131話 幹部として出来る事を
涙が零れる。白とも黒ともつかない天の涙が。
一瞬の斑は次々と埋め尽くされ、湿気が徐々に地から湧き上がる。
独特の雨の匂いを鼻腔で受け入れながらとにかく前へ。悪天に身を休める場所を求めて逃げ惑う亜人族達と交錯しそうになりながらも、全力でルカは駆けていく。
『あれって噂の……』
『おーう、英雄ー! そんな急いでどこ行くんだー!?』
近日生まれたリフリアの英雄を好奇心から呼び止めようとする者がちらほらと見受けられるも、ルカは意にも介さず翠眼を引き連れて驀進する。
それどころではない。ルカが目指す先は勿論【クロユリ騎士団】だ。バウムの話を聞き、真相を確かめに行く為――サキノを人柱にするという事実を詰問しようとしていた。
水滴が鬱陶しいくらいに顔へと降りかかるも依然気にせずルカは急行する。庇や建物の至る所で雨天から身を守っている者達が怪訝な眼でルカを眺めるが、その姿も目的地に近付くにつれて数を潜めていった。
そして辿り着く【クロユリ騎士団】本拠。本格化してきた雨に門番の者達が一度本拠へと避難しようと背を向けていた。一人の団員が駆け足で本拠へと戻っていく中、ルカは遂に掴んだ真相を握り締め、戻り遅れた一人の団員へと近寄る。
「貴方は……ローハート様?」
勢力を増していく雨足に、傘も差さず現れたルカを不思議そうに呼ぶ人族の女性。ルカへ小さくお辞儀をした彼女は、全身降雨に晒され色っぽさを醸し出していた。
「フリティルスさんと話をさせてくれ」
「申し訳ございません。現在団長は会議中でして――」
「そんな嘘はいい。昨日に引き続き俺を遠ざけようって魂胆だろ? 通してくれ」
昨日と同様の対応。ルカが訪問した際はそのように伝えるよう徹底させているのだろう。
眉を下げながら少々困惑気味な彼女はチラと背後を振り返り助けを求めるも誰もいない。
「昨日のことはわかりかねますが……ご意向には添えられません。申し訳ありませんがお引き取り願います」
もう一度頭を下げる女性。
話すらさせてくれない状況にルカの不審感が、より一層の真実味を帯び始める。
決して慢心ではないが、ルカは自身が【クロユリ騎士団】とそれなりの関係性を築けていると思っていた。サキノやレラの知人と言う事もあり、任務の加勢をし、何度か脚を運び、客人ではないが話くらいなら聞いてもらえる関係にはあると。
しかし蓋を開けてみれば敷地内にすら入れて貰えない。まるで近しいからこそ拒絶しているかのように。
「頼む、中に入れてくれ」
「なりません」
「どうして!? フリティルスさんと話を――」
ルカが声を荒げた時だった。
脅迫した銀閃が下から飛んできたのは。
「っ!?」
ルカは鼻先三寸のところで身を後方に倒し銀閃を回避する。距離を取り、片膝を着いてギロリと睨むルカの翠眼が捉えたのは、ナイフを振り切った残心を解除する女性。
「実力行使も厭わないと仰せつかっております。お引き取り願えませんのであれば相応の御覚悟を」
「確定的だな……! 引けねえよ!!」
ルカの不退の意志を目の当たりにし、団員の指笛が敷地中に響き渡る。
同時に開始されるのはルカの強行軍。【クロユリ騎士団】敷地内へと侵入したルカを門番の女性は背後から猛追する。引けを取らない速度で庭園を進行するルカへ一本のナイフが投擲された。無闇矢鱈な暴力を良しとしないルカは回避に全神経を捧げるも、一瞬の減速は背後の女性を追い付かせるには十分だった。
「不法侵入した貴方を【クロユリ騎士団】の敵と認識します!」
「わかってくれとは言わないが理不尽過ぎるっ!」
並行した女性の拳砲に腕を痺れさせながらも振り切ろうと加速する。しかし流石はステラⅡの騎士団員、身体能力で劣りを見せない。
しかし既に先手を打っている女性の目的はあくまで足止め。続々と現れる援軍は体術や得物を駆使しながらルカの包囲を始めた。
ステラⅡの団員達に囲まれては一溜まりも無いと悟ったルカは接近してきた一人の団員の殴撃を低姿勢で躱し、返報の足払いを叩き込む。
