130話 全貌と真相
空がゴロゴロと不機嫌を露わにする魔界。
バウム達の情報収集完遂を約一日待った夕刻前、ルカとマシュロは合流して昨日の酒場へと赴いていた。
そんなルカの心中は焦燥に支配されている。一番の要因としては昨日に引き続き下界でサキノの姿が見えなかったのだ。連日に渡りサキノが学園に訪れないのは非常に珍しい。考えられる分岐としては学園を休んでまで着手しなければならない依頼、もしくは下界での依頼を全て消化した可能性だ。
前者に至っては昨日騎士団本拠に居たことを確認済みのため可能性としては低く、消去法により後者が有力と考えられる。下界での依頼を全て終え、何らかの理由で魔界に逗留している可能性は大いに有り得た。
その可能性を確実性のあるものへと昇華させるために、ルカは今日一日とある策を実行していた。それは普段サキノを含めて三人で行動することの多いラヴィの反応を見るというものだ。学園生活でサキノの名を自発的に一度も口にせず、魔界に関与の無いラヴィからサキノの名が出るかを窺っていた。
魔界に無関連なラヴィの口からサキノの名が出ればサキノは下界にいるだろうし、長時間名すらも上がらなければ魔界に滞在している可能性は高い。魔界に渡れば視野専有で確認することも出来るが、何度も下界と魔界を行き来すると、ココの半眼の圧で潰されそうだったために止めておいた。
そして結果は悪い方向へと転がった。一緒に居て当たり前のサキノが一度も話題に上がる事がなかったのだ。勿論ラヴィ以外の依頼懇請すら一件も。
つまりサキノの存在は下界の者から認識されていない。
焦燥を浮かべながら全ての講義を終え、魔界への転送前ココへ尋ねてみたが、やはりサキノは昨日転移を申し出てから姿を見ていないらしい。
魔界へ移送後、ルカの焦燥を察していたマシュロが幸樹下で待機しており合流は難なく果たすことが出来た。橙黄眼でサキノの居場所を確認すると、女性との会話らしき光景が脳に飛び込み昨日同様【クロユリ騎士団】に居る事が推測出来た。
サキノの心意が分からずもやもやしながらも酒場へと向かい、現在に至る。
閉店の時間があるのかと疑う程に必ず営業している酒場では、普段通りマスターが皿を磨いていた。まるで来客を人扱いしていないかのような鋭い眼光に、マシュロはビクッと尾を脚に絡めルカの背後へと隠れる。同時に舐るような客の視線からも逃れるように。
マスターは何も言わない。視線誘導だけで奥へ入れ、と暗にルカ達を【シダレ騎士団】の隠れ家へと案内した。
「無愛想過ぎじゃありませんか……?」
降りていく階段途中でマシュロがマスターへの恐怖を軽く包んで零した。
「まぁ……こんなところに来る客相手だからな……わざわざ愛想よく見せる必要もないんだろ」
見るからに裏に精通しているかのような風貌の人間達が客として訪れているのだ。そんな輩共に愛想など不要だと言う事なのだろう。
だがルカは知っている。寡黙で完璧人間のように隙すらも見せないマスターだが、飲物の置き間違えをするお茶目な一面もあることを。
階段を降りきり、コンコンと扉を叩くと中からバウムの「入っていいぜ」との声が返ってくる。
幾度か見た酒浸りの光景を想像して二人が中へ入ると、しかし酒を煽っているような風は無く、鎮座するバウムと全く変わらずソファで横たわるユラユリがいた。
「早かったな兄弟」
昨夜の契約成立に少々尚早かと危惧していた面もあったが、バウムの堂々ぶりに、ルカとマシュロは視線を交わして対面に腰を落とした。
「それはこっちの台詞だよ。情報は集め終わったのか?」
「あぁ、相応の報酬さえ払ってくれりゃやる男だぜ俺ぁ」
「バウム一人じゃ無理だったゆ。ゆゆに超絶感謝するゆ。感謝の証として誓印を差し出すゆ」
「感謝はしてるが一言余計なんだよお前は」
来客にも関わらず脚をパタパタと自由なユラユリに辟易しながら、バウムはルカを見据える。
「聞く意味はねぇとは思うが一応聞いておくぜ兄弟、エメラ。この話を聞いたら恐らくお前達は都市に対する見方が百八十度変わるだろうぜ。所謂民間には出ねぇ闇の部分の話だ。……それでも聞くか?」
抑止の意味を込めたバウムの警世に、しかしルカは揺るがない。
視線の交錯だけを交わし、変わらない答えを告げる。
「勿論だ。聞かせてくれ」
「……わかった」
吐息を一拍つき変容したバウムの空気感に、ユラユリも遂には姿勢を正す。
真剣な面持ちで生唾を呑み込むマシュロを隣に据え、対談が開始された。
