116話 幻獣ヘカトンケイル
少しずつ、少しずつ、都市が悲鳴を上げていく。空が、空気が、地表が――人々が。
突如宙に現れた極彩色の亀裂に突っ込まれる多数の指。亀裂が広がるごとに空間の向こう側から増やされていく指。それは通常では考えられない本数。
その数百以上。
魔界リフリアの北西部を指差し硬直する住民達に正常な思考回路は残されていない。何が起こっているのか、何が起こるのか、それは期待などという生温い感情ではない。
絶望の初期段階、その名は恐怖。
ルカ達がリフリア北西部へ脚を速める中、時間経過で人々に募っていく恐怖と混乱は突如限界を迎える。
バギィッ! と一際大きな音が轟いた瞬間、これまで耐え忍んでいた宙の亀裂は大きく開口し、リフリアの反対側にいた何かがその全貌を現した。
ビルのように高い全長は十五メートルを超えるだろうか。山のように隆盛な多数の肩、その先に連動する腕、総数は百。
漆黒の体皮は禍々しく、見渡す限りの筋肉。鬼のような形相に付帯した巨大な赤眼が都市を睥睨し、巨大な唇が上下距離を取った。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
まるで衝撃波。数キロメートル離れていようがお構いなしに耳を打つ大咆哮が都市に轟く。
下半身まで筋骨隆々な化物は亀裂を乗り越え、遂に都市へと飛び降りた。
地震もかくやと言った大鳴動を引き起こし、人々は時間を取り戻したかのように恐怖の声を張り上げて逃走を開始する。
「ヘカトンケイル……正真正銘のバケモンやないか!」
百手ヘカトンケイル。
百の腕と百の手を持つ巨人。秘境に現れる幻獣の上位の存在であり、沫雪によって生み出された厄災。
対峙したことの無い巨大過ぎる幻獣の出現に、対幻獣経験に富んだサキノも流石に凛然とした切れ目を狭窄させる。
「あんなのが都市を暴れ始めたら甚大な被害が出ちゃうよ!? 急がないと!」
過去二度の同等の厄災において、幻獣の出現場所は異なる場所だった。約四百年前の一度目は都市南西、約三百年前の二度目は東部。統計としても少なく、定まったものでもない。唯一の規則性と言えば沫雪から幻獣出現までの一か月の猶予期間だった。
ところが此度の厄災は未知を猛威として振るってきた。一か月の猶予期間内に騎士団対抗戦用の地下空間に住民達を徐々に避難させる予定であったのだが、沫雪から一週間足らずでは進んでいる筈もない。
「不幸中の幸いが廃工業地帯に落ちたってところか……なんとしてでも工業地帯の内で食い止めるぞ!」
不幸の中にも僅かな光明。
生活圏の胴中に全長十五メートルもの巨人が闖入すれば、一つの動作の度に死傷者が量産されるだろう。しかしヘカトンケイルが出現した場所は既に寂れてしまった無人の工業地帯。ヘカトンケイルがどれだけ暴虐の限りを尽くそうとも都市の被害のみで人々に被害は及ばない。
つまりルカ達の至上目的は、福運を味方につけヘカトンケイルを廃工業地帯の中で討伐する事だ。
しかしその光も長くは続かない。
「不味いよ! 工業地帯の外に出ようとしている!」
視界に映るヘカトンケイルが徐々に姿を大きくしていくが、その脚は工業地帯を脱しようとしている。出現場所と『タルタロス』の距離が開けていたため、移動に時間を喰われ過ぎていたのだ。
住民達にとっては広大な土地であっても、巨人のヘカトンケイルにしてみれば工業地帯など庭のようなもの。工業地帯の中でも落ちた場所によっては生活圏との境界を踏み超えるのも時間はかからないだろう。
百の手で建造物を把持しては投擲、一撃で踏み抜いては侵攻するヘカトンケイルの赤眼の先には数多の住居と逃げ惑う衆人。
