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132話 レラ・アルフレイン

 想定外か予定調和か。

 予期せぬ相手との強制戦闘に後退るルカへ、有無を言わさずレラは嬉々として突っ込む。

 何故、どうして。ルカの頭の中で疑問が大波となり押し寄せる。共通の知人サキノとの繋がりが基盤であったとしても、親友とまではいかなくとも少なからず良好な関係だった筈だ。

 それがどうして会話が通じず戦闘に発展しているのだろうか。

 バウムの情報が真実なのであれば、レラの性格から見てもサキノを庇いそうなものなのに、どうして敵対しているのだろうか。

 ルカにはレラが立ちはだかる理由がわからなかった。



「レラ話をっ!」

「ぃよっ!」



 あくまで対話を試みようとするルカの思惑を右から左へ、レラは雨で泥濘んだ地に手を着き、転回の要領で脚を上部へかぶる。

 レラの奇抜な行動によって急激に下部へと沈んだ視線を振り上げると、突如として上方から迫る脚撃に回避も叶わず、咄嗟に腕を滑り込ませた。



「ぐっ!?」



 強烈な踵落としに怯んだルカへ、レラは地面に指をめり込ませると独楽のように回転し強引に追撃。柔軟な身体を十全に使った舞闘技(カポエイラ)の如く連撃がルカの腹部へと吸い込まれ、両者の間に僅かな距離が生まれる。

 苦鳴を漏らしながらも開けた距離に体勢を立て直そうとするも、レラは息をつかせる間も与えない。



「そりゃっ!」



 指に掴んだ泥を低所から投擲しルカの顔面へ。不明物の飛来にルカは腕で防御するも、威力も無ければただの目晦ましに臍を噛んだ。

 塞がった視界が開けると既に眼前にはレラが拳を振り上げており、不断の連撃から逃れることが出来ない。



「~~~~~~~っ!?」

「ルカ君どったの~? そんな弱っちい訳ないでしょ? もっとウチを楽しませてよ~」



 右から上から下から左から。腕が、脚がまるで蛇のように伸びてくる。

 動きが自由過ぎる。ラウニーのように剛の攻撃ではなく、変則的な柔の攻撃は独特の正対し辛さがあった。それでいて威力のある一撃一撃にミシミシと骨を軋ませながらも、ルカはレラの真意を問い詰める事を止めはしない。



「どうして邪魔をするんだ!?」

「帰りなよ。遊んでる場合じゃないんだよ」



 レラにしては鈍重な重みのある声音に唇を噛む。



「さっきは遊ぼうって言ってたくせに……ふざけてる場合じゃないんだよ!」

「あっ、と~、ゃんっ。それは言葉の綾っていうかぁ~」



 ケロっと矛盾した言葉を排しケタケタ笑うレラの姿に塵程の違和感を覚えたが、熾烈な防戦によって思考ごと吹き飛ばされる。

 レラの終わりの無い攻撃に渋面を呈したルカは蹴撃で抗戦を試みる。しかしそんな戦意の含まれていない返報は軌道を読むことも容易く、脚の上に手を着いて飛び越えたレラは、ルカの横顔に長い素足を滑らせた。



「あがっっ!? ぅぐっ!?」

「そんなもんじゃないでしょ~? 全然ルカ君の本気が感じられないっ! レラたんはおこだよ!」



 連綿と続く打擲は降雨のように止むことを知らないどころか激しさを増していく。

 楽しみにしていたルカとの戦闘に、しかし期待通りにルカが力を振るってくれない事に戦闘狂(バトルマニア)はいじらしく頬を膨らませた。



「くそっ……レラなんかと闘ってる場合じゃないってのに……っ!」



 ルカが【クロユリ騎士団】敷地内に侵入したのはあくまで団長ソアラとの話し合い。目の前の戦闘にしか興を示そうとしないレラを目的から除外し、難色がルカの口から漏れた、その時だった。

