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104話 天使オア神様★

 悪路に次ぐ悪路。上へ下へと急な傾斜を抜ければ、アルミラージ達によって掘られた孔が原因の岩石が道を占領していたりと、荷馬車が通れるような道ではない道をルカ達一行は進んでいた。

 今でこそ日照が地の乾きを促進するが、所々に生じている泥濘にも脚を取られ体力は次第に削られていく。

 三度、魔物との交戦を終えた一行――特にリフリア在住の亜人族、マシュロに至っては念入りに回復させ、ルカ達は順調にラグロックへの路程を消化していた。



「ひ、ひええええ……高いぃぃ、怖いぃぃ……」

「マシュロさん大丈夫……? でもあんまり引っ張らないで欲しいな……ふ、服が……」

「ごっ、ごめんなさい。でも今意識を保つのがやっとで……あわわわ……」



 そんな彼等が現在進んでいる道は右側が絶壁、左側が断崖の人一人がようやく通れるほどの幅しかない道だ。死亡する確率の方がどう見繕っても高いが、転落すればまず重傷は逃れられない。

 サキノの衣服を背後から掴み無意識に引っ張るマシュロへ、サキノは苦笑を浮かべながら胸元の衣服を上へと引っ張っていた。そう、マシュロが背後から引っ張る事によって、サキノの肩無(オフショルダー)の浴衣から豊満な双丘が零れそうになっているのだ。

 恐怖により知らずの内に力が入っているマシュロは、そんなサキノの事情など知る由もなく。サキノは背後に居ても伝わるマシュロの本気の恐怖(ガクブル)に強くも言えず、暗闘とした衣服の奪取戦が繰り広げられていた。

 そのマシュロの背後では「おほー」と健全男子のポアロが鼻の下を伸ばして、白髪で隠見する絶景を眺めていたが、この後サキノにボコられるのは言うまでもない。



「ラグロックまでの道って本当に険しいんだな。ここまでとは思わなかったよ」

「往時は今ほど都市間の関係性が良くなくて、鉱山都市であるラグロックを支配下に置こうと他国が攻めてきたことも多々あったみたいだわ。だけどラグロックは要害の地。ここまでの過程を見て貰えれば分かると思うけど、魔物との交戦を加味してもラグロックに着くまでに大幅に体力を消費するわ。防衛戦では圧倒的にラグロックに分があって、いつの間にか不可侵都市となっていたのも頷けるほどね」



 先頭を行くルカと、その後方をついて行くシュリアは会話を交わす。

 今でこそ随所が崩壊を起こして他国への道順がリフリアしかなくなってしまったのもの、過去には様々な道順からラグロックに侵攻しようとした国々があった。ラグロックの技術を支配下に、ラグロックの収益を自国に。そんな利益ばかりを追い詰めた国々とラグロックの戦争だ。

 しかし、いくら強大な武力を誇る国であろうとその願望は叶わなかった。それはラグロックまでの過程が険し過ぎ、疲労に追い打ちをかけるかのように地の利を生かした戦闘を強要されているためであった。

 いつしか対ラグロックとの戦争の数は減少していき、ラグロックは不可侵都市の異名を手にしていたのだ。

 それほどまでにラグロックまでの道のりは生易しいものではない。商人達が挙って依頼を拒否するほどに。



「そんな栄誉ある都市を手放さなきゃならないほどに問題は深刻ってわけか……移住以外にどうにかならないもんなのか?」

「難しいわね。戦士の数が不足どころか、居ないわ。一から戦闘術を教え込むことも出来るけど、不安に駆られた市民達の意欲をどこまで引き出せられるかしら? それなら他国から戦士を雇う、または買収する方が効率的ね。どうルカ様? シュリアはルカ様の実力を買ってるんだけど」

「俺一人がラグロックに渡り住んだところで現状は変わらないだろ……」



 やんわりとラグロックへの移住を勧めるシュリアに、やんわりとルカは意味の薄さを語る。

 一人の力で国を守る事など出来やしない。シュリアの言うように戦闘術を教え込むことは出来るかもしれないが、それなら世界で名立たる戦士を雇うなり買収するなりして有力者の型を広めるべきだ。

