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166話 同盟

 お日柄も良く、気温は高い。

 石畳の悲鳴のように地上からは蒸気が湧き出る午前。都市の人々の往来が活性化し始め、一同は緊急任務の準備のために動き出した。



「誓印って思った以上に便利みたいでね、団長がある程度の魔力探知を会得していれば、かなりの集中力は必要だけど団員がどこに居るか把握できるらしいの」

「なるほどなぁ。団長の魔力を媒体に血判と誓印を作ってるから自分の魔力を辿ればいいだけだもんな。ところでサキノ――」

「そうだね。極微量のルカの魔力が皆に流れているって認識かな。他者の魔力は組成が複雑だから基本的に探知は難しいけれど、これは騎士団ならではの団長の特権だね。『どこ』がわかるだけで『誰』まではわからないらしいけれど……」

「ルカさんの魔力が(わたくし)の中に……うぇへへ……」

「マシュロ涎。あと凄いだらしない顔してるぞ。ところでサキノ――」

「そうそう! クロユリの副団長みたいに暇を持て余して気配探知を習得した人もいるから、近場であれば必ずしも団長だけってわけじゃないけれどっ!? 努力は報われるんだね~っ!?」

「サキノ……」

「な、何かなっ!?」

「何でこっち見ないんだ……?」



 恍惚と下衆な顔をしているマシュロとルカを背後に、サキノは一人で前を行く。

 薬舗『タルタロス』で一晩を明かし、補習のポアロを抜いた三名はサキノの騎士団移籍のために【クロユリ騎士団】本拠へと向かっていたのだが。



「べ、別に昨日のことなんて何も覚えていないしっ!?」

「いや、何も言ってないんだわ」



 酒の勢い。昨晩の「ずっと私と一緒に居なさい」という大胆発言を脳裏に思い返したサキノが朝から一目も合わせようとしないのだ。顔を合わせようと正面に出向いてもそっぽを向かれ、話しかけようとしても先の用事を催促され。

 会話の流れに乗じて異変を追究しようとしても、あからさまに話題を逸らされる状況が続いていた。



「サキノさん諦めましょう。お酒の失敗なんて乗り越えてこそなんぼです」

「マシュロはもう少し呑まれないようにしような」



 シュリア護送任務後のラグロックで大はしゃぎし、魔物の軍勢の襲撃の出足に失態をおこしたマシュロは既に開き直っていた。ルカもマシュロの酩酊は失敗とは思っていないが、昨晩同様の異様な絡みやスキンシップに少々困惑していたことは否めない。元々の酒の強度はあるだろうが、呂律が回らなくなるくらいまで呑まれるなと。せめて自我くらいは保っていてくれと願うばかりである。

 そんなマシュロと同じ轍を踏んでいるサキノは一割の申し訳なさと、九割の羞恥を共存させていた。



「違うの、あれは言葉の綾と言うか……その、気が大きくなっていたと言うか……とにかく本心――なんだけど、深い意味は無いというか……うぅ~~~」



 因みにルカは「一緒に居なさい」を、話の流れから『共闘』という意味で認識し、元々深い意味で捉えておらず、サキノが何に悶えているのか理解に至っていない。マシュロはそもそも覚えていない。

 煮え切らない態度で誤魔化そうとするが、嘘も付けない葛藤にサキノは頭を掻きむしる。背後を振り返り様子を窺うことも出来ないサキノは、理解していない二人の頭にクエスチョンマークが浮かんでいることにすら気が付けない。自覚せずともわかる顔の熱を見られないよう、ひたすらに、意地でも前方を譲らない抵抗で一杯一杯だった。


 そうこうしている内に羞恥なる話題は自然消滅する。サキノも平静を取り戻し、一同は【クロユリ騎士団】本拠へと辿り着いた。

 二名の門衛に潤む瞳で縋りつかれサキノはたじろいだが、許可を得て彼等は門を潜る。通りすがりに刺されるような威嚇を受けるルカは見て見ぬ振りをした。


 荒れた庭園――正確に言えばルカが荒らしてしまった庭園は元通りに復旧されていた。

 しかし命尽きてしまった花達が隅で山になっている光景を見てしまうと、ルカは少し引け目を感じてしまう。

 もっと穏便な方法があったのではないか。両者納得できる解決法はあったのではないか。

 終わってみれば確かに都合のいい方法は存在はしたが、どうこう言っても後の祭りだ。破壊してしまった【クロユリ騎士団】の庭園や、【クロユリ騎士団】達との軋轢は無かった事には出来ない。

