第4話 カエルが繋いでくれた縁ね
侯爵令嬢、クロエ・アルバード。
あの『イケオジ』アルバード侯爵の一人娘で、私より四つ年上の二十歳。創精魔法科に在籍している風魔法の使い手だけど、『聖なる者』には興味がなく、学院には公務の傍ら勉強のために入学した、という話だったけれど。
『歴史学』の授業だけは一緒に取っていて、一度ご挨拶だけはした。ただ本当に忙しいらしくすぐに教室からいなくなってしまうのよね。
あと、その凛とした佇まいから貴族令嬢に大人気で、姿を見かけるときはたいてい周りに誰かがいた。
だから、ツヴァイの忠告もあって
「私が話しかけるとかえって迷惑かな」
と遠慮していたのだ。本当は、すごく話してみたかったんだけど。
とはいえ、どうやら彼女は調べ物の最中だったようで、左腕には分厚い専門書を抱えている。ひょっとして邪魔をしてしまったかしら?
「申し訳ありません、クロエ様。勉強の邪魔をしてしまって……」
「あら、いいのよ」
彼女はそのままスタスタと階段を下り、私のそばまでやってくる。
ああ、間近で見ても綺麗な人だわ。ううん、綺麗というよりカッコイイ、という感じかしら。背もすらりと高いし、ハンサムな女性、という表現がぴったりくる。
「それより、マリアンセイユ様がどうしてこんなところにいらっしゃったのかが気になるわ。どうされたの?」
「えーと……」
クロエ様にあの水色カエルを見せてもいいのかしら、と悩んだけれど、別に悪いことをしている訳でもないしな、と思い直し鞄を開く。
コトン、とそばのテーブルの上にジャム瓶を置くと、クロエ嬢は
「何これ、カエル!? きれいな色ね!」
と言ってガバッとしゃがみ込んだ。持っていた分厚い本を邪魔だとでも言わんばかりにその辺に置いたあと、テーブルと同じ高さに目線を合わせて瓶を覗き込んでいる。
その勢いに驚いたのか、水色カエルが心なしかビクッとしていた。
「こんな色のカエルは見たことが無いわ。何ていう名前なの?」
「分かりませんの。家にあった事典にはこの水色のカエルは載っていませんでしたから。それで、こちらにもっと詳しい生き物事典がないかと探しに、」
「わざわざ調べにきたの!?」
「え、ええ」
「どうして!?」
「どうしてって……これから飼うから、餌とか生態とか知りたくて……ですわ」
クロエ様の勢いが凄まじいので、ついつい地が出そうになるのをどうにか堪える。
身分は私が上だけれどクロエ様は年上だし、すでに当主に近いお仕事をされている立場だし、ちゃんとした言葉遣いをしなくては。
クロエ様は「飼うつもりなんだ……」と少し驚いたように呟いたあと、すっくと立ちあがり、
「うーん、カエルの餌ねぇ……」
と腕を組んで唸り始めた。どうやら一緒に考えてくれるらしい。
「カエルなら、普通は昆虫でしょ?」
「それが、食べなくて」
「あげてみたの!?」
「草むらに放してみたのですが、すぐにわたくしの元へ戻ってきてしまうのです」
どうやらカエルに対する嫌悪感はないらしい。これなら見せた方が早いか、と瓶の蓋を開ける。
水色カエルが「待ってました」と言わんばかりにビョーンと飛び跳ね、ビタッと私のおっぱいにへばりついた。
「だから、ここは駄目だってば」
ひょいっと摘まみ、小声で言い聞かせながら肩に載せる。
「“水よ、此処に流れ出でよ”」
と呪文を唱え、うなじを水で濡らすと、カエルはペタペタと肩からうなじへと歩き、ベタッと張り付いた。
「な、何それ!? カエルが懐いている! 信じられない! あはははは!」
そんな私たちの様子を見て、クロエ様が大笑いしている。
ドン引きされなくてよかった、と思いながら、私はカエルを見つけた時のこと、すぐに胸元に来てしまうこと、私の水魔法と相性がいいらしいことを説明した。
ふんふん、と興味深げに聞いていたクロエ様が、その聡明そうな広いおでこを人差し指で擦りながら、一つ頷く。
「そうね……普通に考えれば、魔物の一歩手前、といったところかしらね」
「魔物!?」
「ええ」
「でも、魔物は地上の生物が魔界の風に触れて変わり果てた姿、と……」
「最初はね。だけどそれだけでは、現在も魔物が一向に減らない説明にはならない。魔界の風は、もう吹いてはいないのだから」
