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109話 正しい道を

 王宮でルカが貞操を取り留めた同時刻、祭事に耽る住民達にも強めの震動と騒ぎは伝播していた。



「飲みしゅぎましたかね……地面がふりゃふりゃしましゅ……」

「本当に揺れているのよ! この騒ぎは何!?」



 ざわざわと不審感を募らせ不安に駆られる者、悪夢の再来だと震え泣き出す者。地獄絵図のようなラグロックの住民達にサキノは状況が把握出来ない。

 そんな中で暗闇の奥――東方より青ざめた顔を引き連れた大勢の住民達が広場へと逃げ込んで来る。



「一体何があったんですか!?」

「終わりだ! 終わりだよ!?」

「た、っ助けっ!? 死にたくないっ!?」



 東方に何かがある事は確実なのだが、恐怖に憑りつかれた住民達は錯乱し会話どころではない。

 立ち止まり四顧するサキノ達を次々と追い越していく人の波、恐怖に宛がわれた周囲の住民達も同じ行動に倣い始める。



「が、ガーゴイルだ……二回ラグロックを襲ったガーゴイルがまた来たんだ……」



 戸惑うサキノの足元、人の流れに逆らうようにサキノへと状況を伝えにきたのは先程の少年だった。意気揚々と鍛錬に励んでいた面立ちはすっかり消え去り、周囲の者達と同じような蒼白な顔面をしている。

 少年の助言により、ようやくラグロックを半壊にまで追い込んだ主犯であるガーゴイルの襲来をサキノは理解した。



「教えてくれてありがとう。後は私達に任せて君も逃げて」



 大人達でさえ絶望に呑み込まれる事態で、少年が勇気を振り絞り教えに来てくれた事を感謝する。頷いた少年は少々憂い気な表情を送るが、サキノの指示に従いその場を駆け出した。



「こんな時にルカは王宮で何を……?」



 統率者であるルカの指示も無しに己が判断していいものかサキノは思い悩む。普段ならばいくら任務外とは言え住民を危機から救うために迷うことの無いサキノだったが、護衛任務道中のシュリアの言葉がやけに引っかかっていた。



『アナタに凶兆の気配がするわ。自分を大切にしなさい。今の生活が大切なら選択を誤っては駄目よ』



 凶兆。選択の誤謬。

 時期、内容の判然としない、何気ないシュリアの一言がサキノの出足を鈍らせる。

 しかし数々の依頼をこなし、人々の為に自己を犠牲にしてきたサキノにとって迷いは一瞬だった。



「マシュロさん、ポアロ行くよ。私達がラグロックの人達を守るの」

「どこに行くんれすかぁ? 二次会会場れすか?」

「あぁもうっ! いつまで酔っているのよ!?」



 サキノは自身のアイテムポーチから紫色の液体の入った小瓶――解毒剤を取り出すと、ぽわぽわと口を半開きに待機するマシュロの口へと突っ込んだ。

 続いて同じく酔いの兆候が見られていたポアロの方へと鋭い眼光を向けるも、



「僕はもう準備出来とるで。行くんやろ?」



 あっけらかんと準備を完了させていたポアロの姿に「読めない人」との感想を抱いた。

 水でも飲むかのようにぐびぐびと解毒剤を飲み干すマシュロの手を引き、サキノとポアロは東方へと向かい出す。



「きっとこの騒ぎでルカも現地に向かう筈。私達は私達で出来る事をしよう」

「了解やで。住民の様子から見るに結界は二重になっとるから今は食い止められとるって感じかいな……? 急いだほうがよさそうやな」



 全力で駆ける二人は判然とせぬ恐怖へと近付いていく。

 引き摺られるように走るマシュロは最初こそ酩酊で事態を理解していなかったが、解毒剤が効いてきたのか意識を鮮明へと昇華させては恥じながら気炎を吐く。



「あ……あぅ……猛省! マシュロ・エメラ猛省です!!」

「都市の中だったし羽目を外してても仕方がないよ。気にしないで」

「サキノしゃん……っ!」

「まだ酔ってる?」



 自走が可能となったマシュロの悔悟を聞き、サキノは不測の事態だと絆す。

 絶望的に戦士が不足しているラグロックの現況に、任務にはない責任感に戦意を奮い立たせる三名。徐々に過疎へと変貌していくラグロック東部に、住民の逃走が迅速に行われていることを悟った。