 昨晩のレラは何事もなかったかのように接してくれたが、門衛達の様子を見るにソアラや他団員の心証はいいとは言えないだろう。

 これが戦禍。戦争による代償を軽視していたことをルカが後悔していると、何かに感づいたサキノが振り返り、にこっと笑みをくれた。

 守れた笑顔。それだけで少し救われた気がして、ルカの背から重圧が取り払われた。



「来たか、サキノ」

「おっ、来た来た~。いらっしゃ~い」

「サキノさ~ん! 待ってましたよぉ!」

「ローハートぉ! お前凄ぇなぁ! 悔しいが天晴だぞー!」

「うおー! 悔しいぞー! 【零騎士団】もう一度勝負しろー!」



 本拠前。三名の到着に団長のキャメル、レラ、そして大勢の団員が待っていた。

 その中にはルカを称える声も。



「ね? ルカ」

「全部が全部壊れた訳じゃなかった、か……」



 それはソアラの根回しなどではない。

 尊厳の頂点である自派閥の団長、そして幹部のレラを打ち破った純粋な称賛だ。

 確かにルカの不法侵入という蛮行や、強引な略奪闘技(ルーティングゲーム)、そして奇跡とも思われる勝利の強奪を快く思わない者もいるだろう。しかしそれは行き場の無い己の無力の捌け口にしかならない。戦士たるもの、強者たるもの、相手の実力を認めなければ自己の成長には繋がらない。両者平等で臨んだ略奪闘技(ルーティングゲーム)で勝者を敬わない方が珍しいとも言えよう。

【クロユリ騎士団】の大半の者はルカの勝利を純粋に祝福していた。そんな寛大な心の持ち主達と共に過ごして来たサキノはわかっていたのだ。敗北は終わりなどではない、自己を見つめ直すスタートラインなのだと。



「来るのが遅くなってしまいすみませんでした」

「躊躇する気持ちも理解出来るさ。気にしないでいい。それとローハート、私が言うのもおかしな話しだと思うが敢えて言わせて貰おう。おめでとう。そしてありがとう」

「いえ、こちらこそ多大な迷惑をおかけしてすみませんでした」



 略奪闘技後面会の機会が無かった両者にとって初めての会話は、実に戦士らしいものだった。

 軋轢などどこにあろうものか。普段通り――いや拳を交わし、普段よりも対等な立場の会話に謝罪を呈したサキノも自然と頬が引き上がった。



「勝者が頭など下げるな。この世は弱肉強食。結果良ければ全て良しとは言わんが、お前の活躍は確かに一人の命を救った。その行動に善があるのならば過程を咎めはしないさ。アルアから結界代替策の方針を聞き尚更な」



 昨晩アルア達との邂逅により情報が伝わり、今後の対策をも確と考えている【零騎士団】をソアラは尚の事認めており、故に全面的にルカ達を支持していた。【クロユリ騎士団】団員達の非難が少ないのも、単に略奪闘技の勝者と言うだけではなく、禁足地出向と危険に怯まない【零騎士団】を称えてのものも大きい。



「込み入った話はあるが、先にサキノの退団を執り行おう。サキノ、こちらへ」

「はい」



 まるで何かの授与式のように皆に見守られる中、サキノはソアラの正面まで赴く。

 カンカンに照る太陽の下、対面したサキノに優しい笑みを投げかけるソアラ。胸ポケットから血判を取り出し、判子部の逆側をサキノの隠れがちな手首の誓印へと押し当てる。

 ルカとマシュロがそんなところに烙印してあったのかと感応し、ソアラの魔力に反応を示すクロユリの誓印が一際強く発光する。やがてガラスが破砕するかのように、パァン……と、クロユリの誓印が周囲へ霧散し、サキノは【クロユリ騎士団】の誓印を失った。