「まずはこの都市を覆っている結界の存在は二人共知ってるよな? リフリアの結果は世界でも類を見ない特殊な結界なんだが……エメラ、俺達のような亜人族が結界外で魔力が尽きるとどうなる?」
おさらいだと言わんばかりに都市の仕組みを尋ねるバウムに、亜人族のマシュロは怪訝を浮かべながら返答する。
「はい……亜人族が都市外で魔力が尽きると亡くなります」
「じゃあ兄弟、その魔力残量によって生死を下される俺達の『呪い』の大元はなんだかわかるか?」
魔力が尽きると死に至る呪いの大元。耳にした程度だが、その呪いはサキノから聞いたことがあった。
ルカがまず思い浮かべたのは、ラグロックの姫シュリア・ワンダーガーデンだ。彼女は亜人族であっても魔力が尽きて死に至ることは無い。現に都市防衛で魔力を使い果たし、別れ際ですら回復に至っていなかったのだ。
リフリアの亜人族と、都市外で生きるシュリア。
両国の差異。リフリアにあってラグロックにないもの。
「誓印……か?」
答えは存外簡単に導くことが出来、ルカの返答にバウムは小さく頷く。
「そうだ。誓印とはリフリアにおいて通貨不必要、身分証明、個人データや騎士団の証明になる万物だ。だが一つだけデメリットがあるとすれば呪い。身体に害はないが、都市外での冒険が危険だということだ。それらは俺達亜人族が入国したなりに教えられ、それが普通だと言われてきたな?」
「はい……その筈ですが……?」
マシュロの肯定にバウムは玉響瞑目し、
「それは偽りだ」
「え……!?」
「…………」
衝撃の事実を告白した。
「呪いなんてもんは無けりゃ、都市外で魔力が尽きて死ぬことも無い。ましてやデメリットなんて一つも無いんだよ誓印にはな」
ルカにとっては馴染み深くないものの、小熊猫のマシュロはこれまでかなりシビアな魔力回復を行ってきたのだ。それは勿論マシュロだけではなく、騎士団の団長を含めた全ての者達が徹底していた事実だ。文字通りの死活問題だと言ってもいい。
それが偽り。偽の情報だなんてマシュロにとっては信じられる筈も無かった。
「ま、待って下さい!? 騎士団総本部も団長も王家の子供達も、皆さん口を揃えて言われていましたよ!?」
「だからその市民の共通認識自体が偽りなんだゆ。極々僅かな人間しか知らされていない、都市を挙げての壮大な嘘ゆ」
情報を掴んだのは自分だと主張するように、胡坐をかいたゆゆが得意気な顔を浮かべる。
未だに真実を呑み込めないマシュロは、丸く大きな双眸を更に大きく見開いていた。
「奇怪しいと感じたことは無かったか? 都市外で魔力が尽きての戦死者が出たと言う情報が無い事。直近で言やぁエメラが逃亡してる時のリッタさん護衛依頼とかな」
「っ!」
「近接が主な戦闘スタイルの奴ならまだしも、お前は魔力を根底とする砲術師だろう。そんないつ魔力が枯渇してくたばるかわからないような奴に、普通護衛を依頼するか?」
「そう、言われれば……」
「リッタさんがわざわざ頼んでたのは慈悲だろうが、普通は素性も何も知らねぇ奴に頼まねぇだろ。同時に知ってたんだよ。リッタさんは都市外で魔力を使い果たしても死なないことをな」
コラリエッタがマシュロを指名して水下都市まで護衛を依頼していたのは慈悲と子供達との繋がり。瀕死のキャメルを救うために、高額な報酬を払ってでも子供達が探し、造る、円月花を主薬にした蘇生薬が必要だったのだ。
自らも幻の薬草を探すために都市外へと赴いていたコラリエッタは、バウムの言うように全てを知っていた。亜人族に課された宿命や危険が偽りだと言うのならば、マシュロの人選も決して場違いではないだろう。
何かが噛み合っていく不快感にマシュロは唇の渇きを覚える。
しかし情報自体が嘘に塗れていたのならば、新たな疑問が一つ湧き上がってくるのだ。
「じゃあどうして都市はわざわざ国民を騙してまでそんなデメリットを嘯いてるんだ? メリットなんてないだろ」
その疑問を口にしたのは亜人族ではないルカだった。人族のルカからすれば真偽の程は影響ないが、客観的視点から見た際にわざわざデメリットを吹聴する理由が判然としない。
腕を組み思考するルカに、しかし情報に抜かりはないとユラユリが反論を刈り取る。
「守ろうとしてるんだゆ。魔物が蔓延る都市外で亜人族を無理させないために」
まだいける。もう少しいける。人間とは不確定要素に根拠のない自信を持つ傾向にある。一歩間違えれば即死の世界、回復時を見誤れば元も子もない。
そんな錯誤を都市が表立ってわざわざ背水を作る事で引き時を、回復時を見誤らないように操作していたのだ。
