164話 心変わり
「何? サキノ達が禁足地へ?」
「は、はいっ。どうやら【零騎士団】団長のルカさんは人柱の代替となるモノがあると確信していて、王ウェルザスから聞き出し、自らが取りに行く算段だったようです。私も知らなかったのですが、その代替となるモノが禁足地にあると……そうマシュロちゃんから聞きました」
騎士団の祝杯に干渉して酒場を乱すだけ乱し、嵐のように去ったアルア達は本拠へと帰ってきていた。帰還するなりレラはアルアのベッドにダイブするなり秒で健やかな眠りへと落ち、アルアはマシュロと話した【零騎士団】の実状と意向を執務室で団長ソアラへと報告していたところだ。
略奪闘技決定前、ソアラが本拠でルカと対峙した際に先送りにされていたルカの結界の補完策。
『俺が命に代えても都市を守る』
『計画の遂行にはアンタじゃ話にならない』
『用があるのはもっと上の奴等』
気懸りではいた。どうして根拠のない策に【クロユリ騎士団】と戦うだけの価値を見出せるのか。
答えは単純だった。
【クロユリ騎士団】が、そして先人達がこれまで展開してきた結界の起源をルカは理解していたのだ。
数百年の歴史を持つ人柱による結界。起源はソアラと王家の極一部しか知らない筈だ。例えレラであろうとも。
どこからその起源情報を得たのかはソアラには見当もつかなかったが、ルカは確信的な情報を得ていた為に【クロユリ騎士団】と敵対した。その道が如何に過酷なものであろうとも、他者から見れば絵空事にしか映らないような噴飯ものの達成期待度であろうとも、一切の頓挫を疑わず己の意志を曲げずに突き進む。
サキノを救うために。
たった一人の人間を救うために。
真実を知る己でさえ、我が身と団員達を考えると決心など付かない『龍封石採取』の任務を請け負う姿勢に、そこまでやるか、と荒唐無稽でありながら、現代の人間には中々見られない強固な意志を持つルカにふと笑いが込み上がって来た。
「ふははっ。クロユリはそのための踏み台だった訳だ。いやはや、本当に見上げた男だな」
本拠襲撃に加え、要件を呑まなければ【クロユリ騎士団】のを攻撃し続けると、まるで子供の癇癪のような提案に一度は失望したが、今ならば認められる交渉術。
失策リスクによる方向転換など微塵も視野に入れず、全てを理解した上で最善を選択し一つ一つ駒を進めていく指揮者としての勘。
強大な相手を前に怯むことなく仲間の力を最大限に活かし、自身の力で難敵に挑み真正面から勝利をもぎ取る確固たる実力。
敵対者として正面から受けきったソアラはやはり己の眼に狂いは無かったと、改めて類稀なる英雄の素質をルカに感じた。
上機嫌に笑うソアラをアルアは首を傾げながら不思議そうに見つめる。
「あの、団長……?」
「いや、すまんすまん。そうだな……宴帰りで申し訳ないのだが、少し時間を作ってもらう事は可能か?」
「あ、はい。私は大丈夫ですが、何をされるのでしょうか?」
「禁足地――主に中層の魔物について情報を纏めて【零騎士団】に提供する。文献による前情報と実物の比較は合同任務で異常事態に見舞われた私達にしか出来ないだろう。そして謎は解明に至ってはいないが『亡霊』についてなど警告しなければならないこともある。情報が無いよりかはマシだと思うがどうだろうか?」
龍封石採取の決断が出来なかった己達の代わりに、身を張ってくれる【零騎士団】へ最大限の支援を。そして【クロユリ騎士団】にかかっている呪いを解くと言ってくれたルカへ協力を。
ソアラの協力体制の打診にアルアはうんうん、と元気よく頷く。
「い、良いと思いますっ! あ、私なんかが偉そうにすみません……っ! え、と……それならレラたんも呼んで来ましょうか……?」
「そうだな、戦い続けてくれたレラも含めて……」
と、そこまで発したソアラは一度口を閉ざし。
「いや、いい。レラには別の頼みごとをする。今は休ませてやってくれ」
首を傾げるアルアを前に、ソアラはアルアの提案を往なす。
こうして夜も暮れていく中、対禁足地用の情報を編纂し始めたのだった。
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ソアラ達が【零騎士団】凱旋の為に手を尽くしてくれている頃、【零騎士団】はというと。
「ルカはんはもっとわたくひにベタヘタしゅるべきだとおもうんでふよ。ひっく」
「ルカりんもっと飲みや~。全然酔ってへんのとちゃうか?」
「してるしてる、大丈夫だ。ちゃんと飲んでるからポアロも飲めよ?」
「ポアロはんはわかってまふね~。ひっく。油断もひゅきもにゃいルカはんは、じびゅんをしゃらけだしてくだしゃい! もっと! わたくひだけに!」
「ルカりんを酔わせるのが僕の至上命題なんやで~? ふらっふらの朦朧としたルカりんが女の子達に白い目で見られる姿を見たいっ! それさえ見れれば僕は思い残す事はあらへん!」