ついにヘカトンケイルが標的を認識した。
『オオオオオオオオオオオオッッ!』
「ひ、ひぎゃあっっ!?」
足が竦み、腰が抜け、迫り来るヘカトンケイルの姿に非力な住民の悲鳴が迸る。
猶予は一切無い。
「マートン!!」
「御意!」
一人一足早く特殊電磁砲を創造し遠距離から牽制を撃ち込むルカ。反動に遅れを取ったルカを追い越し、マートンとサキノは全力先行する。
民家と無抵抗な民に振り下ろされようとしている拳に命中した一条の雷線に続き、二発、三発と撃ち込まれたヘカトンケイルは、緩慢に動作を停止してギロリとルカ達を睥睨する。しかし眼前の獲物を前に、暴虐の執行を止める事の出来ないヘカトンケイルは住民に拳を再度振り下ろす――が。
「流石に無視は酷いんじゃないかい?」
微々たるダメージにすらなっているのか判然としないルカの攻撃に続くのはマートン。ネックレスを引きちぎり一閃、縮まりきっていない距離で発動させた重力場がヘカトンケイルを呑み込む。ゲトス山地、ラグロックで使用していたような広範囲の重力ではなく、ヘカトンケイルのみに一点集中させた重力は、拳の軌道を僅かに逸らし、標的の前方に着手し岩盤の津波を生む。
迫り来る津波に死を覚悟した女猫人はぎゅっと目を瞑るが、ふわっと抱きかかえられる感覚が身体を包み、目を開く。
「大丈夫ですよ」
不安を感じさせない、まるで女神のように微笑むサキノの姿にぼろぼろと涙を流す。ヘカトンケイルから迅速に距離を取ったサキノは女性を地に下ろして、逃げ隠れる者達に大声で指示を飛ばす。
「あの怪物は私達が喰い止めますから逃げ続けて下さい! 事態に気付いていない人にも呼び掛けて出来るだけ遠くへ!!」
玉音の声音が響き渡り、隠れていた人々もようやく事態の深刻さを呼び起こされ、悲鳴をあげながら逃走を開始する。
人々の動き出しを確認したサキノは、人の波に逆らうように仲間の元へと全力で戻っていった。
『ウウウッアアッッ!!』
「さてどう崩すルカ君? 僕の重力も大した抑止力になっていないのが心苦しいけれど……」
「狙いは首だろうな。これだけの巨体でも頭を吹き飛ばせば流石に動けはしないだろ。直撃を受けないよう距離を取りながら機を狙うぞ!」
いくら範囲を狭め一点集中したマートンの重力とは言え、破壊の化身として降臨したヘカトンケイルの行動を完全に束縛する事は出来ない。烈々な重力によって動きの鈍化、数本の腕の使用を抑制してはいるものの、ヘカトンケイルの常識外れの力相手では、俄然軍配は後者に上がる。
重力領域外へと抜け出し、けたたましい吠声を上げながら振り回す多数の拳を、マートンとルカは適度な距離を見定めて回避しながら策を練る。
一撃を貰えば、まず重傷は避けられない。一度の被撃が命取りになり兼ねない攻避戦で、焦燥感から気が急いて前のめりになっては本末転倒だ。
いくら初めて遭遇する巨体で倒し方がわからずとも、冷静さを手放すと己の首が飛ばされかねない。
重力を解除したマートンとルカは互いに頷くと、標準を絞らせないよう二手に分かれて動き続けた。
『オアアアッ!?』
左右前後をちょろちょろと駆け回る二匹の蟻にヘカトンケイルは拳撃の嵐を撃ち込んでいくが、地面を壊乱させていくだけで手応えはない。
腕が百あろうとも眼は二つ。二手に分かれた彼等の動きを両方追う事は困難を極めた。まさに二兎追う者は一兎も得ずの模範となる態様に、ヘカトンケイルの攻撃が雑味を帯びていく。
単なる癇癪が二人の接近を許さない攻防一体の防御と化す中、歴戦の戦乙女はまるで突破ルートが見えているかのように紙一重で躱しながら背後から足元へと侵入する。
「やあああっ!!」
