第22話:白の話
それは、終わりの色だという。
「白が、か?」
「その問いは、正しくない」
「む?」
「汝がその色を白と感じたのは、そこに色がないからだ。それを人の認識では白と感じた、ということよ」
黒は、モリヒトへと難しいことを言う。
話の主軸は、かつてモリヒトが地脈の中であった、マモリと名付けた白のことだ。
モリヒトが、腕の再生中に地脈へと意識を潜らせたこと。
そこであった、白い何かに、『マモリ』と名を与えたこと。
マモリは、モリヒトの腕から何かを取っていったこと。
それらを聞いた黒は、ふむ、と唸った。
食事を終えた周囲は、既に片付けが終わっている。
そこから、集団から少し離れたところへと移動して、モリヒトは黒と向き合っていた。
形としては離れているが、聞こうと思えば聞こえる距離だ。
だが、黒は構わないといった。
「話を聞こうが聞くまいが、何かを成せるのは、直接それと会った汝だけだ。モリヒト」
黒がそう言い、ルイホウやクリシャ達は、話を聞かないことに決めたらしい。
「しかし、『マモリ』か」
「名をつけたのはまずかったか?」
「いや。我も多くには黒と呼ばせているが、人につけられ、受け入れた名もある」
「誰からもらった名前なんだ?」
「ふ」
黒は、遠くを見た。
「それこそ、初めてこの世界に人が生まれた時までさかのぼる。話しても意味はあるまい」
「壮大だな」
ふうん、とモリヒトは頷いた。
「じゃあ、何て名前なんだ?」
「・・・・・・ふむ」
黒は少し考え、
「トーラン。・・・・・・そやつは我をそう呼んだ。その名を受け入れたのは、ずいぶんと後のことだが」
「なんでまた・・・・・・」
「さて?」
しゅるる、と下の出し入れを繰り返し、黒はそれ以上は語らない。
黒蛇の顔は、表情が読めない。
そこは本題でもないし、流すことにした。
「俺にできることって、なんだ?」
「さて?」
「おい」
ことん、と首を傾げるものだから、モリヒトはついツッコミを入れた。
「どうなるかは汝次第なところもあってな」
「どういう意味だよ?」
ふうむ、と黒は腕を組んでうなる。
「さて、どのように言語化すべきか・・・・・・」
「何? 人間の言葉じゃ伝えられねえってか?」
「然り。・・・・・・真龍同士であれば、ある程度は伝わるものだが・・・・・・」
ううむ、と黒はさらに唸る。
「・・・・・・じゃあ、質問していいか?」
「む? そうだな。聞きたいことがあるならば聞こう」
「マモリは、何なんだ?」
「なるほど、そこから始めるのがよいか」
** ++ **
「まず最初に言っておくが、マモリは、真龍ではない」
「む?」
「だが、真龍に連なるものではある」
「親戚か?」
「否」
黒は、さらに続ける。
「マモリは、おおよそ千年ぶりに現れた、新しき真龍、になりうるものよ」
「・・・・・・真龍の子供?」
「あえて言うなら、それが近い」
黒の語るところによると、真龍というのは、地脈の源泉。
この世界に魔力をもたらすものだ。
その本質は、世界の構築にあるという。
「真龍は、一つの大陸に一つ。それが原則だ」
「そうなのか?」
「そうだ。正確に言うと、真龍の生まれと同時に大陸は発生する。・・・・・・汝らがテュールと呼ぶ、あの地域だな。あれのように、真龍が座所を定めると、そこに大陸が生まれるのだ」
竜が首をもたげるがごとく。
それは、テュール異王国のある半島が生まれた時の光景を表す言葉だという。
「あれは、我としても驚いたものだ」
「そうなのか?」
「うむ。風雨に削られ、多少、地形が変動することはあっても、ああも大規模に変わったことは、おそらく他の大陸を見ても、おそらくないであろう」
黒がうむむ、と唸っている。
「大陸の地形が、大きく変わったこと。黒の方には影響はないのか?」
「末端も末端のこと。そうさな。汝らの感覚に合わせるなら、指が一本増えたようなものか」
「・・・・・・いや、それ結構大事・・・・・・」
指一本が、新しく生えるような人間はいない。
「ふむ・・・・・・」
だが、その機微は、黒には伝わらないらしい。
「まあ、ともあれ、我に不調はない」
「そうか」
黒からしてみると、指一本生えるくらいのことは、不調でも何でもないらしい。
「で? マモリが真龍の子供だとして、それが俺と接触した理由は?」
「・・・・・・・・・・・・汝の体質」
「魔力を吸収するっていう、これか?」
モリヒトの側からすると、意識して動かせない体質であるため、自覚が薄い。
一番近くにいるルイホウでさえ、この体質の影響は微々たるもので、不調は感じないという。
「そんな大層なもんか? これ」
「普段がそうでもないのは、汝の持ちうる魔力の総量の問題だ。満腹で、それ以上入ることなどない。魔術を使って魔力を消耗すれば別であろうが」
「・・・・・・魔力を使う。魔力を回復する。どちらにせよ、体力を消費すると聞いた。俺は、あまり体力の消耗を感じないのは・・・・・・」
「汝は、魔術を使う際に自分の魔力を使っていない。魔術を使う際には、周囲から魔力を吸収して使用している。自分の魔力を使用せんのだから、体力の消耗がないのは必然だ」
なるほど、とモリヒトは唸る。
「で、魔力を吸収するこの体質・・・・・・。待てよ? ひょっとして、真龍ってこの体質を持ってるのか?」
「そうだ。・・・・・・我々真龍は、魔力の源泉であり、魔力の循環を司る存在でもある」
真龍は、世界の流れを回す循環器。
