127話 シナリオ
【クロユリ騎士団】本拠に到着したルカ達は周囲に建て巡らされている鉄柵に沿いながら正面へと向かう。
道中敷地内の様子を覗うと、哨戒のように庭園を歩き回る団員が何名も確認出来た。
(警備が多い……?)
【クロユリ騎士団】に何度か訪れた事のあるルカはここまで警戒の念は強くなかった筈だと、過去の記憶との差異を照合する。本拠を守るための増員や警備体制の変更など、騎士団の問題である以上、部外者が推測するだけ無粋ではあるが、不穏な変化に下手な勘繰りをせずにはいられない。
話だけでも聞くことが出来れば多少心の余裕は生まれるだろう、と一抹の期待を胸にルカとマシュロは門番の女性達へと歩み寄った。
「こんばんは。ルカ・ローハートとマシュロ・エメラです。少しお話を伺いたい事があるのですが、フリティルスさんかレラにお会いする事はできませんか?」
名の宣言。あくまで訪問者であるルカは警戒させないように己達の名を告げた。
しかし女犬人である二名の団員達は名を聞くなりにピクリと眉を動かした。
「ルカ・ローハート……名は聞いています。この度リフリアを救って頂けた英雄だと。私からもクロユリの代表として感謝を述べさせて頂きます」
「ルカさんすっかり有名人ですね」
頭を深々と下げる門番の女性と、騎士団の本拠へと駆けていくもう一人の女性。警戒心とは裏腹な礼儀正しさで謝辞を送る女性は顔を上げて言葉を繋ぐ。
「現在幹部達は定例会議中でございます。いくら英雄様の頼みとあっても騎士団の会議を中断する事は出来ません。申し訳ございませんがお引き取り願います」
定例会議。主力達が一箇所に集まる会議では本拠襲撃に備えた警戒態勢もやむを得ないかと得心を落とす。だが問題が何も解決していない彼等にとって、はいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。
「終わるまで待ちましょうルカさん」
「会議が終わるまで待たせて頂いても?」
マシュロとルカの待機宣言に女犬人は暫時無言で間を繋ぐ。
まるで時間を稼ぐかのように。
「……会議の終了時刻は我々にも分かりかねます。本日はお引き取り願えますか」
「待ちますよ。いくらでも」
二度目の出直しの諫言。あくまでも今日は諦めて欲しいと勧める女性の言葉にマシュロは一切退かない。
「……会議後に依頼が組み込まれていたやもしれません。騎士団の予定も把握していない不出来で申し訳ございません」
「依頼の前に少し話をするだけでいいんです。そもそも会議がいつ終わるかもわからないのに依頼が組み込まれているのはおかしくないですか?」
決定的だった。この団員は何かを隠している。
詰将棋の様に正論で追い詰めていくルカは、頑なに幹部達を出そうとしない女性団員に不信感を募らせた。
「……ええ、ですから私が団員の動きを把握していない為に……」
「陳弁はいいんです。何を隠してるんですか? 私達はただ話をしたいと言ってるだけですよ?」
「……はぁ」
小さな小さな溜息が一つ落とされた。
膨れ上がる戦意。緩慢な動作で腰のレイピアの柄に手を伸ばす団員に、ルカは瞬間的に創造を、マシュロは傘を前面に構えた。
しかし。
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
小さき少女が謝罪を述べながら駆け付けてくる様に場の戦意は霧散した。
青色の中髪を懸命に揺らしながら辿り着いた少女は二本の捻角を頭部に持った【クロユリ騎士団】幹部のアルア・リービスだ。
「アルアさんっ……」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 都市の英雄様に大変なご無礼をぉぉぉ……」
安堵した表情を宿す団員の頭を掴んだと思えば、強引に頭を下げさせるアルア。「うぐっ!?」と苦悶の声を漏らした団員に構わず、アルアもへこへこと頭を下げて謝り続ける。
上体を戻そうにも戻せない団員の様子に、小柄な体躯の細腕に巡らされた腕力を見て、マシュロから「ぴぇっ……」と戦慄が漏れた。
「いえ、それはいいんですが……英雄英雄言うの止めてもらってもいいですか……それと英雄を盾にするわけじゃないですが、俺達はレラやフリティルスさんの幹部陣と話し合いがしたいだけなんです」
「な、なるほど……? そ、それでは私からご説明させて頂いてもよろしいでしょうか……こ、これでも私も幹部ですので……」