 レラの顔から笑顔が消えたのは。



「ウチ()()()と? ふーん、ちょっとカチンときちゃったなぁ。遊んでくれないんだね、ルカ君」



 地雷(なにか)を踏み抜き、レラの連撃がピタリと止んだ。

 好機と見て距離を作ったルカに、細まった翡翠の瞳が敵意を放つ。

 もしや口走ってはいけないことを口にしてしまったのかと危惧するルカだったがもう遅い。



「じゃあいいや。無視できないように、ちょっとばかし本気出しちゃうね」



 腰から取り出したナイフが翡翠の魔力に侵食されたかと思えば、象っていたのは巨大な鎌。それも持ち手の両先端に禍々しい凶刃を宿した両刃鎌。

 レラの専用武器『獅駆真』だ。

 鎌を担いだレラの姿に、ルカはぶるっと一度身震いに襲われる。

 一度使用したからわかる。彼の武器は扱いこそ至難だが驚異的な攻撃連度を誇る無類の武器だ。絶対的強者であるラウニーが攻めあぐねていたように、回避しようが弾こうが二の刃が反撃の時間を与えてくれない。

 ルカが真似て使っていたからこそラウニーは反撃を講じることができたが、本家のレラが使えばルカは防戦一方になる事だろう。

 紛いなりにもレラの本気を、ルカは確と見てしまった。



「どうしてレラが立ちはだかるんだよ!? サキノがヤバいんだって!」



 本格的な交戦が開いてしまう前に聞いておかなければならない。

 レラが全てを知っているのか。

 知っていながら反乱者(ルカ)と対峙しているのかを。

 そんな切羽詰まったルカの強声にレラは。



「知ってるよ。ウチ、クロユリの幹部だよ?」



 あっけらかんと既知の事実を開口した。



「いくらサキちゃんが大事だからって総意には逆らえないでしょ。私情と責務は別物なの。平穏な暮らしにどっぷりな君達にはわからない世界なんだよこれは」

「だからって何でサキノが――」

「というかさ、ルカ君。君が持ってるその情報源どこ? あーあ、ルカ君仕留め終わったら刻みに行く仕事増えちゃったじゃん~」

「っ」



 反論を堰き止められ、漂う不穏。

 言える筈が無かった。ただでさえ危険を冒して情報を収集してくれたバウム達に、恩を仇で返す訳にはいかない。

 口を閉ざしたルカに、話し合いは終わりだとレラは武器を回転させ始めた。



「武器、創造しな? 真剣(マジ)でいくよ」



 普段のニコニコとした笑みを微塵も含まない明瞭な敵意の矛先は勿論ルカで。

 すぅ、と周囲の空気が一変し、レラが翡翠色の魔力を全身に纏い。



「タオゼント・レーゲン」



 技の呼名と同時にレラの姿が掻き消えた。



「なっ――」



 ただならぬ気配から瞬間的に橙黄眼を解放したルカは、未来を読み解くと同時に前傾姿勢へと転じる。その上部を通過し数本の黒髪を薙ぎ斬った翡翠の鎌は本気も本気。背後から振り抜かれた鎌は半周回って下部からルカの脚を切り裂いた。



「っ痛っ……!」



 しかし一々苦しみ嘆いている暇など与えて貰えない。呼吸よりも早く迫り来る次撃を反射を頼りに翠眼で回避を試みるが、レラの本気の脅威を言葉通り身に刻まれていく。

 背後からの攻撃をやり過ごせば前面から。前面に傾注すれば左右から前兆無く現れる翡翠の影の正体は、ラウニーの夜昇に勝るとも劣らない最速の突貫。姿が霞むほどの本人の速度と攻撃連度に翻弄されるルカは、それでも尚レラに武器を向ける事を躊躇っていた。

