眠れずに
何故か眠れずに、
夜中の部屋に残される。
いつもと同じ部屋なのに、
忘れられている。
もうすぐ雨になる。
頭痛がピンと鳴り出す。
いつもと同じ痛みなのに、
心細くなる。
予感めいたことが
あるわけでもなくて、
いつもと同じ呼吸をして、
この世界を想う。
このまま、このまま、
起き上がれないときに、
何を悔いるのかと思う。
たくさんあるような。
たくさんはないような。
行きたいところが
少しはあった気もする。
吟遊詩人に憧れていた。
パスポートはどこ。
あれっ、思い出せない。
オカリナはどこ。
ああっ、思い出せない。
大切な物なのに、
しばらく使わないと、
みんなどこか遠くへ
去ってしまうようだ。
そんなことないのは、
わかっていても、
とり残されてしまう。
そういう感じ方をする。
何故か眠れずに、
夜中の部屋が歪んでゆく。
もう眠れる、眠れる。
目の奥がだるい。
薬を飲もうと、
枕元の鞄を引き寄せた。
取り出そうとして、
出し忘れた封筒に気づく。
明日、投函しなきゃ。
そう思いつつ、
また忘れるのかいって、
自分に苦笑いをした。
微かな雨音を聞いた。
庭で、赤く色づく苺が、
雫を垂らしているだろう。
それはそれで美しい。
美しいと思えて、
そのまま吟遊の夢の中へ
入って行けたとしたら、
そこでなら、残されてみたい。