思っても見ない幹部の出現にルカとマシュロは顔を見合わせる。顔見知りという事でレラやソアラを求めていたが、騎士団事情を知る者であれば誰でも構わない事に互いは首肯し合った。
その二人の頷きにアルアは胸を撫で下ろし、団員の頭を解放した。
「そ、それでは不躾ながらアルア・リービスがご説明させて頂きますね。定例会議というのは本当です。ただし議題は合同任務の失態についてです」
「合同任務の失態……? 合同任務は成功したと団長が仰られていましたが……」
「はい……任務自体は成功です。ですが内容を開けて見れば酷いものでした……都市の沽券に関わってくるので、都市からもこの失態についての口外は禁止されています。勿論団員にもです。ですので団員達にも説明不足だったことは謝罪いたします、申し訳ありません……」
合同任務の失態。それはヒンドス樹道を激怒させ、低層にも中層の魔物を呼び寄せてしまったこと。禁足地であるがために都市の貿易に支障は今のところ見られないが、最悪の場合、郊外に蔓延してしまう可能性もあるわけだ。低層の魔物とは次元の違う魔物がヒンドス樹道外に流出してしまえば、他国との貿易の弊害となりうるだろう。
その失態を合同任務に参加した騎士団は問われているのだ。特に主導であった【クロユリ騎士団】は。
「議題はわかりました。ですがフリティルスさんやレラと話し合えない理由はなんですか?」
「都市の意向です……沫雪の件もあります。都市が危機の状況で何をしていたのか、合同任務の詳細を鑑みれば内容は最悪、都市の混乱と任務内容の漏出を防ぐために都市は一定期間【クロユリ騎士団】幹部を部外者と接触する事を禁じたのです……市民の安心が第一ですので。私もこうして話していることが漏れれば大目玉です……で、ですのでお引き取り願えますでしょうか……?」
「……わかりました。ありがとうございました」
不可解な点はいくつかあったが、誠意を持って答えてくれるアルアにこれ以上の迷惑をかけられないとルカは話を打ち切った。一度切り上げ、マシュロの【夜光騎士団】の現状と対比させるためにも、ルカは不満の拭えないマシュロを引き連れてその場を去ろうと歩み出したが。
「あ、それと最後にお伺いしても?」
踵を返した橙黄眼のルカはアルアに尋ねる。
「あ、はい……なんでしょうか?」
「近日に大きい依頼、もしくは任務の予定はありますか?」
「……? いえ、合同任務もありましたし、大挙するような任務はありませんよ?」
「それと、サキノは騎士団に居ますか?」
「いえ。サキノさんはいらっしゃいません」
「わかりました。ありがとうございます」
背後を振り返る事もしないルカとマシュロはその場を離れて暗闇の中へと消えていく。
二人の撤退に気が抜けたのか、アルアはその場でしゃがみ込み涙目となる。その背中を女犬人の戦士は謝りながら撫で続けるのだった。
× × × × × × × × × × × × ×
そんな彼等の一部始終を月が照る騎士団の最上層――真っ暗な執務室から見下ろす人物が二名。
「来たかルカ・ローハート。やはり勘が鋭い」
【クロユリ騎士団】団長のソアラ・フリティルスは眼を細めながら呟いた。
そしてその横に立つのは、
「ルカ……」
サキノ・アローゼ。
心苦しい面持ちを引っ提げ、ルカの一騒動を眺めていた。
憂慮と溜息が尽きないサキノの頭を、まるで母親のようにソアラは優しく撫でたのだった。
× × × × × × × × × × × × ×
【クロユリ騎士団】本拠の正門から幾度か角を折れ、二人は姿も気配も完全に本拠から遠ざけた。
納得か諦念か。ルカの心情を読み取れないマシュロは遂に止まったルカ目がけて口を開く。
「ルカさんっ……良かったんですか……? もっと詰問すれば何か情報が得られたかもしれませんよ?」
少々納得のいかないマシュロは今からでも戻ってアルアを詰問しようとする勢いでルカに詰め寄った。
しかしルカは腕を組みながら首を横に振り、マシュロの気勢を和らげるため説明を始める。
「いや、あれ以上探っても何も出てこないだろう。それに彼女が嘘をついてる以上何を話しても無駄だ」
「えっ!?」
「マシュロは知ってると思うが、俺の視野専有では指定した人物が見てる風景を俺も見ることが出来る。去り際に確認の為能力を発動してみたんだが……サキノは騎士団本拠で俺達を見ていた。それなのに彼女はサキノが居ないと即答したんだ」