 しかしその躊躇に止めを刺したのは。



「ウチの事舐めてる? ウチが本気じゃないって思ってるんなら――」



 誰でもないレラだった。



「――腕、斬り落としちゃうよ?」

「っっ!?」



 ゾッッッと。感じた事も無い凛冽とした冷気が脊髄を容赦なく縊った。

 冗談ではない。レラお得意の諧謔とした言葉遊びではない。

 早過ぎる連撃に体勢保持もままならないルカの眼前に現れた、鬼をも怯ませる翡翠の双眸にルカは無意識に長剣を創造させられた。



「なんだってんだよっ!?」



 翡翠一閃。

 左方から振り払われた一刃にルカは強制的に防御を誘導され。



「貰うね」



 パアンッ、と黒剣が弾けた。



「は――!?」



 まるで魔力へと還るかのように。

 そして大きくなる翡翠の大鎌。

 上がった長腕(リーチ)に掠め取られる皮膚。消失する回避空間。千の雨の如く降り襲う飛刃。

 動揺を滞留させながらも二刀短剣を創造し、必死に鎌を食い止めるも結果は同じ。まるで鎌に触れた武器が分解されたかのように形を一瞬にて失い、翡翠の魔力を外包する鎌は勢力を増していく。


 巨大化した鎌が地に当たろうとも関係ない。芝を爆散させ、瓦礫を飛散させ、爪痕を残しながらも減速することも、手数の減少も無くひたすらにルカを嬲っていく。

 レラさんいけー! と団員達の野次が大音声で飛ぶが、それすらもルカの耳に入ることなく、異常な能力にルカは危機を抱いた。



(まずいまずいまずい!!)



 衰えを知らないどころか上がる速度に、ルカの反射が追い付くことを放棄する。

 能力の分析に思考すら割けず、確実に迫り来る終焉の足音を回避したなりの体勢で聞いた。

 下に潜り込む翡翠の影。回避も防御も叶わないと悟ったルカは即座に最終手段の結界を展開した。

 が。



「うーん甘い。これは授業料」



 レラの鎌が下から振り上げられた。

 結界を裂き、距離を喰らい。




 腕を、斬り飛ばした。

 ルカの、腕を。



「ぐあああああああああああッッッ!?」



 血飛沫が舞う。透明な雨に混在する赤々とした雨が凄惨な庭園へと降り注ぐ。

 耐え難い痛みに絶叫を迸るルカは後方に蹈鞴を踏む。

 しかしレラの追撃は止まない。

 得物を振り切ったその加速度を十全に利用し、円を描いたレラの右無手はルカの胸元へ。



「はぁぁぁッッ!!」



 掌底。



「がっっ――!?」



 消失させた鎌の代わりに叩き込まれた渾身の一撃にルカは吹き飛び、騎士団本拠の壁に激突した。



「あっ、がっ!? う、あぁぁぁ……」



 臀部を地に付け座り込んだルカの腕からはどくどくと溢れる鮮血、口からは内部の損傷による喀血。

 焼かれるような痛みが無き腕を苛み、顔は痛みに濡れ、意識を保っているのがやっとなほどに呆然自失としている。

 激しさを増した雨が血を清算し、見るも無残なルカの姿に死神が歓喜していた。

 レラはバシャバシャと水溜まりを踏み付けて近寄り、サイドテールから多量の雨を零しながら冷たい視線を落とす。



「で、サキちゃんを助けるためにどうするって?」



 勝負は決し抵抗すら出来ないルカに、無慈悲なまでの問い。



「ふっ、ふっ……フ……ティルス、さんと、話……を……」

「話してどうなるの? ルカ君の一声で計画が中止になるとでも? それぐらいで中止になるならウチが直談判してるよ」



 絞り出した答えを冷酷な現実で論破するレラ。

 二人の間に寂しげな雨音が連続し、雨が親密な距離を隔てているようだった。



「交渉が決裂した後はどうする気? ウチすら倒せないのに団長倒して納得させる? 無理に決まってるじゃん。仮に奇跡が起きて倒せたとしても、不当な戦争は都市の皆を敵に回すよ? これでもクロユリは相当な信頼があるから、犯罪者として一生追い回される羽目になるけど?」



