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119 苛立つ理由

 瀕死とは言え巨体のヘカトンケイルを一撃にて蹴り倒した【夜光騎士団】副団長のラウニー・エレオスは凝然とルカと対峙する。陽が役目を終え、周囲が薄暗さを取り込んでいく中、ラウニーの身体は薄く金色に発光している。

『夜昇』。小熊猫(レスパンディア)ならではの特殊な恩恵を体に纏い佇む様子は、どう見ても幻獣討伐や魔物の都市侵攻の助っ人に来たと言う訳ではない雰囲気だ。

 となれば目的は一つしかなかった。



「ラウニー副団長!? まさかルカさんを狙いに!?」

「このタイミングは不味いよ……! マシュロさん急いでルカの元に!」



 ルカとの再戦、報復。

 ルカとラウニーの因縁の張本人であるマシュロや、盗み見していたサキノもその空気感には敏感に反応を示す。一触即発の緊急事態に、ラウニーの暴挙を食い止めようとルカの元へと駆け付けようとするも。



「させないわよ?」



 二人の行く手を遮るのは花魁のように派手で優雅な着物を羽織る美女。以前ラウニーとの決戦時に救出に来た仲間の一人だ。名をラナと呼ばれていたか。

 扇子を手に持って閑雅に静を貫く像は一縷の隙も無く、二人の脚を強引に引き止める。



「どきなさい!」

「通りたければ力づくで通る事ね。それが出来ればの話ですが」



 ラナと呼ばれていた女性は心が急く二人を前に不敵に笑った。




× × × × × × × × × × × × ×




(不味いな……)



 いくらコラリエッタの『リザレクション(かいふくまほう)』で回復に至ったとは言え、膨大な魔力を注入した『負滅救斬(エフティヒア)』を放ったばかりだ。疲弊に魔力の消費と、とても強敵のラウニーと再戦出来る状態ではない。このタイミングを狙ってきたのだろうが、サキノが危惧を抱いていたように最悪のタイミングに違いなかった。

 しかしラウニーから下手で何かが放られ、ルカは黒眼を狭窄しながらも受け止めた。



万能薬(エリクシール)だ。飲め」

「…………」

「毒なんざ入ってねェよ。いいから飲め」



 推測と異なる。ラウニーはルカが弱っている状態に付け込んで雪辱を果たしに来たのだと思っていた。

 しかし蓋を開けてみればルカの手元にあるのは万能薬(エリクシール)だ。それもラウニーが能動的に使用を促す違和な状況。毒などの混入は無いと釘まで刺される始末。

 何度か見たことのある黄色の液体が入った小瓶を握り締めながらルカは怪訝を言葉にする。



「……何のつもりだ?」



 己に対して絶対的な怨嗟の念しか持ち合わせていないであろうラウニーが、敵に塩を送る行為を実行していることが不可解でならなかった。

 そんなルカの心底素朴な疑問に、ラウニーは端厳とした表情を崩さず。



「俺様と戦え。ルカ・ローハート」



 切実に言い切った。

 再戦の要求を。

 名を。



「……この万能薬は?」

「あァ? 疲弊してる雑魚をぶっ殺したところで何の証明にもならねェだろうが。万全のてめェを、今度こそ確実にぶっ殺す」

「…………」

「俺が格上だって証明をてめェの死に土産にすんだよ。だから、飲め。……俺様と、戦え!」



 語気を強めるラウニーは己の行動が不思議でならなかった。キャメルから団長の座を奪うべく殺害しようとした時ですら周囲の子供達やマシュロを囮に使った。姑息と言われようと、卑怯と思われようと、己の実力を誇示し地位を獲得するためには手段を選ばなかった。強者を証明するのは結果が全てだと思っていた――筈だった。


 それがどうして暗殺依頼など捨て置き、たった一人の少年に固執しているのか。弱り切ったところを叩けば、結果として勝者の称号を手に入れられる筈なのに。前戦は万が一の結果だったと思い知らせられる筈なのに。

 どうしてこの男(ルカ)と戦うに当たって平等でいたいと思うのか、ラウニーには理解出来なかった。



(チッ! こいつはとことん俺様を苛つかせやがる……!)