「うわっ!?」
遂に手を出してしまったと後悔が募るが、崩れた陣形にここぞとばかりに突破を計り駆け出す。
敵地のど真ん中に単身乗り込んで来た相手が最小限の被害を望んでいるとはよもや思いもせず、軽傷を負った仲間の姿に団員達は憤激する。団員達は魔法や身体強化を扱い加減を放棄、会する団員達と連携を組み始めた。
「一筋縄じゃ行かないと思っていたが……相当不味い状況だな……!」
ここはステラⅡ【クロユリ騎士団】、いわば虎穴だ。生半可な気持ちで突入した訳ではないが、敵地の深みへと潜っていく非常識さをルカは改めて実感した。
「止まれ!」
「私が仕留める!」
時間経過と共に苛烈さと人員を増す【クロユリ騎士団】にルカの回避も追い付かない。
回避、防御、防御、回避、回避、防御。まるで詰将棋のように回避の先を狙われる波濤の攻撃に、ルカの黒衣が次々が剥落し、打撲痕や切創を腕に残して行く。
ルカの必死さ、反撃を良しとしない姿勢に懐疑的な何かを抱く者もいたが。
「数が多過ぎるっ!? くそっ、黙ってやられるわけにはいかないんだ! 勘弁してくれっ!」
あまりの数の暴力にルカはオリジナルの黒銃、散弾電磁銃を創造し、直撃を喫しないよう地面へと斉射した。地を抉る高火力に団員達は纏めて吹き飛び、しかしそんな配慮も懐疑を抱いた者達までルカを完全なる敵と認識させた。
「大丈夫か!?」
あまりの悪循環に歯を噛むが、憂慮の疾呼が上がっている内にルカは進軍を再開させた。
見据えるは巨大な城のごとく建造物【クロユリ騎士団】本拠。騒ぎを起こしてしまったのは想定外だったが、この騒ぎに乗じてソアラが出てきてくれれば儲けものだと、ルカは進行速度を速めながら迎撃の手を掻い潜っていくのだった。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
「団長大変です! 侵入者……ルカ・ローハートが敷地で大暴れを始めています!」
執務室に飛び込んで来た一人の女団員の声に、窓際で渦中を眺めていたソアラは振り返る。
「ああ、気付いている。昨日の今日だと言うのにどこで情報を掴んだ……? 先に鎮圧へ戻れ。私も行く」
門番の警笛は勿論ソアラの耳にも届いており、数百メートルにも及ぶ雨天の庭園に目を凝らして見れば、黒き影が団員達を相手に突き進んでくるのが見えた。自慢の団員達が束になっても仕留め切れない正面突破は、相手が誰であるのかをソアラに理解させるには十分だった。
当事者である団員達は必死なあまりに気付いてはいないようであったが、ソアラはルカの直撃を逸らした攻撃に僅かばかりの感心を抱く。それは無闇な暴虐、侵略が全てではなく、己との対談が目的なのだと。短時間でありながら何らかの情報を得、戦闘になってまで真偽を晴らそうとしているのだとソアラに推測させた。
しかし侵入者は侵入者だ。看過出来る訳もない。
腰のホルダーに手をかけ勇ましく出陣しようとするソアラに、ソファに座り偶然居合わせていたレラが双眸を細めて小悪魔の様に笑う。
「ルカ君、来ちゃったか~。ね、団長。ウチに行かせてよ」
レラの突拍子もない提案に、扉に手をかけたソアラは歩みを止める。後頭部で手を組んだレラの姿を回顧し視界に入れると、一拍の逡巡を置きソアラは身体を反転させる。
「……何を企んでいる、レラ」
「企みだなんてとんでもないな~。これでもウチ、クロユリの幹部なんだけど信用ないな~」
「お前がサキノを犠牲にした転化の儀に賛成的でないことはわかっている」
ソアラは当然の如くレラの反意を察知していた。それもその筈、サキノを対象にした転化の儀を話題に上げると、普段活力が凄まじいレラが露骨に興味を失うのだ。その内面は親しき仲間を犠牲にすることを良しとしない反意と、騎士団の決定に口出しが出来ないという葛藤だ。今まで他の幹部達がレラに何も言わなかったのは、怪しき行動を何もとっていないからだ。
