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なしなしのナンシー

ブックマークして下さった皆様、本当にありがとうございます。

コツコツ頑張ります!


ナンシーは、生まれながらにして、触れた者の魔力を吸い取るという特異体質だった。


しかも、吸い取った上に無力化してしまう、(魔力)なし(使い道)なしという、貴族にあるまじき存在。


『なしなしのナンシー』


のちに家族からそう呼ばれるようになるのだが、彼女を取り上げた産婆も、乳母も、魔力無しの平民だった為、誰一人彼女の持つ能力に気付かなかった。


そして、男子を望んでいた男爵夫人は、出産後、一度もナンシーを抱くことはなく、男爵が事実を知ったのは、出生記録が産院から国家機関へ提出された後。


もし、その前に気付かれていたら、多額の寄付と共に孤児院へ預けられ、貴族としてのナンシーは消されていただろう。


それほどまでに、貴族にとって魔力はかけがえのないものであり、それを無力化する存在など許されないのだ。


ナンシーを欠陥品呼ばわりし、互いに責任をなすりつけ合う夫婦。


両親の怒鳴り声に耳を塞ぐことしかできない長女。


男爵家は、荒れに荒れた。


結局、ナンシーは、メイド達の住む宿舎に住むことになった。


男爵も、産まれたばかりの赤子を積極的に害したいわけではない。


なにせ、ナンシーの面立ちは、若かりし頃絶世の美男子と呼ばれた男爵似なのだ。


目につかない場所でひっそり生きてくれるのならば、これ以上問題にするつもりはなかった。


可愛い赤ちゃんの世話をして特別手当をもらえるとあって、メイド達は、進んでナンシーを可愛がり、執事も庭師も料理長も、自分の孫子のようにナンシーを大切にした。


だから、ナンシーも、自分は乳母の子供だと信じていたし、第三王子の誕生日会参加の為に、初めて男爵一家に会ったときも家族とは思っていなかった。


ヒラヒラの服に着替えさせられ、豪華な王宮の大広間に連れてこられた時は、見たこともない景色に目を丸くした。


興味津々でキョロキョロしたが、内心、早く帰りたかった。


それなのに、突然現れた目が痛くなるくらい輝く青年に抱きしめられた。


普通ならパニックを起こしそうなものだ。


しかし、彼と触れ合った瞬間、ブアッと流れ込んでくる何かが、あまりにも心地よすぎて寝落ちしてしまった。


目覚めると、そこは、メイドの宿舎とは比べ物にならない大きな部屋だった。


「メィ〜、メィ〜」


自分を抱っこしてくれていたメイドのメイを呼んでみる。


しかし、だだっ広い部屋に小さな声が木霊するだけ。


いつもなら、呼べばすぐに来てくれるのだ。


だって、今まで住んでいたお部屋は、端から端まで三歩で行ける距離だったから。

 