「なるほど……」
「現在地上にいる魔物として考えられているのは、太古の魔物が地上の生物と繁殖を繰り返し殖やしたもの。それと、魔物の死骸を食らうことで歪んだ魔精力を取り込んだ生物。あとは、地上に漂う魔精力が歪み、その歪んだ魔精力を取り込んで変化した生物。この辺りが通説になっているわ」
「そうなのですね。クロエ様、とても説明が分かりやすいですわ!」
私がうんうん頷きながら言うと、クロエ様はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。笑うと細長い瞳が綺麗な弧を描いて、途端に可愛らしくなる。
「だてに侯爵位を継ぐために勉強していないわ。で、これらの説からいくと『魔精力を大量に取り込み突然変異したカエル』と推測できるのだけど、幸い『歪み』は少なく、人間を襲うには至らない、といったところじゃないかしら。試しに私の肩に乗せてみてくれる?」
「え!? でも、クロエ様……」
「ああ、クロエでいいわ。私もマリアンと呼んでいい?」
「ええ」
「じゃあマリアン、そのカエルを私の肩に乗せて」
どうやら言い出したら聞かないタイプのようだ。仕方なく、うなじに張り付いていた水色カエルをベリッと引き剥がし、クロエの肩に乗せてみる。
カエルは「ん?」というような顔をした後、ヒクヒクと鼻先をうごめかし、すぐにびょーんと私のところに戻ってきた。
「ふうむ、なるほど。やっぱり襲う気配はないわね。ただ蓄えている魔精力が大きいために選り好みをするみたいだわ。私の属性は大半が『風』だから、イマイチ合わないんでしょ」
そう言いながら、クロエがチラリと私の胸元を見る。
「……それともこのカエル、巨乳好きなのかしら?」
「ぶふぅっ!」
何それ、新しい説!?
予想外の台詞に、思わず吹き出す。
クロエはいわゆる『ちっぱい』というやつで、JKだった頃の私とはなかなかいい勝負だ。
「く、クロエ、それはさすがに……」
「何よ、私は真剣よ」
「でも……あ、そうだ」
そう言えば、巨乳だと魔精力が蓄えやすく抜けにくい、とアイーダ女史が言ってたっけ。仮説だけれど、とは言ってたけど。
その話と、ついでに護り神の狼も私のおっぱいから何かが出てると言っていた話もしてみる。
こんな、聞いた人が
「何ソレ、は?」
と半目で言いそうなことも、クロエは真剣に聞いていた。
どうやらクロエはかなり勉強熱心なようだ。日中、誰もいない図書館にいたのもそのためだろう。侯爵位を継ぐと言っていたし、単にお婿さんを貰えばいい、という考えではないらしい。
そういうタイプは好きだな、と腕組みして何度も頷くクロエを見て思う。
「面白い説ね。検証したくなるわ」
「どうやって?」
「聖者学院の令嬢の胸の大きさと、実際の魔精力を照らし合わせるのよ」
「だから、それをどうやって……」
「それは勿論、直接おっぱいを触らせてもらうのよ」
「ええっ!?」
「大きさだけの問題じゃなくて、張りとか乳首の位置とかも重要かもしれないわ」
「ほ……っ、本気なの!?」
思わず叫び、咄嗟に自分の胸を両腕で隠す。マリアンの触らせて、とか言われたらたまったもんじゃない!
それに、そんな真剣な顔で乳首がどうとかって……っ!
「ふっ、冗談に決まってるじゃない」
「もう!」
からかわれた、と分かってかあっと顔が赤くなった。思わず両手で頬を覆うと、そんな私を見ながらクロエがカラカラと笑う。
「ふふ、気に入ったわ、マリアン」
「えっ」
テーブルに置いていた本を手に取り、クロエがすっと姿勢を正す。
さきほどまでの無邪気さは一変し、凛としたいつもよく見る表情になった。
「――でも、表立っては仲良くするのはバランス上、よくないのよね」
「え……」
舞い上がりかけた私の気持ちが、ペシャンと潰される。
気が合いそう、いい友達になれそう、と思ったのに。バランスってどういうこと?
私がしゅーんとしたのが分かったのだろう、クロエは
「まぁ、聞いてちょうだい」
と私の頭をポンポンした。
何と! 相手は女性だというのに、ちょっとトキメいちゃったわ。お姉さま、一生ついていきます!と言いかけたわよ。
さすが貴族令嬢にモテモテのクロエ、あなどれない!
