186話 台風娘の宅急便
一日の始まりを告げる太陽がうつらうつらと床払いを躊躇う東雲前、寝静まっている【クロユリ騎士団】本拠の一部屋に照明が灯されていた。
「各商人からの料金支払いと更新手続きの確認、円月花移植の経過報告、騎士団加入申請の審査。終わったぞ」
「助かったよツクナ。ありがとう」
【クロユリ騎士団】執務室。そこには溜まった書類を整備する団長ソアラ・フリティルスと副団長ツクナ・エルバドルの姿があった。そのツクナの膝の上には毛布を掛けられ、まるで猫のように丸まって眠るアルア・リービスの姿も。
「よいよい。余はこれまで副団長らしき仕事をしてこれんかったからの。結界問題にごたついておる今しか手を貸せん。それよりこれらの仕事量を何食わぬ顔で一人でこなしてきたお前が怖いわ」
「そう言ってくれるな。レラは武闘派、アルアは幹部昇進一年も経っていない。各種手続き等を任せるのは少々荷が重いだろう。アルアには事務的なものを出来る事から任せ始めてはいるが、彼女等には任務を始めとした現場を指揮して貰う方が効率がいい。私自身のキャパは超えていないし、慣れればなんてことは無い」
「その激務に慣れる事が既におかしいんじゃがな……まぁよい。それで、転化の儀に使用する予定だった『死装束』は処分してもよいのか?」
すぅすぅ眠るアルアのもふもふな髪を優しく撫でながら、ツクナは執務室の端にある木箱――『死装束』の入った箱を視界に入れる。
それは本来サキノに着せる筈だった忌憚の正装。しかし略奪闘技で敗れた【クロユリ騎士団】には不必要となった代物だ。
「あぁ。王ウェルザスから人柱を使用した結界は以後禁止するという内容の書状を宙城の遣いのロゥランから預かった。『幸樹の祓串』と『導魔剤』は【零騎士団】が任務を達成すれば使う事もあるだろう。暫く保管しておいてくれ」
毅然とツクナの質問に返答するソアラだったが、その手は書類への書き込みが止まることは無い。器用に業務と会話のマルチタスクをこなす団長の姿と飛び出た言葉に、ツクナは鼻から空気が漏れた。
「ふむ。奴等が本気で任務を達成することが出来ると思っておるのか? 同盟の締結然り、相当奴等を気に入ったようじゃの?」
過去最強と呼ばれる【エルドラド騎士団】が龍封石採取任務に失敗したことは極秘情報として公にはなっていない。いわば隠蔽、そして事実の改竄。ただの一騎士団である【エルドラド騎士団】の影響力は、一国をも欺かせるほどの価値がある。
そんな偉人達が果たせなかった任務をこれまたただの一騎士団――それもたったの五名の新設騎士団が本気で達成できるのかという疑問がツクナにはあった。
そんな少し茶化し気味の対話にソアラは腕の動きをようやく止めてツクナと向き合う。
「この任務、誰が言い出したと思う?」
見つめる灰眼がやけに達観しており、ソアラの質問返しにツクナは少々困惑した。
「? 王ウェルザスじゃろう?」
間違えようもない答えに疑問符を頭に浮かべながらツクナは断定的な答えを返す。
しかしソアラは首を横に振り否定を呈した。
「ロゥランから詳細を聞いた私も驚いたよ。龍封石採取任務はどうやらローハートが提案したようだ。それも略奪闘技を【クロユリ騎士団】に仕掛けたのも龍封石採取任務の為の一連のプランだったそうだ」
宙城に居た頃のゼノンとクゥラの付き人ロゥラン・エルバから聞いた、王ウェルザスとルカのやり取りの驚倒をソアラは共有する。
「な……ありえんじゃろ!? クロユリに勝って初めて宙城に呼ばれたのじゃろう!? 仮にそうであったとしても先々の危険まで考えた上でクロユリに挑むなど正気の沙汰ではないぞ!?」
「それがルカ・ローハートという人物だ。証拠になるかはわからないが、ローハートが略奪闘技を申し込むために執務室に出向いた時、私は結界の代替と都市の未来を尋ねた。その時答えははぐらかされたがローハートの眼は確かにクロユリに向いていなかった。もっともっと先を見ていたと私は感じた」
「…………」
開いた口が塞がらないとはこの事か。サキノの人柱阻止だけがルカの目的だと思っていた。しかし真実の蓋を開けてみればサキノの身の保証は勿論、都市の未来までもを考慮した大きく長い一手だった事実に、ツクナはようやく、都市を第一に考えるソアラがルカ・ローハートの略奪闘技を受け入れたのかを理解した。
「【零騎士団】に都市を積極的に護る責務などない。正規の手続きに則って略奪闘技に勝利した彼等はサキノを奪取し、都市の結界の代替など放棄しても良かったはずだ。現に王ウェルザスはラグロック製の結界の導入も提示した上で彼等の行動方針を尋ねたらしいが、ローハートは迷いなく龍封石採取任務を選んだという」
「馬鹿げておる……クロユリとの決戦はただの踏み台じゃったと言う事か……? あの童め……」
「大した男だろう? リスクを冒してでも為したい目的がある者は強い。それも口先だけでなく実行力、そして実現力があるのだから尚更だ。だから私は一縷の希望に賭けてみたくなり同盟を結び、レラを貸した。失敗の恐れが無いと言えばそれは嘘になるが、ローハートは信じてみたくなる強さを秘めている」