 ラウニーの人を弁別する能力はずば抜けて高い。『傲慢』を自身で理解している程に格上格下を見極める力に長け、敵わぬ相手には不遜な態度こそ取るものの無謀な戦いを挑むことは無い。勿論現状に満足したことは無いし、己の戦闘能力向上のために鍛錬は怠らない。ステラⅡに君臨する【クロユリ騎士団】団長ソアラ・フリティルスと互角に渡り合える程には。

『傲慢』の能力の半分しか見せていないのも強者としての余裕であり、能力の全貌を知る者が極少数なのも事実。能ある鷹は爪を隠すと言うように、ラウニーは己の力の上限を隠秘しながらも強者に座していた。実際に能力の全貌を使わなければならない相手とは交戦を避けてきた危機管理も実力の内と言う訳だ。


 故にラウニーは初めての経験だったのだ。

 格下の者の下剋上に遭う事が。

 格下だと見定めた相手が己の実力を上回って来た事が。

 それが例え偶然の事故だったとしても、認める事を矜持が許さなかった。


 魔物の遠吠えや剣戟音が工業地帯の遠方で響くが、ラウニーは一切の興味を持たずルカから目を逸らさない。

 二人の様子に周囲を取り巻いていた者達は「因縁の相手」「ヘカトンケイルとは無関係」と言った事情を把握したようで、ぽつぽつと都市防衛に脚を向けていく。ルカとラウニーの関係性を知らないマートンも闖入は場違いだと認識し、己の能力の特性も鑑みた結果「僕も都市防衛に回るのが正解かな」と独り言ち、その場を後にした。

 ラウニーの乱入に困惑した傍観者達が輪を崩していく中、暗闘していたルカは遂に万能薬(エリクシール)の栓を抜き喉に流し込んだ。ドロッとした液体が喉を通過し、身体に浸透していく感覚。体力の復活と魔力が湧き上がる体でルカは小瓶を投げ捨て、翠眼で半身の体勢を取った。

 ルカの臨戦態勢に口端を吊り上げたラウニーは徐々に姿を薄めていく幻獣ヘカトンケイルの上で一度強烈な踏鳴を打ち上げる。

 ラウニーを起点にしたどす黒い魔力が周囲一帯とルカを呑み込み『傲慢』の発動をルカへと悟らせた。



「俺様の怒りを買った後悔は済んだか?」

「生憎、元から後悔なんてしていないな。何度戦う事になろうが、マシュロの強さを俺が証明するだけだ」



『勝者の意見が全て正しい』。ラウニーの常套句だ。

 ラウニーの土俵で話を付けるのなら、前回の交戦で勝利をもぎ取り、マシュロの強さを証明したルカは決して怯まない。ラウニーに未知の能力が備わっていようと、一切の油断を切り捨てた猛獣が相手だろうと。

 続いている。マシュロの強さの証明は。

 だから引けない。



「大層なこった。死んでからじゃ遅いんだぜ?」

「死ぬつもりは一切ないな」

「そうかよっ! 精々失望させんじゃねェぞ!!」



 再戦の引き金が今、引かれた。



 満開に近い虧月(きげつ)の下、初動から夜の力を十全に貰い受けるラウニーと『傲慢』を借り入れるルカは衝突を喫した。小手調べなど必要ない。最初から全力の両者の蹴撃は、防御した互いの腕をミシリと唸らせる。



「……っ?」



 一撃。そのたった一撃にてルカはとある違和感を覚え、一瞬次の手を繰り出す事に躊躇いを覚えてしまった。

 そんな事情を露知らず、ラウニーの手刀がルカの首へと飛ぶ。上体を逸らすように回避したルカの眼前を神速の左手が通過し、ルカは重力に逆らわずそのまま背後へと身を投げた。