「つい最近安全性が覆される出来事が起きちまったが、リフリアは完全無欠な結界で内部の安全を他国にも謳ってる。他国の不安に駆られる人達の逃げ場を、安心して暮らせる代表都市をリフリアは作ろうとしてんのさ。で、内部に居る奴等には無茶をさせないように呪いっつー嘘で抑止をかけてるってことだ。実際には死なねぇんだから都市様様だろ?」
魔物の存在する世界では安全地帯を求めて移住を繰り返している民も少なくはない。そんな旅人達が安心して暮らせる都市を作ることこそがリフリアの使命なのだ。正にシュリアがラグロックの住民達の移住の話を持ち掛けたように。
そして魔力製品――結界を作っていたラグロックが半壊したという事実は勿論他国へと情報は出回っている。次は自国だと危惧する声も他方で上がっていることだろう。都市の崩壊、命の危機は、次こそ己に爪を突き立てるかもしれないのだ。
リフリアが目指す都市とはそんな人達が「リフリアなら大丈夫」と思慮する最有力候補の都市だ。
「理には適ってるな……だけどどうして亜人族だけなんだ? やっぱり人族が嫌厭されてるからか?」
ルカがサキノと共に魔物達の夜祭討伐任務へと駆り出した時に耳にした呪い。その対象が亜人族だけという疑問の真相を明かそうと議題に上げる。
しかしバウムは首を横に振る。
「いや、確かに人族の肩身は狭いだろうが都市は人族嫌厭を非難してる。何故亜人族だけか、その答えは追々わかるから話を進めるぞ。結果、何一つ呪いはねぇ、工業都市ラグロックの技術でも不可能な魔物から『不認識』の結界。一体誰が展開してると思う?」
嫌な予感が、した。
ラグロックを発つ前の早朝。シュリアと結界についての会話が脳裏に過ぎる。
『技術製品のみじゃ都市のように豪壮なものを隠蔽する事は不可能よ』
『ソアラの言葉を正確に言い直すのであれば聞かないでくれといったところかしら?』
『リフリアの結界には大きな秘密があるわ。都市に知れ渡ることの無い黒い部分が、ね』
シュリアの警告が全て連鎖し、都市の結界が修復出来ていない現在、そして不穏漂うとある騎士団。
「クロユリ、騎士団……」
「!?」
ルカの口から答えが力なく漏れた。
マシュロは衝撃の事実の上に更なる衝撃の事実を上書きされ、頭が混乱に陥る。
「繋がったか……【クロユリ騎士団】では稀代の呪術師が副団長を務めているが、そいつが結界を展開してる。だからクロユリの一部の連中は魔力が尽きても死なない事実を知ってる。で、兄弟の質問の答えだが、人族の戦士はリフリアに何百何千といるが、幹部の大半が人族なのはクロユリだけだ。つまり事情を全て知っている【クロユリ騎士団】が自由に動きやすくするために、都市と【クロユリ騎士団】は組んで、亜人族だけに呪いが課されていると騙ってるんだ」
「これら事実は【クロユリ騎士団】が都市の『移住承認権』を握っていることが紐づいてるゆ」
「だからシュリアがクロユリに……」
シュリアが都市の中枢を尋ねずに【クロユリ騎士団】に訪れていたことが全てを肯定していた。
「で、ですが、バウムさんとユラユリさんのお話を聞いても特に悪い事のようには思えませんが……」
マシュロの言うように二人の話は、都市が誰も傷付けない嘘をつき、民思いなだけの心証を与える。
事実、ルカもマシュロも衝撃はあったが都市に対して思うところはない。
「あぁ、ここまではな」
しかしバウムは最初に言った。話を聞けば都市に対する見方が百八十度変わる、と。
「裏さえ知らなければ嘘がバレようがバレまいが、都市とクロユリは人々の為に尽力してたという美談になるだろうぜ。だが善の裏側――副団長の結界は何を元に展開されているかわかるか?」
ルカとマシュロ。交互に二人の反応を窺ったバウムは自分で言葉を引き継いだ。
「人間だよ。稀少な魔力を持つ人間を人柱に、その魔力で結界を展開してる。勿論人柱にされた奴は命を落とす。そして都市の結界の破壊、人口の増加、様々な要因が最悪のタイミングで重なって次の人柱が必要になっていて――」
重苦しい声音で都市の裏側を、結界の事実を語るバウムは一度話を止め。
非常に告げ辛そうに、チラとルカの顔色を窺う。
その行為は、その切り口は。
次に出てくる言葉を容易に二人に連想させた。
「――次の人柱がサキノ・アローゼだ」
最悪の事実が二人を穿った。
同時にバァンッ! と。
「おい兄弟っ!?」
席を立ったルカは扉を乱暴に開け放ち、彼等の前から飛び出していった。




