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182話 再会

「どき、なさいッ!!」



 白光を纏ったサキノの一閃が煌めく。その強い踏み込みから生まれた白閃は、産まれながらにして武術を習得したリザードマンの防御ごと破壊し首を斬りつける。断末魔の叫びすら許されない切り返しの連斬に、サキノはリザードマンの成れの果てを見届ける事もなく先へ先へと走っていく。



「サキるんすんごい気炎やなぁ」

「ルカ君の為だからねぇ。魔力の消耗度なんて全く気にしてないもん」



 魔力回復薬(エナジーポーション)を喉に通しながら先行するサキノを、少し後ろから大様に構えるポアロとレラが追従する。サキノの気炎が迸る戦闘態勢も想い人の為ならば仕方が無い――言っても自制が効かないだろうと諦念を抱く二人は溢れそうになる笑いを堪える。

 そんなサキノの横で並走し、サキノより一歩も二歩も早く魔物の撃退に努めるのはマシュロだ。間々現れる魔物を電磁砲で先制しては道を切り開く。一撃で仕留め切れなければサキノの白兵戦が火を噴く。己の特性を進行の流れに嵌めこんだ遠近のコンビネーションに進撃の速度は衰えない。



「マシロんすんごい気迫やなぁ」

「ルカ君の為だからねぇ。そこまで想って貰えるルカ君が羨ましい限りだよ~」

「【クロユリ騎士団】の幹部が何を言っておるのじゃ……」



 背後を頻りに気にしながらミュウが更に後ろからツッコむ。

 それは途中で逃したペガサスの追跡を気にしてのことだった。進行時にペガサスとの遭遇によって交戦が始まったが、ミュウの糸、ポアロの重力と足止めを魔力から生み出された攻撃を尽く強奪された。レラの魔力を大量に含んだ花々を転換によって魔力を速度、膂力上昇に充て撃破を狙ったものの、恐れをなしたかペガサスはその場を退散した。

 必ず仕留めなければならない道理も、追う必要もなかった彼女等にとって魔物が自ずと退散してくれるのは非常に好都合だ。彼女達はペガサスの動向を気にしながらも先を急ぐことを優先した。



「しっかし進めば進むほど対面側の岩壁との距離狭まっとんなぁ。最深部は近いとみてええんかいな?」

「そうだねぇ。確かに禁足地の横幅って都市(リフリア)から離れれば離れるほど狭まってるかも? 元が馬鹿でかいから気にして見たことは無かったけど」



 僅かな変化だ。しかし横穴を見つけた箇所から約三キロメートル程進んだ先で変化は急速に始まった。

 それが徐々に反対側の岩壁が目視で確認できる程度に距離を縮めている事だ。一行は右手側に岩壁を常に捉えながら進んで来たが、左手側にも岩壁を確認出来ている。それでも数百メートルは離れているのだが、明確とも言える高層の構造変化に最深部が近い事を期待もしてしまう。



「何にせよ最深部に到着してもルカ・ローハートがおらねば無意味じゃろう。最深部に着くことが妾達の目的ではないのじゃぞ、目的を履き違えるな」

「わかっとるわかっとる。そないムキにならんでもルカりんが心配なんはちゃんとわかっとる」

「…………」

「ぐぅっ、ツッコまれん方が滑ったみたいで心に来る……っ! ツッコミ役を放棄せんで欲しいなぁ」

「誰がツッコミ役かッ!! 言わせておけばのうのうと……!」

「痛い痛いっ! でもこれでこそミウらんやぁ!」

「あははっ、自由だね~」



 強ち心配が間違いでもないミュウは大して反論もしなかったが、隙を見せればここぞとばかりに追撃してくるポアロを野放しにはしておけなかった。

 ポアロの余裕が一種のルカへの信頼だと言う事にレラは察しがついていた。好意による信頼とはまた別の形の信頼。腹の裏が見えず、見た目は怪しくともルカが認め、仲間として迎えた若緑色の髪をした男を見てレラは笑った。

 そんな危地にそぐわぬ余裕を放つ三名を後方に据え、先を急ぐサキノの眼が捉えたもの。

 それは高層の終着点。何百メートル先に見えるは左右の岩壁と同じ色をした行き止まりだ。



(行き止まり……ルカは!?)