「ふッッ!!」



 下方に引かれる力を味方に、ラウニーの左腕へ渾身の蹴り上げを放つ。バチイッ! と肌を打つ音が瓦解した街路に響き、ラウニーの舌打ちが後に続く。サマーソルトの要領で一回転したルカは着地と同時に居合の構えを取り紫紺の瞳を解放させる。

 武器の巨大化。ラウニーに後方退避を許さず、一手で仕留めるつもりで刀身五メートルの刀を振り払おうとした。

 しかし。



「甘ェ!」

「くっ!?」



 不退。急迫したラウニーの右足で、右手の動き出しを遮られる。ルカの右手を足場に宙へと躍り出たラウニーは左の脚を天へと向ける予備動作を取った。



「くたばれ」



 攻撃動作に入っていたルカは反撃も防御も全てが遅きに失していた。

 しかしルカには未来を見通す力がある。ラウニーの『傲慢』を取り入れた身体能力があれば、未来を見通してからでも回避行動は遅く無い。

 ルカは瞬時に橙黄眼へと変異し、ラウニーの踵落としの軌道を掌握。僅かな身の捻りのみで落雷を回避したルカは、地割れの如く砕けた地盤から翠眼で距離を取る。一撃粉砕の攻撃を以前から尽く躱されるラウニーは冷たい眼でルカを睨み、そして再び突っ込んだ。



「エレオスお前……」

「あァ?」



 不審感が確信へと移り変わり打撃の攻避戦が成立する中、ルカの難色にラウニーは怪訝な相槌を打つ。



「俺には回復を勧めておいて、どうしてお前は万全の状態じゃない?」



 ルカが感じた違和感。それはラウニーの動きに以前までの精彩が見えない事。直近で戦ったルカにしかわからない微々たる差だが、消えたと錯覚するほどの速度や一撃にて決着がつく重い攻撃力が従来のそれではない。

 ラウニーとの一戦の後、ルカはおよそ一月の間にポアロ・マートンと武器を交え、魔物の軍勢や珍奇な能力を持つガーゴイルと二度対峙した。連続して振りかかる危機により経験値を得たことから、以前ほどの脅威をラウニーに感じていないとも取れなくもない。しかしマシュロの存在を賭けて死闘を覚悟したルカには、その差異が明確なまでに訴えかけてきているように思えたのだ。



「ハッ! てめェみたいな雑魚なんざこの程度で十分だってんだ!」



 ルカは否定しないラウニーの回復事情を与り知ることがなかったが、負滅救斬(エフティヒア)を喰らったラウニーは約三週間の休養を経ても未だ全快していなかった。獣人生粋の自然治癒力を働かせても、万能薬を使用しても緩慢な回復しか拾えないラウニーは苛立ちのあまり今夜の決行に踏み切ったと言う訳だ。

 しかしルカにしてみれば、そのラウニーの短兵急な結論は好都合でしかなかった。



「一度負けた奴の威勢なんて響かないな。悪いが、万全じゃないお前に負ける気はしない」

「まぐれで一度勝った程度でイキがるたァ、相変わらずの小物だなァ! てめェは俺様を知った気でいるみたいだが、てめェなんぞに俺様を理解する事は出来ねェよ!」



 まるで弱所を気力で覆い隠すかのように一際速度を増した苛烈な拳撃の飛来に、ルカは回避を試みるも衝撃はやってこない。はっ、とラウニーの殺気を背後に感じ、フェイントの末の蹴撃を咄嗟の防御で防ぎ切る。

