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婚約者は、三歳児

久しぶりに書きます。楽しんでいただけると嬉しいです。


風に揺られてサラサラと流れる絹糸のような白銀の髪。


若葉のような薄緑の瞳に、それ自体が輝いてるように見える白い肌。


大広間に集まる貴族達の羨望の眼差しを一心に集めるのは、この王国の第三王子アルペジオ・スタッカートだ。


十二歳とは思えぬ長身で、威風堂々たる姿。


色素が薄いほど魔力量が多いとされるこの国で、彼は、正に最高傑作だった。


遠くから見ても彼の輝きが鈍ることはなく、皆、感嘆の溜息をつきながらアルペジオを見上げていた。


今日は、彼のお誕生日会という名目で開かれた公開お見合いの日。

 

貴族の娘たちが両親に伴われ、次から次へと誕生祝いを持ってくる。


それを壇上から見下ろすアルペジオの目は、完全に死んでいた。


カタカタカタカタ


腕に付けた魔力吸収リングが、触れてもいないのに音をたてて揺れている。


彼は、生まれ持った魔力量が膨大過ぎた為、そのまま放出したのでは、周りの者が魔力酔いを起こして倒れてしまうのだ。


それ故に、この魔道具を身に着けて、少しでも体の外に漏れ出る魔力を減らしている。


しかし、年々増え続ける力を抑えるのも至難の業で、平常心を保つ精神コントロールを行った上で、半日ごとに新しいリングに取り替えなければならない。


それなのに、


『一体、なんの嫌がらせだ?』


アルペジオは、目の前に延々と並ぶ同じような衣装と化粧を施した少女達の媚びへつらう笑顔にうんざりしていた。


今日は、アルペジオより年下の少女が、全員集められている。


中には、3日前に生まれたばかりの赤子までいた。


これは、公平をモットーとする王家が、全ての貴族に王子の婚約者となる機会を均等に与える事を示す伝統行事なのだ。


実際は、高位貴族が魔力の高い者同士で結婚する為、優秀な資質を持つ者は、伯爵家以上の家門に多く生まれ、結果、歴代の王妃もほぼ公爵家から輩出されてきた。


正直、出来レースなのだから、少々手を抜いたからといって怒る者など一人もいない。


それなのに、伝統と格式を重んじる宰相が、貴族名簿を片手に一人一人娘の名前と年齢まで丁寧にチェックしていく。


「次は、スコッティ家、前へ」


名を呼ばれて出てきたのは、弱小の男爵家。


娘の衣装もみすぼらしく、家族一同青い顔で頭を下げると、聞こえないくらい小さな声で名前を言い、そそくさと逃げるようにその場を去ろうとした。


「待ち給え。スコッティ家には、3歳になる娘も居るはずだが、どこに居る?」


「あっ、あの、その……あまりに幼いので、あちらに控えさせております」


男爵が指さした先には、メイドに抱っこされ、親指をクチュクチュ吸う幼児が居た。


茶色い頭の男爵と違い、真っ黒な髪の毛は、月の出ない夜のような深い闇を感じさせる。


その一方で、好奇心に見開かれた瞳は、黒曜石のような神秘さと輝きを秘め、一度見たら忘れられない美しい容貌をしていた。


「これは、王家の儀式なのです。例外は許しません。こちらに連れてきなさい!」


宰相の叱責に、幼児を抱っこしていたメイドは、ビクリと身を震わせた後、恐る恐るこちらに近づいてきた。


「ん?」


この時、アルペジオは、自分の娘である幼児から男爵が少しでも距離を取ろうとしている姿に違和感を覚えた。


脅えた目。


小刻みに震える体。


男爵の姿が、自分に怯えるメイド達の姿と重なった。


「じ、じ、次女のナンシーでございます」


ペコペコと頭を下げた男爵は、泣きそうな顔で宰相を見上げると、


「もう、よろしいでしょうか?」


と卑屈に笑った。


「待て!」


アルペジオは、考えるよりも先に声を出していた。


一斉に周りにいる全ての人間の視線が彼に向く。


「貴様、何を隠している?」


椅子から立ち上がったアルペジオが一歩踏み出すと、それに呼応するように男爵が一歩下がった。


「な、何も、隠してなどおりません」


「それは、本当か?ならば、私が、確かめても良いのだな?」


「お、お許しください!どうか!どうか、お許しを!」


突然土下座をして泣き出した男爵は、それ以降何を質問しても謝るばかりで会話にならない。


苛立ちがマックスに達したアルペジオのリングは、ビリビリビリと超振動を起こし、所々にヒビが入り始めた。


精神コントロールが不安定になり、魔力が暴走しかけている現れだった。


大広間に集められた人間が、彼から吹き出す魔力圧に負けて次々に膝つき始める。


両脇に座っていた王と王妃すら、頭の上から大きな岩に押さえつけられるような息苦しさを感じていた。

 

「ひぃっ」


平民で魔力なしのメイドは、アルペジオの荒れ狂うオーラに当てられ、床に座り込むと、吐き気に口元を手で抑えた。


しかし、周りの悲惨な状況にアルペジオは、一切関心がない。


今、彼の視線は、キョトンとした顔で指を吸い続けているナンシーに釘付けになっている。


皆が顔面蒼白となっていく中、彼女のピンク色の頬は、荒野に咲く一輪の花のように見えた。


アルペジオは、壇上から下へと続く階段を数段降りてナンシーに近づいていく。


一歩、二歩、三歩。


ナンシーに腕を伸ばし、その頬に触れた瞬間、アルペジオは、全身から放出していた自分の魔力が、一気に彼女に吸い込まれていく感覚にゾクッとした。


クチュクチュ


指を吸う幼児は、自分が何をしでかしているかなんて気づいていないだろう。


しかし、アルペジオには、分かる。


ナンシーは、ものすごい勢いで、自分の身に触れた者の魔力を吸い込んでいるのだ。


それなのに、本人からは、全く魔力が感じられない。


正しく『無』なのだ。


大きな黒い穴に全てが飲み込まれるような感覚は、通常の魔力量しか持たない男爵からすれば恐怖でしかないだろう。


しかし、アルペジオは、メイドの腕からナンシーを奪うと小さな体を思い切り抱きしめた。

 

体の中に渦巻いていた熱い魔力の渦がナンシーに吸収され、常に四十度近かった体温がスーッと下がっていく。


産まれて初めて感じる爽快感。


体が軽くなり、あれ程苛立っていた感情が凪いだ海のように静かになる。


一方のナンシーも、いつも物足りなさそうに咥えていた指を口から出すと、アルペジオの背に両腕を回した。


空っぽだった体に、温かな気が満ちてくる感覚は、幼いナンシーには睡魔として感じられた。


目を閉じて、頬をアルペジオの肩に擦り付ける。


口から垂れたヨダレが、彼の豪華な服を汚しても気にしない。


「ナンシー!なんてことを!アルペジオ殿下、お許しを!お許しを!」


死刑を覚悟した男爵は、床に額を付けて謝った。


しかし、頭上から降ってきたのは罵声でも鉄拳でもなく、アルペジオの楽しそうな笑い声だった。


その日、王室最後の優良物件アルペジオ・スタッカートの婚約者は、魔力吸引しか能力のない、たった3 つの男爵令嬢に決まった。






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