「サキノ、今までありがとう。騎士団を移籍しても種族和平の切願のため、精進を怠るなよ」

「はいっ。本当にありがとうございました!」



 頭を下げ礼を告げるサキノをソアラが抱き締める。それは母子というよりかは姉妹に近く、【クロユリ騎士団】団員達はサキノの正式な退団に涙ぐむ者までいた。

 祝福と別離。陰陽攪拌した場の雰囲気にサキノも双眸がじんわりと温かくなるものを感じ、己の約二年半に渡る騎士団生活が無駄ではなかったことを心より感じた。



「サキちゃん、本当にありがとうね。ウチすっごく楽しかったよ」



 わらわらとサキノへと集まる団員達から一歩抜け出し、サキノを一番に可愛がっていたレラはにこりと笑顔を贈った。

 騎士団に誘ってくれたレラ。

 誰よりも親密に接してくれたレラ。

 そして――。



「レラ、騎士団の皆の能力を聞かれた時に騙してくれてありがとう。私はちゃんとわかってるからね」



 退団の決め手を作ってくれたレラ。情報入手のための裏切りはサキノを貶めようとしたものではなく、サキノが優先すべきものを決断出来るように仕組んだレラの謀略。

 ルカ達が能力を公開することをレラは知っていた訳ではない。しかしヘカトンケイルとの交戦から自然と能力が流布されることをレラは先見していた。つまりレラは、ルカが同じ事を考え能力を公開するという『読み』に賭け、サキノを裏切る『演技』をしていたのだ。

 少々目を見開き、事実が看破されていたことに驚きが生じたレラだったが。



「え~? 何の事~?」



 とぼけ、サキノへと抱き着きながらも満面の笑みが両者に咲いた。



「いつでも戻ってこい。お前が望むのならばいつでもローハートの首を取るぞ」

「フリティルスさんしれっと物騒な事言うの止めて下さい」

「あっ、団長~。ウチはルカ君の腕斬り落としてるから今回はウチの勝ちだねっ!」

「何故張り合おうとする……」

「そうだよ、本気で斬り落としやがって……めちゃめちゃ痛かったからな……」

「にゃっはは~! ごめんごめん! 下界戻ったらちゃんと復活するの知ってたし、まあサキちゃんを盗られた乙女の嫉妬の代償って事で!」

「程度が甚だし過ぎるよ!?」



 サキノを取り戻すためならばルカを討ち取るという笑えない冗談を口にするソアラを皮切りに、レラに斬り落とされた筈の腕がズキッと痛んだルカは苦笑しながら談笑する。

 自業自得、不可抗力という事はわかっていたが、あの時のレラの殺気は本物だった。というのも、略奪闘技でルカに適応させるための、これまた『演技』であったことは終わって見れば理解出来るが、そこまでしなくて良かったのではとルカは思ってしまう。当時自室で抗戦を眼にしていたサキノも同様に。

 和気藹々とした空気の中、最後に一言別れをとサキノへ集う団員達を他所に、ソアラはルカとレラを引き連れて集団の外へと抜け出した。



「さてローハート。サキノが団員達と話している間に少し込み入った話――提案が一つあるのだが、【クロユリ騎士団】の団長として【零騎士団】に起請する。クロユリと『同盟』を結ばないか?」

「同盟……クロユリの傘下に入れ、と言う事でしょうか?」



 ソアラの『同盟』という言葉に少し離れたところでアルアと話していたマシュロの耳がピクリと動き、アルアと共にルカ達の元へと歩み寄る。



「ルカさん、少し違います。傘下は盟主に献上金を納めなければなりませんが、同盟は対等な立場での契約に当たります。基本的には傘下システムの方が主流ですし、何より【クロユリ騎士団】は同盟はおろか傘下も取っていない筈では……?」

「何かと女性団員だけの方が都合がいい場合も往々にしてあったからな。何より色恋沙汰目当てに傘下に入りたいという輩が多過ぎて受け付けなかったのだ。しかしローハート、お前は違う。お前達ならば信頼に値する上、実力も伴う。傘下という利害関係を取るよりか、対等な立場での交渉が最善だと思ったまでだ」



【クロユリ騎士団】がこれまでステラⅡの実力派でありながら翼下を取っていなかったのは、全て団員達を狙う邪まな考えを持つ騎士団が多過ぎたためだ。戦力は充分に足りている【クロユリ騎士団】からしてみれば、目当てが色恋なだけの騎士団など桎梏にしかなり得ない。下手をすれば内部分裂も予期出来る為、そのような危険は冒す必要など無かった。

