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158話 灯台下暗し

 渇いた空気。射てつける太陽。汗ばむ空気。

 中天を大幅に回ったというのに衰えを見せない熱射は、本格的な夏の始動を告げているようだ。

 ルカ達が会しているのは魔界リフリア。場所は最西端にある薬舗『タルタロス』。

 普段は人通りの少ない最西端だが【零騎士団】の『タルタロス』への行進に、野次馬のように付いてきた者も多いが祝福の声は少ない。薬舗の内部を不安そうな顔で見守る市民達の姿が店前に目立つ。

 というのも、結界の仕組みが公のものとなり、未だ結界問題が解決していない。ルカの劇的勝利の熱狂も束の間、時間の経過と共に市民達に結界崩壊の現実味が襲ってきた。

 サキノ・アローゼの損失による【クロユリ騎士団】にもう打つ手立てはない。稀有な魔力を持つ者を至急探せばいないことはないだろうが、己に一切の利が無い交渉に応じるとも思えない。先代の、そしてサキノの自己犠牲の精神が常軌を逸していただけであり、本来は己の身を守るべく拒否の体を示すのが普通だろう。

 つまり現在、市民達の命運を握っているのはルカのみだということだ。仮にでもルカの機嫌を損なう事でもあれば、現在水面下で動いているであろう作戦の放棄に直結する恐れがある。亜人族達は媚びを売る事はしないが、以前のような罵声も無い。ただただ不安に駆られながら英雄とその仲間達の動向を見守る。

【夜光騎士団】の幹部チコ、同じくクレア、そして魔術師のティミスを店番に置きながら、そんなポアロを除く【零騎士団】とゼノンとクゥラは人目を凌げる薬舗の奥――作業場の更に奥にある勉強部屋にいた。



「なぁ」

「…………」



 ルカの呼びかけの声に応じるのはゼノンとクゥラのシュルシュルという布切れの音だけ。

 誰もが口を閉ざし返答を口にしない。



「なぁってば」

「…………」



 白と金を基調にした華美な装束を無言で着服していく子供達。その顔には数滴の汗。

 それは暑さによる汗ではない。言葉で表すとすれば失態とか、失念とか、不手際といったところか。



「いや、二人が悪いわけじゃないし、俺が今後の計画を話さなかったのが一番の原因なんだけどさ――」



 マシュロの顔にも作り笑いと多量の汗。サキノも、ミュウも顔が引き攣り、和やかではない空気が充満する場で、腕組みをしたルカは言葉を紡ぐ。



「――二人が王族だって知ってたら、ここまで話拗れなかったよな……」



 それはルカの結界と都市を守るための第二の計画。第一に都市と密接な繋がりを持つ【クロユリ騎士団】を略奪闘技(ルーティングゲーム)で打破し、更に上部の人間を引き摺り出す策は、略奪闘技終了から五日後宙城に住まう王家ノルベール家の呼び出しによって叶うことになる。

 しかしその報せをルカが直接聞いたのはゼノンとクゥラから。最重要機密に該当するであろう王家からの招請をどうして二人を経由してきたのかと尋ねると「え? 俺達が連れて行くからだけど?」と、あっけらかんと答えが返って来た。

 意味が理解出来なかったルカは懊悩し現状を纏めると、自身はなんと回りくどいやり方をしたのだろうと辟易する現在に至った。

 灯台もと暗し。ゼノンとクゥラが王族の血筋であることを知らなかったルカの大失態だ。

 そう、以前夜光修練場で子供達が正体を明かした際、ルカはラウニー戦で酷く疲弊し意識を失っていた。ヘカトンケイルで二人が奮起した際、ルカは怪物と死闘を繰り広げていた。

 事あるごとに子供達が正体を明かされた場にルカは耳を貸す状況ではなかったのだ。

 つまりルカがその後の計画をしっかりと公言していれば、略奪闘技(ルーティングゲーム)などという無意味な抗争などせずとも宙城へ赴くことが可能だった訳だ。



「……ごめん、なさい……」

「謝るなクゥラ。俺達に非はない、筈だ……」



 ゼノンはクゥラを窘めるも、やはり負い目が勝り、チラとルカの顔色を窺う。

 視線が交わることは無かったが、今や尊敬に値し好意を抱くルカに過酷な戦闘を強いてしまった己を責めた。



「ごめんなさいルカさんっ! 私がルカさんの計画に気付けていればこんなことには……」

「だ、誰も悪くないよねっ!? ルカはクロユリに勝つために必死になってくれていたわけだしっ!」

「そうじゃよ。こやつの計画では【クロユリ騎士団】に勝つことが第一前提だったわけじゃ。【クロユリ騎士団】に勝たんことにはその後の計画を口にしても夢物語にしかならん。誰も責められんじゃろう」



 常にルカと子供達の間の立場に居たマシュロが責を被ろうとするも、サキノとミュウは全員を擁護する。ルカも責めたいわけではないためそれ以上は言わなかったが、治療と下界への帰還を経て完治した筈の大腿部がズキズキと疼いた気がした。ついでに斬り飛ばされた右腕も。