己ならば絶対に選ばない道。呆れを通り越して戦慄さえ抱くツクナは、【ブルータス】という名に恥じぬように強がっては見せたが。
そんな常人ならざる道を征くルカを心から信用しきっているソアラの笑みに、ツクナは何故か乙女センサーが反応した。
「なるほどな……それでローハートに惚れたと言うわけか」
「馬鹿言え。私の大事なサキノを奪ったけしからん男だぞ。サキノが関与していなければ夜闇に紛れて排除したいくらいだ」
「娘を心配する母か己は」
「誰が母だ」
アルアの角を艶かしく撫でながらニタつくツクナを一蹴するソアラ。
その乙女センサーは正常か誤作動かはツクナにはわからなかったが、ソアラの殺意は本気だったということ。冗談を言っているようだが、サキノが許すのであれば本気でやるつもりだ。
そんな朝方の【クロユリ騎士団】、そして払暁のリフリアに目覚ましの一撃。
ドォンッッッ! と巨大な音と震動が本拠を襲う。
「何事だ?」
「す、すみませんっ!?」
「何故アルアが謝るのじゃ。台風娘が帰って来たようじゃぞ」
本拠への襲撃かもしれない尋常ではない揺れであっても冷静なソアラ。
肩をビクつかせながらツクナの膝の上で飛び起きたアルアは開口一番に謝罪。
アルアの奇行に笑いを噛み殺しながら、衝撃の正体を明かすツクナ。
三者三様の【クロユリ騎士団】本拠に、台風娘――レラ・アルフレインが帰って来た。
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「痛ったぁぁぁ~~~……え、こんなに翼の制御ってムツカシイの?」
九尾を抱えて本拠に衝突したレラは臀部を地に付け腰を擦る。
ダンジョンを脱してからレラは、まばらに散見される隊商達の眼を掻い潜りながら一時間足らずで都市へと帰還した。転換の能力を駆使するレラは体力も魔力も言葉通りに無限。順調も順調に進んでいたのだが、都市へと踏み込んだ途端から移動ペースが劇的に落ちた。
それは配慮だ。九尾――得体の知れない魔獣を都市に連れ込んだなどと噂が立てば面倒事に発展するに違いない。夜明け前とは言え、人の眼がある限り、屋根上の移動、そして時には身を潜める選択を取らざるを得なかった。
あまり悠長にしていると糸でぐるぐる巻きにした九尾が意識を取り戻す可能性もある。
進行速度に難渋を抱えるレラが取った行動。それはサキノやルカのような翼の生成だった。
翠魔刃で魔力を刃に転換しているように、己の魔力を翼へと転換生成し上空から本拠へと向かう決意をしたレラ。
翡翠色の両翼を背に生やしたレラは慎重に高度を上げて飛翔した。
しかし少し上手く事が運ぶと調子に乗るのがレラクオリティだ。
調子に乗ったレラが速度を上げると、舵が壊れた魔法杖のようにコントロールを失い空を縦横無尽に翔けた。
何とか本拠まで辿り着いたものの、ブレーキは効かず本拠へと衝突したのだった。
「レラ帰ったか。皆は無事か――って何を連れているんだお前は……」
「ま、魔物ですか?」
「今日は狐鍋かの。屋根裏はひんやりしておって少々肌寒い故ぴったりじゃの」
「太るよツクナ副団長?」
「何故余の言葉に一早く反応するのじゃお前は」
執務室の窓から飛び降りたソアラがレラの凱旋に一早く駆け付けた。
続いてアルア、ツクナとレラの元へと飛び降り、腰元に転がっている九尾へと興味を示す。
至ってツクナの体型は普通だ。しかし普段より屋根裏に閉じこもり結界の管理を担っているツクナの運動不足は否めない。心配か、諧謔か、レラは誰への回答より早くツクナへとツッコんだ。
「んと、長々説明してる暇は無いから簡単に要点だけ伝えるけど、皆は無事。んで、先に進む入口を見つけて九尾を倒した。この九尾が龍封石の代わりになるかツクナ副団長調べてみて」
「魔力解析に時間がかかるぞ?」
「どれくらい?」
「見たことが無い種族じゃからな。三時間もあればいけるか」
「了解。ウチはルカ君達の元に急いで戻らないといけないから行くけど、クロユリの地下牢にぶち込んで調べておいて。あ、それと今は耐熱の糸で縛ってあるから大丈夫だけど、その九尾消火出来ない焔の能力持ってるから、しっかり脆弱魔法で捕捉しておいて。じゃねっ!」
「おいっレラ! はぁ、簡略的過ぎるだろう……」
言いたい事と知りたい事を口早にツクナと会話し、ルカ達との約束の三時間を大幅に超える為レラは最度本拠を飛び出して行った。
ソアラの呼び声にも応じないレラはあっと言う間に姿を小さくして消えていった。
「で、でも皆さんが無事だと言う事と、何かしらの手がかりが見つかったことは分かりましたね」
「ともかく他の団員も今の震動で集まってくるかもしれない。九尾が見つかる前に運んでしまうぞ」
「全く、本当に台風娘じゃのう。飽きん奴じゃ」
ナンダナンダと各部屋で照明が灯り始め、要らぬ噂を懸念したソアラが指示を下す。
安堵を胸に抱くアルアが九尾を背負い、レラの颯爽性にツクナは鼻を鳴らした。
【クロユリ騎士団】の朝が、騒々しい魔獣九尾狐の搬入と共に始まった。