 喧嘩ではなく死闘となる魔物戦。異世界に関わって二か月足らずの己が指南など以ての外だとルカは拒否の言葉を濁した。



「そうかしら? 商人の護衛は人手不足だからともかく、ルカ様の視野角と機転があればシュリアとラグロックを守ることくらい可能だとシュリアは考えているのだけど」

「実力を認めてくれるのは嬉しいがそれは買い被り過ぎだよ」



 己の実力を過信しないルカは流石に無茶言い過ぎだと苦笑するが、シュリアの表情は真剣そのものだった。一縷もルカの実力を疑っていない、そんな王女の信頼感に否定こそするが、ルカは心が少し温かくなった。



「何やら不穏な会話が聞こえますね……ルカさんを引き抜こうったってそうはいきませんよ! (わたくし)の許可を得て貰わないといけません! 勿論許可しませんが!」

「マシュロさんストップストップ!! ほんとに、脱げちゃうからッ!?」



 声量を気にせず堂々と買収しようとするシュリアに、マシュロは恐怖を崖下に落としたかのように反論する。汲々としたマシュロの熱量はサキノの必死の抵抗が物語っていた。

 ポンコツのおこぼれに、お零れを期待するポアロは、背後から無言で必死の応援をマシュロへと送っていた。



「アナタの許可を貰わないといけないだなんて誰が決めたのかしら? ルカ様は誰のものでもない筈よ?」

「私が今決めました! ルカさんは私の未来のだ……じゃなくて、ルカさんには返せないほどの恩があるのです! その恩を返さないまま疎遠になるだなんて女が廃ります!」

「だったらアナタもラグロックに移住したらどうかしら?」

「そんな簡単な話では――ルカさんと暮らせるならそれもアリですね……」

「折れるの早いな!? もう少し熟考しろよ!?」

「ルカは行かないよ!? というかマシュロさん早く離してーっ!?」



 一歩間違えれば転落は免れない狭い一本道で行われるやり取り。

 ラグロック、魔界リフリア、下界リフリア。各々異なる場所に居を持つ彼女等がルカの居場所の取り合いを始める平穏な昼前。

 ルカが辟易するほど後方で女性陣の言い合いが続き、ややあって。

 恐怖の一本道を越えたルカ達は一つの問題に直面していた。



「これは参ったわね」



 サキノが後方で後ろを向き浴衣の着付けを直し、ポアロが頭から白煙を上げて地に沈む中、一同が立ち尽くす先は崩落によって道が無くなっていた。

 ただでさえアルミラージが奔放として新たな孔を掘り返している一帯。淅瀝と降り頻った連日の雨によって、路は崖下へと崩落してしまったようだ。

 二十メートルほど先にはまた道が続いているが、対岸に渡るまで歩けるスペースなど微塵も無く、立ち往生を余儀なくされていた。



「他に道は……なさそうだな」

「跳べる距離でもないし手間だけど引き返すしかなさそうね」

「ぎえっ!? 今来た道を引き返すんですか!?」

「それしか手がないもの」



 無情な現実にシュリアが引き返す方針を定め、マシュロに恐怖が蘇る。

 小動物が既にカタカタ震え始めている中で、サキノがようやく皆と合流を来たし、一同が直面している問題をようやく目にしては、振り返ったルカと眼を合わせて頷いた。



「サキノいけるか?」

「うん、大丈夫だよ」



 主語の抜けたやりとりに二人以外が首を傾げ、ルカとサキノは魔力を練る。

 黒と白の魔力。紫紺眼を解放したルカと、サラサラと毛先が若紫色の白髪を揺らめかすサキノの姿に、立ち上がったポアロを含めた三者は見惚れ。

 二人の背に双翼が出現した。

 長髪と同じ色調の天使のような翼と、サキノの翼を黒転させた堕天使のような一対二枚の大翼。

 人智を超えたその姿にシュリアは瞠目し、自身を助けるためにルカが上空から降って来た原拠を理解した。




挿絵(By みてみん)



「これで皆を運べる。大丈夫だ、このまま行こう」



 ルカとサキノの攻略法は、わざわざ迂回などせずとも二人が皆を運搬する事で捷径を図ろうということだった。単純でありながら両者にしか出来ない芸当に、皆は感心を抱かずにはいられない。



