175話 単独侵攻開始
木陰に身を潜めながら瞑目するルカは念には念を入れ、高層最深部を目指す方針を固め動き出したサキノ達の動きを視野広角――専有にてサキノの資格情報を取得していた。
魔物の軍勢をミュウの粘着糸で突破し先を急いでいるかのように見えたその行動は、憶測でしか判断が出来なかったが、自身を中層を虱潰しに探している様子も無く高層へと向かっていることを暗に伝えている気がした。
「サキノ達は無事みたいだな。後は俺がこの高層でどうやって痕跡を残しながら、最深部までの正規ルートに乗ることが出来るか、だが……」
ルカの一番の懸念はリキッドリザードの再出現によって、己のように一人ずつ分断されていくこと。流石にそのような鬼畜仕様ではないみたいで、心に仄かな安堵を覚えた。
橙黄色の瞳をすっと紫紺へと変化させたルカはせめてもの抵抗として方位磁針を創造する。方角さえ分かれば自ずと進む道は判断に苦しまないと期待をかけたものの、やはり指針はぐるぐると方角を定めてはくれなかった。
「ま、当然と言えば当然か。こんな浅薄な対処法で対処出来るくらいなら禁足地なんて大層な名前で呼ばれないよな……次」
片手に乗せた小さな期待を握り潰すように方位磁針を消失させながらルカは次策へ。方位磁針の代わりに一回り大きな特殊電磁銃を創造し、特大の電磁砲を枝葉が密集する天井へと解き放った。
それは一度マシュロと共に子供達を救出した際の迷宮ヒンドス樹道の攻略法。天井に穴を開け、光射す角度により己が向かう方角情報を得ようとしたのだ。
詳しい時間帯は判然としないが、リフリアを経ってからおよその体感時間として夕刻前との判断に、ルカは天井との衝突によって発生した噴煙の晴れ間を除く。
しかし。
「高層の天井が分厚いのか……はたまた対策済みってか? 本当、常軌を逸しているよヒンドス樹道は……」
ルカの視線の先には不変の天井が自然を貫いているだけで、電磁砲が貫通した痕跡は見当たらない。
単に低層とは異なった造りとも考えられたが、ルカの中には一つの疑念が明確なものへと変化していた。
「レラから聞いた合同任務での数々の異常事態といい、リキッドリザードの拘引といい、天井不貫通といい、ヒンドス樹道には意思があるな……」
手管があまりにも周到過ぎる。黒眼へと切り替え、魔力侵食による魔力の消耗を最低限へと抑えるルカは、自然とサキノ達と同様の答えに行き着いていた。
ともすれば己達がリキッドリザードと遭遇した時点で存在は気付かれており、リキッドリザードの拘引という行動が、ヒンドス樹道が侵入者の撃退体勢に既に入っているという事実を物語っている。魔力侵食を強制的に罹患する過酷な地へ一人で拉致されたことも鑑みれば、考察と真実に大差はないだろう。
「ヒンドス樹道の意思……俺がこの盤面を自由に操作出来るとすれば、まず最深部付近には連行しない。もしも奥地に何らかの終着点があるのならば尚更」
ヒンドス樹道という盤面を客観的に見下ろす。手の内にはリキッドリザードや魔物という大量の手駒を控え、中層初期付近で侵入者の駒が進行を続けている。
盤面の前に座るルカはどの場所へ拉致者の駒を置けば始末できるかを思案していた。高層奥地を打ち手の懐に近い玉座だと考えれば、いくら一人であろうとも身近に拉致した侵入者を配置するには少々危険が伴う。
「時間さえかければ確実に魔力を奪える侵入者を中層付近に置いて、偶然的に通路を発見されて中層に戻られるのもあまり嬉しくはないな。だとすれば前半部、両端の岩壁から距離を置いたやや中央よりが濃厚か」
高層前半部中央より。ルカは己の駒を空想の盤面へと置いた。
その推測を決定付かせる証拠は何一つとしてなかったが、敵地のど真ん中、そして岩壁に沿って中層へ引き返すことの出来る幸運を除外した一手。時間をかけさせれば確実に葬ることの出来る位置をルカは見出した。
「仮にサキノ達が俺を探して高層を『捜索』じゃなくて一直線に『進行』するつもりだったら、好都合な場所だな。……とは言え、もしヒンドス樹道が高層までも迷宮化させているとすれば、ゼノンから預かった光の粉を使った痕跡は逆に混乱を招く可能性があるってことか……」
ルカが進行より現在地の推測を優先していた理由。それは下手な場所へ痕跡を残すと、サキノ達が痕跡を見つけた場合余計に遠回りさせてしまう可能性を危惧していたからだ。
高層では悠長な行動など絶対禁物。魔物を相手にしながら各所を走り回るなど言語道断だ。
しかし推測上では現在地は目的地――中層から高層最深部のルート上。逸れている可能性も十二分に考えられるが、己が痕跡を残し始めるには妥当な場所であるとルカは判断した。