 確かにルカの目的はソアラとの話し合いで真偽を問い詰めることだ。しかしその先の事はレラの言う通り何も考えていない。

 真偽が明瞭になれば満足か。違う。

 ルカの行動の元になっているのは全てサキノを救いたいという願望からだ。


 レラが言うような【クロユリ騎士団】への一般論(きょうこうさく)も決して善策とは言えない。都市から、民から信頼の厚い【クロユリ騎士団】が不当に人族から攻撃されれば、サキノが冀う種族嫌厭のない世界からは確実に遠ざかることだろう。いかなる事情があったとしても【クロユリ騎士団】は民達を守るために、不認識結界の展開・維持に暗躍しているのだ。全てが公になった時、ルカと【クロユリ騎士団】どちらに支持が向くかは一目瞭然だ。

 八方塞り。完全な手詰まりを突き付けられ、ルカは口を噤む事しか出来なかった。



「さて、返答も無い事だし、クロユリに楯突いたルカ君には捕まって罰を受けて貰わなきゃいけないんだけど……ま、取り急ぎウチの言葉を思い返して反省して貰わないとね」

「……?」



 妙に不自然な話題転換と同時にレラの視線が後方の団員達へと向く。「うーん、誰にしよっかなー」とルカを拿捕するための人員を悠長に決めかねているレラの姿に、ルカは果てしない違和を感じた。



(なんだ……? 無力の俺を捕らえるだけなのに何故時間をかける……? 取り急ぎレラの言葉を思い返す……?)



 レラの言葉に従順に、ルカは激痛に断線しかけている思考を全力回転させて、レラと対峙してからの会話を掘り起こす。


『遊ぼう』『闘おう』


 レラが頻りに言っていた言葉達。

 烈々な猛撃に再思考する余裕はなかったために聞き流したが、違和を感じた会話を必死に手繰り寄せる。急く頭と心を力ずくで抑え込みながら想起した言葉は。


『帰りなよ、遊んでる場合じゃないんだよ』


 遊ぼうと言いながらも帰らせようとする矛盾。

 遊ぼうと言いながらも遊んでる場合じゃないと否定する矛盾。



「っ!!」



 そしてまるで()()()()の様に余裕を見せつけているレラの暢気さ。

 気が緩んでいる【クロユリ騎士団】団員達の隙を縫うようにルカは駆け出し、



「っ! レラさん! 奴が逃げます!!」



 血液を撒き散らしながら紫紺眼を解放し、



「つ、翼!? まずい逃がすな!!」



 黒翼を創造して鉄柵を飛び越えて空へと翔けた。

 逃がすまいと投擲した武器や簡易魔法が脚や翼を突き刺すが、それでもルカは誰も追い付くことの出来ない上空へ。

 騒々しくなった騎士団内を背後に、ルカは下界へ逃走を図るため幸樹へと飛翔し続けた。



「レラさん、追いましょう!!」

「ん~、ごめ~ん。飽きちゃった」

「は?」



 全身に雨を浴びながらルカが飛び去った上空を眺めていたレラに掛けられた追尾の声。敷地内侵入を看過出来ないと勇み立つ団員の提案を、レラはあらぬ理由で拒絶した。



「見込みあると思ってたんだけど、正論突きつけたら逃げ出す腰抜けだったと思うとね~。わかるっしょ?」

「え? あ……はい……」



 頭の上で手を組み微笑むレラの不敵な圧に押され、団員は反論を嚥下せざるを得なかった。

 ルカを追いバタバタと敷地を飛び出して行く団員達を尻目に、レラは離れた場所に落としていたナイフを拾い上げホルダーへと差し戻した。



「だから後は任せるよ~。責任はウチが取るから、深追いして風邪引かないようにね~」



 ついでにルカの腕を拾い、手をひらひらと振ってレラはその場を後にした。

 幹部であるレラの言葉には逆らえず、少しの逡巡の後ルカを追い出す団員。

 庭園に会していた【クロユリ騎士団】団員達が全て出払い、本拠の入口前で一度脚を止めたレラは振り返り。

 大雨の中、長らく見られていた敷地外からの視線を見つめ返したのだった。




× × × × × × × × × × × × ×




「どうしてこんなことに……っ」



 囚われの白き少女はルカと団員達の、そしてレラとの戦闘を目の当たりに悲嘆が零れた。


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