「超ダル絡みじゃのう……」
宴が進んでいた。
周囲を巻き込み、一時店一体となった祝杯。話を聞いて満足した亜人族達は【零騎士団】の祝杯の邪魔をしちゃいけないと、ぽつぽつと自席へと戻り平穏を取り戻した。しかし友好的な亜人族達に大量に酒を勧められ、【零騎士団】で出来上がっている者は何名もいた。
その典型例がマシュロとポアロだ。
ルカの頭の上にまるで猫のように覆い被さり控えめな胸を宛がうマシュロと、ルカの左隣でずっと喋り続けているポアロに、ミュウは辟易しながら違う意味で白い眼を向ける。そしてルカの膝には笑い騒ぎ疲れたクゥラが丸くなって寝息を立てていた。
そんな阿鼻叫喚とした現場にルカは一切動じない。
「一回見てるからな。もう慣れたよ」
「一回で慣れるお主がおかしいのじゃよ。この変態が」
「なんで今罵倒された?」
「妾は事実を言ったまでじゃ。ラウニー・エレオス然り、ソアラ・フリティルス然り、お主が倒せるような相手ではないじゃろうが。それらを尽く倒すなど常人の沙汰ではないわ。だから変態なのじゃよ変態!」
「でも信じて着いてきてくれただろ?」
「……っ! べ、別にっ!? サキノ・アローゼも何か言ってやれ!」
「…………」
思わぬ反撃を喰らったミュウは話を逸らすため、クゥラと同じく騒ぎ疲れたゼノンの頭に膝を貸すサキノへと話を振った。
しかしサキノから返答はない。
「お主まさか……」
頬は上気し、ぽわぽわと笑みを浮かべ続ける普段と明らかに異なるサキノの様子に、ひくっとミュウの頬が引き攣る。
「りゅかはじぇんじぇんわかってにゃいっ!」
「え、サキノまでかよ!?」
普段こそ凛としており、隙など見せないサキノが陶酔している姿にルカは驚きを作る。
「いーい? 私がどれだけりゅかのこと想ってたかわかるゅ!? どうしてそんにゃつおい人達ばかりと戦うの!?」
「え、あ、いや……何でだろうな……?」
「私が一緒に戦えにゃい時を見計らってるでしょっ!?」
「いや、そんなことはないです……」
「もぅずっと私と一緒に居なさいっ! いーい? もぅっ」
「あ、はい。わかりました……」
「サキノしゃんにゅけ駆けはずりゅいでふっ! ルカはんは渡しまへんお! ルカはんも酔っ払いの言葉鵜呑みにしないでくだはい!」
「すみません……気をつけます」
「りゅかは誰の味方なの!? 私だよね!?」
「僕しかおらへんやろ」
「「「それはない」」」
「ぐふっ……全否定は効くで……」
「こやつ等酒に呑まれ過ぎじゃろう……」
ツッコむことすら諦めたルカとミュウを差し置いて、混沌としたルカの奪い合いが始まってしまった。左右に、上に引っ張られるルカはされるがまま。団長として威厳の無い姿に、しかし人を惹き付ける何かを持っていると、ミュウは肘を付きながらくすりと笑みが漏れた。
そんな自然と輪に溶け込み、笑みが浮かんでいる己の姿がグラスに映り、ミュウは内心驚きを作る。
(……自分の笑みなどいつから見てなかったかの。そこまで妾は感化されておると言う事なのか……?)
不信用。
亜人族を心底嫌い、好色に呑まれる人族達に絶望していた筈の己が、自然な笑顔を作ることなどいつぶりだろうと。そんな己の笑みを見るなどどこまで過去に遡行しなければ思い返せないのだろうと。
ミュウはこの空気に狂わされていることを自覚に至る。その中心人物がルカであることも。
(妾の目的は世界の滅亡、この者達と無駄に戯れるつもりなど毛頭ない。妾が命を懸けてまで禁足地に赴く道理など皆無じゃ)
しかし。
頬を膨らませながら怒り、それでも心から喜楽に笑う彼等の姿を見ていると。浄化されていくものがあるのは確かだった。
(……しかしまあ、本物の死地でお主等の本性を暴くもまた一興かもしれんの。己が窮地に立たされた時、人間はいとも簡単に他者を裏切り、見捨てる。人間の本性……いや生物の生存本能を無様に曝け出す奴等を拝み笑うためにも、もう少しだけ付き合ってやるかの)
いくら表面を取り繕い善人を気取った自己犠牲であっても、最大の窮地にこそ崩壊する。芸能界で闇の部分すらも見て来たミュウは、痛い程人間の生存本能――己が生き延びる為の他者犠牲を知っている。
一度死闘を繰り広げたルカが呈した自己犠牲。マシュロを救うための、サキノを救うための強き自己犠牲は不変。
しかし今回の任務では対人ではなく殺戮本能に支配された魔物が相手だ。慈悲も容赦もない生か死かの世界でルカの不変はどこまで耐えられるのかとミュウは期待していた。
自身でも不思議に思うほどのルカへの拘泥。それもこの任務で全てが露わになるだろうと、ミュウは頭の中で理由を整理して任務への同行を決意した。
だから今だけは。今だけは、と。
「何を楽しそうにしておる。妾も混ぜんか」
戒めを緩め、自分を許し『偽り』の仲間達と共に、ミュウは笑みを分かち合うのだった。




