152話 大将マッチアップ
隧道の終わり。翠眼で暗所を駆け抜けたルカは地上へ続く階段へと突き当たった。
サキノの偽りのない声を聴いたルカには力が漲る。それは不思議とクゥラの自動支援能力『伝染』に匹敵するかのように。もしくはそれ以上に。
脇目も振らず階段を駆け上がったルカは扉に手をかけ、地上――正確には地下だが――の眩い陽光に眼を眇めながら宝龍の地へと舞い戻った。
扉の陰から周囲の気配を大雑把に探知するも当然誰もいない。キョロキョロと見渡しながら地上へと出たルカが振り返るとそこには巨大な塔が。まるで北本陣の位置が計算され尽したかのような距離感にルカは感嘆を抱く。
「マジで塔の裏側じゃないか。マシュロよくこんな隠しルート知ってたな」
マシュロが都市に入国してから占領戦が行われていなかったかと言われればそうでもない。どの騎士団も隧道の存在は薄々知っていたが、大将に辿り着くためには迂遠となるため、誰も選択肢としては候補に選ばない。故にあってないようなもので、使用されることなど滅多にない。
ただ。たった一度だけ、実況にも触れられず生中継にも映し出されていなかったが、ショートカットを果たした戦士が占領戦で居たことにマシュロは疑問を覚えていた。
その疑問をマシュロは記録に取っていた。臆病で【夜光騎士団】の中で劣等感を常に感じながら生きて来た勉強家のマシュロには無駄な事ではなかった。そして今回、膨大な記録の中から使える情報を選りすぐって活用した結果がルカへ道を示した。
「よっ」
翠眼から紫紺眼へと移り変わったルカの背には大翼。サキノのアイデアをそのまま導入した天使の漆黒の翼が羽ばたく。
画面越しに観戦する者達を眼玉が飛び出るかの如く驚愕の渦に閉じ込めながら、サキノの決意を背に飛翔する。見る見るうちに地上が遠くなり、五十メートルの高さを誇る弧塔をあっという間に登り切った。
せめてもの落下防止の擁壁へスタッ、と着地し視線を右へ左へ。その中央、たった一人石段上で戦場を俯瞰する見覚えのある燕尾服をルカの紫紺の瞳は捉えた。
(ん、フリティルス一人か? それも後ろに着けたな――ってこれチャンスじゃないか?)
ミュウの誘導が上手くいってくれていたとしても数名の護衛がいると踏んでいたルカは、非常に都合のいい事態に翼を消滅させ、特殊電磁銃を創造する。
不意打ちとは少々気が引けたが、手段を選んでいられない身としては背後から奇襲をかけられる事も戦術の一つだと己を言い聞かし標準を定めた。
しかし。
「レラの奴……ローハート撃破による終了の合図がないものだからそんなことだろうと思っていたが……まぁいい。よく辿り着いたなローハート。隧道の存在、知っていたのか?」
肩越しに問いかけるソアラ。
ルカは銃先を下ろし、擁壁を飛び降り、北本陣へと降り立った。
「何だ、気付いてたのか。そうだな。生憎うちには長らく逃亡生活をさせられていたおかげで土地勘が優秀な団員がいてな。人生遠回りしている奴の方が道は詳しいってもんだ」
ルカの着地と歩の寄せに、ソアラは踵を返して応じる。
両者の空白が短くなり、十メートル程の距離で四本の脚が停止した。
「全ては計算ずくと言う訳か」
「レラとの交戦だけは想定内とも想定外とも取れるけどな。だけどようやくここまで辿り着いた」
「総力を挙げて攻め込んでくることを想定していなかった訳ではない。限りなくゼロに近いとは踏んでいたがな。マシュロ・エメラの絶対防御、ミュウ・クリスタリアの粘着糸、ポアロ・マートンの重力。拠点防衛にはお誂え向きだからな」
「そんなことまで知ってるのか。良く調べたな」
「よく言うよ。お前が団員達の能力を意図的に流したのだろう?」
ソアラが最後の最後まで理解出来なかった可能性。
血迷ったかのような能力公開はあくまで仮定であったが、ルカが平然と敵陣ど真ん中に到達したこの事実こそが戦略だと証明していた。
「薄々気付いていたか? そうだよ。どうせどこからか漏れ出る情報だ。【クロユリ騎士団】が情報を握っているのか握っていないのかによって俺達の優位性は変わってくる。変に俺達が優位を持っていると誤認するくらいなら、占領にうってつけな能力で勝機をチラつかせる方がよっぽど効果的だ。案の定、用心深く戦略的なアンタは油断も隙も一切見せず、注ぎ込める最大戦力を二か所の拠点に送り込んでくれた。お陰でミュウの糸で全員捕らえる事が出来たみたいだ」
告げられる事実にソアラの眉がピクリと驚愕を孕む。