 目を凝らしながら隅々まで目を配らせる。距離が開きすぎて有人かの判断までは出来ないが、そこは確かな終点。

 足元に茂る花々を踏み荒らしながら一段と速度を上げて禁足地を駆ける。



(ルカっ……! お願いルカ……ッ! )



 そして。サキノは見た。

 壁に背を預けて項垂れる一人の少年。



「ルカっ!!」



 サキノのルカを認める大声が拡散し、一同の速度が同時に加速した。

 遂に見つけた。

 一同の希望。

 服はボロボロに破れ、体中に血と泥がこびりつき、体中は創痍塗れで、花々に囲まれる姿はまるで死者のようで。

 息を切らしながら跪いたサキノはルカの体を支えながら揺さ振った。



「ルカ! ルカ!! 魔力枯渇(エナジーダウン)!?」



 独りで高層を突き進む過酷さが身に染みているサキノが真っ先に思い浮かんだのは魔力枯渇(エナジーダウン)。魔力を常に媒体としなければいけないルカにとってこの地は過酷過ぎる。



万能薬(エリクシール)は……!」

「ルカさんっ!」

「ルカ君!」



 次々に到着する仲間達に眼もくれず、サキノは己のアイテムポーチを漁るが回復道具は残っていない。

 自身もルカに追い付くために躍起になり過ぎて魔力と体を無駄遣いし、回復薬を多用してしまっていた。

 自身の余裕の無さにも気が付かないサキノはバッと顔を上げ、声を荒げながら一同へと訴える。



「誰か万能薬(エリクシール)を! 早く!!」

「ウチの使っ――」



 アイテムポーチを開いたレラはまるで電池が切れたかのように動作が停止した。



「レラ? 回復薬切れ!? 他に余ってる人は!?」

「あのサキノさん……」

「何!? 何で皆そんな悠長にしているの!? この今もルカは苦しんで――」

「ルカさん、起きてます」

「え――」



 冷静と言う名の回路の接続がマシュロの声によって繋がれた。

 腕で支えるルカに振り向くと、そこにはぱっちりと黄眼を開いたルカの姿。



「よぅ、サキノ」

「きゃああああああああああああああっっっ!?」



 大絶叫が禁足地に木霊し、支えていたルカをサキノは突き飛ばす。



「ぃっっ!?」

「ちょ、ルカさんっ!?」



 ゴンッと岩壁に頭を打ち付ける強烈な音の直後、ルカはぶくぶくと泡を吹いて横たわる。

 サキノの現地離脱に伴い、慌てて駆け寄ったマシュロはいつぞやの再来か、ルカに膝を貸して介抱役をしれっと奪い取った。

 感動の再会の筈がまるで平時のような応酬にレラとポアロは腹を抱えて笑い転げ、人知れず溜息に似た安堵を漏らすのは艶美の少女ミュウ・クリスタリアだった。



(な、何を安心しておるか妾は……っ!)



 一人でツッコミ役を全うするミュウは、しかし万能薬(エリクシール)をマシュロに頭からかけられるルカをまじまじと見つめた。



(しかしよう生きておったの……こやつの生命力はやはりとんでもない……)



 称賛を心の中で送り、ぱちりと眼を開いたルカから眼を逸らした。



「ご、ごめんルカ……か、体は大丈夫なの? 魔力枯渇(エナジーダウン)かと思って……」

「あぁ、大丈夫だよ。少し眠りが深かっただけで寝てただけだ。紛らわしかったか?」



 体を起こしたルカに、赤面を残したサキノが謝罪を呈しながら歩み寄った。

 ルカの温もりが離れる感覚にマシュロの耳が萎れ、パタパタとご機嫌だった尻尾も鳴りを潜め、更なるポアロの笑いの種となっていたことをマシュロは知らない。



「こ、こんな危険な場所で寝てるなんて普通思わないよ……魔物に襲われでもしたら終わりだよ?」

「この場所、一切魔物に荒らされてないんだよ」

「え?」



 ルカの視線に皆の視線が誘導される。辺り一面花々が咲き誇り、眩いまでの花園が形成されている。



「更に高層では常にみられてた魔力の消費がこの場所だけ段違いに緩やかだ。魔力濃度が中層以上高層未満ってところか……だから高層の魔物もここには寄り付かないんじゃないかなって」

「にゃるほどねぇ……確かに魔力消費も少ないし、手帳にも待つなら最深部って書いてあった……周り一体が荒らされてない事から、もしかしたら高層とは微妙に異なる地なのかも」

「だから無力化で魔力の消費を抑えながら、少しでも魔力回復しておこうと思って。ここに来るまでに全ての回復薬を消費しちまったからな……」



 黄眼で瞬きするルカ。効果は無力化。

 ルカは高層進行中実は試験を行っていた。それは高層の魔力侵食や創痍汚染を自身の能力で無力化出来るのか、という実験だ。

 効果は良。自身の無力化によって魔力の消費進行速度を遅らせる事にも成功していた。しかしルカの能力は単一という縛りがあるために、魔物との交戦が常に続いていたルカは無力化を上手く使用できなかった。そのため回復薬に頼る事しか出来ず、過酷な高層旅となってしまったのだ。

 しかしこの地では手帳に書いてあった通り魔力侵食が緩やかな上、魔物が寄り付かない妙な不思議さがある。睡眠は魔力を回復させるために一番効率的であることはルカも知っている為、危険が低いのであれば回復に努めるべきだろうと判断したのだ。