しかし問題は痕跡の残し方。レラが合同任務で苦しめられたヒンドス樹道の迷宮化は、光の粉を使用しても道を錯綜され、サキノ達に混乱を招く可能性が考えられた。
それは記す目印が道であっても、木々であっても、円月花が咲いていた台座のような造形物であっても同様に。
そんな頭を悩ませるルカの元へ。
シャキンッ、シャキンッ、と。
樹海の中に似つかわしくの無い音が。
「ようやくおでましか……」
それはさしずめ命を刈り取る死神――には似ても似つかない巨大な蟹。体高三メートル、右手に半身程の巨大な鋏を持ち、上部に飛び出した眼球がぎょろぎょろと獲物を探している。特筆すべき変わった点と言えば甲殻や手足、ありとあらゆる箇所に甲殻と同じ真朱色の棘が生え揃っている事か。
凶鋭蟹『カルキノス』は、現在地把握のために天井を撃ち抜こうとした電磁砲の轟音に引き寄せられたらしい。
しかしその轟音による魔物の誘き寄せもルカの高層攻略の思惑内ではあったが。
依然変わらず鋏を開閉しながらキョロキョロと周囲を見回すカルキノス。木陰に身を潜めながら魔物の出現を待っていたルカは、目標の捕捉に頭を戦闘思考へと切り替えた。
狙うは一撃必倒。悠長な戦闘は禁物。高層の魔物とはいえども単体で奇襲を仕掛ければさほど脅威ではないだろうと踏んだルカは息を殺しながら木々間を移動し、隠密的に距離を詰める。
その距離約十メートル。疾駆し、武器巨大化で狩り斬る。
脳内で討伐を想定させ、奇襲に踏み切ろうとした――直後。
「っ!?」
急転回したかと思えば巨体を引き摺りながらたった数歩でルカとの距離を詰め、右鋏を大旋回。身を潜めていた木々ごと斬り飛ばす。
奇襲を仕掛けようとした筈が逆に奇襲を被る大失態に、ルカは咄嗟に前面へ飛び込み回避に至る。
「なんて攻撃範囲だよっ!?」
複眼。生物の蟹は広範囲を認知出来る優秀な複眼を備えている。ルカの隠密もカルキノスにとっては筒抜けだったのだ。
となれば奇襲の明暗を分けるのはタイミングとリーチの長さ。
まんまと後れを取ったルカだったが、態勢を立て直す傍ら電磁砲を創造して一発撃ち込んだ。
『!?』
眼前で樹木や破片が吹き荒れる中を直進する砲撃。奇襲で吹き飛ばしたと錯覚していたカルキノスは咄嗟の反撃に対応出来ず、右足の三本を高火力の電磁砲によって破壊された。
動揺に意識を沈めるカルキノスへルカは橙黄色の眼線を引き連れ突貫。懐へと侵入した鬼人に向けて撃ち下ろされる巨大な鋏は、未来を見通すルカには当たらない。
「ふっ!!」
全身の棘に怯むことなく刺突の動作。紫紺の瞳を開眼したルカの手に生み出されるのは矛先が長大な槍。
バキィッ! という破壊音を響かせカルキノスの右肩は関節から貫かれた。
『~~~ッ!?』
落下する右腕に堪らず振り回す左鋏。流れる動作でカルキノスの背後へと掻い潜ったルカは、至近距離用散弾電磁銃を創造し左足を纏めて二本撃ち砕く。
(このまま攻め落とす!)
好機と攻勢に畳みかけるように左手に携えた漆黒の散弾電磁銃を立て続けに銃撃しようとした時だった。
カルキノスの真朱の甲殻が黒ずみ始め、周囲一帯へ棘を斉射した。
「ぐっ!?」
至近距離で回避も防御も後れを取ったルカは頭部を腕で防ぎ、全身に切創を浴びる。凄まじい威力の乱射に擦過したルカは、迫り来る追撃を全身から血を垂れ流しながら転がり回避する。
「く、そっ! ただの飾りじゃ無かったか!」
木陰へ滑り込みながら電磁砲をもう一撃。速度と威力を兼ね備えた電磁砲に反応出来るほどカルキノスの機動性は高くない。不安定ながらも正確な狙撃は残った左足を吹き飛ばし、カルキノスの半身が地面へと沈んだ。
棘こそ即座に再生はしているものの、暴徒の如く連射は不可能らしい。とはいえ楽天的に接近すれば、再び棘の乱射もしくは隠し手に不意を被る可能性がある。
確実に計画を遂行するためにルカはカルキノスの右足へ照準を合わせ、電磁砲を放射した――が。
「なっ!?」
直撃必死の電磁砲とカルキノスの間に何かが介入したかと思えばパァンッ! と電磁砲が弾けるかのように消失した。
決定打を完全に無効化した正体。黄金色に近い白の毛並み、巨大な翼、四肢には蹄。宙を舞うその幻想的な姿はどのような神話でも聖なる生物として描かれている。
『ブルルォォォ……』
「ペガサス……!」
自然と零れる幻の獣の名。
偉大な威風は魔物とあれども見た者を惹き付けるほどの麗容。
平穏な高層を踏み荒らす眼前の狼藉者を金幻馬『ペガサス』は睨みつけ、宙を翔けながらルカへと突進を始めた。




