に攻め込まれれば確実に全滅の趨勢。

 王ウェルザスの質疑に、安全より危険を取った少年は。

 都市の安全も仲間の安全も何もかも見捨てない。



(皆を――護る)



 皆身を挺してくれた。己を信頼して。

 だからここからは、信頼を見せる番だ。


『威零多』を地に突き刺し、杖替わりに立ち上がる。

 瞑目。深呼吸を慎重に繰り返す。

 ゆっくり、ゆっくりと開いた黒瞳には八芒星。

 新たに握った手には柄のみの長剣。



「ふぅッッッ!!」



 気炎と同時に宿るは神々しくも禍々しく輝く極彩色の剣身。

 天井が開けてた空間に漂う、魔力という魔力を根こそぎ収斂していく剣身は刻々と肥大化を続けていく。

 光は光を誘い集約していくその輝きを、サキノとポアロは眺め続ける。



「来い……!」



 迎撃準備は整った。

 十全の魔力を引っ提げ霞に構えたルカに、リキッドドラゴンは上空で一度大きく目を見開き。

 約一分の貯蓄を終えた特大の息吹(ブレス)を放射した。

 接近すれば接近するほどに巨大な砲撃。抵抗しなければ骨も肉も一切残らない、埒外の攻撃。

 サキノとポアロが今度こそ絶命を悟ろうとも、しかしルカは動じない。



負滅救斬(エフティヒア)



 天から振り下ろされた鉄槌へと、視界を奪うほどの光を衝突させた。

 真っ白な景色が続く。

 その光は早朝とはいえ、都市リフリアの者達に異変を感じさせるほどに。

 その轟音は付近を通行していた商人達と護衛者達がドラゴンの姿に腰を抜かすほどに。

 その衝撃は数々の魔物の意識を奪うほどに凄まじく、この世のものとは思えない程の規模だった。

 そんな衝突の最中に居た【零騎士団】は。

 一人として欠けることなく、何度目とも知れない窮地を乗り切っていた。



「はっ、はっっ!!」

(相殺でほとんどの魔力を持っていかれた……! 呼吸を整えろ……! 次が来るっ!)



 上方に負滅の剣を振り切った体勢で残心するルカは激しく息を切らす。

 攻撃の届かない一方的な蹂躙劇を、後何度凌げばいいのか終わりが見えないルカは躍起に呼吸を整えるべく動き出す。



『…………』



 しかし宙を羽ばたくリキッドドラゴンは一度目を瞑り、



「え……逃げ、た……?」



 まるでルカの実力を認めたかのようにその場を飛び立っていく。

 代わりにコーーーン、と。ルカの眼前に五センチほどの純白の球体が落とされ、手に取り見上げた頃には既に偉大な姿は雲の上へと消えていた。



「今度こそ、終わったか……?」



 攻撃ではない落とし物。まるで意図的に落としたかのような物体の正体は判然としなかったが、明確なまでの終戦の気配にルカはその場にどさっと腰を下ろした。

 数々の死地を乗り越え、纏めて押しかけて来た安堵に大きく長い溜息を衝く。

 そしてサキノが叩き割ったリキッドドラゴンの核――龍封石を一度視界に入れ、ルカはサキノとポアロと笑みを共有したのだった。


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