「ルカさんはカッコイイですし、サキノさんは美しいです……天使ですか? それとも神様ですか?」

「対照的でお似合いな二人やなー」



 ぼーっと二人を陶酔した眼で見つめるマシュロに、ポアロがぽろっと感想を漏らした。

 マシュロに共感しただけの筈が、ルカに恋心を抱くマシュロには余計な一言でしかなく。



(はっ……! 思わず見惚れてしまいました! ぐぬぬ……サキノさんは大切な仲間ですが強敵ですね……)

「え!? なんやなんや!? 痛い痛い!?」



 ポカポカと隣のポアロを無言で殴打するマシュロはライバルの存在に妬いていた。

 とはいえこの状況を冷静に俯瞰するマシュロは一つの事実に気が付いた。運搬者は二人。自身には選択する権利がある。そして未だルカとサキノは誰を運ぶかと言う決定的名指しは行ってはいない。

 気が合うと感じているサキノに運んでもらえることも勿論嬉しいのだが、やはり恋心には勝てない。

 ルカに二度横抱きされた快感が忘れられない。欲を言うのであればもう一度味わいたい。ルカの匂いをくんくんしたい。心音を、吐息を感じたい――っと、これ以上欲を出すと変態扱いされかねないので、マシュロは頭を降って邪念を追い払う。

 そして瞳をキラキラと輝かし、垂涎で誰よりも早く先手を打ちにかかった。



(わたくし)がルカさんに――」

「シュリアがルカ様に抱いてもらうわ」



 マシュロとシュリアの欲望が同時に発火した。

 小さな火花はバチィッッッと燃え上がり、二人の壮絶な睨み合いが始まる。



「……僕、対岸に魔物おらんか見てくるから先に行くでー」



 言い置きを残したポアロは重力操作で自身の体重を軽減し、跳躍によって一人で対岸に渡っていった。



(アポロあいつ逃げたな……)



 ポアロの発言など耳にも入らず、自身の得物に手を添えるマシュロとシュリア。

 両者にこにこと笑顔を張り付けているものの、心中邪魔者扱いしている相手に今にも飛びかかりそうだった。



「アナタ如きがシュリアに勝てるとでも?」

「言ってくれますね……いくら姫君とは言え、私の絶対防御を打ち崩せるでしょうか?」



 波紋剣(フランベルジュ)が鞘を滑り抜ける音が響き、マシュロが開いている傘をくるくると回す。

 結局魔物と相見えることの無かったシュリアは特に勝負欲が掻き立てられているように見えた。



「待て待て、こんな所で争うなよ……」

「ルカ様、止めないで頂戴」

「ルカさんなら譲れない戦い、わかってくれますよね?」

「…………」



 好き勝手言う二人にルカは辟易し「何とか言ってくれ」と女同士の戦いを止めるよう、サキノへと視線を向ける。

 しかしそこには翼を解除して後ろ手を組むサキノが。



「あれ!? サキノ!?」

「マシュロさんもシュリアもルカに運んでもらえば解決する話かなーって。それならついでに私も……」



 機嫌を損ねている訳ではないみたいだが、どうしてか顔を背けて淡く紅潮させている。ルカには到底理解出来ず、二人の喧嘩を止め、三人を運搬するのはルカの役目と相成った。

 マシュロとシュリアは最後まで「私がルカさんの最初の女になるんです!」や「姫を差し置いて何を言ってるの? ルカ様の初めてを貰うのはシュリアよ」など意味不明なやり取りを繰り返していたが。


 事の帰結として収拾のつかない言い合いに辟易したルカが、左腕にマシュロ、右腕にシュリアを抱え、何とも雑な運搬に二人は呆気に取られた。「女の子の運び方としては零点やな……」とポアロの独白に、何が起こっているのか理解出来ていないままに下ろされる。

 三人を置き去りに戻ったルカは、最後の一人のサキノを抱えて全員の渡河に成功した。

 しかし。



「……サキノさん、一人だけお姫様抱っこはずるいデスヨ? 見せしめデスカ? 喧嘩をして荷物のように運ばれた哀れな私達への見せしめデスカ?」

「抜け駆けは頂けないわね? 流石のシュリアでも目の前で不貞行為を見せつけられて興奮するほど歪んだ性癖は持ってないわよ? いやちょっと興奮したのはこの際隠しておくわ」

