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百倍と薬草と小さなスコップ


近頃、社交界を賑わすのは、第三王子アルペジオが選んだ婚約者の噂話ばかり。


今日、ある貴族宅で開かれた小さなお茶会での話題も、この話題で持ちきりだった。


「魔力を持たないどころか、触れた者の魔力を吸収して無力化してしまうだなんて、なんて恐ろしい。しかも、目と髪が黒だとか。不吉極まりませんわ」


憎々しげに歪めた顔を扇で隠すのは、パルメ・ヘインズ公爵夫人。


今日の主催者にして、アルペジオの父であるクリフォード王の婚約者としての地位を、マルゴー王妃と最後まで争った人物だった。


「なんでも、男爵家の次女ですのに、親に見捨てられて、平民の使用人達と暮らしていたとか」


「それにも関わらず、王妃のご実家が後ろ盾になられたそうですわ」


「まぁ!権力をご自分の身内に集中させるおつもりなのね?」


「ヘインズ公爵夫人、如何なさいますか?」


腰巾着達のさえずりに、益々顔を歪めるパルメは、ギリリと悔しげに歯を食いしばった。


つい先日、貴族達の反発を予想した王家は、先手を打って、年々増え続けるアルペジオの魔力量を抑える手段が、ナンシー以外ない事を公表した。


強過ぎる魔力は、内側から本人の体を蝕む。


特に、天井知らずに上がり続けるアルペジオの魔力量は、このまま行けば、若くして命を落とす可能性すら秘めていた。


常に泰然自若としているアルペジオを見ていた貴族には、にわかに信じ難い事実だったが、さすがの彼らも、王家の公表した調査書に表記された数値に絶句したのだ。


生まれた時には、既に、アルペジオの魔力量は、成人男性の三倍。


十二歳に至る今では、百倍にも及んでいた。


そのため、アルペジオは、今まで四十度近い熱を我慢しながら勉学に励んでいた。


通常の人間なら拷問にも等しい。


それが、朝昼晩と一日3回彼女を抱きしめるだけで、体温は平熱に下がり、彼がコントロール出来るだけの適正な魔力を体内に残すことができたと結論付けられている。


しかも、この適正数値すら常人の10倍は下らず、王立学園でもトップを譲らない優秀さを誇っているのだから、誰も異議を申し立てることが出来なかった。


更に、ナンシーは、貴婦人の見本と言われたフォード王の祖母プリメラが、心から愛した終の棲家まで与えられた。


王家は、全ての力を使って、ナンシーを守ることを宣言したのだ。


一介の公爵夫人に、何ができよう。


「ふーーーーー」


パルメは、胸の中のムカムカを吐き出すように、長くゆっくりと息を吐いた。


「ところで、お嬢さん達のご機嫌はいかが?」


冷ややかな笑みを顔に貼り付け、パルメは、この場にいる貴婦人達の顔を、端から順番に見つめていった。


皆、一様に青い顔をして、視線を目の前に置かれたカップに移す。


ここに集められたのは、ヘインズ公爵家の息がかかる高位貴族の奥方達。


しかも、アルペジオより年下の娘を持つ母親のみ集められていた。


「そ、それが、あまり、食欲もわかないようで……」


一人が勇気を出して娘の体調不良を訴えると、次々、『我が家も!』、『我が家も!』と声を上げた。


実は、アルペジオの婚約者決定に、一番ホッとしたのは、何を隠そう第三王子の婚約者候補達であった。


あの会場でアルペジオが放った魔力圧に彼女達の殆どが気絶し、帰宅後も、アルペジオへの恐怖が拭えずにいる。


過ぎる能力というのは、人に恐怖心を与えるらしい。


『あの方だけは、嫌です』


と多くの少女達が拒否反応を示したのだ。


パルメは、視線を益々冷たくして、ペコペコ頭を下げる女達を睨みつけた。


彼女には、二人の優秀な息子がいるが、残念ながら、娘がいない。


それ故に、自らの派閥から、王子の伴侶を出すことは悲願でもある。


既に、第一王子は、同盟国の第二王女と、第二王子は、別の派閥の令嬢と婚約している。


これも、マルゴー王妃が縁を結んだと言われており、過去のライバルを排除しようとしているに違いないとパルメは恨みをつのらせていた。


「親が親なら子も子ね。本当に、役に立たないわ」


頭に上った血を少しでも下げようと、パルメは、パタパタと扇子で風を起こした。


ここに集められた母親達とて、長年、王家と縁続きになることを望んできた。


