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128話 奇縁★

「すみません、私が団長からバウムさんが発足した【シダレ騎士団】の場所を聞いていればこのような二度手間をかけることなかったのですが……」

「いや、マシュロは一切悪くないよ。俺だってまさか二度もアイツを頼る事になるなんて思いもしなかったからな……一体全体、世の中何があるかわからないな」



 情報屋であるバウムの騎士団を訪れる為、所在地を知らない両名は一旦【夜光騎士団】へと駆け足で戻った。騎士団発足の助力をした団長キャメルであればバウムの所在を知っているだろうと踏んでのことで、その推測は見事に的中していた。

 その場所とは以前ルカがコラリエッタと向かった名も知らぬ酒場の地下。

 酷くじめじめとして異臭漂う路地裏を鼻呼吸を止めて進むマシュロは顔を歪め、ルカは陰で動く情報屋としては適所だなと、褒め言葉とも罵倒とも取れない言葉を胸に落とした。

 裏の世界にも関与しているバウムは【シダレ騎士団】を大々的に宣伝するつもりもないのだろう。知る人ぞ知るといった、あくまでも行き詰った時の最終堤防のような役目。街の便利屋に進んでなる性格では無い事も簡単に推測出来た。


 酒の酔いが順調に都市で回り始めている頃、二人はようやく名前の掠れた扉の酒場へと辿り着いた。以前夕刻時にコラリエッタと訪れた時は言うに言われない余情も感じられないこともなかったが、周囲の光と言う光を失った夜間では廃墟同然である。風韻が扉と共鳴する度にほんの僅かな照明が外に漏れ出る事だけが営業中を意味していた。


 マシュロの「え、ココに入るんですか……?」と少々不安げな言葉に微笑で押し切り、ルカは扉に手をかける。

 BGMの一つもない店内ではスーツを身に付けた男がカウンターの反対側でグラスを磨いていた。夜目に慣れていなければ真っ暗なのではないかと思うほどに暗い店内には数名の亜人族が個人で酒を煽っていた。勿論会話などない。

 ルカとマシュロの入店にマスターは薄眼で二人を一瞥し、客の視線も同時に集まる。少女の来店に客は粘つく笑みを浮かべ、夜目の利くマシュロはルカの後ろで「ひぃっ」と小声で悲鳴を漏らした。



「マスター、バウムはいますか?」

「何用だ少年」



 マシュロに服の後ろを引っ張られながらルカは店主に問う。結構強い。滅茶苦茶引っ張られる。



「【シダレ騎士団】に正式に依頼をしたいのですが」

「紹介人は?」

「紹介人?」

「誰にこの場所を聞いた?」



 紹介人という単語に口を引き結ぶルカは背後のマシュロへと目配せをする。その真意としてはキャメルの名前を出していいものか、というものだった。

【シダレ騎士団】発足に助力したキャメルの名を出せば問題ないとは思うが、万が一にも求められている答えが不適切であったならば、バウムへの道筋は絶たれてしまうかもしれない。返答は慎重に行わなければならなかった。

 そんなマシュロは背後で目尻に涙を溜めフルフルと首を振る。ルカの問いに対してではなく、周囲の嫌悪の視線に対しての反応だろうが。



「マスター、酒追加だ。ん? おぉ! 兄弟じゃねぇか! どうしたこんな陰湿なところで!」



 そんなルカの憂慮も杞憂へと早変わりすべく、ノコノコとマスターの背後から皮肉な言葉を口にする本人(バウム)が現れた。



「少年がお前に用があるみたいだが」

「マスターそいつは入れて貰って構わねえぜ! 何だエメラもいるのか。ま、兄弟のお供なら大丈夫だろ。こいよ兄弟」

「ふん……」



 バウムのあっけらかんとした指招きに、マスターは顎でカウンターの横にある扉を差し、ルカ達を内部へと招き入れた。一刻も早く視線から逃れたくて早足になったマシュロに力強く押され扉にぶつかったのは内緒だ。


 扉を開くとすぐさま現れる石材造りの無機質な階段。右手にはもう一つの扉が備え付けられており、カウンターの裏へと繋がっているのだろう。

 長くも無い階段を二人で降りていくと、閉ざされた扉の前にジョッキを両手に持ったバウムが立っていた。気が利くマスターの事だ、バウムが来る前に準備してあったのだろうと思考を無駄に働かせていると「すまん開けてくれ兄弟」とバウムが申し出る。

