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012話 アラン・シルスタの正義

 ショップを出た二人は帰路に着く。隣で嬉々とした雑談に耳を預けながらルカは歩みを連ねていくと、幸福広場の一角、幸樹を正面にして大きな半円の群衆を発見した。



「なんだろぉ?」



 ラヴィが首を傾げ、原因を探ろうと群衆の最後部でぴょんぴょん飛び跳ねる。黄金のツインテールと衣服の上からでも質量を感じさせる双丘が上下に揺れるだけで、高さが全然足りていない。



「ラヴィ、こっち」



 ルカが端の方に空いた空隙を見つけ、ラヴィを誘う。

 ラヴィを前に、ルカがその後ろで佇立し、群衆の視線の先を追うと、三人組の男性が幸樹(こうじゅ)を背景に三角形を組むように立っていた。周囲には水の入ったペットボトルや折りたたまれたジャケット、そしてスピーカーが後方に用意されている。

 中央の茶髪の男性が斜め後の二人に目配せをすると二人は頷き、ニカッと笑うと一帯に通る大声音を張り上げた。



「踊る阿呆に見る阿呆! ノってきゃ悩みもブっ飛びやァ! 観ていきゃ俺等が魅せてやる! 我等『ゼロ・テュピア』の大演舞……一瞬たりとも見逃すなァ!!」



 男性の前口上を皮切りにスピーカーからは曲が流れ始めた。



「あれアランじゃない?」

「暫く見てなかったけどリフリア(こっち)帰ってきてたのか」



 ラヴィが中央の茶髪の男性を指差しながら名を呼ぶ。

 アランと呼ばれた男性と後方の二人は曲に合わせて踊り始めた。

 ストリートダンス。都市の至るところ、世界を回りながら、路上で曲に合わせて踊りを披露する一種のスポーツだ。

 現在披露されているジャンルはロックダンス。力強くありながら、しなやかな動きで頭を、手首を、腕を、脚を舞い踊らせている。指の先から足の先まで全てを使いこなすその姿は勇壮活発だった。



「ほぇ~。久々にアランのダンス見たけどやるもんだねぇ」



 ここにいる誰もが徐々に彼等の踊りに魅了されてきている。音に乗る者も現れれば、手拍子でリズムを取る者も。興奮のボルテージは徐々に上がり、観客が観客を呼び、半円は姿を拡大していた。

 リーダーは口上を述べた茶髪の短髪で恰幅の良い青年、アラン・シルスタ。ルカ達と同じくミラ・アカデメイアに通う同級生だ。ただし、彼は全国を飛び回り様々なジャンルのストリートダンスを研究、演舞を行っているため、学園には必要最低限しか出席していない。ストリートダンスの熱は人一倍熱く、努力、行動の甲斐もあって『ゼロ・テュピア』の知名度は増加傾向。期待の新星として話題に上がるほどだ。


 程なくして満場の拍手喝采に包まれ、曲は終了を迎えた。興奮冷めやらぬと言った様子の観客に手を振ったりお辞儀したり、歓声が止むのに時間を要したのは実力のほどを物語っているのだろう。