魔力量の多さが力と見なされるこの国では、第三王子と言えども、王位継承の可能性が多いにあるのだ。


このまま、みすみすポッと出の新参者に優良物件を攫われるのは、悔しくてたまらない。


きっと、何か他に手があるはずだ。


沈黙が続く中、


「ヘインズ公爵夫人、その幼女を、まだ魔力の扱いが不安定なアルペジオ殿下の生きる魔力吸収リングと考えてはいかがでしょうか?」


ある伯爵夫人が、手を挙げて発言した。


その言葉に、暗い顔をしていた取り巻き達も息を吹き返す。


「そうですわ!十二歳で、成人男性の百倍にも及ぶ魔力量に耐えたアルペジオ殿下のことですもの。成人を迎える頃には、そんな小娘がおらずとも、魔力を自由自在に操られるはず!」


「三歳の幼女が、子を成せるようになるまで、最低でも十年はかかるでしょう。それまでに、男性としての欲求を満たして差し上げれば、歳の離れた小さな婚約者など、直ぐに忘れてしまいますわ!」


悪知恵の働く貴婦人達は、その後も次々に姑息で卑怯な手段を提案していく。


パルメは、その案に、少し心が揺らいだようだ。


もし仮に、アルペジオが短命だとしても、産まれた子供が跡を継ぐのだから、生母の実家が力を持てることに変わりない。


「なるほど。では、貴女達の娘が、アルペジオ殿下を篭絡出来るほど魅力的な貴婦人になれることをねがっておりますわ。ほほほほほ」


パルメの機嫌が幾分直ったことで、お茶会の雰囲気は、一瞬和らいだ。


しかし、


「それに、今後、どんな『不慮の事故』に巻き込まれて、その婚約者が死ぬか分かりませんものねぇ」


と言葉を続けたことで、参加者達は、パルメの底しれぬ恐ろしさを知った。














アルペジオは、朝食を一緒にとるために、ナンシーの邸宅を訪れた。


「おはよう、ナッシー」


「アリュ、おぁよー!」


挨拶を交わしながら、アルペジオは、幼い婚約者の泥に塗れた姿に苦笑した。


ここ最近、ナンシーの興味は、お庭に作った薬草畑に注がれている。


庭師のジムが、以前から育成してきたものを移植したのだが、折角広い場所に移ったのだからと、どんどん増築しているのだ。


「ジム、いつも精が出るね」


「はっ、有難きお言葉」


横に控えていたジムは、アルペジオに、深々と頭を下げた。


触れたものの魔力を無効化してしまうナンシーには、光魔法による治療ができない。


だから、ジムは、ナンシーの為に熱ざましや咳止めなど、多種多様な薬草を育ててきた。


実は、平民でも、教会に行き少額の寄付さえ出せば、簡単に治療が受けられる。


わざわざ面倒くさい思いをして、薬草を育てたりするのは、その寄付すら出来ない貧乏人だけだ。


さして効果があるわけではないが、無いよりマシ。


ジムも、傭兵時代に、治癒師の居ない状況下で致し方なく薬草を使っていたから知識があるだけなのだ。


「アリュ、おなかしゅいた」


ナンシーは、さも当たり前といった風に、泥の付いた手をアルペジオに向かって突き出す。


抱っこして、食卓まで運べと言うことだ。


無論、可愛い婚約者のお望みとあらばと、アルペジオは、ニコッと笑い、汚れることすらいとわずに抱き上げようとした。


それに気づいたメイドのメイは、かなり離れた距離から猛ダッシュすると、慌ててナンシーを奪い取り、


「ナンシー様、お着替えをしましょーねー」


と走って逃げてしまった。


その速さたるや、騎士団の面々にも見せてやりたいほどだった。


「なんだ、残念」


本気でガッカリするアルペジオに、ジムは、優しい目を向けた。


「では、私は、先に食堂に行くことにするよ。またね、ジム」


アルペジオは、ヒラヒラと手を振ると、軽い足取りで屋敷へと歩いていった。


残されたジムは、ナンシーが使っていた小さなスコップとバケツを片付けることにした。


「ん?」


ジムの視線が、先程ナンシーが種を撒いた場所に向く。


太陽の光の加減か、小さな光の玉が、クルクルと飛んでいるように見えた。


しかし、目を擦り、もう一度見たときには、もう何もなかった。


「老眼か?やなこった」


ジムは、その後、耕作道具を手早くまとめ、納屋へと運んでいった。


「ふぅ、よし、俺も朝飯にするか」


朝の一仕事を終え、額の汗を拭う彼の頬を、この王都の中で一番澄んだ爽やかな風が撫でていった。


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