 ルカが先行して扉を開いて、バウムの城【シダレ騎士団】に入室すると、そこには。



「バウム遅いゆ。ゆゆのお酒も無くなっちゃったゆ」



 一人の少女――幼女らしき女猫人(シーキャット)が仰向けでソファに寝転がっていた。下着こそ履いてはいるものの下半身丸出しで。



「てめぇ少しは遠慮しろよ……!」

「動くのめんどいゆ。バウム取ってきて」

「自分で行け馬鹿!!」



 片眼を痙攣させながら怒声を飛ばすバウムに溜息をついた幼女は、ようやく先頭に立つルカとマシュロの存在に気が付いた。



「……誰ゆ?」



 その乱れた格好を隠す素振りをおくびも見せることなく半眼で凝視する。

 まるで同棲のような光景とやり取りにマシュロは失笑をバウムへと送り、ルカは過去のバウムの大口を記憶の棚から取り出した。



「バウムお前、仲間に興味はないとか、他者に自分の人生左右されるなとか言ってなかったか……?」

「バウムさんもしかしてこの方と同棲するために独り立ちを……?」

「ちげぇよ! 色々あんだよ同情してくれ……」



 首を傾げる幼女と辟易の溜息を落とすバウムの不思議な関係に、ルカ達は遠慮なく脚を踏み入れたのだった。



「まあとりあえず座ってくれ兄弟。ゆゆお客様だ。てめぇの酒を取りに行くついでに兄弟達の飲み物も取ってきてくれ。マスターが準備してくれてる筈だ」

「えーーー」

「えーじゃねえ。少しは働け居候」

「はぁー……全くしょうがないゆなー。バウムは人遣いが荒いゆ」

「至って普通だわ。てめぇが働かなさすぎなんだ」

「オカンかゆ」

「さっさと行けよ!?」



 うるさいゆなー……と愚痴を漏らしながらソファから飛び降りた幼女は、ペタペタと裸足で上階へと上がっていった。

 再三溜息をついたバウムは空いていた横長のソファにルカ達を座らせ、己は真正面に腰を落ち着かせる。



「上ではすまなかったな兄弟。俺の職業柄、恨みを買う事も少なくねぇもんで一見はマスターに断って貰ってんだ。誰かの紹介があって、信用出来てこそ初めてマスターに通して貰ってる。気を悪くしないでくれ」



 情報屋としての危険性(リスク)。コラリエッタのように物探しならまだしも、対人の情報、対騎士団の情報を入手しようとすると自然と敵対関係が生まれてしまう。片方から感謝されることはあっても、片方からは怨恨を買う事になってしまう以上、バウムとしても慎重に動かなければならない。

 これまでは【夜光騎士団】としての隠蓑があったために少々強気で居られたものの、後ろ盾を無くしたとあれば守ってくれる者はいない。【夜光騎士団】の傘下ではあるが、実際に身を置いている時と比べて権威は薄いだろう。


 だからこその紹介性。誰から【シダレ騎士団】の存在を耳にしたのか、又その紹介者は信頼に足る人物かを総合的に見て、初めてバウムと相見えることが出来るシステムだと言う。



「……よく俺の事を信用できるって言い切れるな」



 悪い気はしないが、警戒心が甘い気がした。

 悪巧みは一切無いが、そんなルカの疑問にバウムは席を移動すると強引に肩を寄せる。



「なーに言ってんだ! 俺達の仲だろうよ兄弟!!」

「だから距離間近いって!? その信用は何処から来んの!? 拳まで交えた因縁繋がりでどうしてそこまでオープンになれるんだよ!?」



 詐欺紛いの特殊電磁銃(レプリカ)売りに、夜道の激突。ルカとしてはそれらがあったために今があるのだと良くも捉える事は出来たが、やはりバウムの懐っこさは慣れない。バウム本人としては時効だと言い張ってはいたが。