 ビリビリと腕を痺れさせながら吹き飛んだルカは、ラウニーの渾身の傲慢を利用し地を蹴りつけて再度ラウニーへと突っ込んだ。



「ッ!」



 加速。

 短刀を引き抜くラウニーの行動は一手遅い。衝突する事になれば明らかにルカの攻撃に迎撃は間に合わない。万全ではない為か、それとも暫し休息に時間を充てていた為の戦闘勘の衰退か。

 強者として争闘した筈のラウニー・エレオスの違和感にルカは――創造した得物を斬り払い、全力で応えた。



「な――っ」



 しかし困惑の声が漏れたのはルカからだった。

 得物が軽い。軽過ぎる得物は呆気なくラウニーの眼前で空を斬った。

 想像したのは刃渡り九十センチメートルの使い慣れた黒剣。

 創造したのは刃渡り九センチメートルの極小の短剣。



(創造出来てない!?)



 そう、ルカはラウニーの違和感に全力で()()()()()()()のだ。

 ルカが少しでもラウニーの違和感に速度を緩めたならば気づけたかもしれない。ラウニーの弱体化に落胆すれば冷静に対応出来たかもしれない。凶笑を浮かべるラウニーの姿に。

 空振りで無防備なルカの首へと、短刀が振り下ろされる。



「ぐうっ!?」



 命を狙う断頭台と化した凶刃を僅かな身の捻りで直撃を回避させたが、自身の突進の慣性も相まって左肩を深々と斬り付けられる。痛苦に顔を歪めるルカは無理矢理体勢を捻った事から地面へと転倒、大量の血飛沫が周囲に散った。



「どこまでもしぶてェ野郎だ」



 追撃は終わらない。左肩を庇う暇も無く、黄金を纏うラウニーの影がのしかかる。右脚を後ろに引いた予備動作、渾身の蹴撃の予感にルカは堪らず傲慢を利用した結界を展開した。

 しかし結界は自身を覆う事はせず、ラウニーの攻撃の軌道にのみ小さく出現。



(まただっ!?)



 いとも簡単に結界を砕き割られ、脚蹴りがルカの左腕に炸裂する。おどろおどろしい威力の攻撃を微かに軽減したものの、身体強化を施していない左腕から骨が軋む音がした。

 振り抜かれた脚にルカは弾き飛ばされる。背後に控える工場だった崩落跡への衝突という二次被害を回避すべく、常の魔力を注ぎ黒翼を創造して上空へ飛び立った。



「ふっ、ふっ……」



 眼下でラウニーが何かを言いたそうに睨み付けているが、構わずルカはアイテムポーチに手を突っ込み、最後の回復薬(ポーション)による治療を始めた。ポタポタと血雫を落とす肩へと回復薬を掛け、状況の整理を試みる――が。



「上空なら安全だと思ったか? 安堵に呑まれて死ね」

「はっ!?」



 上空に居ながらも上部を位置取るラウニーの脅威の身体能力。右脚を振り上げた踵落としに三対六枚の翼を全て重ね防御を敢行するが、強烈な威力に地への直滑降を余儀なくされる。

 幸運にもダメージは無い。降下しながらルカは短い時間の中で思考に暮れる。



「傲慢を利用した筈の長剣の不生成と結界の創造ミス、魔力調整不要の黒翼……」



 蹴りによってもがれた翼を再生させ、地面の墜落直前で滑空、衝突を回避する。が、想像通りの創造とは異なり、燃え盛るように巨大化した黒翼が瓦礫に衝突し、ルカは体勢を崩す。



「意図せぬ暴走(ブースト)……!」



 着地し背後から爆速で追尾してきたラウニーの短刀を、振り向かず『傲慢』の力を取り入れた結界で防御。消失した翼の代わりに地を蹴りつけ、振り向きざま身体強化によって結界を解除して渾身の回し蹴りをラウニーへと撃ち込んだ。



「チィッ!」



 距離が開けたラウニーへ突貫する。しかしラウニーに到達直前、()()()()()速度。攻撃が目的ではないルカは迎撃を頬に掠らせながらも横を一過し、ラウニーから距離を置いた。