しかしレラは隠し立てもせずけろっと内情を打ち明ける。
「なにさ~、これはこれ、それはそれでしょ~? サキちゃん犠牲にするのはウチだって不本意だけど、都市における騎士団の役目とか立場くらい弁えてるよ。騎士団の決定にウチが抗えない事もね。なんにせよ団長が出張るのはどう考えても悪手でしょ。それこそ交渉目的のルカ君の思う壺だと思うけど?」
レラの言う事は的を得ている。ルカが騒動を起こしてまで上位騎士団に君臨する【クロユリ騎士団】へと突入したのは決定権を持つソアラと話をするためだ。
鎮圧のために戦力を投入するのは騎士団として当然であり、しかし己が出張ると仮とは言え交渉の座へとついてしまうことになる。白を切るのも吝かではないが、この数日間門番やアルアにルカを遠ざける徹底させた意味を失ってしまう。
何より団員達に話を聞かれることが不味い。
ルカを受け入れるも悪、自らが出向くのも悪。となればレラの提案は少なからず理に適っている。
「……わかった。レラの出陣を許可する。ただし余計なことはするなよ」
逡巡の後のソアラの決断にレラは笑顔で立ち上がる。
「はいは~い。無力なルカ君を痛め付けてきま~す」
前をするりと抜けていくレラをソアラは見送る。
まんまと誘導されたかのようなレラの手口に一抹の不安は拭えなかったが。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
爆散した花壇、散る花びら、雨に混じり落ちる血痕。
四面楚歌な状況は微動だにせず、ルカは本拠までの道程を消化できずにいた。打倒する気の無いルカの都合などいざ知らず【クロユリ騎士団】の団員達は侵入を食い止めようと立ちはだかり続ける。当然負傷していないのだから再度立ち上がる。ルカから言わせれば倒れることのない不死兵のようなものだ。
「キリがねえっ……」
分かっていた事だ。傷付けないということは数が減らない事とイコールだ。時間が経てば数は増えるが、戦闘を離脱する者もいない。劣勢まっしぐらは当然の事だった。
しかしルカには傷付けられない。傷付ける理由が無い。己の目的は狼藉ではなく交渉なのだから。
少なからず【クロユリ騎士団】の団員達に世話になっているルカからすれば、打ち倒してまで権利を得ようとすることは出来なかった。
なにより無為に傷付けてしまえば、もし交渉の場を用意できた際に不利に陥る可能性がある。騒動はまだ膝元。目的の道中で頓挫する訳にはいかない。
しかし現状は詰みに近しい。動くに動けない包囲、遠慮の欠片も無い攻撃をひたすらに耐え忍ぶいたちごっこ。
(どうする!? このままじゃいずれやられる……!)
と、ルカが打開の策を練り始めた時だった。
前方の団員達の壁が割れ、攻撃の手が次第に緩んでいく。
「……っ、……?」
雨と汗と血を拭う。一切の攻撃が止み、人の道が割れた先から現れたのは。
「やっほ~、るーかくんっ。いくらルカ君とは言え他所んチで暴れるよう教育した覚えはないんだけどなぁ~」
レラ・アルフレイン。
強まっていく降雨をものともせず無手で現れたレラに、ルカは一縷の希望を見た気がした。
「レラに育てられた記憶はないけどな……レラ、サキノが……」
「うんうん、そんなことよりさ~、ウチと遊ぼうよ」
「……は?」
しかしレラの対応は雨よりも冷たく。
同じくサキノを思う身としてはレラの対応に呆然とせずにはいられなかった。
「一度ルカ君と闘ってみたいと思ってたんだよね~。いい機会だしさ、闘ろうよ」
「そんなことって……ふざけてる場合じゃ――」
「他の団員には手出しさせないからさ。ほらほら、構えて~」
「フリティルスさんと話をさせてくれ!」
「いやんっ、ルカ君はウチと遊ぶのっ」
「レラっ!!」
ルカの叫びは虚しく。
無邪気に笑う少女の開戦の合図によって無情にも火蓋が落とされる。
雨でも消えない火蓋が。
「――いくよ、ルカ君」