拠点Dの団員達が易々と突破され、攻め込まれ始めているのに斥候の連絡が途絶え、尚且つ増援がない状況を訝しんでいたソアラは全ての謎が解けた。
「なるほどな。私の性格を逆手に取るとは、お前と僅かながらに友好を持ったのが失態だったか? ……やれやれ、見事なものだ。だが裏をかかれて大将戦になる事も厭わなかった理由がある事も道理だ」
「俺じゃアンタには勝てないって言いたいんだろ?」
「いや、少し違う」
「何?」
ソアラは少し辟易したかのように緩慢に瞬きをし、灰髪の編み込みを撫でる。
「お前が、ではない。人間では、だ」
「一体全体、要領を得ないな」
「直わかるさ。さあ、始めるぞ!」
気炎の吐露と同時に眼にも留まらぬ銃捌きと発砲。拳銃からの出力とは思えない程の広範囲特大の空気弾を、ルカは電磁砲で相殺し大将戦が幕を上げた。
マッチアップ。
【軍姫】ソアラ・フリティルスVS【ブラックノヴァ】ルカ・ローハート。
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『始まりました最終決戦!! 互いの騎士団の大将がぶつかり合うという珍しい戦況! 期待と興奮が止まりません!!』
エムリの言うように期待と興奮が天頂な都市リフリアでは、至る所で耳を塞ぎたくなるような大喝采が巻き起こっている。酒を浴びるように流し込み鼻息荒く興奮する男達の怒声のような歓声に、耳を折り畳み両肘をついたゼノンは真剣な眼差しで画面の先を凝視する。そんな兄の様子を膝に手を置きご令嬢のような佇まいで視界の端に捉えるクゥラ。
予定通り開始した最終決戦に少々の嬉々を覚えるが、勝敗の決していない勝負を前に手放しに喜ぶことは出来ない。
【零騎士団】の団員達の能力を言い触らして回ったのは実はこの二人である。勿論それはルカの策略ではあったが、常軌を逸した提案に、当初ゼノンとクゥラは度肝を抜かれた。
知略の占領戦と言われるほどに隠し玉が必要な占領戦で、能力の公開など己達の首を絞めるだけの自殺行為だ。だが四人と言う極少数で大派閥に立ち向かうための戦略としては、ただ能力を秘匿したままでの占領など定石も定石。歴戦の【クロユリ騎士団】を出し抜くには策不足、いくら拠点防衛に有利な能力とは言え、多人数で攻め込まれれば一溜まりも無い。
そしてルカの懸念となっていたのはミュウ以外の戦士――マシュロとポアロの能力がヘカトンケイル撃退時に大多数の戦士に見られている事だった。
だからルカは能力の公開を策略と共に提案した。猛反対も覚悟していたが、しかし全員はあっけらかんと賛同した。
それは己達の能力がサキノの命に代えられるものなどではなかったから。ルカの策略が理に適っており、勝率を上げるために賛成してくれたのだ。
しかしルカ達団員が情報を言い触らしたところで多くの者達に猜疑を抱かれるに決まっている。だから気配遮断を会得しているゼノンは酒の席、集会場、騎士団総本部等、様々な場所へと赴き、口外する役目をクゥラと買って出たのだ。案の定、その秘匿情報は鼠算式的に拡散することに成功した。正直なところ決戦までの僅か数日の間に【クロユリ騎士団】の耳に届きうるかは賭けではあったが。
やれるべきことはやった。後は【クロユリ騎士団】の統率力を信じて見守っていた矢先、団員達の大捕獲という大成功に二人は得心を抱かずにはいられないだろう。
神妙な表情で画面を眺めるゼノンとクゥラを見て、コラリエッタは優しく微笑んだ。
(路頭に迷っていた頃とはまるで別人ですわね。やはりルカ様の影響得力は計り知れないものがありますわ)
臆病で卑屈で弱者という言葉に呪われていたマシュロの幹部撃破、そして子供達の明るく勇ましい表情に、ルカによって変えられた者達の成長を感じた。
そんな温かな空気が打ち消されるほどの熱の入った実況がエムリによって響いていたが。
『ちょ……え? 誰、ですか?』
不穏な空気が音声として都市に轟いていく。
『これを、読み上げてくれ……? え? 貴方は一体、ってちょっとーーー!?』
画面は闘技街のままに、何が行われているのか判然としない音声にざわつき始める都市。「なんなんですか一体……」と不審感を抱きながらもがさがさと何かを開く音の後に暫時の沈黙。
『え――』
エムリの驚愕が漏れ。
『略奪闘技で【クロユリ騎士団】の敗北によるサキノ・アローゼの損失は、結界の崩壊を意味する……サキノ・アローゼは結界の人柱――?』
何者かによって手渡された文書の内容によって、都市の隠された事実が公のものとなった。