「なるほどな……『傲慢』は増幅(ブースト)だけが全てじゃなく、エレオス側で調節が可能……創造は『傲慢』の有無によって規模が左右され、身体能力は常に支配下か……全く、厄介な能力だよ」



 ルカが看破した『傲慢』の真骨頂。

 ラウニーが実力者にしか使用しない傲慢の能力の全貌は、相手の緩急や魔力規模を操り『相手の主導権を握る』能力だ。

 緩急は戦闘において有利にも不利にもなる主要な条件であり、魔力は言わずもがな。普段戦い慣れている速度や魔力の必要量を熟知するのは己であり、それを制御しているのもまた己。いくら歴戦の戦士といえども急激に能力が高低すれば感覚や思考の鈍化は免れない。

 何よりラウニーが与える増幅(ブースト)に慣れた身体は傲慢のオフにより急激な衰退感を帯び、最大の隙を曝け出してしまう。

 今、己は傲慢の力をどれだけ借り入れているのか、借り入れてないのか。上限は何処なのか、下限は攻撃を喰らっても大丈夫なのか。ラウニーに操られる感覚は次第に麻痺し、狂い、混乱へと堕とされる。その状態に陥るまで生きていられればの話だが。

 全ての感覚を委ねながら戦わなければならない。それがラウニー・エレオスとの戦闘だ。



増幅(ブースト)状態か否かの判別がつかない限り、奇襲は期待薄……失敗すれば逆に隙を晒す事になる。……となれば勝負は一瞬か)



 ラウニーの猛刃を紙一重で躱し、創造した二刀短剣で受け止めながらルカは策を練る。身体能力の手綱を握られているルカは常に最低限の能力――傲慢も身体強化も及んでいない素の自分――で動くことを前提にしなければならず、間違っても『夜昇』で強化されたラウニーの攻撃を貰う訳にはいかない。

 突如大幅に強化される身体能力に振り回されながらルカは淡々と防避をこなしていった。



(こいつ、また何か企んでやがる……!)



 その防戦のルカの姿に歯を噛むのは勿論ラウニー。以前の戦闘と同じく己の中で感覚を確かめ、時機に備えるかの如く怪しい動きに、ラウニーの攻撃の手が早まる。

 しかし捉えられない。能力を支配して緩急を操ろうと、急上昇させる身体能力に先んじて刃を放とうと尽くを躱されていく。

 それは兆候。足元から迫り来る黒き影の。

 それは吃驚。短時間で順応するルカへの。

 それは困惑。能力が通用しない未知への。



「何でてめェは俺様の『傲慢』に適応出来んだ……ッ! ありえねェ! ありえねェ!!」



【夜光騎士団】団長キャメル・ニウス。

【クロユリ騎士団】団長ソアラ・フリティルス。

 格上である筈の二人にも通用した能力(ごうまん)が、何故格下である筈のルカに通用しないのかラウニーには疑問でしかなかった。

 一撃で生死が決まり得る戦場において能力を外部から弄られるのは脅威でしかない筈だ。不安は筋肉の硬直や拙さを生み、行動に支障を来たし、(マイナス)要素の循環が始まる。

 ラウニーは己の圧倒的な能力に酔いしれるほどの誇らしさを持っていた。



「お前の能力は確かに厄介だ。だけど慣れてくればなんてことは無い!」

「ッ!」



 一瞬の隙を衝きルカは攻勢に転じた。

 二刀の黒閃が右から左へ下から上へと駆け回り、手数の多さと変幻自在な武器種でラウニーの行動を束縛していく。刃物同士が擦れる金属音、突如高騰した身体能力を利用され側面からの斬撃にラウニーは切創を帯びていく。

