第21話:昼食の集まり
朝、モリヒトが目を覚ましてから、山頂へと到達した時点で、昼前だった。
変な話だが、基本的に、黒は森守の巫女衆と食事を共にするのは、習慣となっているものらしい。
「割と俗っぽいな」
「何を言うか。人の食事は美味いぞ?」
「ていうか、その舌で味わかるのかよ」
「分かるとも」
黒は頷き、座った。
周囲から、森守の巫女衆が、皿を持ってくる。
「・・・・・・手慣れてんな」
「よくあることですので」
クルムが、周囲の指揮をしながら言う。
「毎日なのか?」
「毎日のように、というところですね」
割と幼い姿のクルムが、周囲の自分より大きい巫女衆に指示を出している姿には、ちょっと違和感がある。
「・・・・・・ひょっとして、クルムって偉いのか?」
聞くところによれば、クルムは、森守の巫女衆のまとめ役の一人であるらしい。
「そんなん迎えによこしたのか」
「そのくらいでなければ、我の住処に入って、方向を見失わずにはおれぬのでな」
住処、と言って、広場の端の穴の開いた岩を指し示す。
「あれが住処なのか」
真っ暗な暗闇の穴がぽっかりと開いている岩である。
妙に丸っこい岩なので、なんというか、人工物っぽい。
「なんだかな。自然物とは思えん」
妙に使い勝手のよさそうな平坦な広場といい、周囲の岩の造形のラインが妙に綺麗であることといい、この山頂の光景には、人為的なものを感じてしょうがない。
「我が作った場だ。自然の造形でないのは当然であろうな」
黒がもっともらしく頷いている。
「・・・・・・む」
「どうした?」
「いや、なんというかな? 真龍はこの世界の、何だ? 元、になっているわけだろう?」
「そうだな」
「それが作ったものが、自然の造形でないっていうのも、なんか違和感がな・・・・・・?」
「ふむ? なるほど?」
黒は、モリヒトの顔を見ながら、何事かを考えた上で、頷いた。
「なんだ?」
「いや。・・・・・・汝ら異邦人と、この世界に生きる、そうさな。例えば、巫女衆と。その差を見ていた」
「どういうことだ?」
「異邦人は、神という概念を知っているであろう。異邦人は、皆、我ら真龍の存在を、この世界の神と見る」
「神、ねえ・・・・・・」
言われてみれば、確かにそうだ、とモリヒトは思う。
世界を作る元となった。
この世界の魔力の源流である。
大陸を作った。
確かにそれは、神と呼ぶにふさわしいものなのだろう。
モリヒトは、自分が意識してかせずにか、真龍を神の一種として見ていた。
「ていうか、神の概念通じるのか・・・・・・」
「過去にここを訪れた異邦人は一人ではない。それらと会話するうちに、おおよそ、人が神と呼ぶものがあることは知っているし、それが、巷にはびこる真龍信仰と同様なものであることは理解した」
言い方を聞いていると、本当に知っているのか不安になってくる。
「しかし、異邦人というものは、神というものを超越者と見ているのではなかったか?」
「・・・・・・そういう談義は、いろいろと地雷があるからなしで」
「地雷・・・・・・? ああ、解釈の相違か。確かに、信仰というものは多くの場合、そのものの生の根幹になりうる。議論するものではないな」
ふむ、と黒は頷き、
「だが、モリヒト。汝は、どうやら、神を自然物と見ているのだな」
「あー、そういうことになるのか」
真龍が作った造形を、真龍本人が自然ではないということに違和感を感じるのは、そういうことだろう。
「だが、汝のその感覚は、こと真龍を表すには、正確である、と言えような」
うむ、と黒は頷いた。
「我ら真龍は、まさしくこの大地においては、大地そのもの。自然そのものと言える存在だからな」
「・・・・・・飯の前に何を小難しい話をしてんだか」
どうにもコメントしづらくなって、モリヒトはそう言い返した。
「おお。そうであった!」
うむ、と黒は頷くと、
「では、いただくとしよう!」
そう、大声で宣言したのだった。
** ++ **
用意された昼食は、割と新鮮な野菜や肉を使ったものが多かった。
皿の上に敷いた葉の上に乗せられた、何かの丸焼き肉。
野菜を多く混ぜられたスープ。
パンも用意されているが、こちらは黒い。
黒パンではあるが、ふわふわとしていて柔らかく、甘い匂いを持っていた。
いくつかの鍋には、それぞれに種類の違うスープが入っているようだが、
「・・・・・・なんか、全体的に黒いな」
「麓の森で取れるものを主な材料としている故、そこは致し方なし」
うむ、と頷きつつ、さっそくパンをちぎり、スープに浸して食べている。
「美味し」
「そうか・・・・・・」