「意外な接点です……」

「男って単純ゆ」



 ルカとバウムの悲劇(うんめい)的出会いの一端を、逃げ回るのに必死だったマシュロは何も知らない。

 そんなマシュロとルカの背後に幼女が額にお盆を、両手にジョッキを持ち待機していた。



「えらい早かったな」

「ゆゆはやれば出来る子ゆ。こういう時の為に体力を温存しているんだゆ」

「使い所が間違ってんだよ」



 机にジョッキをドンと置き、ルカとマシュロの前にそれぞれのカップを差し出す。後は知らぬとばかりにソファへと飛び座り、幼女に似つかわぬ酒豪のように酒を煽った。



「で、バウム。この子は一体全体誰なんだ?」



 ワンピース――いやオーバーサイズのぶかぶかの上着を羽織り、小さな体躯も相まって一枚で完結してしている着衣。白く細く脚は滑らかで傷の一つも見当たらない。カチューシャで前髪を掻き上げた紫髪の少女の正体をバウムに問う。



「こいつはただの居候だ。気にしないでくれ」



 しかし紹介するのが億劫だとでも言うかのように用件をはぐらかすバウムは幼女の隣へと腰を下ろした。



「おいバウム、ゆゆの紹介が雑ゆ。折角【ワルキューレ騎士団】から来てやったんだから褒め倒して仔細に説明するゆ」

「【ワルキューレ騎士団】!? な、なんでそんな大派閥から!?」



 飛び出た爆弾発言にマシュロは驚愕でカップを取り落としそうになった。すかさずマシュロの手に垂れた数滴の紅茶をルカは一緒に用意されたおしぼりで拭き上げ、マシュロは申し訳なさそうに頭と耳を垂れる。湯気は立っているが熱くはないようだった。



「てめぇは転がり込んで来ただけだろうが……! はぁ、そうだよ、こいつは元【ワルキューレ騎士団】のユラユリ・エルメティカだ。エメラは聞いたことあんだろ? 【預言者(プロフェテス)】だよ……」

「【預言者(プロフェテス)】!? な、なんでそんな大物が!?」



 再び取り落としそうになるカップをルカは己の手で受け止めた。



「因みに今は【シダレ騎士団】の副団長ゆ」

「入れた覚えも許可した覚えもねぇよ」

「早く誓印出すゆ。バウムはもう逃げられないゆよ?」

「ぜってー出さねぇ」

「まあもう見つけたんだけど」

「てめっ!? いつ見つけやがった!? 返せ!」

「ゆゆの胸に入れてしまえばこっちのもんゆ。バウムが取れる訳なんて――あ」



 印鑑のようなものを取り出したユラユリは己の胸へと差し込むが、挟めるほど丘陵はなく、上着からぽとっと筒が地へと落ちる。

 すぐさま取り返したバウムは硬く握り締めジョッキの酒を喉に流し込んでいく。



「貧乳のくせして挟めるわけないだろ。返してもらうぞ」

「返せっ! それはゆゆのゆ!」



挿絵(By みてみん)



「あの……夫婦漫才はいいんで(わたくし)達の依頼を聞いてもらってもいいでしょうか?」



 眼前で繰り広げられている漫才に呆れを催したマシュロの声が虚しく響いた。

 ユラユリの暴走を大きな手で喰い止めながら仕切り直すバウムに、ルカとマシュロは憶測を交えながら事細かに説明していく。

 親友の異変、【クロユリ騎士団】の嘘や内情、とにかく己達が持つ情報を全て。

 その上でバウムに【クロユリ騎士団】の動きを探ってもらうよう依頼をかける。

 だが。



「サキノ・アローゼの情報、クロユリの機密情報、ね……悪いことは言わねぇ。止めておけ兄弟」

「な……いや、理由を聞かせてくれ」



 神妙な顔を引っ提げたバウムの制止の声に、ルカはあくまで冷静に話を進めていく。



「まず大前提に【クロユリ騎士団】というのが非常に不都合だ。ステラⅡの名に恥じない程の実力派、都市と繋がってる噂もあるくらいに権威もかなり高い。この騎士団から情報を盗み取るというのは危険が多過ぎる。下手すれば都市を敵に回すぞ」



 都市を敵に回す、その言葉にマシュロの肩が小さく震えた。

 果てしない孤独、終わらない逃亡。地獄という地獄を半年間見て来たマシュロにとって思い出したくのない記憶だろう。もしゼノンやクゥラがいなければどうなっていたことかと背筋がゾッとする。