 しかし中には建物の陰や中で外の様子を窺う者もおり、サキノ達は必死に避難を呼びかけながら足の回転を速めた。

 そして安全地帯内の最東端を視界に収めたサキノは、眼前に広がる危機的状況に声を張る。



「一層目が破られている!? それにこの魔物の数……昼間の比じゃないよ!?」



 安全地帯の防波堤である外側の結界は大破しており、内側の結界は硝子のように罅が蜘蛛の巣状に走っている。中央に一部空いた穴には赤眼のガーゴイルが腕を突っ込んで突破しようとしており、二層目の結界も時間の問題と捉えるのが容易なほどに事態は切迫していた。

 藻掻き暴れるガーゴイルの一挙手一投足によって、刻々と結界は被害を拡大。穿孔が徐々に開け、使命を全うしきれなかった結界達が無惨に崩れ落ちていく。

 更にサキノが目を疑ったのはその周囲の魔物の物量だ。昼間の危地の三倍はいるであろう魔物の超軍勢が角や爪、獄炎等を用いて結界を破壊しようと目論んでいる。



「不味いで!? このままやと二層目も抜けられる!?」



 危機感は危機へと。狼藉を働くガーゴイルが遂に小さな隧道を開通した。

 ガーゴイルの腕の隙間を縫って一体の小さなアルミラージが安全地帯へと侵攻を開始する。その行動を目撃した他の魔物達も次々と倣っては穴を目がけて跳躍し、一体、また一体とラグロックへ侵入していく。

 ようやく到着したサキノ達は、攻め来る魔物達と正面から衝突した。



「退いて、っ下さい!!」



 夜の訪れによって絶対防御の発動時間外であるマシュロは接近戦を嫌い、アルミラージを相手取るサキノとポアロの弊害とならぬよう距離を置きながら、穿孔の拡大を狙う隻眼のガーゴイルへと電磁砲を解き放った。

 強大な魔力に一早く勘づいた黒い靄を持つ鎧小竜は翼をはためかせ結界から退避し、我先にと穿孔へと飛び込んだ魔物を焼き尽くしながら蒼い電光は結界へと直撃。特大の電磁砲は小さな穴から漏れ出た分だけ線を繋いで飛翔していき、結界に触れた電磁砲は罅割れながらも整然を保っていた。



「完全に魔力を通さないんですかこの結界はっ!?」



 ガーゴイルもろとも魔物の軍勢を一掃するために放った電磁砲の掉尾にマシュロは驚愕した。

 ラグロック特製の防御結界は人族、亜人族達が内部に保有する魔力こそ透過するものの、魔物自体や外部で発生した魔力は決して通さない。

 つまり外部からの幾許もの攻撃を防ぐが、内部からの攻撃も無に帰してしまうと言う事だ。それは内部からの一方的な攻撃が出来ない難点であり、魔物の駆除に悩むラグロックの課題であった。


 しかし防御性能は特級品。ルカの創造した盾をも突き破ったアルミラージの一角すらも防ぎ、マシュロの電磁砲をものともしない。

 故に魔物達の夜祭(モンスターナイト)で強化されたガーゴイルの突進力、膂力は計り知れないものがあった。


 力強く風を切り裂きながら旋回し、再度穴へと突進を試みるガーゴイルに、内地に侵入したアルミラージの殲滅を終えたサキノは心臓の収縮を感じた。



「あんなのがぶつかったら結界が持ち堪えられないよ!?」



 今は小さき穿孔だが加速力を付加した巨体がぶつかれば一溜まりも無いだろう。

 血に飢えたアルミラージ達が血気盛んに穿孔で梗塞を引き起こす中、構わず急迫するガーゴイルにサキノは身を投じようと一歩を踏み出し、マシュロは再度穿孔へと銃口を差し向けた。