瓦解した岩盤を踏み台に跳躍したサキノは紫の光閃を引き連れ、敵の右膝裏へ流麗な一閃を斬り上げる。じんわりと滲む程度の血液の滲出と若紫色に光る斬裂の記憶に、ヘカトンケイルの眼が足元へと向くが、サキノは返しにもう一閃。脚を振り上げ踏み潰そうとするヘカトンケイルを蹴りつけ、サキノは緊急離脱に成功する。
二本の起爆罠を仕掛けたサキノは踏撃による岩盤の飛礫を躱しながら再度膝へと突貫し、ヘカトンケイルに考える時間すら与えない攻勢に出る。そんなサキノへ再び踏撃を仕掛けようとしたヘカトンケイルの顔面に蒼き銃閃が直撃する。
『オオオオッ!?』
「あっちこっち忙しない奴だな。俺に集中してろ!」
痛手にはならないとは言え、塵芥ならではの不快感がヘカトンケイルの鬱憤を溜めていく。ギョロっと大きな目玉が攻撃主ルカへと向くが、その隙にサキノは接近を果たして幾度も斬り付けていった。
サキノの目論見は膝への集中砲火で膝を着かせ、高所にある巨人の弱点を狙いやすくする事だ。大翼で空中戦を繰り広げるのが一番手っ取り早いのだが、人体の構造上、目線に近くなればなるほど目で追いやすい。足元に纏わりつく方が攻撃の選択肢を絞らせられる上、死角を活用して攻撃に踏み切る事が出来る。十五メートルもの高所を目指すよりかは、手順を踏む方が危険が少ないとサキノは読んでいた。
「巨塔を崩すには足元からと言う事か。了解だよサキノちゃん」
羽衣を巧みに操り高低差をものともしないマートンを加えた足元への蹂躙劇が開始された。
その二人の猛攻に苛立ちを見せるヘカトンケイルの注意を引くのはルカだ。意識が二人に移ろえば、すかさず電磁砲を放ち意識を己に呼び戻す。流石のヘカトンケイルも顔面への攻撃には嫌悪感からか過敏に反応を示し、二人への反撃を敢行できない。
意識を上手い具合に引っ張るルカの好餌に報いようと、足元を死守すべく振り回される腕の風圧に身体をぐらつかせながら、飛散する大量の飛礫や岩盤に身体を傷付けながらも、二人は攻撃の手を緩めない。
互いが互いを補完し合いながらひたすら攻め続け、ヘカトンケイルの膝が僅かに折れ始める。ヘカトンケイルの挙動に誰もが攻撃の有効性を実感した筈だった。
しかし。
『ンンンオッ!!』
ヘカトンケイルが跳んだ。
「「っ!?」」
足元に纏わりつく蟻達を一掃する一手。攻撃が有効だったのではなく、跳躍の為の予備動作だったことに、サキノとマートンは遅ればせながらも十全の力でその場から離脱を図る。
ただの跳躍と侮る事なかれ。莫大な質量を持つ巨体の跳躍によって引き起こる未来はあまりにも凄惨な未来を引き連れている。
予想違わず、間を置かずして訪れる、まるで隕石の如く地盤の大波紋に、数等焦燥感に駆られた二人の体へ大小様々な飛礫が叩き込まれていく。
「きゃあああっっ!?」
「うぐっ!?」
岩石の砲弾に負傷しながら二人揃って体勢の維持に失敗して転倒。見事なまでに一撃で形勢をひっくり返された事に苦渋を滴らせた。
崩壊した足場の中心地ではヘカトンケイルが好機とばかりに肩越しから睨みを利かせる。二人の現在地を視認したヘカトンケイルは振り向きざま幾つもの腕を振り上げ、その予備動作にマートンは倒れ込みながらも重力を解放させ制限を強いる。
そんなことはお構いなしに振り返るヘカトンケイル。その足元には一時存在を忘れられた一人の少年が既に距離を詰めていた。
「はアァァァァァァァッッッ!!」
無手ながら体を半身に引ききった体勢。脇構えの状態から豪快に振り回し始めたルカの手に集まるのは膨大な紫紺の魔力。一瞬にて出現した剣身十メートルの大刀は遠心力を武器に、ヘカトンケイルの腓腹部へと吸い込まれていった。