 時には間合いを見切った筈のラウニーの回避を上回る創造した武器で斬りつけ、ルカの優勢へと戦場は移ろっていく。


 ラウニーの『傲慢』がルカに効果が薄い理由。それはルカの戦闘スタイルが『即興(アドリブ)』の連続だからだ。

 通常の戦士達は独自の得物を扱うため得意な間合いや戦闘領域が固定だが、ルカは全てが常に変化する。武器の変更に伴う間合い(リーチ)の変化、身体能力の上下、機先を制する未来視。型に嵌らない戦闘スタイルは戦場の状態を逐一理解(インプット)し、瞬時に判断・適応(アウトプット)する。

 それは言い換えれば戦場全てがルカの戦闘領域であり、即興が生む戦闘領域の変化だ。


 己の有利を押し付ける能動的戦闘スタイルとは異なり、戦場の状況に順応し手段を固定しないルカの受動的戦闘スタイルは稀少も稀少。

 故に相手の能力に干渉するラウニーにとって、ルカの受動的戦闘スタイルは天敵なのだ。



「ふざけやがって……! 俺様はラウニー・エレオスだぞ!!」



 連撃を断ち切るが如く強烈な一閃がルカの短剣と衝突し、ルカは後方へと吹き飛んだ。地面の擦過を経たルカは身体強化、翠線を引き連れながらラウニーへと突撃する。

 ラウニーはルカの突貫に乗じ、先行して短刀を振るい始めた。それは増幅のサイン。制御を失ったルカがラウニーの懐に飛び込み、決定機を作ってしまうという最悪のシナリオ。

 だからルカは。



(今っ!)



 ここぞとばかりに黄眼『無力化』を解放した。



「なっ――」



 ルカの突撃速度は加速どころか減速。瞠目するラウニーのカウンターはルカの眼前で空を斬った。

 まるで意趣返し。『傲慢』を発動させられた時とは逆転した立場にルカは翠眼を解放。無防備な脇腹へと渾身の蹴撃を撃ち込んだ。



「がっっ!?」



 吹き飛ぶ巨体。地を捻転するラウニーにルカの追撃は止まらない。

 黒銃を一瞬にて創造したルカは、ラウニー目がけて特大の電磁砲を放出した。蒼き一条の雷光は体勢を立て直す時間すら与えずラウニーを呑み込んだ。



「はぁっ、ふぅ……どうだ……?」



 頻繁な能力変化に加え、激上させられる魔力消費にルカは疲労に襲われていた。

 立ち込める砂埃、遮られる視界に目を見張りながら小康を費やす。滴る汗を振り払い、月夜が降り注ぐ煙幕の先――ゆらりと影が蠢いた。



「……タフだな」

「ゲホッ、カハッ!! ……あァ、効いたぜクソが……てめェはもう跡形も残さねェ……!!」



 晴れる黒煙の先に佇むラウニーは口元を拭う。吐血、創痍、火傷、しかし戦意は微塵も失っていないどころか、瞳の中に宿るのは怪しいまでの決意だ。



「どうしてそこまで強者に拘る?」



 異様なまでの強者への執着。弱者を陥れてまでのし上がろうとする拘泥をルカは問う。



「……弱ェままじゃ全て奪われるだろうが。弱肉強食のこの世界で自分の思うように生きるには、強者っつー称号が必要なんだよ。誰も刃向かえない圧倒的力が!」



 人を傷つける事も出来れば、人を守ることも出来る、使い方によって善にも悪にもなる力。『普通』を見て来たルカにとって、力を人の為に使わないラウニーが宝の持ち腐れのように思えて仕方が無かった。



「だからといってマシュロや部下達を貶めるのは違うだろ。力を持つお前にしか出来ない事がある筈だ。力があるお前にしか守れない者が――」

「うるせえよ」



 ルカの言葉に噛み付く歯牙。

 その歯牙の重圧は紛れもない憤慨。



「弱者を導くのが強者の役目? 弱者を守るのが強者の定め? 戯言抜かしてんじゃねェ! それは弱者の甘えを正当化しただけの詭弁だろうが! 何故雑魚を中心に考えなきゃならねェ!? 死に物狂いにならなきゃいけねェのは弱者の方だろ!」     

