017話 境遇のデジャヴ
時計の長針と短針が頂上で重なり合う。
都市の喧騒も激しさを増し、多くの者達が飲食店への出入りを激化させていく。太陽には恵まれないものの、雨にも見舞われる心配がない、そんな温かさと明るさが都市を包んでいる。
朝食を取り終えた後、ルカはラヴィに振り回されながら都市北方に位置する大型のゲームセンターやショッピングセンターといった娯楽施設を巡っていた。
「ラヴィの体力は無尽蔵だな……」
小休止とばかりにルカは大型ショッピングセンター野外のベンチに一人腰掛け、都市の人々の趨勢を見守る。誰もが自由な時間を満喫する姿は、懊悩とはかけ離れた存在のように思えた。
そんな中、ふと顔を上げた先のビル群に巨大な映像が映写される。奇遇にもその映像は懊悩の種ともいうべき、サキノ・アローゼがこよなく愛する『セリンちゃん』の広告動画だった。
「サキノが好きってことは知ってるけど、そういえば内容までは知らなかったな」
『母親を亡くしたエルフの魔法少女セリン。彼女は母親の運命も自分の運命も背負い、世のため、人のために戦う。全ては母親の正義を証明するために』
ルカは双眸を見開く。
何気なしに見ていたアニメの映像に釘付けになった。
意識の端にしがみ付いていた『設定』が声なき声をあげる。
『お母さんの願いは私に。私は何を失おうともお母さんが正しかったことを証明する。それが私が生かされた理由なのだから』
エルフの主人公、母の逝去、全てを背負う少女。
重なる。少女が、重なる。
知っている。この境遇を知っている。
まるで映し鏡のような類似点。
「……偶然にしてはここまで似通うものか?」
ルカの知る少女は、このキャラクターを愛心している。
これが偶然ではなく、サキノが自分を重ねて見ているのだとしたら。同様の宿運に何かを感じ、同様の志を掲げているのだとしたら。
ルカの中で全てが噛み合っていく。
責任感の強さも、誰にも頼らない信念も、世界を救いたいという気持ちも。
サキノの秘め事が、エルフの母親が差別世界の中で正当に生きたことを証左するためなのだとしたら。
疼く。ルカの胸が激しく疼く。
本能が咽ぶ。サキノの笑顔が霞んでいく様を看過していいのかと。
「いいわけ、ないじゃないか……っ」
『お主の力で救える者がおる。さぁ、手を伸ばすのじゃ』
アニメの広告が終わり、映像が切り替わっていた。商品の広告のため、画面の向こうで赤髪の美女が手を伸ばしている。
「さぁ、手を伸ばすのじゃ――ただいまルカっ」
ルカが真横に首を向けると、画面の映像の女性と同じように手を伸ばし、ウインクをしているラヴィがいた。
「あ……ラヴィ、おかえり」
「そこら中すごく混んでて中々帰ってこれなかったよぉ……あ、どうだったルカ? みーちゃんみたいに上手く出来てたかな?」
思わず思考に耽っていたルカの隣に腰を据えたラヴィは、先程の演技の総評を尋ねる。
「ん? あぁ、本人かと思ったよ。これで芸能界でも食っていけるな」
「本人!? そんなに褒められるとは……えへへ。ルカがマネージャーしてくれるなら芸能界もありだなぁ。朝は囁きで起こしてもらって、昼は二人でデート。夜は……うゅふふふ……」
「仕事しろよ」
特技の妄想で頬を朱色に染めたラヴィに、ルカは変わらないなと辟易する。ベンチの上で足をパタパタと振り、悶えるラヴィに奇異の目が向くが当の本人は自己世界に浸りお構いなしだ。
「とまあ、寝言はここまでにして、あたしがみーちゃんと同じ土俵に立とうっていうのが烏滸がましい話なんだけどねぇ」
「そこまで言うか……? なんだっけ、ミュウ・クリスチャンだっけか」
「ミュウ・クリスタリアだよぉ! 芸能界の金の卵だーって言われてたんだけど、テレビに出始めて一年ほどで休業しちゃったんだよねぇ……それが一年前かぁ~」
「今度は金の卵を間違えなかったな、偉い」
「エロいのは自覚あるけどルカに言われると何か照れちゃうね……」
「寝言まだ続いてる!?」
コロッと態度を一変させラヴィは件の女性の実力を評するが、やはり赤面妄想癖のペースに呑まれる。