『グゥオオ……ッ!』
ピンチをチャンスに。距離の開けた二人の救出を一度に行う事は不可能に等しく、助けに向かい防戦に陥るより、注意を買い続ける事で二人を救う事に直結すると瞬時に判断を下したのだ。
盛大な血飛沫を噴出させ、ヘカトンケイルから苦悶の声が僅かに漏れる――が。
「くっ……硬……っ!?」
筋肉強度の高い腓腹部を断斬するには聊か威力が足りず、ルカの大刀を肉片はしっかりと握り込んでいた。
ルカが離脱を図ろうと脚に力を込める。だが二人を仕留める為に振り上げていた筈の五本の腕の矛先に気が付いたのは、既に腕が己へと中程まで振り下ろされている時だった。
「くそっ! まんまと餌に釣られたって訳かよ!」
そう、それは撒餌。遠距離からちまちまと砲撃を繰り出す厄介な敵を誘き寄せるためのヘカトンケイルの罠だったのだ。
巨大な弾道弾のように広範囲に及ぶ五つの拳に、橙黄眼で未来を視てから回避行動を取っている猶予はない。結界では高威力の拳砲に耐久が勝るとも思えない。
逃げ場は無かった。
しかしふわっと。
直撃を喫する筈のルカと巨大な拳の間に空色の香りが介入した。
「ぐっっ!? させま、せん!」
「マシュロっ!?」
外套を靡かせ、日傘を開いて日陰を作ったマシュロが片腕でヘカトンケイルの巨腕を防ぎ切っていた。万斛の魔力を注ぎ込んだ絶対防御は拳の威力を相殺し、周囲では空振りに終わった拳が地を抉る。
すかさず翠眼で強化したルカがマシュロを抱えて窮地を脱する。
「マシュロありがとう! 助かった!」
「いえ、私なんてまだまだです。寧ろ遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「来てくれて頼もしいよ。絶対に都市を守ろう」
「はい!」
ヘカトンケイルを挟んで反対側、血を流しながら再び戦場を舞う二人の姿に、ルカは安堵して決意を共にする。
絶対的守護神マシュロを加え、戦場は更に熱を帯びていく。そんな少人数で化物に立ち向かっていく様子を遠方で眺めるのは、ゼノン達と騒ぎを聞きつけ武装した多くの亜人族の戦士達。
「おいおいマジかよ……上位派閥の団長達が居ないってのに何で立ち向かってんだよ……正気じゃねえよ……」
「今の内に逃げようよ! あんなのと戦ってたら命が幾つあっても足りないよ!?」
戦士としての矜持からか武装して駆け付けたものの、いざヘカトンケイルの姿を認めるとその顔は皆同様に硬直していった。ヘカトンケイル程の巨体の魔物と出会ったこともなければ、秘境に出現するような通常サイズの幻獣すらも対峙したことの無い魔界の戦士達には、彼の巨体は脅威にしか映らない。
足元ではルカ達が必死に攻略法を探して繋いでいるというのに、魔界に住を置く亜人族達は逃げ腰そのものだった。
加勢に行くべきか、逃走するべきか。矜持と保身の狭間で揺れる後者優勢な戦士達が二の足を踏む中、暴れ狂うヘカトンケイルの投じた瓦礫片が近くの民家へと飛来した。
「うわあっ!?」
「ひいっ!? 逃げろっ、逃げろぉっ!?」
激震が周囲に及び、塵埃と悲鳴が立ち昇る。
逃走の大渋滞の障害のように立ち尽くすティミス達を追い抜いていく亜人族達。たったの一撃で矜持を折られ、非戦闘職の住民達に引き続き戦士達もその場を離れ始めていく。
「お、おいっ!? ルカ兄ちゃん達が戦ってるのに何で逃げてんだよ!?」
ゼノンの叱咤の声に引き攣った顔の亜人族達は次々に否定を吐いていく。
「俺達に死ねって言ってるのか……? 無理だろあんな化物……」
「あんなの勝てる訳ねえよ……! 人族に巻き込まれるのはご免だぜ!?」