ナンシーの顔色は、一気に悪くなった。


この世に、自分一人になってしまったかのような恐怖が襲ってきたのだ。


「メィ〜、メィ〜、メィ〜。ぐすっ………うわーーーーーーーーーーん」


ナンシーは、コロンとベッドの上に大の字になると、手足を高速でばたつかせながら大泣きした。


「メー、メー、メー、メー、メー、メー!!!!」


もう、羊の鳴き声のようにメイの名を連呼する。


その声に反応するように、突然大きな扉がバーンと開け放され、見慣れた面々が飛び込んで来た。


「ナンシー様!」


いの一番に抱き上げてくれたのは、やはり、メイだった。


その他にも、ナンシーを世話してきた人間が勢揃いしている。


「びっくりしましたね〜。でも、もう大丈夫ですよ〜」


トントンと優しく背中を叩き、メイは、慣れた手付きでナンシーを上下に軽く揺すった。


ナンシーは、メイにしがみつき、プルプル震えながら周りを見回した。


「ナンシー様、これからも、我らがお守りしますからねー」


よく意味は分からないが、どうやら、全員でここにお引越ししたようだ。


それでも不安なナンシーは、ひげもじゃの庭師に手を伸ばした。


「じーじ」


「はいはい、ナンシー様、じーじですよー」


メイからナンシーを受け取った庭師ジムは、普段のしかめっ面からは想像できないほど甘い顔を見せた。


その昔、傭兵として世界を渡り歩いていた彼は、ここに居る誰よりも大きい。


血で血を洗う生活に嫌気が差した彼が庭師になったのは、単に、彼の親が庭師だったからだ。


しかし、そのお陰でナンシーと出会えたことを、ジムは毎日神に感謝していた。


結婚もせず、子供もいなかった彼に、孫のように愛でる存在が出来たのだから。


その後も、ナンシーは、料理長や乳母、執事、メイド達の腕へと移動していく。


実は、前日まで、皆、ナンシーと引き離される運命だった。


なにせ、彼らの雇い主は、男爵なのだから。


しかし、王宮で働く使用人は、全員が魔力持ちであり、ナンシーの世話をするどころか近づくことさえ怖がった。


事態を重く見た王家は、男爵家の使用人全員を貰い受け、代わりに男爵家の次の使用人が見つかるまで、王家から人員を派遣することにしたのだ。


安いから雇っていただけの平民達を引き取った上に、優秀な使用人を手配してくれるとあって、男爵に否はなかった。


しかし、折角王家と縁続きになれると喜んだのも束の間、これまでの育児放棄を理由に、ナンシーの戸籍は男爵家から王妃の実家であるビブラート公爵へと移されてしまった。


文句の一つでも言うかと思われたが、元々小心者の事なかれ主義だったことから、一応今は、大人しくしているらしい。


そんな大人の事情を知るよしもないナンシーは、ただただ皆との再会を喜んでいる。


「みーんな、だいしゅき!」


「私達も、ナンシー様が大好きです!」


全員に抱っこされ、満足したナンシーは、再びメイのところまで戻ってきた。


彼らさえいれば、ナンシーは、どんな場所でも天国なのだ。


幸せ気分で、もう一度皆に抱っこしてもらおうとジムに手を伸ばしたのだが、気づくと、ナンシーは、あのキラキラと光る青年に抱っこされていた。


「やぁ、目覚めたんだね、私のお姫様」


「……」


助けを求めるように周りを見たが、全員が示し合わせたように目をそらす。


そして、イソイソと一列に並ぶと、アルペジオに向かって深々と頭を下げた。


ナンシーは、不思議そうに首を傾げた後、自分を当たり前のように抱っこする彼を見上げた。


「あにゃた、だぁれ?(貴方、誰?)」


「アルペジオ。君のフィアンセだよ」


「ふぃなんしえ(フィナンシェ)?おいちぃよね〜」


「残念だけど、美味しくはないかな。でも、世界一大切にするよ」


噛み合っているようで噛み合っていない会話に、使用人達は、笑いをこらえる。


「私のことは、アルって呼んでくれるかな?」


「アリュ?ナンシーシャマはね、ナンシーシャマっていぅの」


どうやら、ナンシーは、使用人達が常々「ナンシー様」と呼び続けた事で、自分の名前を「ナンシーサマ」だと思いこんでいるようだ。


「では、ナンシーサマ、フィアンセである私に、ナッシーと呼ぶことをお許しいただけるかな?」


「ナッシー?」


「うん、僕だけの特別な呼び方だよ。アルって呼べるのもナッシーだけ」


ナンシーは、『特別な』お名前が気に入ったようだ。


「アリュ、ナッシー、アリュ、むふふふふふふ」


両手で口元を隠して、楽しそうに笑っている。


この後、ナンシー達が住むことになったのは、元々、現王の祖母が余生を頼むために建てた小さな離れだった。


人工的に作られた小さな森の中に建った二階建ての建物は、まるで童話から飛び出してきたような可愛らしい装飾がなされている。


長年使われずにきた為、多少老朽化していたが、ナンシーの為にアルペジオが一晩でリフォームさせた。


母である王妃マルゴーは、その出来栄えに自分も移り住みたいと駄々をこねたほどだ。


のちに、この場所は、王宮内の人々に『聖域』

と呼ばれるようになるのだが、この時点では、誰も知る由はなかった。

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