「上流貴族八家の子息令嬢は全員知ってる? マリアン」
「勿論よ。私、クロエ、後は伯爵家の……」
「ほら、そこよ」
「そこ? どこ?」
咄嗟に辺りをキョロキョロ見回してしまい、クロエに笑われた。
「バカね。私達以外は、みんな伯爵家よ。格が一段下なの」
「あ……」
「聖者学院は公平に『聖なる者』を選ぶ場。なのにしっかりと、上流下流の区別がなされている。私はもともと、その在り方には不満があるの」
確かに、教室は上流貴族が座る席と下流貴族が座る席は違っている。場所も、置かれている机や椅子も。
「そんな形になってしまったのは、その伯爵家の当主たち……まぁはっきり言ってしまえばヘイマー伯爵が主張したから、なんだけど」
「そうだったの……」
「ここで公爵家と侯爵家が手を組んだ、と思われるのはシャクなのよね。いくら『私たちの友情は家とは関係ない』と言ったところで、やっぱりトップ2な訳だし。圧が違うわ」
クロエの『友情』という言葉に、心が跳ねる。
さぞかし私の尻尾がピンと立ったように見えたのだろう、クロエがクスクスッと笑った。
「私は『聖なる者』には興味が無いし、その旨は大公家にも伝えてある。だから、私が特定の誰かと親しくなると『アルバード侯爵家はあの人間を推す気だ』という邪推を生んでしまう。やっぱり貴族社会の中で爵位の威力は絶大なのよ。だから父にも、『学院に入るなら立ち振る舞いには気をつけるように』と言われているの」
なるほど、あのイケオジが。確かに、何かやり手そうだったものね……。交渉術に長けてる感じっていうのかな。
つまり特定の誰かに肩入れするような行動はするな、と牽制されたのか。
「マリアンは、『聖なる者』を目指してるのよね?」
「ええ。というより、勉強が足らないから、ちゃんとした教育を受けたい。その上で、真の魔導士になりたい、そう認められたい、と思っているわ」
いつの間にか、私は普段の言葉で喋っていた。だけどクロエは何も言わなかった。
恐らく、貴族の人達の認識は
『魔精力を暴走させロワネスクを混乱に陥れた人間』
『魔精力を膨大に持つことだけが取り柄の令嬢』
『その取り柄だけで大公世子ディオンの婚約者に居座っている』
といったところだろう。
要するに、公爵令嬢マリアンセイユ・フォンティーヌは彼らにとってかなり目障りな存在なのだ。残念ながら。
「だったら、正々堂々と戦いたいわよね? 私の援護など無しに」
「それは、そうだけど……でも……」
せっかく知り合えたのにな、と思っていると、クロエがクスッと笑い、制服のポケットから何かを取り出した。
「はい、これ」
と言って私の右手を取り、ポンと手の平に乗せる。
それは、鈍く銀色に輝く鍵だった。三角形のエンブレムみたいなものがついた、かなり立派な鍵だ。
「これは?」
「この図書館の鍵よ。そこの、外に出る扉の。二本持っていたうちの一本」
「ええっ!?」
ギュッと握りしめ、思わずクロエの顔と外への扉を見比べる。
「必要以上に関与するつもりがない以上、控室は利用できないし。まぁあの控室もどうかと思ってるんだけど。それで、日中は図書館を使わせてほしいとお願いして鍵を貰ったの」
「だからすぐにいなくなってたのね……」
「ええ、まあ。ずっとみんなを平等に扱うなんて無理だし、疲れるしね。そもそも私は、勉強しにこの学院に来たんだから」
「でも……この鍵、貰ってもいいの?」
ここに入るとき、ツヴァイは鍵を使って中に入った。つまりクロエは、自分がここにいる間はちゃんと中から施錠をして、誰も入れないようにしていたはず。
自分一人の時間を、誰にも邪魔されないように。
「いいわよ。勉強するなり調べ物をするなり、自由に使ったらいいわ」
「本当に!?」
「私がいつもここにいるとは限らないけど、会った時はお喋りしましょ」
「ありがとう、クロエ! とても嬉しいわ!」
もう返さないぞー、という意思を込めてギュッと両手で鍵を握り込み、満面の笑顔でぶんぶんと首を縦に振る。
クロエはクスッと笑うと
「いい、とはまだ言ってなかったのにね。実力行使、か」
と呟き、意味ありげに外へと繋がる扉に視線を寄越した。
「愛されてるわね、マリアン」
「え?」
「とにかく、カエルの生態について調べてみましょうか。生物学の本はこっちよ」
クロエがくるりと背を向けてスタスタと歩き始める。私は鍵を握りしめながら、慌ててすらりとしたクロエの後ろ姿を追いかけた。
やっと、普通に話ができる友達ができました。内緒だけど。
そしてRPG風に言うなら、「マリアンセイユは『まほうのカギ』を手に入れた」ちゃっちゃらーん、というところかしらね!




