第20話:山頂、そして、在所の前
モリヒトが目覚めたときには、既に朝になっていた。
夜、モリヒトが休んでいる間に、クルムが山頂まで上がって食料などを取ってきた。
それで朝食を済ませ、もう一度山登りを始める。
今度は、安定して登り切った。
山頂となる場所に到達した時、両側にそびえていた黒い壁はなくなり、視界を遮るものは消えている。
「・・・・・・この高さ、と考えると、登ってきた時間はそんな長くないのはなぜだ?」
富士山以上の高さがあると思うのだが、登ってきた時間はそんなに長くないと思う。
「そりゃ、麓から一直線に登ってきてるからね。足場を選ぶ必要もないし、ルートを考える必要もない、となれば、ほとんど真っすぐ歩いてきてるのと変わらないよ。ただの坂道登りなら、こんなものじゃないかな?」
「加えて、私見ですが、空間的にこの辺りは歪んでいるように感じます。おそらく、実際の距離と歩いた距離では差異があるかと。はい」
「そうだねえ。下の森と同様、濃すぎる魔力のせいでいろいろ変わってる。・・・・・・案外、真っすぐに見えたあの道も、どこかで曲がっていた可能性もあるかな?」
クリシャやルイホウが私見を述べあっているのを横目に、モリヒトは周囲を見回した。
妙に立派な小屋が一つ。
山頂で休むための施設だろう。
常に森守の巫女衆の誰かが常駐しているらしく、食料そのほかの物資も常備してあるのだという。
今回は、モリヒト達客人が来ることもあって、あらかじめ備蓄の量を増やしていたという。
そして、山頂の広場となっている一角。
そこに、祠がある。
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素材は、やはり黒一色だ。
突き立った大岩に、穴が開いている。
穴の奥は暗闇で見通せない。
そこが入り口なのだろう。
見た目分かりやすいようにするためか、白い模様で穴の周りが囲まれている。
「で、あそこか」
「はい」
クルムに聞けば、素直に頷かれた。
周囲では、森守の巫女衆やルイホウ達を含めて、食事の用意がすすめられている。
「飯食ってから?」
「お聞きしてきます」
言って、クルムはするっと穴の中に入っていった。
「・・・・・・気軽に入っていくなあ・・・・・・」
周囲の巫女たちを見ても、特に気にした素振りはない。
しばらくして出てきた。
「黒様です」
一人ではなかった。
隣に、二足歩行の蛇がいる。
「・・・・・・蛇足」
「我は真龍ぞ。蛇と同列に扱うでないわ」
意外に気安い声が返ってきて驚いた。
見た目は、黒い蛇だ。
丸い頭の黒い鱗を持つ蛇が、人間とほぼ変わらない大きさで二足歩行している。
ゆったりしたローブで全身を覆っている。
裾から覗く手足は、鱗こそ生えているものの、人間のそれとそん色ない形状をしていた。
そして、後ろには、尾が伸びている。
「・・・・・・・・・・・・謁見、という話だったから、どこぞの神殿か何かで会うのかと思えば・・・・・・」
モリヒトがそういうと、黒の真龍は、シュル、と長い舌を一瞬出し入れしてから、
「会って話ができればよい。形式など問うてどうなる」
深く渋い声だ。
口調は多少古臭くとも、気安さがある。
だが、一言一言に、場が圧を持つ。
周囲で食事の支度をする森守の巫女たちは、慣れているのか何も動じていない。
ルイホウやクリシャは、多少顔をしかめているが、どうということもないようだ。
黒の真龍のその目。黒い目が、モリヒトを捉えた。
「よく来た。異邦の客人。まずは楽にせよ。我は、俗人が黒の真龍と呼ぶもの。我は漆黒を司るこの世界の化身である。個別の名はない故、黒と、そう呼ぶがよい」
しゅるるる、とおそらくは笑い声だろう音を漏らす黒の真龍の姿に、モリヒトはどうしたものかと唸るのだった。
** ++ **
黒は気安い。
モリヒトの思うところはそれだ。
若者好きな老人が、若者相手に気取らずしゃべっている。
そういう風に見える。
威厳、という意味で言えば、それほど感じないが、一方で森守の巫女たちなどはしっかりと敬意を払っている。
厳格な教師だが、若い女学生たちに尊敬を持って好かれている、というような状態が、案外近いかもしれない。
「・・・・・・ふむ」
その黒蛇の黒曜石のような目が、じっとモリヒトを見ていた。
食事の支度が進む中、対面に座ってのことである。
「謁見って、こういうのでいいのか?」
「かまわん。我は、ただ汝をこの目で見ておきたかっただけのこと」
「目で?」
「正確には、この場へと来てもらうことが肝要であった」
周囲の広場を示し、黒はモリヒトへと目を向ける。
「この場は、我の領域。この領域に踏み込んだもののことは、子細に分かるもの」
「・・・・・・ふむ」
「本来なら、あの・・・・・・」
岩に開いた穴を示す。
「穴へと入ってもられば、さらに詳細に分かるが・・・・・・」
黒は、モリヒトをまじまじと見たうえで、首を振った。
「汝はやめておいた方がよかろうな」
「そうなのか?」
「ふむ・・・・・・」
モリヒトの問い返しに、黒は顎に手を当てて唸る。
それは、モリヒトに対し、どこまでを説明するか、と考えている風であった。
「食事ができました」
「うむ。飯の後にするか」
「・・・・・・食うのか?」
「そのための化身でもある。・・・・・・汝らが真龍と呼ぶ我らは、世界を作っているが、自分で作った世界を楽しめぬ、というのは本末転倒であろう」
「・・・・・・神様としちゃあ俗っぽいが、言いたいことは分からんでもない」
モリヒトが肩をすくめれば、黒は黒でしゅるるる、と笑っているのだろう音を漏らす。
「まあ、飯の後にでもゆっくりと話すとしよう。・・・・・・ただ一つ言っておくことがあるとすれば」
「ん?」
「汝は、召還に巻き込まれたのではない。・・・・・・汝自身のうちに、この世界へと引き寄せられる理由がある」
「俺に?」
「心当たりはあるであろう?」
言われて、モリヒトは一つ唸る。
マモリと名付けた、かの存在を思い出す。
「・・・・・・ないことはない。けど、意味が分からん」
「それは、あとで説明してやろう」
今は飯だ、と黒は、食事の場として整えられたその場へと歩いていく。
その背を見送り、はあ、と一つため息を吐いて、モリヒトもそれに続くのだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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