口を開けば諦観ばかり、立ち向かおうとする気概さえ無い。まるで立ち向かっているルカ達がおかしいとでも言うかのように、己達の行動を肯定化する多くの言葉にゼノンは歯を噛み、クゥラは静かに目を閉じる。
「人族達が喰い止めてくれてんだろ!? だったら俺達は無関係だっ!?」
言葉の節々に混入する人族非難の声。
非常時ですら種族の違いを嫌厭し劣等扱いする亜人族達にゼノンが声を張り上げようとした。
その時。
「――――何をしているのです!!」
清廉で重厚な警世が一帯に響き渡った。
声の主に視線が会する。その先にいるのは金髪の少女、クゥラだった。
普段のように委縮した様子は一切無く、可愛らしい垂れ目は吊り上がり、突如上がった大音声に戦士達、民衆の時が停止する。勿論ゼノンも同様に。
初めて見たクゥラの権威、初めて聞いた大音声に瞠目を隠せない。
「命が惜しいのは人類として当然でしょう。逃げたくなる気持ちも理解出来ましょう。ですがそれは彼等も同じです! 彼等は都市を、民を守るために戦っているのです!! 亜人族の世界で肩身が狭い筈の人族の彼等が!!」
「く……クゥラ……?」
静まり返った街道に余すことなく届く芯からの声。この少女のどこにそんな声帯があるのかと疑いたくなるような力強い啓蒙に、ゼノンですら誰何の声が漏れるだけだ。
「それをどうしてこの世界の住人である亜人族達が立ち向かわないのですか!? どうして脅威を目の前に敵前逃亡が出来るのですか!? どうして問題を先送りにして被害が拡大する未来を看過出来るのですか!? ――どうして命を張っている彼等を等閑視出来るのですかッ!?」
クゥラの心の叫びが伝播する。
矮小な体躯から発せられる真説を人々は呑み込んでいく。
そんな彼等の中には勿論少女の正体に気付く者も現れ。
「お、おい……あれってノルベールの……」
「第二王女かっ!? どうしてこんなところにっ!?」
「王族だぞ!? 宙城にいるんじゃなかったのか!?」
クゥラの身許が判然とすれば勿論隣のゼノンの正体も割れる。
安全地帯でのうのうとやり過ごしている筈の王族達が、今にも戦火に巻き込まれそうな場所で人々を説いている事に多くの衆人が驚愕した。
それは固定概念。王族、金持ち、権力者、そういった者達は金に物を言わせて我が身の安全をまず確保する筈だ。民達を踏み付けてまで我先に逃亡し、命の確保に尽力する、それが民達の共通認識だ。現に宙城はヘカトンケイルの巨体であっても優に安全圏であり、地上であっても金持ちの豪邸には保護防壁が張られている。一般市民達が逃げ惑おうとも救いの手を伸ばそうともしない。
それがどうだ。クゥラは逃げようともせず、それどころか薬舗のある最西端からやって来た事を悟っている者もいる。
考えられなかった。信じられなかった。
ボンボン育ちである筈の王族が我が身を危険に晒している事が。
だからこそ、自身に戦う力が無くとも人々の心に届くものがあった。
「で、でも恐いものはしょうがないじゃない……?」
「あんなのに立ち向かったところで結果は見えてるよ……」
人々の音程が下がった。等閑視から弱音へと。
彼等は怖いのだ。未知に蹂躙されるのが。
己の弱さを隠すために人族を引き合いに出して、自身を正当化していた事を彼等は認めた。
そうなると話は簡単だ。
弱さを強さへ。臆病を少しの活力へ。
クゥラは凛とした瞳で戦士達へ戦意を投火する。
「勇気が出ないのならば背中を押しましょう。力を悲嘆するのならば支えましょう。団長格の居ない現在、都市を守るためには貴方達の力が必要なのです」
薄い胸元に両手を添え、まるで祈祷のようにクゥラは優しく口角を上げた。
「共に都市を守りましょう」