 仲間とハイタッチを交わし、余韻に浸る辺りを見回した時、半円の端に佇むラヴィとルカの存在に気が付いたアランは仲間に一言入れ、颯爽と歩み寄った。



「よっ、ルカ、ラヴィ、観てくれてたのか。今帰りか?」

「アラン久しぶりじゃないか。たまたまこの人だかりが見えてな」

「……久しぶり」



 小気味よい笑顔で汗を湛えるアランにルカは久闊を叙する。その前列でラヴィが何やらぶすーっとした不機嫌顔を作っていた。



「どうしたラヴィお眠か? ツインテール結んでやるから元気出せよ」

「はーなーせーっ!」



 左右に垂れた二つの金髪を頂上で一つに纏めようとするアランに、ぷんすか怒りながら腕をぺしぺしと叩く。



「アランが来たらこうなるからでしょうがぁ!」



 苦手意識というわけではないのだが、アランは事あるごとにラヴィを揶揄う。それも全く悪気もなく行うものだから憎めない、というやつだ。

 ツインテールを取り返したラヴィは髪を逆立て威嚇のようにフー! と唸っていた。



「ところでルカ、そろそろ俺のダンスチームに入らないか?」

「まてぇええええええええええーーーーーいっ!!」



 唐突な勧誘にラヴィの顔半分がアランとルカの間に割り込んだ。勿論背伸びしている。プルプルしている。



「ルカが断れないことをいいことにいつもいつもいつもいつも勧誘してぇー!」



 アランは好機があればルカと会う度にダンスチームに勧誘している。ラヴィが仲介に入り毎回断るものの、その断った数は数えきれないくらいだ。



「俺はルカの能力を真剣に買ってるだけだ」

「うちのルカさんはねぇ、五百年に一人の金の玉なのですよ。マネージャーを通してもらわなきゃ困ります」

「過大評価し過ぎだし、言うなら金の卵な」



 まるで自分はルカ専属のマネージャーとでも言うべき凛とした対応で、かけて無い眼鏡を上げる仕草を取るラヴィ。その後ろではラヴィの語彙力のなさに冷静にルカが訂正を入れた。



「じゃあ、マネージャー。ルカを……」

「却下です」



 通るわけがなかった。

 カハハハ、と大笑したアランは割り切ったように一つ交換条件を出す。



「んじゃ、ルカ一曲どうだ? これくらいならバチ当たんねぇだろ?」

「うゅぅ……っ!」



 何歩も引いた交渉に、苦渋の表情でラヴィはルカの顔を窺う。



「まぁ一曲くらいならラヴィもいいだろ?」

「くぅ……ルカがいいならいいけど、あたしとルカの数分間を奪ったアランは末代まで許すまじ……っ!」

「数分の恨みがえげつねぇ」



 渋々承諾の意を見せたラヴィにツッコミながら、アランはルカを前に連れ出す。再び不機嫌になったラヴィが二人の様子を端から眺めていた。



「よし、恨みが大きくなる前に終わらせちまうぞ。まず曲とジャンルをどうするかだな。前回の練習時は何踊ったか覚えて……」

「今のなら最初から見てたぞ。見様見真似なら多分いける」

「は」



 ルカのその発言はアランを酷く驚倒させるに至った。それもその筈、アランがチームで踊った曲はルカは見たことも聞いたこともない筈の新曲であり、一度見たからと言って即興でこなせる筈がないのだ。

 不安を抱くアランだったが、しかしルカの能力を認めていることには変わりはない。すぐに笑みを浮かべるとルカの肩に腕を回し確認を行う。



「やっぱ凄いなお前。わかった、イケるか?」

「あぁ」

「っし! 決まりだな!」



 アランが踊りの確認をしている二人のメンバーを呼び寄せ、入念な打ち合わせが始まった。今回のようにルカは突発的提案をするアラン達と何度か共に踊っていることから、二人の反論は皆無。「ルカさぁん! 待ってましたよ!」と、寧ろ歓迎までされる待遇だった。


 三人から四人へと人数が増加し、動きに変化が出ることも想定内のアランは、勉学とは対極なまでにきびきびと指示を与えていく。

 会議を終えた四人は、再開を待機していた観衆達に向き直る。僅かな人数の減少はあったものの、まだ観たいという願望が冷め切らない人々は沢山いたようだ。

 アランを右前に、ルカを左前に、二人のメンバーがそれぞれ斜め後ろに台形の形で布陣を組む。アランの準備はいいか? という目配せにルカと二人は頷く。



「残った者は運がいい! 何故かって!? 急遽『天童(ジーニアス)』が参加することになったからなぁ! ジーニアス・ルカ・ローハートだぁ!!」



 アランの派手な紹介に喝采が沸く。



「正規のメンバーじゃあないが、前世はダンスの始祖だと言っても過言じゃねぇ! 観ろ! 沸け! 彼の生き様(ダンス)に酔いしれろ! 一度きりの共演を見逃すなァ!! 今日は……祭りだァ!!」



 アランの口上が終わり、先程と同様の曲が流れ始める。派手な紹介もあり、期待に拍車をかけた観衆達が瞳を爛々と輝かせながらリズムを取り始める。周囲を渦巻く心地良いリズムを感じながら、ルカは目に焼きつけたアランのダンスを『再現』しながら踊りに身を投じていった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 期待値を大幅に上げるアランの口上通り、観客の満足度は決壊した堤防のように熱気が立ち込める。観客への配慮も忘れないアランは何度も礼をした後、見事踊り切ったルカと拳をぶつけ合い素直に称賛した。



「……流石ルカだ。一応新曲なんだが、一回見ただけでほぼ覚えちまうなんて……」



 恐れ入ったという風に諸手を上げるアランとルカの元に、ラヴィが俯きながら幽鬼のごとく、ゆらりと近付く。待たせたことへの怒りか、それともルカを半強制的にダンスに誘ったことへの怒りかとアランが無駄な思考を彷徨わせていると。



