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015話 Piece★

「ん、これはもしかしなくても迷子というやつか?」



 ルカは迷子になっていた。

 サキノの後を追い、付近にあった妖精門(メリッサニ)を通過すると、行きついた先はなんと魔界だった。下界に蔓延る建築技術とはまた一風変わった、魔力を基盤とした見慣れぬ発展都市の中を彷徨うこと半刻。沛然とした雨に晒され、全身ずぶ濡れのルカは下界行きの妖精門(メリッサニ)を見つけられず途方に暮れていた。

 傘を差した亜人族達が通りを行く中、軒下でずぶ濡れのルカへ奇異の目が向く。

 人族には我関せずと言った様子で声をかけようとする者は皆無だったが。



「ココに帰り方聞いておくべきだったか……いやでもそんな空気じゃなかったしなぁ」



 服が吸い込んだ水分を、握力を取り戻した手で絞りながらそんなことを口走る。

 再度強制的に転移させられる羽目になるとは想像もしていなかった――そもそもサキノに関与も言及も禁じられていた――こともあり、完全な情報不足な状況に小さな溜息が漏れる。

 雨足が弱まり次第妖精門(メリッサニ)を再探索しようと暫しの退避をしていた時、ピチャピチャと雨溜まりを踏みつけながら一つの足音がルカに近付く。



「おう、兄ちゃん、自衛用の特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)買わねぇか? 安くしとくぜ?」



 黒フードを目深に被った長身の人物。フードに隠れ顔は判然としないが、声音から見て男性だろう。いかにも胡散臭げな人物は無知な人間を嗅ぎつけてきたのか、手に持った狙撃銃のように細長い銃をルカの眼前に差し出す。



「エネ……? そもそもお金持ってないんだけど……」

「あぁん? 都市入りしたばかりか? しょうがねえ、兄ちゃんなら半額にまけといてやらぁ」

「いや、そういう訳じゃ……」



 謎の単語の全容がわからなければ、通貨が下界のものと同等のものかも判然としないルカは、己の現状を隠さずに告げるが執拗な営業は続く。対応に難を示す内に話が進められていき、男は懐から一枚の紙を取り出した。



「なぁに、サインだけくれれば後から請求をかけるから大丈夫だ。この紙に名前と騎士団の――」

「おやおや~? 君はいつぞやのルカ君! いい男が雨なんて特殊メイク使っちゃあいけないね~。ちゃんと天の神様に使用許可とってあるのかな?」



 雨降りしきる街道、傘の下で翡翠色の瞳を細めて微笑む少女が颯爽と現れた。



「勝手に降らせておいて使用許可がいるなんて、相当意地汚い天の神様ですね、レラさん」



 知人の登場に男は舌打ちをして、降雨に濡れるのも厭わず小径に姿をくらませていった。逃げ去る男の姿を見送ったレラは軒下に身を潜らせ、折り畳んだ傘を壁に立て掛け、ルカと対峙する。



「ダメダメ、あんなのは無視しないと。自衛を騙って特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)のレプリカを売りつけてくる悪徳業者だからさ。最近増えてるみたいなんだよね~」



 サキノと同じ騎士団の女性幹部は、ルカに纏わりつこうとしていた悪徳業者の厄介払いをしてくれたのだ。



「ありがとうございます。あの、特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)って一体……?」



 素朴な疑問を呈するルカに、知らない方が珍しいとでも言うかのように瞳をぱちくりと瞬かせるレラ。



「あれ、知らないの? 魔力を持つ人なら誰でも扱えるから、魔物の侵攻時の備えとして爆売れしてる銃なんだよ~。まあ、誰でも手に入れられるようになったから、喧嘩とかにも使われるっていうので問題視もされてるんだけどね~」



 あんな風にね、と。タイミングを見計らったかのように、どんよりとした雨天の中、青色の一筋の光線が天高く突き上がっていった。立ち昇る雷光。魔力を銃に装填さえすれば使用可能なエネルギー砲だとレラは説明する。



