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その六

 絶句とか二の句が告げないのは前日にすでに初体験を済ませているが、息を飲むを通り越して息が止まるのはこれが初めてだった。よもや昨日のコスプレフェスティバルがやはりネタで、本日も継続、というかさらなるボケをぶっこんできたと思ってしまうのは致し方ないとしても、とはいえ、川波と静間の焦燥具合を思い出せば昨日の件は棚に上げておくこともできる、という具合にしなければ、どうしてこんな人がいるのかの説明が思いつかない。そう、思いつかないのだ。当人からご説明を始めてくれればいいようなものなのに、一向にして話す素振りがない。ちなみにしゃべりだせば、その被り物の中から、自分を化かそうとしている誰それさんの声、たとえそれが聞き馴染みのない声でも、同年代すなわち同学年か、上級生か下級生かの見当くらいはつく。それを知っていて、コントがぽしゃってしまうから(やっこ)さんはしゃべりださないのかとさえ思えて来る。だから、部室の戸を開けたっきり中久保カツミは入ろうにも入れず、帰ろうにも帰れないでいるのだ。

「お先に失礼いたしております」

 振り向きもせず、ようやくしゃべりだしやがった先方。正体を暴いてやろうという意欲が沸いたとたんに萎えてしまったのは他でもない。声が若者らしくまるでなかったのである。なにかおもちゃの器具等を使って変な声にしているわけでもない。昆虫パニック映画もどきをネタ元にするのなら、震える声にでもなっていればいいようなものを、どこか澄んだ声色である。中久保カツミがツッコミをできないでいたのは、それらばかりではない。声が聞こえるのは確かに耳に届いているから聞こえるのだけれども、その発生源はマスクの中ではない。確かに、顎が動いているそこから声が聞こえたのである。つまりは、これは被り物ではなく、紛れもなく生物の頭部本物ということになる。蜂男、いや声からして男とは限らないから、蜂人間の出で立ちだが、再三繰り返すが人類ではないようである。背中にチャックもそれを連想させるこんもりした感じもない。見れば、足もコスプレ以外には見えないのだが、ストッキング的履物でもなさそうである。

「で、誰?」

 ひとまず沈黙が破られたおかげで、これが盗撮ドッキリコントであろうがなかろうが一旦脇に置いて、素性を尋ねるのは当然である。

「驚かせてしまったようで、申し訳ない」

 他にヘルプを求められないような室内で待っているくらいなら、付け加えるならそれで謝るくらいなら、まずは何年何組で目的は何かを明白にしてもらえれば、いささかでも激しくなったままの動悸が平たん化になるというもの。しかも、である。この方、謝ってしまった。これがネタならどんどこボケを積み上げていくはずである。となれば、こちらさんは真剣でいらっしゃる可能性が出て来る。

「いや、あのー」

「まあまあ、そう立っておらず、あなたの部室なのですから、どうぞお座りください」

 いろいろ尋ねたいことが山積みだというのに、蜂人に平素のふるまいを求められてしまった。これに反逆したとたん、学校椅子の背もたれと座面の間のちょうど腰のあたりの空いた空間に差し込まれたように飛び出ている、それこそ蜂の針によって攻撃云々だのされてはたまったものではない。その針には神経毒が含まれていて刺されたとたんに全身が麻痺して身動きができないうちに、その鋭利な口によって血肉を、なんてSFホラー的展開が待っているとしても、恐る恐るといえ従うしかない。

「初めまして」

「え? あ、はい。ご丁寧にどうも」

 蜂人が頭を下げるものだから、人としての礼儀上挨拶を返さないわけにはいかない。

「私がここを訪れたのは」

 先方が尋ねる前に来訪理由を告げてくれるらしい。確かにそれは知りたい、だが、その前に、

「御名前とか、一体どなたなんですか?」

 素性を知るのが優先である。

「ああ、なるほど、そちらでしたか。ええっと、そうですね。自己紹介」

 蜂人さん、腕を組み思案気になり始めたかと思うと、

「ああ、そうだ、そうだ。これです」

 どうやらボケが決まったらしい。


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