ミュウ・クリスタリアとは、二年ほど前メディアに姿を現し絶大的な人気を急激にかっさらっていった女性芸能人だ。当時は誰もが口を開けばみーちゃんと話題にするほどの人気ぶりだったが、一年前、忽然と芸能界から姿を消した。以後、姿を見た者はおらず、ファンは絶望の渦に呑まれ、景気にも影響したという。
「まぁ、ルカは当時からみーちゃんに全然興味無かったもんねぇ。あたしとしては嬉しかったけどね」
「嬉しいの意味が分からないんだけど?」
「わからなくていいのであーる! 乙女の秘密ってことで!」
ラヴィはケラケラ微笑み、暫しの沈黙をルカと共にする。
ラヴィが隣を一瞥すると、やはりどこか晴れない表情のルカが碧眼に映る。
「…………」
上の空。そんなルカを見て、ラヴィの胸がチクリと痛む。
顔を正面に戻し、転瞬。ぴょんっ、とベンチから跳び立ち、振り向かずに言葉を談ずる。
「ねぇ、ルカ」
「どうした?」
「……デート、どうだった? 少しは気が紛れたかな?」
金髪のツインテールが不安げに揺れる。答えを聞きたいような、聞きたくないような、そんな様子で耳元を隠したり、見せたりと動いていた。
ラヴィの質問にルカはこれまでの半日を思い返す。ふとした拍子に懊悩が蘇ってはいたものの、ラヴィに振り回されていたことで昨夜に比べて悩んでいる時間は限りなく少なかったことに気が付いた。
「あぁ、そうだな。助かったよ」
「そっかっ。良かった」
ラヴィはワンピースをひらりと翻すと、ルカへと向き直る。
「展望台でルカはどうして人は他者を助けたいって思うのか、って聞いたよね。あたしの答えを言うね」
普段の軽い調子など欠片も感じさせない雰囲気で、ラヴィはルカの迷いに対する己の答えを告げた。
「助けたいって感じるのは、相手のことが大切だから。悲しむ未来が『嫌だ』って思うからじゃないかな。あたしがルカを急にデートに誘ったのはそういうこと。あたしにとってルカは凄く凄く大切だし、悩んでるルカが嫌だ、ルカに悩んでいて欲しくない、って思ったからだよ」
【嫌悪】という感情を抑え込むように、胸に両手を添えて思いを伝えるラヴィは尚も言葉を繋ぐ。
「ルカはデートが面倒だと感じたかもしれないし、それはあたしの独善的かもしれない。でも、もしあたしが嫌われても、ルカが楽になったって感じてくれるならそれでいいと思った。だからあたしは、本人が助けたいって気持ちがそこにあれば、独善的でも悪ではない思う」
ラヴィの突発的なデートの提案はルカの質問を無視したわけではなく、身をもって証明しようとした過程だった。ルカの気が少しでも紛れるように、憂悶しなくて済むようにと気遣ってくれていたのだ。
頭の足らないラヴィによる不器用な方法かもしれないが、ラヴィにしかできない確実性、そして説得性のある方法であることはルカにも伝わっていた。
「あたしにはルカが何に悩んでるのかはわからないけどさ、大事なのはルカがどうしたいかだと思うよ?」
「俺が、どうしたいか……」
「うん。一人で悩んでるだけじゃ何も変わらない。ルカがしたいことに正面から向き合って初めて、救われる何かがあるんじゃないかな」
曇っていた空に僅かな晴れ間が覗き、ルカの黒瞳、そして相貌にも生気が宿っていく。
そのルカの変化に気付いたラヴィはにっこりと微笑んだ。
「全く、悩むんならおバカなあたしにバレないように悩むことだねっ!」
「あぁ……次こそはバレないようにするよ」
「ストーカーメンヘラ美少女の感知力をみくびるなよぉ~? 絶対に看破してやるんだからぁっ!」
「何で張り合ってんの!? しかも自己評価が酷い!?」
励まそうとしてくれているラヴィの心遣いに、ルカの目尻が自然と下がる。
そして真摯にルカは少女へ礼を告げた。
「ラヴィ、ありがとう」
「いーえっ! どういたしましてっ」
ラヴィは慈愛に満ちた天使のように、屈託のない笑顔で喜色を呈した。
少女の後押しによって、少年の決意は固まった。
「それじゃあね、ルカ。また明日ぁ!」
ラヴィが別れを告げ、溢れかえる雑踏の中へと消えていく。
都市の熱気が徐々に増していき、その勢いにあてがわれたかのように晴れ間が広がる。
そんな光差し込む、ショッピングセンター野外のベンチには。
誰も、いなかった。