 そんなルカの不自然行動が紐解かれ、レラとサキノは胸を撫でおろした。

 そしてふいに軽い衝撃がルカの背中に走る。



「ルカさん……ルカさんっ……! 無事でよがっだでずぅぅぅ……! わたぐじ、もうしんばいでしんばいでっ……」



 背後から抱き着いたマシュロは泣きながらルカの背中に顔を埋める。

 全ての心のやっかみが解決した後に訪れたそれは安堵。

 誰よりもルカを心配し、冷静さを失うほどに誰よりも泣きたかったマシュロは、ルカの生存に緊張の糸が切れてしまったのだ。



「心配かけて悪かったな」

「ホンマやで。心配で心配で悪ふざけすら出来へんかってんからな」

「お主は終始いつも通りじゃったろうが。お主から心配という言葉が出る事が片腹痛いわ」

「ツッコミにキレが戻ったなぁミウらん。これで僕も一安心やわぁ」

「チッ……じゃがしかし、ルカ・ローハートの生存に免じて今だけは許してやるわ」

「ミウらんがデレた!? ルカりん! 見てみい! あのツンツンミウらんがつり橋効果に――」

「やっぱ黙れ」

「あぎゃあああっっ!?」



 糸で束縛されたポアロがゲシゲシと蹴られ、周囲の花々が笑ったように風に揺れた。

 しんみりとした空気すら吹き飛ばす相変わらずなやりとりに、マシュロもルカへ抱き着きながら笑う。



「それにしても死体じゃなくて瀕死の魔物を残してくれたルカ君の機転には助かったよ~。中層ほどじゃないけど亡霊(モルタリス)も若干見られたし、もし普通の痕跡だったら惑わされてたかもね」

「どうすれば俺の居場所――いや、俺が通った場所を示せるかって考えれば自ずと答えは出てたな。倒しきらないよう加減しなきゃいけないし、かと言って下手を打つと傷を貰うし……こんな制限戦闘、金輪際やりたくないわ……それにしても俺が高層にいて先に進むってよくわかったな?」



 レラの称賛にルカは眉を下げながら辟易する。

 立ち上がったルカは中層から高層へと引致させられ、リキッドリザードひいてはヒンドス樹道の思惑を看破できた一同に称賛を返上した。



「中層内の分断も考えられたけれど、もしリキッドリザードの意思がヒンドス樹道の目的に加担している可能性を考えればより危険な地に連れて行くと思ったの。案の定高層は魔力が自然と失われていく場所で、高層に入った瞬間に確信が持てたかな」

「後はルカさんの痕跡を探しながら最深部に向かうだけでしたので、道中に続く痕跡を追って横穴を見つけて壁沿いに進めば到着って訳です」

「あーいや、そうなんだけど、そうじゃなくて――」



 サキノとルカの背に張り付いたままのマシュロが事細かく自身等の考えと軌跡を言葉にするが、ルカが知りたかったのは仲間達の行動履歴ではなく。



「――俺がどうして最深部を目指して進むことを読み取れたのかなって。双方判断にすれ違いが起これば最悪の状況には間違いなかった。だから俺が進む選択じゃなくて戻る選択をした場合、高層と中層の通路付近で待つことが一番無難な合流方法だった筈だ。それが皆は高層に踏み込んで俺を探してくれた。だから俺が進む選択をしたことをどうしてわかったのかなって思ってさ」



 離れている者との方針の疎通。予め逸れた時の方針を掲げていなかった【零騎士団】はリキッドリザードの分断により絶望的な状況にあった。

 ルカは逸れた直後現在地すらもわからず、完全な迷子状態で進退どちらにせよ岩壁頼りだった。しかし自身が先に定めた目的は最深部。

 そして一番多くの選択肢を迫られたのは残された者達だ。方針の決定権も、どこを探すかの選択権も。

 そんな数多くの選択肢と行動指針の中から、見事なまでに合致を果たした理由がルカは知りたかった。



「それは……なぁ?」

「言ってもいいケド、なんか、ねぇ……?」

(わたくし)は認めませんからね……」

「ふん……」



 皆の視線が懊悩し尋ねるルカからサキノへ向く。



「え? な、なに?」



 誰よりもルカと長い時間を過ごし、誰よりもルカを信頼し、誰よりもルカに好意を抱く少女のルカへの愛。

 他に誤魔化す言葉は沢山あっただろう。しかしこれまた必然か偶然か、皆の意見は一致していた。



「ルカりん。この世にはな、知らん方がええことと、知ってはいけんことがあるんや。諦め」

「いや、意味がわから――」

「さっ、これからどうする~? とりあえず最深部まで来たし隅々まで調べちゃおっか?」

「ルカさん行きますよ。どこから調べますか?」

「ちょ、一体全体なんなんだよ!?」



 ぴょんとルカの背から跳び降りたマシュロにぐいぐい引っ張られながら、最果ての岩壁沿いに歩き出した。



「救われたの。感謝せいよ」

「え? えっ? な、なんだったの……?」



 取り残されたサキノにミュウは妖艶に囁いて一同の後を追った。

 自身でさえも実体の掴めていないルカとの意思疎通の終着点に、困惑が抜けきらないサキノも首を傾げながら仲間達の背を追いかけた。



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