「それよりこんなところで会うなんてウチ等、運命の赤い糸で操られてるね!」



 レラは銃砲が都市で撃ち上がることなど日常茶飯事だと言うように、何事も無くルカとの会話を続ける。



「誰に操られてるんですか……」

「うーん、全身真っ赤な女の人とか?」

「それ操られてるどころか、呪われてません!?」



 小首を傾げながら諧謔を弄する少女に、苦い顔を浮かべる。

 知り合って二度目の会話とは思えない破天荒ぶりに、ルカは全身の力が緩むのを感じた。



「ところで雨男君」

「なんで急に俺が雨男断定されたんですか?」



 まともな会話を行う気のないレラはルカの顔を見てにんまりと笑うと、友好的にルカの肩に腕を回す。

 優艶な細腕は冷気に晒され、ひんやりとした感触をルカの首に与える。主張控えめな胸部をすり寄るように密着させるレラの頭からは、二本の小さな黒い角――小悪魔のような短角――が生えているようだった。



「雨男君のぉ、お名前忘れちゃったぁ~。アメオトコ・オオカミ君だったっけ~?」

「……思いついた単語を組み合わせてるだけにしか聞こえないんですけど……と言うか、さっき俺の事普通に呼んでましたよね!?」

「いやんっ、知らな~い。雨男君が親しみを込めてレラたん、って呼んでくれれば、君のお名前思い出すかもしれないにゃあ~?」



 俗にいうギャルだ。ギャルの潜在能力を十全に発揮してきている。

 レラはあざとさを十倍に濃縮した猫なで声で目を輝かせて囁き、その翡翠の瞳は意地悪くニヤついていた。



「……はぁ、呼べって言うなら呼びますけどレラたん。俺は別に構わないんですけどレラたん。俺の名前思い出してくれましたかレラたん」

「っ……!?」



 揶揄ってやろう、そんな軽い気持ちで思春期男子の戸惑う姿を期待していたレラにしてみれば、従順なルカの言動は完全な誤算。ルカは恥ずかしげも躊躇もなくレラの言葉を連呼する。



「むーっ! ルカ君の鉄仮面を羞恥で引っぺがそうとしてたのにぃー!」

「あ、思い出してくれましたね」

「あ。むーっ! ……まいっか。どうやらルカ君には効果がないようだから普通にレラって呼んでくれればいいよ~。敬語も要らないしさ」

「……? レラが良いならいいんだけど……」



 親密度が十上昇した。

 何がしたかったのかはルカには理解出来なかったが。



「じゃあ改めてルカ君、こんなところでそんなに濡れてどうしたの?」



 頭の後ろで手を組むレラは、依然として髪から水滴をぽたぽた落とし二枚目の風貌と化しているルカの姿に疑問を投げかける。他者からどう見ても、少し雨に降られたという度合ではない濡れ方をしているのだから当然だろう。



「あー……秘境(ゼロ)でサキノと一悶着あってな……下界に戻るつもりが気付けば魔界、(ゲート)を探して迷子真っ只中だ」

秘境(ゼロ)でサキちゃんと一悶着ね~ふむむ~なるほどなる――って、え? えぇ!? 下界ぃ!? ルカ君下界側の人間だったの!? それに秘境(ゼロ)!?」



 諧謔を交え、結果が色男ではないルカの発言にレラは暫時得心したが、素っ頓狂な声を上げて疑義の単語を反芻する。



「何かおかしかったか?」

「い、っいや……ツッコミどころが色々あって頭が追い付いてないんだけど……ルカ君が下界の人だったって事も秘境(ゼロ)に携わってた事も想定外……ってことは――あ……ウチ、サキちゃんに余計な事言っちゃった……うわぁー!!」



 ようやく理解に至ったレラは驚きから、陽気さなど彼方へ放り投げたかのように頭を抱えて落ち込む。

 膝を屈して雨打たれる地面と悲愴な視線の応酬を交わしているレラへ、対極的に疑問が尽きないルカは上から真相に踏み込んだ。



「一体全体何の話だ?」

「こないだルカ君達とバイバイする時、サキちゃんに言った言葉覚えてる? てっきりルカ君はサキちゃんの魔界のお友達だと思ってたから……サキちゃんには酷なこと言っちゃったなぁって」

「ん……あぁ、そういうことか」



 レラが悔悟の念に打ち拉がれているのは、以前ルカが初めてレラと会した時の事。ルカを魔界の人間だと思い込んでいたレラが、秘境(ゼロ)の処置をサキノへ託し、迂闊にも付け加えてしまった「サキちゃんなら一人でも大丈夫か」という言葉だった。