視野専有。ルカが一方的に相手の視野に専有することの出来る能力をマシュロは知っている。その視野専有のお陰で二度、命を救われたのだから。
しかし視野専有という単語が出た瞬間、マシュロはじとっとした半眼でルカを凝視した。
「……あの、その視野専有なんですが、いつでも相手の視野を見ることが出来るんですか?」
「……? そうだけど……どうかしたか?」
「……いえ、変な事出来ないなと思いまして……というか今までにも私の事を!? まさか見られてないですよね!? 変態っ! ルカさん変態ですっ!」
「いたっ!? 痛い痛い!! 見てない! 見てないって! マシュロ落ち着け!?」
「ルカさんにならっ!! 見られても本望ですがっ!! 覗き見は駄目ですっっ!! 見たいのなら直接言って下さいっ!?」
「何に怒ってるのか全然わからないし、私的に使ったことは無いって!?」
突如真っ赤になりながら怒り出したマシュロにルカは困惑する。傘でバシバシと叩いてくるマシュロの顔は乙女、思慕を抱く相手と言えども私生活を除かれていた可能性を考慮すると気が気ではなかった。もっともルカは悪用した事など一度もなかったが。
フーフーッ、と髪まで上気させたマシュロとルカを怪しげな視線を向けて通過する何名もの亜人族達。「痴話喧嘩か?」と懐疑的な声を聞き、ようやく冷静になったマシュロは自ら脱線させた話を元の線路へと引き戻す。
「コホンッ、失礼取り乱しました。話を戻しますが、サキノさんが騎士団に滞在しているにも関わらず、アルアさんは嘘を付いた、と言う事ですね。そして先程のアルアさんの話……大きな依頼や任務は控えていないというのもサキノさんの偽りの証言に繋がる訳ですが、どっちが正しいんでしょうか?」
「任務のことを聞いた時、アルアさんは何を言っているのかわからないといった素振りだった。恐らくだがあれは素の反応……幹部でそんな大きな仕事を聞いていない事は有り得ないだろうし、きっと俺達を追い返すシナリオに組み込まれていなかったんだと思う」
「追い返すシナリオ、ですか……?」
首を捻るマシュロは険しい顔を浮かべる。
ルカは建物に隠れて見えなくなったクロユリ本拠を一瞥し、再びマシュロへと視線を戻した。
「考えてもみろ。いくら合同任務の内容が失態続きだったとは言え、何故罰を受けているのがクロユリだけなんだ? 俺が知ってる中でもチコさんは普通に出歩いてる」
「……あ、団長も普通に依頼に出かけていました」
「だろ? それにいくらクロユリが主導で失態を起こそうが、沫雪騒動で不在だろうが、クロユリ幹部だけを閉塞したところで都市の混乱と任務内容の漏出を防ぐことが出来るか? 俺達に失態の話を漏らすか? 部外者と接触させない事で逆に嫌疑に発展すると俺は思う。都市が本当に混乱と漏出を防ぐつもりなら全力で合同任務参加者に箝口令を敷くべきだろう」
己の騎士団の動きを参照し、ルカの話を聞いては納得に耽るマシュロ。あくまでもルカの推測ではあったが道理には適っている気がした。
「それが私達を追い返すためのシナリオ……だ、だとしたらどうして【クロユリ騎士団】はそんな嘘を!? まるでサキノさんから私達を――いえ、ルカさんを遠ざけているような……」
「きっとそれが狙い……俺とサキノが鉢遭うと面白くないみたいだな」
「ルカさん! 今からでも戻って問い詰めましょう! そんなの納得いきませんよ!」
ルカの手を握ったマシュロは【クロユリ騎士団】への再訪を提案するが、ルカは首を横に振る。
「アルアさんも言ってただろ、サキノは騎士団に居ない体になってるんだ。問い詰めても白を切られるだけだ」
「じゃあどうしたらっ……! 情報が少なすぎますよ……っ!」
頭を抱えて自分の事のように懊悩するマシュロを夜風がさらりと吹き遊ぶ。
現在二人が立っている場所は三又路。どこか追懐の記憶を呼び起こされるかのようなマシュロの香りがルカの脳の奥底を刺激した。
それは初めて夜道でマシュロと出会った時の記憶。
ルカと、マシュロと、そして足りないもう一つの欠片。
「情報……情報だ……っ!」
「ルカさん?」
「俺の預金はマシュロが全部持ってるんだよな?」
「……? はい、持ってますが……」
ルカは決定的な情報を仕入れるために、その欠片の存在を初めて認知した。
「情報屋……バウムの騎士団を探そう」