 が。



「ポアロ、出番だ」



 黒き影がポアロの腕を攫い、一同の間隙を疾風の如く横切った。

 街灯や店灯で眩い都市東部に新たな翠の線を引き、あっという間に結界の外へとすり抜けたその正体は果たして。



「ルカりん!! 合点承知やで!」



 ルカの名を呼ぶポアロの嬉々とした声が打ち上がる。

 マートンではなくポアロと呼称した事でルカの思惑を瞬時に悟ったポアロ。勢いよく魔物の軍勢を飛び越えて後方を位置取り、真上を飛行するガーゴイル、そして魔物の軍勢に向けてポアロは能力(グラビティ)を投下した。



『ガアッッ!?』



 直上からの強烈な重力にガーゴイルは失速し、穿孔の手前で地上へと強制的に撃ち落とされた。数々の魔物が身動きを拘束され、更にはガーゴイルの巨体によって数体は圧死を迎える。

 重力に抗いながらギロリと後方の二人を睥睨する左眼を失った隻眼のガーゴイルに、ルカは漆黒の特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)を創造し、特大の電磁砲を射出した。

 ガーゴイルの突進を阻止する目的を果たしたポアロは、ルカの電磁砲の放出に合わせ重力(グラビティ)を即座に解除。退避に遅れた同線上の魔物を滅却しながら、ガーゴイルもろとも蒼光に呑まれた。



「本当にいいタイミングで来てくれるねルカっ!」



 結界を挟んで爆炎が巻き起こり、ポアロが追撃の為に若葉色の魔力を練り上げる中、サキノはルカの到着によって大惨事を免れた事に安堵を落とした。

 しかし事態が好転した訳ではない。あくまで現状が僅かに緩和しただけで、危機であることは変わらないのだ。

 加勢に行き魔物の殲滅を図りたいが、内地に人数を割かなければ万が一の事態に対応出来ない。攻撃力はあれど絶対防御を手放したマシュロ一人を残して行くには、あまりにもマシュロへの負担と危険を担わせてしまう。



「街はシュリアが護るわ。魔物の軍勢に身を投じる危険は伴うけど……任せてもいいかしら、サキノ?」



 そんな葛藤に踏み出せずにいたサキノの隣にシュリアが立つ。爆風に蒸栗色の髪を煽られながら波紋剣(フランベルジュ)を携える姿は、都市を守るための戦士としての凛とした王女の姿。



「シュリア……仇を討たなくていいの?」



 隻眼のガーゴイル。二度の襲撃により魔物を呼び込んでラグロックを半壊させた主犯であり、多くの故人の仇だ。シュリアからラグロック半壊の経緯を耳にしていたサキノは、沸々と湧き上がる黒い感情――憎悪の発散を問いかけた。



「ここに来るまでにルカ様に言われたのよ。ガーゴイルを憎む気持ちはあるだろうけど、それは街を、都市を守るための活力に変えてくれって。この街を本当に護れるのはシュリアしかいないって。だからシュリアはなんぴとたりともここから先へは通さない。シュリアの責務は倒す事じゃない、護る事よ」

「っ!!」



 どこかで聞いたような言葉。いや、言った言葉。


『怒りが晴れるまで戦い続けて、いつか取り返しのつかない怪我をする。下手すれば命だって。そんな感情に支配された貴方に戦い方を教える訳にはいかないの』


 戦い方の教示を請う少年へ説いた感情のコントロール。戦う意味。

 ルカは口を出さなくてもしっかりと話に耳を傾けていた。そのサキノの言葉を認め、更にはシュリアへと伝えてくれた。

 意味合いは少し異なっても、シュリアがガーゴイルと再戦したいと願うのは完全なる弔いだ。それによってシュリアは命を落とすかもしれない。そうなると故人達は報われない。不安に支配されたラグロックを纏め上げる人間が居なくなる。そうなると本格的にラグロックは収拾がつかなくなるだろう。

 だからルカは比較的安全な最終ラインでの防衛を任せたのだろう。それはシュリアにしか出来ない大きな仕事。都市を、民を、心から大切にするシュリアだからこそ持てる大きな気持ちをルカは説いていたのだ。



「お願い、シュリア達に力を貸して」

「勿論っ!!」



 損得ではない。人道として正しい道を。

 サキノは友の懇願に短く返答すると結界外へ飛び出していった。


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