 その言葉はレラがサキノへの信頼から出た言葉だったのは間違いない。サキノなら一人でも戦えるほどに強いから大丈夫、そう意を込めてレラは激励を送ったつもりだった。


 しかし、既に共闘できる仲間が隣にいる。正確に言えば、準備は出来ているが指示待ちの無知な仲間を隣に置き、同じことを言われたとあれば、サキノはどう受け取るか。

 ただでさえ責任感が強く、他者を一切頼らないサキノがその言葉を受け、ルカに共闘の懇請などするだろうか。出来るだろうか。

 レラが渡した言葉が不遇にも、サキノの強情な一手に担う行動を助長させるものとなってしまっていたならば、己が発した言葉に後悔を抱かずにはいられないだろう。



「サキノが抱える(なにか)を少なからず抉ったのは間違いないだろうな」

「やっぱり!? サキちゃんに嫌われちゃったかなぁ……」



 当時サキノの表情に翳りが差したことを目撃していたルカは、悪意はないが宥めることはせず、事実のみを端的に告げる。不安に駆られるレラは涙ぐみながらサキノとの関係を憂うも、



「でも、それくらいで嫌うようなサキノじゃないことくらい知ってるだろ?」



 それでもルカはサキノの人間性を踏まえて言い切った。

 レラとサキノが如何程の親密性なのかはわからないが、関係を持った時点で自然と感じるサキノの人受けの良さはレラも感じている筈だと。



「けどさっ――いや、そうだね……」



 感じているからこそ、一度は否定しかけたレラも、サキノの人柄を肯定した。



「それにサキノは他者(ひと)の言葉に簡単に揺れ動くような人間じゃない」



 サキノも人間だ、多少はあるかもしれない。レラの発言に葛藤の駄目押しをされたかもしれない。けれど、あくまで確たる決意を持って目的を遂行しようとしているだけだと。レラの失言は己の決意を正当化するためのきっかけにしか過ぎないと。

 サキノから一方的な口論を受けたルカには、はっきりとそれがわかってしまった。



「……ルカ君はサキちゃんの事よく知ってるね。なんだか少し悔しいな~」

「悔しがる要素あった?」



 失意のどん底のような顔で膝を抱え、蹲っていたレラは、ルカの言葉によってどこか救われたかのように暗影が薄まっていた。

 レラは微笑み、立ち上がる。左側頭部で結ってある翡翠色のサイドポニーが前後に揺れた。



「二人の付き合いの長さは知らないけど、ぽっと出の男の子に唆されて唯一無二の親友を盗られた気分~」

「急に風当り強くない!?」

「そんな泥棒猫ちゃんに、ウチからお願いがあるんだけど」

「盗ってもないし、男に泥棒猫って中々使わないよな!? お願いする前振りでもないし!」

「泥棒雨男君、そんな細かいこと気にしない気にしない~」

「余計タチ悪くなってるぞ!?」



 落ち込んでいたと思ったらすぐに調子を取り戻す、どころかオーバーテンションなレラはウシシ、と歯を見せると髪と同色の瞳を至誠にルカへと向けた。冗談も諧謔も一切含まずに、言葉の重みを持って懇願する。