「カッコよかった……カッコよかった、格好よかったぁあああ!!」



 瞳をハートにしてキラキラと瞬かせるラヴィが、ルカの周りを縦横無尽に飛び跳ねながら絶賛した。

 四方八方から抱き着こうとしてくるラヴィをルカは苦笑を作りながら防ぐ。その度にルカの手の平によってにぅむ、とラヴィの頬が潰れているが一切気にしていない模様。



「この才能を野放しにしておくなんて勿体ないんだよな、なんて。ところでラヴィ、俺への褒め言葉は無しか?」

「ん? アランは普通」



 人格が入れ替わったかのように素に戻るラヴィは、アランに雑な感想を述べる。



「……一応言っておくがメインは俺だぞ?」

「口上だけは立派だった、うん。褒めてつかわそう」

「俺の評価前口上だけか!? お前ルカしか見てなかっただろ!?」

「アラン何言ってんの? そんなの当たり前でしょっ!? そもそもアランどこにいたのさ!」

「胸張って言えるお前が怖ぇ!? ルカ以外見えねぇ呪いでもかけられてんのか!?」

「ルカを呪い扱いするのかぁ!? そんなのあたしが絶対に許さないぞぉー!!」

「してねー! 馬の耳に念仏かよ!」

「え? 何言ってんの? 馬でもないし念仏にも興味ないから」

「極東のコトワザってやつだよ色ボケ乳魍魎」

「なんで滅多にしか学園にこないアランがそれ知ってんのさぁ!?」

「それとなく話進んでるけど使い方合ってないからな」



 ぎゃーぎゃー騒ぐアランとラヴィの漫才のようなやりとりに、ルカは最後に訂正をそっと添える。

 青葉の季節に相応の暖かな風が、無類の極彩色の巨木を、枝葉を撫でていく。揺られる一枚一枚の葉に弾かれるように浮遊する粒子が踊り、まるで観衆達と同じように愉悦の一時に興じているようだった。

 ルカが漫然と視線を彷徨わせていると、離れた幸樹の根元に設置されている大きな掲示板が目に留まる。そこには月間行事日程の通知が記された紙がいくつも貼り付けられていたが、特に意識を引かれたのが、



「……アラン、今更だけど、ここってストリートダンス禁止じゃないのか」



 幸福広場でのストリート系の演奏・ダンスの禁止、と赤文字で目立つように張り出されていた警告。

 恐らく、人が群れることによって、通行に支障が出ることを防止するための禁止事項なのだろう。今回のように観客を集め公演するには、都市管理機関への申請と承認が必要で、許可が下りた芸能家達のための、月間行事日程でもあった。

 もちろん、本日の行事開催予定にゼロ・テュピアの名は無い。



「ん? そうなのか? 俺は馬鹿だからな。そんな詳しいことはわからん!」



 しかし、そんな規則など知ったことかと、アランは高々と笑う。そして胸を張り堂々と言葉を繋ぐ。



「俺がここでやりたいと思ったから、やった。やりたいことを我慢して、望む未来を掴める筈ないからな」



 例えその行為が悪だったとしても、己が目指す高みを見るために一切の妥協はしないと含意を持たせながら表明する。

 アランの剛毅な精神は太陽のように微笑んでいた。が。


『コラーッ! 誰だ勝手に使用しているのはー!』


 遠くからそんな怒号が上がり、数名の黒服を身に付けた人物が駆け付けてくる。

 流石にその光景には頬をひくつかせるアラン。



「こりゃあ、やべぇ。じゃあな、ルカ、ラヴィ」



 颯爽とその場を離れ「ずらかるぞっ!」と、メンバーに疾呼するアラン。ゼロ・テュピアの三名は、逐電慣れしているかのように、各自荷物を手際よく手に取ると、脱兎の如く遁走していった。



「最後がこれじゃあ、締まらないよねぇ……」



 毅然たる我意を語ったアランの後ろ姿をラヴィは半眼で見送る。

 悪事を敢行した代償は、都市という大きな権威の追走といった脅威的なものだった。眼前を通り過ぎていく管理機関の従業員達に、会場の熱も雲散していく。



(やりたいからやった、か……)

「ルカ?」

「ん、いや何でもない」

「…………」



 無表情を貫いてはいるがここではないどこかを見つめたルカの姿に、返答に窮したラヴィは、それでもころっと顔を綻ばせた。



「そっかっ。あたし達も帰ろぉ?」



 追究も詮索もしようとしないラヴィは、真っ白で清楚とした笑みをルカに差し出したのだった。


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