「…………」

「弱肉強食の世界じゃ強者が中心だろうが! 痛みも苦しみも見て見ぬふりして今をのうのうと生きて、いざという時に死んでいく! 未来を夢見る暇があんのなら俺様の能力をものに出来るくらい強くなってみやがれってんだ!」

「エレオスの能力をものに……? やっぱりお前の能力は……」



 それはミュウの助言――ラウニーの能力――を初めて聞いた時から抱いていた思考の異物。

 誰もがラウニーの傲慢性を認めるが故に正当化されていたが、正規の能力の使用法をルカは悟った。



「チッ! 口が滑ったな……はァ、まァいい。俺様の能力は『傲慢』。これは仮の姿だ。本来は――『付加魔法(エンチャント)』、ただの補助魔法だ」



 ラウニーの本来の能力は、敵の能力を弄り己が主導権を握る使用法ではない。仲間を強化し、仲間の主動を援護する能力なのだ。

 ルカがずっと抱えていた思考の異物というのは、能力(バフ)を掛ける対象の話だ。敵の能力を上昇させる事は本来ならばあり得ないだろう。そのラウニーの間違った使用法が正当化されていたのは、単に傲慢という巨大な柱石のせいで霞がかっていただけなのだ。


 

「だがこの付加魔法(エンチャント)を扱いきれずに数え切れねェ程の同族が死んだ。誰に使おうとも、何度繰り返そうとも屍が積み重なるだけだ。だから俺様は他人に期待する事を止めた。無意味だと気付いちまった。そうなりゃ、信じられるのは自分だけだろうが」



 そして元来の使用法から現在の逸脱した使用法へと移り変わったのは、強大過ぎる能力上昇に仲間達が適応出来なかったからだ。強者の舞台(ステージ)へと昇格(ランクアップ)した者達が挙って命を落としたからだ。

 だからラウニーは弱者を許さない。強者を夢見るだけで苦痛から背を向ける者達を。



「信じられるのは自分だけ、か……仲間がいるからこそ奮い立つことが出来る。仲間といるからこそ成し遂げられることがある。周りを無価値だと決めつけたお前にはわからない世界かもしれないな」

「あァ、必要ねェ。俺様には俺様の意志、てめェにはてめェの意志。交わる事がねェ、それだけだ」



 ラグロック強行軍、防衛、そしてヘカトンケイル討伐。仲間の重要性をありありと感じるルカが説くも、既に見切りの境地にいるラウニーはぞんざいに切り捨てる。

 決して交わらぬ平行線の意志のぶつかり合いを最後に、ラウニーの身体や足下からゴポゴポと黒い気泡のようなものが沸き上がり始めた。



「ルカ・ローハート、俺様は俺様の持てる全ての力を使ってお前を絶対にぶっ殺す。エメラの存在証明がどうとかにはもう興味はねェが――証明死たけりゃ死のいで見せろ」

「言われなくとも!」



 黒剣を創造し霞の構えを取るルカに、ラウニーは()()を口走った。

 全ての魔力はラウニーへ。どす黒い魔力が男の周囲を火神のように暴れ狂い、冷たく昏い空気が充溢する。



「ぜってェに呑み込ンでやる……ッ!」



 それは内なる決意。ルカに向けたものではなく己自身への。

 気泡は弾け糸となり、宙空の魔力も次々とラウニーの周囲を取り巻き、旋回し、ラウニーの全身を真っ黒な繭のような無数の魔力が包み込む。鋭い眼光だけがルカを覗き、そしてその間隙すらも呑み込まれ。


 暗く、遠く、寒い球体の中で、解放の声が上げられた。



『傲り統べろ――ルシファー』


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