「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてっ!? 怖い怖い! 目が怖いよ!? それに今のって私が悪かったの!?」



 大きな双眸でハイライトを失った二人に、サキノは岩際へと詰め寄られる。ルカもマシュロの救出劇やラヴィとの馴れ合いで横抱きに慣れてしまっているのか、サキノを抱える際に何の躊躇もなく抱えてしまっていた。

 お姫様抱っこ。女性が憧れる抱き方を何の抵抗もなくやってのけるルカだったが、現に詰め寄られるサキノの顔は羞恥に塗れている。

 女性陣がやいのやいのと揉めている中、黒翼を消失させたルカの元へとポアロが近付く。

 


「ルカりんもサキるんもそんな裏技あったんなら護衛に僕等いらんかったんちゃう?」

「流石に長距離を飛ぶには慣れてないのもあるし、そもそも俺の翼は創造の応用だ。単一の法則がある創造じゃ、翼を出してる時に魔物に襲われたら対処のしようがない」

「わ、私は魔力を燃やし続けてる感じだから完全に魔力不足ね」



 素朴なポアロの疑問にルカが答え、詰問されていた状況から何とか逃れようとサキノが強引に話へと介入する。



「単純に見えても意外と利点ばかりやないんやなぁ」



 背景に「ずるい」の文字をびっしりと書き殴った二人も合流し、ルカは太陽の位置を確認する為、頭上を見上げた。

 およそ中天。昨日とは打って変わった日光が照りつける快晴の天気に汗が頬を伝う。



「シュリア、ラグロックまでの道程はどれほど消化した?」

「既に七割は進んでるわ。このペースならあと二時間程あれば到着する筈よ」



 ペースとしては大分順調のようで、シュリアにも焦りは見られない。とはいえ、これまで休息という休息は十分に取っていないことから、このペースもある意味で納得ではあったが。



(あ、俺が休息の指示を出さないと誰も休めないのか)



 自身が指揮を務めている事から、休みたくとも休めない者がいたのではないかと憶測がルカに過ぎる。

 そんなルカの困惑を察したのか、マシュロは閉じていた日傘をゴソゴソと漁り、大きめの風呂敷包みを取り出した。



「時間に余裕があるのであれば、私お弁当作って来たんですけど皆さんどうですか?」

「今どこから出したんや!? え!? さっきまでその傘で戦ってたよな!? なんでその傘から出てくんねん!?」

「アポロさんうるさいです」



 先程まで振られては電磁砲を放ち、時には日傘として開かれていた傘から、質量の法則を無視したかのような風呂敷包みが取り出された事にポアロは何故か疑問を抱く。

 何に驚いているのかわからないとばかりにマシュロはつーんと冷ややかに半眼を向けた。



「ツッコミにうるさいはご法度やで!? 気になるやん!? いやそんなことより、マシロんピクニックちゃうねんからそんな悠長な――」

「ありがとうーマシュロさん! 私お腹空いてきちゃって……」

「あれ、サキるん乗り気……?」



 魔物の巣窟でランチなど危険も危険だと指摘しようとしたところ、サキノがお腹を擦りながら眼を輝かせ、ポアロの出鼻が挫かれる。



「女の子が折角作ってきてくれたものを無下にするとは何事かしら? 男の風上にも置けないわよ?」

「腹が減っては戦は出来ぬって言うからな。ありがとうマシュロ」

「あるぇーーーっ!? 僕だけ悪者みたいやんけ!?」

「悪者でしょ」「悪者よ」「悪者だろ」

「アポロさんにはあげませんから!」



 次々とマシュロとサキノに援護射撃が繰り出されポアロは総攻撃を喰らう。

 事実ここにいる誰もが腹を空かせているのは事実なのだ。



「わー! ごめんごめん! 僕が悪かった! 実際僕もえっらいお腹空いとんねん!」



 くすくすと皆に笑みが漏れ、警戒に張り詰めていた空気が僅かに弛緩した。



「それじゃあ、少し休憩にしようか」



 ルカが全員の総意を言葉にし、休息の提案をしてくれたマシュロへささやかな笑みを向けた。

 その整然とした笑みにマシュロは心臓をキュッと抱き締められ、俄然やる気の出たマシュロの手際のよい準備によって五人は小休止を始めたのだった。


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