 そんなどうにもやるせない行き場を失った辟易が、意地の悪い悪魔のように一同に漂う中。



「私が言うのもおかしいと思うけれど……全部が全部無駄ではなかったと思うな。【クロユリ騎士団】の脱退自体はまだだけれど、ルカの決意のお陰で私はクロユリを離れる決断が出来た訳だし、生きたいって本当の声も言葉にする事が出来た。だから本当に感謝してる。ルカ、そして皆、ありがとう」



 打破の契機となったのは当事者――サキノ・アローゼの感謝の言葉だった。

 きっとそれは本心だ。いくらルカが略奪闘技(ルーティングゲーム)関係なく騎士団を設立したとして、他騎士団に身を置いたとして、果たしてサキノがルカと同一の騎士団に移籍するかと言われれば、きっと律儀で誠実なサキノは多大な恩や愛情を注いでもらった【クロユリ騎士団】を蔑ろには出来ない。もし仮にルカと同一の騎士団に移籍したいという願望があったとして、それを団長へ直訴出来るほど本心を伝えられない。

『生きたい』という人間として単純で、当然で、自己中心的な想いすら伝えられなかったサキノには、きっと。

 だからサキノはそんな己の願望を幾つも果たしてくれたルカには感謝してもしきれない。己を救おうと強大な【クロユリ騎士団】と敵対する茨の道を選択してくれた皆にも。

 深々と頭を下げ、綺麗な白髪が重力に逆らわず下へと垂れ下がる。



(わたくし)も同じです。ルカさんが騎士団を発足していなければきっと【夜光騎士団】にずるずると居続けていたと思います。それが悪い事とは思いませんが、大切な人の隣で、大切な人達と共に歩んで行きたい。それが私の願望ですから、そのきっかけを与えてくれたルカさんの行動は決して無駄ではありませんよ」



 サキノの想いに続くようにマシュロも本心を告げる。

 世辞や甘言のような不純物を一切含まない本音を。



「……なんじゃが良い雰囲気を出そうとしとるみたいじゃが、別段妾は感謝することなぞないからの」

「一度命懸けで戦い合った仲なのに仲間になってくれた、それだけで十分じゃない? みーちゃんもありがとうね」

「仲間とは認めておらん。礼などよせ」

「素直じゃないですねー。少し嬉しそうなの隠しきれてないですよ」

「そんなことないわ!」



 以前より人間に絶望を抱きながら生きて来たミュウは単独行動を好む。故に感謝されることが滅法減ったミュウからしてみれば、石岩につっかえることなく出て来た流水の如く感謝はあまりにも澄み過ぎていた。そんな未だ敵だ敵だと邪の意思を持つ心が濾過されるかのような言葉に、少しの照れ臭さを高飛車を気取り隠秘しようとしたが、ミュウは存外隠し事が下手だった。

 目論見を看破したマシュロとミュウの取っ組み合いを尻目に、ルカの口からくすっと笑みが漏れる。

 不器用だった笑顔も少々様になってきたか? とゼノンはルカの変化を感じ、明るくなった空気に少しばかりの助言を呈すことにする。



「もう一つ利点を挙げるとすりゃ【クロユリ騎士団】を倒したからこそ、ルカ兄ちゃんのその計画に現実味が帯びて呼び出しに至った、って可能性は充分ある」

「うん、それは俺も薄々思ってた」

「ま、【クロユリ騎士団】を倒さなければならなかったかどうかの答えは行きゃわかるか」



 天に位置する宙城へと行くには二通りの方法がある。

 一つは騎士団総本部の地下深くにある転移門を潜る事。地下に降りていったのに着く先は天空とはまたおかしな話だが、正規ルートはその一つしかない。厳重な管理の元、煩雑な手続きの遂行によって許可が下りれば転移が可能となるが、そんな煩わしい方法はゼノン達には不要。


 ゼノン達が選択するもう一つの方法とは、王族のみに与えられた手順。ゼノンやクゥラが持つ王族の正装を身に纏い魔力を込めるだけの簡単な方法だ。たったそれだけで天空へと渡ることが出来る。

 基本天で生活している王家ノルベール家だが、地上へ降り立つことも決して少ないわけではない。そんな地上に居る際に野盗や魔物、他国の勢力に襲われでもすれば溜まったものではない王族達は、普段着用している衣装に魔力を通わせれば帰還できる仕組みを開発した。

 転移者の任意により、一人に付き最大三名まで同時に転移する事が可能な王族衣装をびしっと着こなしたゼノンとクゥラは、見るからに高価なブローチを胸元につけ、準備を完了させた。



「……ん、準備も出来た。それじゃあ行こうルカ兄ちゃん」



 クゥラがルカとサキノの手を、ゼノンがマシュロとミュウの手を取り、二人は胸中に黄金色の魔力を練り始めた。

 二人に灯る小さな魔力は、脅威がある訳でもなく、膨大な訳でもなく、ましてや劣弱な訳でもなく。

 だがしかし、確たる威厳のある魔力。年端も行かぬ子供であろうと、戦う力の無い非戦士であろうと、周囲の者を付き従わせる重みのある魔力だ。

 王家の血筋を感じながら徐々に体が上気していく感覚を覚え。

 王族と【零騎士団】一同は人知れず宙城へと赴くのだった。


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