周囲を見れば、ルイホウとクリシャは、迷うモリヒトを見て苦笑しているが、森守の巫女たちは、特にためらいもなく食べている。
慣れもあるだろうが、そもそも森守は視覚よりも、嗅覚や聴覚が強いという話を思い出した。
確かに、匂いはとてもいいのだ。
切り分けられた肉からは、油と香辛料の匂いがする。
スープからは、出汁のいい匂いがする。
「・・・・・・む」
口に含んでみると、
「・・・・・・あんまり馴染みのない味だな。なんだろうこれ」
「そちらのスープは、麓の森にだけ育つ、ある木々の根をスープの出汁にしています」
少し辛味があり、さらには、コクがある。
カレーに似ている気もするが、ちょっと違う。
「美味いな」
「で、あろうよ。・・・・・・我が森守と食事を摂るようになったのは、割と最近の話でな」
「そうなのか?」
「うむ。当時の異邦の巫女が、当時の王国の食事が口には合わんと、いろいろと改革を進めておってな」
「何やってんだ異世界人」
当時のテュールの食事は、オルクトのそれとそう変わらないものであったらしい。
だが、当時のオルクトでの食事は、オルクトの地脈を利用した豊かな土壌に育った、豊かな農産物を主軸としていた。
それに対し、テュール、という土地は、元は海の底にあった土地で、同じ作物を育てることは難しかったらしい。
今でこそ、その辺りの土壌問題は、研究の成果としてある程度は改善したらしいが、それでも農作物が育ちやすい場所ではない。
おかげで、オルクトから食料を輸送する必要があり、テュールの食事は、端的に言ってまずかったらしい。
「・・・・・・ちなみに、テュール建国前の話ですから、おそらくは数百年は昔のことです。はい」
ルイホウが、こそっと教えてくれた。
何百年か前を割と最近という。
時間感覚が長いのは、やはり、真龍であるゆえんだろう。
「当時の異邦の巫女は、なにやら向こうにいたときは料理人をしていた、という話でな。テュールに限らず、オルクト内部でも、様々な調理技術を伝えていったのだ」
「今じゃ、食聖、とか言われてるねえ・・・・・・」
クリシャが笑っている。
「当時の彼が作ったレシピは、今じゃ、オルクトやテュールで代表的な料理になってるね。特に、出汁文化は強い」
「出汁かー」
「うむ。・・・・・・ちなみに、発祥は我である」
「は?」
何やら得意げに黒が言う。
「茸や海藻はともかく、獣の骨や魚の食べ残しを、わざわざスープに入れて出汁を取る、というのは、当時の民には受け入れがたかったようでな。なかなか浸透しなかった」
そうしたら、
「業を煮やしたその巫女は、ある日ここに乗り込んできてな。我が食らって美味いと言えば、下界にも広がるだろう、と」
「・・・・・・ストレスかなんかで頭おかしくなってたんじゃねえか?」
「いや、食聖の逸話としては、極めて有名だよ。今でも演劇のネタにされることがある」
「は?」
「何せ、誰も彼もが、美味しいはずなのに、食べもしないで嫌うんで、激怒した食聖は、山に登って黒の真龍に謁見して、その喉に無理やりスープを流し込むんだよ。で、黒の真龍がうまいって叫んで、全体に広がるっていうのが、大体の流れ」
「無茶苦茶な・・・・・・」
「当の食聖は、好き嫌いも食べ残しも許さなかったからね。子供向けのしつけの一環として、結構使われているんだよ」
ボクも結構使った、とクリシャは笑う。
「まあ、あの出来事があって、化身に味覚を作ったことには意味があったと思ったものだ」
黒は言いながら、下を伸ばしてスープを舐めている。
「・・・・・・その舌で味が感じられるのか」
「もちろんだとも」
うむ、と頷く。
「黒様がこうして食事をとるようになったおかげで、森守の中でも、食事に気を遣うようになりました」
クルムが、黒にお代わりのスープをよそいながら言う。
「中には、調理技術を学ぶために、オルクトの首都へと留学する同朋もいます。オルクトとの間で、一番多い交流は、地脈研究より、食事の研究の方が多いんです」
「・・・・・・なんかなあ・・・・・・」
真龍という存在の影響力の大きさに感嘆するべきか、どうにも漂う俗っぽさに呆れるべきか。
「これも、文化である」
結局は、黒の言葉が真実な気がする。
** ++ **
「さて・・・・・・」
昼食を終え、黒は口の周りをぬぐうと、モリヒトへと向き直り、厳かに告げた。
「では、腹も落ち着いたところで、汝を呼んだ理由の話と行こうか」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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