 しかし正面から武器を交え、目的を理解する【零騎士団】は別だ。女性だけであっても容赦なく武器を振るい、拳を分かつ。庇護、もしくは排除の可能性は限りなく少なく、対等に肩を並べられるとソアラは判断しての打診だった。



「同盟を結ぶほど信頼して貰えているのは有難いのですが、双方同盟の利点はあるんですか?」

「勿論だ。同盟の利点としては互いの得手不得手を補い合うといった認識が正しい。クロユリの業務が多過ぎて手が回らなければ零に手を貸してもらう、零の依頼や任務に人員が足りなければクロユリから派遣するといった具合だな。下界組の多いお前達が仮に金銭に困れば依頼を任せる事も可能、火急の用ならば立て替えることも良しとしよう。つまり相互の騎士団としての質を高めるために補い合う、それが同盟の利点と目的だ」

「ま~、クロユリの業務は正直馬鹿にならない程多いから手が欲しいのは山々だし、人員が不足気味なルカ君達からしたらウィンウィンだとは思うけどね。同盟ってのは形あるものじゃないから使うも使わないも自由だし、もし仮に騎士団間の抗争が起こっちゃった場合後ろ盾として同盟を結んでおくのもアリだとウチは思うよ?」

「確かに略奪闘技(ルーティングゲーム)ならまだしも、五名しかいない(わたくし)達が他騎士団に恨まれていて、何でもありの抗争を仕掛けられれば一溜まりもありませんね……そういう意味ではいざという時に力を貸してくれる【クロユリ騎士団】の名前は威になるかもしれません」



 相互扶助。

 騎士団が危機に陥れば駆け付けてくれる強力な味方となりうる存在。逆もまた然りだが、【クロユリ騎士団】に喧嘩を吹っかけようなどという騎士団は稀も稀だろう。

 傘下のように失うものは少なく、且つ得られるものは大きい、それが同盟の内容だ。



「今回の略奪闘技でお前達の知名度と実力が膾炙(かいしゃ)され、私達にとっても損はない話だ。同盟を結んでくれるのならば此度のS+ランク任務にレラを同行させようと思うのだがどうだろうか?」

「え……そりゃ勿論心強いですけど……いいんですか?」



 任務へのレラの同行という限りなく力になってくれる提案に、流石のルカも戸惑いを隠せない。

 それはレラの能力の全貌を知るルカだからこそ得られる衝撃。確かにレラの『転換』の能力をもってすれば禁足地の攻略はぐっと難易度が緩むことだろう。しかしそこにはレラが隠し続けて来た『転換』の能力が露見する危険性が秘められているし、何よりレラを失ってしまうかもしれないという最大の危険まで伴う。

 それらをソアラに迂遠に尋ねていたのだが。



「なに気にするな。お前達【零騎士団】にはこれからも大いに期待している。ここで大きな恩を売っておくほどの最善手は逃す手はないだろう?」」

「本音を隠しきれてませんよ?」

「持ちつ持たれつ、同盟を結んだ仲で皮算用を隠し立てする必要もないだろう?」

「同盟が締結された前提になってるのおかしくないですか!? ……まあ、断る理由もないんですけど」



 ルカがマシュロに視線を預けると、彼女も素直に首を縦に振った。【零騎士団】内で一番魔界に、リフリアの仕組みに詳しいマシュロも、【クロユリ騎士団】との同盟締結は利点ばかりで不都合などないとの判断だ。