真龍が魔力を地脈に流し、地脈に流れた魔力は、流れていく間に世界の中へ拡散していく。
そうして拡散した魔力を、真龍は吸収体質によって回収し、また地脈へと流す。
この繰り返しであるらしい。
「魔力って、汚れたりとかはしないのか?」
気になったのは、地脈を汚すだのなんだのとしている、ミュグラ教団のことだ。
だが、黒は首を振って否定する。
「ないな。魔力は純粋なエネルギーだ。そこに何を混ぜようとも、魔力と同様に遷移するエネルギーは存在せぬ。世界をめぐり、真龍に吸収されるころには、ただの魔力に戻っている。それに、真龍は魔力以外は吸収せん」
世界全体が、フィルターの役割を果たしている。
ミュグラ教団のやっていることは、あくまでもその流れを阻害するだけで、魔力そのものをどうにかしているわけではない、ということだろう。
「人間で、この体質を持つことは?」
「稀にだが、ある。人間に限らず、その体質を持つ生命が生まれることはな。・・・・・・だが、異邦の人間に現れた例は知らぬ」
「じゃあ、俺にその体質がある理由は?」
「さて。・・・・・・それこそ、マモリが汝と接触した理由と関連があるであろうな」
ううむ、と黒は腕を組んだ。
「異邦には、さすがに我とて目は届かぬ。故に、ある程度は想像が混ざるが」
黒は一息を置いた。
「テュールにおける、『竜殺し』。あの地で起こる、『異邦流れ』」
「異邦流れ?」
「汝らが、竜に呑まれる、と呼ぶ現象だ」
「ああ」
ユキオが異世界に行く理由となったあれだろう。
「あれは、大陸中で起こりうるが、実際には、界境域でならば地脈から引き上げることができる」
「・・・・・・地脈から?」
「界境域とは、地脈の源泉近くと、終端近くに発生する領域だ。この大陸で言うなら、この山、そして、テュールと、それから大陸の反対側にももう一か所ある」
「それで?」
黒の説明曰く。
異邦流れは、大陸上の地脈に、周囲のものが溶けてしまう現象だという。
魔力を持つ存在しかならないが、稀に起こることだそうだ。
そして、地脈に溶けてしまったものは、そのまま地脈の流れに流されて、終端の界境域へと行ってしまう。
界境域は、世界の境界があいまいになる領域だ。
『竜殺しの大祭』は、そのあいまいになった境界を利用し、地脈全体のゆがみを世界の外へと叩きだしてしまう儀式である。
これ自体が黒の真龍に与える影響はないが、その際に、地脈の魔力の一部が世界の外へと流れてしまうのだという。
「・・・・・・汝らが王として、異邦より召還しているのは、こうして外へと出された子だ」
「・・・・・・『竜殺しの大祭』がなければ、竜に呑まれる現象は発生しない?」
「それはない。むしろ、『竜殺し』なくば、王が生きたまま異邦へと届くことはなかろう」
通常でも、地脈の魔力は、終端からわずかなりと世界の外へと流れるのだという。
逆に、真龍の近くの界境域では、世界の外から魔力を吸収するという。
だが、その外へとこぼれる量はそれほど多いわけではなく、そんな量では、人間が生きたまま世界の外へ流れることはないという。
一方で、『竜殺しの大祭』は、ある程度まとまった量を、世界の外へとはじき出すらしい。
そのおかげで、異世界に、人間そのものを出すことができ、異世界へと流れ着くこともあるという。
「ここからは推測になるが、発生したての真龍『マモリ』の一部が、『竜殺し』によって、異世界へと流れ、それをどういう因果か、汝が受け取った。・・・・・・おそらくは、そういうことだろう」
「・・・・・・それで、俺には、真龍の体質の一部が発現した?」
「そういうことだ。そして、この地へと戻ってきた」
黒の説明に、モリヒトは天を仰ぐ。
「なんだかな・・・・・・」
どう反応していいか、迷う話だ。
「汝の話の通りなら、汝の受けとったマモリの一部は、マモリへと返された。だが、体質が消えていない以上、汝にはまだマモリの一部が染み付いている」
「・・・・・・どうすりゃいい?」
「さて? もう一度マモリと接触する必要があるだろうが・・・・・・」
「方法が分からないと?」
「うむ。我のように化身を生み出せるわけでもなく、そも、自らの領域を定めていない真龍では、我ですら、接触の方法がない」
どうしようもない、と黒は言う。
モリヒトとしては、
「それで俺がどうするか、という話になるわけか」
「そうだ。真龍である我の立場としては、新たな真龍の誕生は慶事だ。できれば見届けたい。だが、我の感知できる範囲に、マモリらしき気配はない。我が汝を感知したのとて、先の一件で汝とマモリのやり取りがあったが故のこと。あれがなければ、我はマモリの気配は感知できん」
「俺がマモリと接触できるかどうか、ということか」
「そういうことになる」
うむ、と黒は頷いた。
「何はともあれ、汝を見て、大体のところは察せた」
「そうなのか」
「うむ。大体は想像通り。我の望みも伝えた」
「どうやって会えるかもわからねえのに?」
「気にするな。それに、汝が寿命で死ねば、どうせ汝のうちにあるものはすべて地脈に溶ける。そうなれば、自然とマモリの元へと戻ろう。我からすれば瞬きの間よ」
そういう黒の言葉に、モリヒトとしては、そうか、と返すほかなかった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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