「二つ目、仮に情報が手に入ったとしてどうするつもりだ? クロユリはもう既に動き出してるんだろ。何が起こってるのかは知らないが、兄弟が直談判したところで騎士団レベルで動いてる事案が簡単に揺らぐとは思えねぇ。骨折り損だと思うぜ?」

「仲間が何かに巻き込まれてるかもしれないってのに、そんなのは捜索を止める理由にならない」



 騎士団が隠秘してまで動いている事態を、個人レベルの談判で止められる訳がないというバウムの忠告。だがサキノが何事かに巻き込まれている以上、ルカにとってそれは諦める理由にはならない。



「まあ、エメラを本当に救っちまった兄弟ならそう言うだろうな……ゆゆ」

「任されたゆ。ルカ、お前の事はゆゆの『御告げ』にて二度詠まれていたゆ。空の解放、天変地変の終着。それらに出てくるのは必ず『黒き影』だったゆ。ゆゆには誰を差しているのかはわからなかったゆが、思い当たる節はあるゆか?」



 抽象的な言葉ではあるがマシュロは全てを理解していた。

 空の解放は空髪を持つマシュロの解放、天変地変の終着は淡雪(スノードロップ)のヘカトンケイル。

 そしてコラリエッタとユラユリが同じ【ワルキューレ騎士団】で、コラリエッタが「もうすぐ全てが終わる」と言った預言を信じるのであれば、本当にユラユリは未来を見通す力があるのだろう。

 頷きを見せるマシュロに、ユラユリは足を組みながら言葉を続ける。



「そして新たな御告げが先日詠まれたゆ。『思ひ巡らす黒き影、その想ひ不届き暗の地へ。雄偉な英雄、白き光を失ふ』。要約すれば黒に起因する者が地に落ち、白に起因する何かが英雄から失われると言った意味ゆな。この場合恐らく黒はルカゆ。となれば白は誰ゆか?」

「……サキノ、か……?」

「信じゆか信じないかは勝手にしたらいいゆ。けど自分で言うのもなんゆが、的中率は高いゆ」



『思ひ巡らす黒き影、その想ひ不届き暗の地へ。雄偉な英雄、白き光を失ふ』



 マシュロはルカの顔を一瞥した。

 ユラユリの予言が本物であればきっとサキノを失ってしまう。それはルカの元から離れていくと言う意味なのか、もしくは。

 そこまで考えてマシュロは頭を振った。



(事態の全貌が掴めていないのに弱気になっては駄目です!)



 腕を組みながら熟考するルカの姿に、酒のペースも遅くなったバウムは頭をポリポリと掻いた。



「そう言う事だ。俺も信じては無かったが、一緒に仕事をするようになって、ゆゆの『御告げ』の的中率にはビビったもんだ……そりゃあ俺だって兄弟の力になってやりてえが――」

「その言葉を待ってたよ、バウム」

「「「え?」」」



 ルカはバウムの口から出てくるある言葉を待っていた。

 


「要は俺を心配して忠告してくれてるんだろ。つまり俺さえよければ情報屋としての役目は果たすと言う事だ。違うか?」

「いやまぁ、やれと言われればやるが……」



 それは今まで警告しか言ってこなかったバウムの口から出た初めての協力願望。

 頼まれればやるが危険が付き纏うぞと、頼まれれば調べるが結果は見えてるぞと。迂遠な言い口をしていたバウムの一筋の抜け穴。



「すぐにやってくれ。二日以内だ」

「おいおい、兄弟流石にそれは横暴ってモン――」



 眉を顰めながら無理難題だと諸手を挙げるバウムに、ルカはバンッと。

 机を叩きながら立ち上がった。



「報酬は俺の全財産百三十万ザウだ」

「馬鹿野郎一日あれば十分だ! 任せろ兄弟!!」

「バウム現金ゆ」



 特に使い道の無いほぼ全財産でゴリ押し、ルカは大枚をはたいて速度を重視させた。

 勿論金の亡者であるバウムは一気に乗り気へ。ルカの桁違いな提案にバウムは立ち上がりルカと至近距離で顔を見合わせた。

 そんなバウムの体たらくにユラユリは頬を引きつらせ酒を手に取った。


 そしてマシュロは、微塵も諦念を抱いていないルカの姿に驚愕を。

 続けてふふっ、と笑みを作ったのだった。


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