 そんな同盟が締結した傍ら「何々? どうしたの?」と、サキノが団員達の集いから抜け出して来た。



「サキノ、【クロユリ騎士団】は【零騎士団】と同盟を組んだ。いつでも騎士団(ここ)に来ていいからな」

「団長……」

「団長は止せ。もうお前の団長じゃないんだ」

「あ……それもそうですね。そ、ソアラ、さん? ありがとう、ございます……っ!」



 今一度レラや団員達がサキノへと飛び付き喜びを体現する。

 同盟とは団員達を想い、そしてサキノの第二の故郷を失わせないソアラの粋な計らいなのかもしれないと、ルカとマシュロは笑みを浮かべるサキノを見て感じた。



「ローハート、任務にはいつ発つつもりだ?」



 そんなサキノ達を尻目にソアラは最重要任務の手筈の確認へと話を移行させた。



「明後日の朝の予定をしてます」

「いやに急だな? ノルベール王家から急かされたか?」

「いえ、王ウェルザスからは猶予は半月と言い渡されていましたが、儀式の予定からしても既に六日は経過しています。結界が崩壊しないよう先行して執り行う予定だったのはわかりますが、いつ崩壊してもおかしくない状況にあるのは変わりはない筈です」



 略奪闘技(ルーティングゲーム)――つまりサキノを人柱にした転化の儀決行予定日から既に六日が経過している。魔界の住人達がルカ達を追って薬舗『タルタロス』へと訪れたように、リフリアの行く末を案じる者も多い事だろう。普段は不可視の結界に守られている分、いつ何時崩壊してもおかしくのない不安定な状況に気が休まらないのも道理だった。



「確かに結界の修復は最重要課題だが……急いては事を仕損じる。半月の間で出来る事はあると思うが?」

「数日足掻いたところで大した差にはならない上、禁足地攻略の基準値が明確に定まっているわけじゃありません。未知の世界に踏み込むことには変わりはない。それなら一時撤退も視野に入れて早期決行に越したことはないという判断です」



 結界の崩壊を半月凌ぎ、ルカ達に力をつけさせ万端の戦力で送り出す。ソアラの言う事も一理あったが、ルカの脳内ではまた別の指針が働いていた。

 それは禁足地の攻略難易度が不明だという事だ。数日の鍛錬で禁足地を攻略できるの水準に達するのならば鍛錬を積む期間は必至だが、此度の任務は禁足地中層、そして高層と、未踏の地を攻略しなければならない。いくら半月鍛錬を積もうと基準値を上回っているかすら把握出来ない現状では、半月の猶予で事足りるかすら判然としない。

 つまり鍛錬を積む期間を作るより、再トライ可能な範囲で禁足地の攻略範囲を広げていこうという逆の発想をルカは導き出していた。



「ふむ……」



 ルカの真っ当な計算に、しかしソアラは事実を告げるべきか迷っていた。

 自身が合同任務で体験した禁足地の恐ろしさを。禁足地が『撤退』を許すのかという疑問を。

 確かな情報は彼等の武器になり得る。しかし一歩間違えれば、それは果てしない不安と恐怖に早変わりする。

 禁足地に挑む前から心が(マイナス)に狩られれば、任務の失敗確率を著しく高める事だろう。


 故にソアラは迷っていた。

 そんな懊悩するソアラの背後から軽快な足音を地に弾ませ、サイドテールの少女――レラ・アルフレインは気丈に笑って見せた。



「だんちょ、ルカ君達は一度禁足地から生還してるから大丈夫だよ。それにいざという時はウチもいる」



 そのレラの発言にソアラの懊悩が雪融けのように溶け始めた。

 ルカ達の生還。合同任務の異常事態が全てではない。

 レラの同行。万が一の対応はレラが経験済みだ。

 誰よりも彼等の生還を祈るソアラは恐怖が入り組んだ事実を嚥下した。



「お前達がそう決めたなら私達が口を挟むのも違うな。ローハート、禁足地の低層から中層の魔物の情報を纏めておいた。禁足地までに全員頭に叩き込んでおくことだ。不明な事があればレラに聞くと良いさ」



 差し出された袖珍の教本をルカは受け取る。パラパラと数頁に目を通すと、魔物のイラスト付きで特徴が書かれていた。

 筆跡は新しく、情報は仔細、荷物として嵩張らないように小型に配慮されている。

 禁足地へ龍封石採取任務が決定したのは昨日。アルアへ情報が伝わったのが昨晩だということを逆算しても半日足らずで情報を纏めてくれたのだと察し、ソアラの目元を改めて窺うとうっすらと隈が見え隠れしていた。



「何から何までありがとうございます」

「絶対に帰ってこい。無論全員でな」

「はい」



 最大の支援を送ってくれる【クロユリ騎士団】の期待に応える為、ルカは帰還の約束を契った。


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