「サキちゃんはきっと今、凄く苦しんでる。ずっと独りで戦ってきて、ようやく現れた信頼できる仲間と自己使命の葛藤に苦しんでると思うんだ」



 ウチの失言も相まって、と苦い顔をしながらレラは続ける。



「下界の事情はよく知らないけどさ、非日常的な『秘め事』を共有するルカ君は、きっとサキちゃんが一番手放したくない人だと思う」



 サキノの意志を尊重すれば、何もかもが全て上手く回る。これまでと何も変わらない生活を続けることが出来るのだと。

 それでも、違うと。恭順であるのは違うだろう、と。



「だからお願い。サキちゃんを助けてあげて」



 一人苦しむサキノを救って欲しいと。

 命を削るサキノの手を取ってあげて欲しいと。

 それはともすれば、ルカの命を賭けることと同義であって。

 サキノのために、短命を覚悟してくれと。

 ルカの答えは、出ている。


 しかし、ルカはその純然たる懇願の瞳に返答することが出来なかった。

 人に合わせ、流されてきたルカが、対極の意志を持つサキノへ救いの手を伸ばす方術に見当がつかなかったのだ。

 言わば反抗、もしくは反逆。

 サキノへ対しての。自身の在り方に対しての。



「…………」



 発声に窮するルカへ目尻を下げて微笑むレラ。その笑みは、単純ではない問題を無責任に受諾せず、懊悩するルカへの信頼が含まれていた。

 そして何かを思い出したかのように、レラはアームウォーマーの中をゴソゴソと漁る。



「ついでと言っちゃなんだけどさ、これサキちゃんに届けてくれないかな~なんて」

「手帳……? っていうかどこから取り出した?」



 レラが取り出したのは桃色の表紙の手帳だった。常日頃から依頼やバイトなどで予定が詰まり切ったサキノが使用している、と言われれば納得の道具だ。



「昨日騎士団に顔出してくれた時に忘れて帰っちゃったみたいでさ、お願いしてもいいかな~?」

「俺はいいんだけど、ずぶ濡れだぞ?」



 豪雨による弊害がここに来て真価を発揮していた。依然としてルカは髪から服まで全てが被害を受けており、持ち歩くには不便な格好であるのは間違いない。



「ん~そうだなぁ……じゃあ、ウチが乾かしてあげようじゃないかっ! ウチにかかれば身も心もカラッカラだよ~! それそれ~!」

「心が乾――強っ!? て、それサキノの手帳だよな!?」


挿絵(By みてみん)




 腕をぶんぶん振り回して、瞬間送風機となるレラ。善意ではあるが、その手には勿論小さな手帳。団扇の要領でルカに風を送るレラは、細腕からは想像もつかない豪速の風をルカへ浴びせる。

 そんなレラの持つ手帳からハラリ、と。一枚の長方形の紙が舞い落ちる。



「おっと」



 雨に濡れた地に触れる寸前、驚異的な反射神経を以て、右手人差し指と中指で挟み取るルカ。

 レラは感嘆の声を上げ、小さく飛び跳ねる。



「すご~い、ルカ君! やっぱりルカ君は逸材だよっ。これはどんな方法を使ってもウチ等の騎士団に……あー。ねぇ、ルカ君。……トッチャイナヨ?」



 手帳を持つ左手と反対の手でチョキチョキと、鋏の仕草を取りながらレラは、不気味な笑みを浮かべる。



「不穏だな……」

「夜道には気をつけてねっ」

「ヤル気満々でいらっしゃる!?」



 どこまで本気なのか嬉々として目を輝かせるレラ。半眼で辟易するルカは溜息をつくと、指に挟んだ紙を持ち直して窺い、レラも身を寄せ覗き込んだ。

 一枚の写真。

 一人の女性と、その膝の上に座り、華の様に破顔する小さな子供。



「これ、子供の頃のサキちゃん? かっわいーっ! それに、すっごく綺麗なエルフの女性だね~」



 レラが指差したのは白髪の子供の方だった。白髪に毛先が若紫色という独特の髪を持つ者はサキノ以外には知らない。サキノの手帳から出てきたのだから、恐らくはサキノの幼少期で間違いないのだろう。

 更に二人の目を引いたのが、輪郭の整った顔立ちに、毛先まで純白の長髪の隙間から覗かせる長い尖った耳を持つ『エルフ』の女性だった。



「エルフの親族……? いや、母親か……?」



 世間一般からすれば極稀な事例ではあるのだが、人族と亜人族の婚姻が成立することはある。婚姻生活の延長に新たな生命が誕生するのだが、両者の子供の容姿は亜人族の特徴を引き継ぐことが大半を占める。つまり、人族と亜人族の半血種(ハーフ)でも、亜人族の特徴を持つ個体は多く存在するのだ。

 故に子供にまで過酷な運命を強いることになってしまうため、人族と亜人族は滅多に繋がらない。


 そんな中、亜人族の特徴を持たずして、人族の容姿で生まれる半血種(ハーフ)も極稀に存在する。

 サキノの外見にエルフの特徴は見当たらない。エルフの母親がいるという話も聞いたこともない。想像すらしない。

 しかし、この二人はあまりにも似ている。

 似過ぎているのだ。



「そういえばサキちゃんに家族の話聞いたら、お母さん亡くなっちゃったって言ってたっけな……」



 レラの発言と、天空図書館でココが発した情報がルカの中で繋がった。



「リフリアで単身(ひとり)なのはそのせいか……?」

「ん? 何か言ったルカ君?」

「あ、いや……」



 親の仕事の事情や自立の類ではない何かが、サキノを突き動かしているような気がした。

 亜人族の母親を持つ一人の少女が、もっと大きな何かを抱えているような気がした。

 責任感の強さや、弱みを見せない佇まいが、その深みの先にあるような気がした。



(亜人族の母親、故人、責任感、使命……サキノ……お前は一体全体、どんなことまで背負っているんだ……?)



 ルカは倒錯の世界に堕ちていく。

 己の推測と、サキノの宿命を対比させながら。


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