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その七

「私は、宇宙人です、あなた方が言うところの」

 地球も宇宙の中の星だから、地球人すなわち宇宙人である、という回りくどいボケではどうやらないらしいことは、言ったとたんニッコリとしたように見えた表情からもうかがえる。人は、学習をした人は、経験を踏んだ人はいちいちボケに拘泥していると話が先に進まないというのは習熟済みであり、それは記憶が消去されないままでいる昨日の出来事のせいでもある。

「あ、その、宇宙人さん、なんでここにいるのかも教えて下されるんですよね」

 何か飲み込めないものを必死にこらえながら話を前に進ませようとするものだから、敬語がおかしくなってしまっているが、普段なら古文の知識に基づいてそんな過失をするはずはないのだが、自身がそんなことを言いやがってしまうのも目をつぶった。

「そうそう、その件です」

「どの件だよ」

 さすがにツッコんでしまった。何にも上ってない話題をさも熟知しあっているかのような連体詞の使い方は見過ごせない。

「中久保カツミ殿、あなたが知りたいと持っていることについてでございます」

 本題に入ると告げられて、中久保カツミは息を飲んだ。

「恋と言うのは」

 喉から何かが溢れそうになりながら、中久保カツミは自称宇宙人が語り始めることに耳を傾けることしかできなかった。

「ところで、中久保カツミ殿、貴殿は」

 なんの中身のない話どころか一歩も話し出してないのに、転換されてしまいかねない話題に中久保カツミは

「いやいや、今の流れは恋が何たるものかを宇宙の叡智が語り始める場面でしょ。そこを……」

 慌てて宇宙人を制した。が、途中で反論が止まった、いや止めた。なにせ、宇宙蜂人が手をかざしたのだ。どうやら「(みな)まで話さずとも解しております」の意を示そうとしたのかもしれないが、アニメや漫画や映画の知識が刷り込まれている青年はそこからエネルギー弾やら昏倒作用の波動やらが発せられかねない予測のため、自重してしまったのだ。

「ところで、と申し上げたのは昨日の一件について思うところがあれば、まずはお聞きしようと思った次第なのです。ですが、どうやらその手間は割愛にしてお話をした方がよろしいご様子」

「なんで、昨日のことを……」

 もしかしたら、この宇宙人の仕込みなのかもなんてことを思った矢先、こうして地球くんだりまで、しかも中久保カツミご指名でお越しいただいている宇宙人殿でござる、あれやこれやをご存知だとしても何ら不思議ではない。

「文学にそれをお求めになる、という妙案には感心します」

 図らずもお褒めいただいた、宇宙人から。なぜか、胸のあたりがあったかくなり始めたのは、きっと宇宙人の不可視光線的な何かのせいだろう。一方で自らの模索までも熟知されている点が妙に気にかかったが、宇宙人ならさもありなんと解せないわけでもなかった。

「宇宙人さんがそうおっしゃるとするなら、俺、……いや私の方法は悪くはない、ということでよろしいんでしょうか?」

 お墨付きをもらって調子が出て来た。

「ただ、文学作品はそれこそ山ほどありまして、それらをすべて読んでいたら、とっくに高校も終わってしまいます。だからこそ早く知りたいのですが、どうしたらよろしいでしょうか?」

 もはやコントの件も宇宙人とやらの正体やらも棚上げして、現下の難問の解答を求めてしまう。

「他人に聞いた答えと言うのは身にはなりません」

 微分の授業で数学の教師が語った内容と同じことを、ここにきて言い放ちやがった。

「いや、そんなことを言いだしたら」

 身を乗り出す勢いでクレームを言うのも無理からぬこと。

「だからその点に気を付けていただかこうかと思いまして」

 分かりにくさは積分の授業くらいだろうか。

「答えがある、という前提が違っているのです。客観的で普遍的な唯一の答えと考えているとたどりつけはしません」

 哲学の授業など社会科でちらりと学者の名前を聞いたくらいでその論理展開とか知っているわけではない。つまりは宇宙蜂人が言っていることが難しいのである。ただ一つ、恋とは何ぞやを文学作品の中に求めても意味はない、と言われているのは理解できた。

「でも、先人たちの作品の共通項を求めていけば、それが答えとなって」

「それは答えではなく、情報です。貴殿が行っているのは情報収集なのです」

「だったら、何を好き好んで恋愛小説たる作品が古今東西に溢れているとおっしゃるのですか!」

 それはもはや質問ではなく、単なる逆ギレだった。

「文学作品は参考書ではありませんよ」

「情報収集云々の段階で参考書じゃありませんか?」

「参考書は情報の貯蔵庫ではないことをご存知のはずですが」

 言われなくても分かっている。今の中久保カツミは単に宇宙人に反論していたいだけだったのだ。そうしなければむず痒くて仕方ない。免疫、と言ってしまえばあまりにも過敏な反応だろう。が、この中久保カツミはそんなものではなかった。ただただ言われたことをうのみにできない、素直に聞けない、だから言わずにはいられなかったのだ。無論、容易にいなされてしまったが。

「そんな御託を並べるくらいなら、どうして現れたりしたんですか。言うだけなら、テレパシーだのなんだので済ませたらよかったでしょうに」

 キレ方にもほどがあるというものだ。宇宙人だからテレパシーが使えるなんて、論理の飛躍どころの騒ぎではない。どっからそんな理屈を知りえたというのか、アニメやマンガ以外にはないのだが。

「そんなことをしたら馬耳東風だったでしょうに」

 宇宙人が四字熟語を使うなんて、などとツッコんでいる場合ではない。というよりできない。蜂人が言うようにきっと聞く耳を持たなかったことは容易に想像できる。

「ですから、こうして姿を現した次第です。文学が一つの物語を描いているように、あなたの日々が、思いが、物語を描くのです。あなたがその物語を読んだ時、一体どういうお話しなら感動をするか、ご想像してみるとよろしい」

 二人称の呼び方を統一してもらいたいが、ようやく何が言いたいかが理解できた気がした。作品を読んで納得したりしなかったり、つまらなかったり、気分を害したり、そして面白かったり感動したり。

 それでは。自分の思いの物語があったとして、それを自分が読んだとして、現状は、そして行く末というこれからはどんな印象になるだろうか。想像してみた。そう、想像することができる。それは文化祭で上映される自主制作映画のようなかもしれない。けれどもそれを鑑賞して終わりではない。それを見て動悸が動くかもしれない。涙するかもしれない。

「理解が早いな、まったく」

 蜂宇宙人がざっくばらんになった。それまでの調子というのは、まったくもって演じていたかのように。

「さあて、戻るとするか」

 続けて背伸びをしてからゆっくりと息を吐いてから、まじまじと中久保カツミを見たかと思うと、

「じゃあな、あんまり肩に力入れてんなよ」

 軽く手を振ると、徐々に体が透き通り始めた。

「いや、これで終わりとか、中途半端じゃ」

 慌てて手を伸ばすものの、蜂宇宙人さんの姿は薄くなって、それから上空に飛ぶように消えていってしまった。消える間際一瞬だけかの方の頭上に光る輪が見えた気がした。


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