第19話:登山道(夜)
「一つ、気になっていることがあるのですが」
モリヒトが目を覚ます少し前、クルムがルイホウへと声をかけた。
「なんでしょうか? はい」
クルムは、ルイホウとルイホウに膝枕されたモリヒトを見て、
「お二人は、恋人なのでしょうか?」
問われたルイホウが、固まった。
じわじわと顔が赤くなっていく。
「おや、珍しい反応だね」
にや、とクリシャが笑う。
「いえ正確にお付き合いしているとかそういうことはなくそういう雰囲気になったことが全くないとは言いませんが約束した関係でもありませんしそもそも私は仕事としてモリヒト様についている状態ですのでその状態で公私混同になるようなことは避けるべきとも思っておりますのでモリヒト様から求められればやぶさかではないのですがそういうこともありませんので・・・・・・。はい」
「はやいはやい。そして長い」
クリシャが苦笑して、ルイホウをなだめる。
「違うのかい? ボクはてっきり、二人はそうなんだと思ってたんだけど」
クリシャが聞くと、ルイホウがううん、と唸った。
「・・・・・・この人、面倒くさいんですよ。はい」
「あ、うん。そういうのはなんかわかる」
「そうなんですか? クルムから見ると、割と素直にルイホウさんに甘えているように見えますが・・・・・・」
「この人、ちょいちょいちょっかいかけてくるくせに、近づくと逃げるんです。それでいて、手が届きそうな距離をうろちょろするということをするので。はい」
「懐かない動物かなにかでしょうか?」
「で、そういうところに惹かれてる、と」
クリシャの言葉に、う、とルイホウは言葉に詰まる。
「しっかり距離感管理できるんならともかく、この人そういう方面やたら隙が多いんですよね。はい」
「隙?」
「城内に仲の良い女性職員が多いのです。はい」
特に巫女衆がひどい。
ルイホウの仕事はモリヒトの観察が主となっているが、他に仕事がないわけではない。
そういう仕事に、特に用事がなければモリヒトの方が同行してくるわけだが、その際に巫女衆と接触することが多い。
ルイホウが仕事に集中している時には、ほかの巫女衆に世話を任せることもあるわけだが、
「巫女衆は、あまり男性に慣れていないのです。はい」
「ああ・・・・・・。そこに、モリヒト君が来る、と」
「言い訳なしに接触する理由があるので、会話をしているうちに。はい」
「そんなあっさり?」
クルムは首を傾げる。
「テュール異王国の事情もあります。テュールでは、王の召還とともに現れる守護者は、一種の英雄、あるいは、アイドルです。はい」
ここはもう国の文化、と言わざるを得ない。
王の守護者は、守護者に選ばれるだけあって、まず王に縁深く、かつ、ある程度有能だ。
それだけに、縁を結べるといいことが多いとあって、玉の輿狙いで異性が寄ってくる。
異世界の常識との差を軽く考える者が、たやすく接触しないよう、家臣団の間では注意されたりもする。
「モリヒト様も、それに類するものと見られていますから。内情をよく知らない者の中には、狙い目と思われているようです。はい」
モリヒトは、巻き込まれて召喚された、イレギュラーな存在だ。
だが、守護者ではないとは言い切れない存在でもある。
特に無能というわけでもなく、魔術はそれなりに使いこなしているし、家臣団とも仲がいい。
ユキオからも、不思議と信頼されているようだから、決して悪い相手ではない。
「もう一人いたろう?」
「ナツアキ様にも行ってますよ? ただ、ナツアキ様はまだこちらに残るかどうかをはっきりしていませんから、そこがはっきりするまでは小康状態かと。あと、なんだかんだで大臣閣下がその辺りをさりげなくフォローしてくれているので、問題にはなっていません。はい」
アヤカは、ユキオが過保護気味に抱え込んでいるのと、巫女衆に近いところにいるので、あまり男性は近づかない。
アトリの方は、武官の若衆からモテているが、アトリの実力が高いのと、本人がうまく捌いているので問題ない。
「特に大した仕事を持っていないモリヒト様は、城内をふらふら出歩いては、あっちこっちで雑用やら力仕事やらを手伝っているので、結構顔が広くて・・・・・・。はい」
「ルイホウ君がつきっきりなんだろう? 言葉は悪いけど、虫よけにならないのか?」
「むしろ、私が傍についているのが、逆にモリヒト様に注目を集めることになっていると言いますか。・・・・・・こう見えて、私は巫女衆の中では幹部なので。はい」
「ああ。なるほど・・・・・・」
テュールの巫女衆は、基本的にあまり政治に関わらない。
巫女衆の民間への派遣業務などもあるから、表に出ない、ということはないのだが、巫女衆の仕事場である場所は、地脈に近いところにあるため、王城とは離れている。
そのため、城に勤める家臣団と巫女衆との接触の機会は意外と少ないのだ。
家臣団とよく接触するのは、巫女長であるライリンか、ルイホウなどの幹部くらいだ。
そして、巫女衆は、テュールの中では特別に思われている。
自称するには口幅ったいが、平時では巫女衆も一種のアイドルなのだ。
その代表格であるルイホウが、常に傍にいるのがモリヒトである。
おかげで、さりげなく注目を集めているのだ。
「その上で、モリヒト様は、人当りは悪くないですし、背格好も悪くないですし、あと、このところで、魔皇陛下だったり、エリシア様であったり、と高貴な知り合いが増えていますから。はい」
モリヒトの価値、と言うべきか何かが、このところ大きく変動している。
「加えて、モリヒト様は普段から城内をうろついて、人手に困っているところで雑用なんかをこなしているおかげで顔も広く、城内でも、モリヒト様に声をかける女性は多いですね。はい」
「へえ。モテるんだ」
「・・・・・・」
クリシャの言葉に、ルイホウは黙り込む。
険しい顔をしているように見えて、クリシャはくすくすと笑った。
「ルイホウ君としては、モリヒト君とどうなりたいの?」
「・・・・・・私は・・・・・・」
ルイホウが言葉を迷ったところで、モリヒトは目を覚ました。
** ++ **
目を覚ましたモリヒトは、べっとりとかいた汗をぬぐう。
「・・・・・・なんだ? 今の?」
「おや、おかえり」
かけられた声に、クリシャへと向き直る。
「・・・・・・全員いるのか」
「いるよ。君がいきなり気を失っちゃったから、この休憩所で休憩中、と」
「気を? どのくらいだ?」
「大分。少なくとも、日は沈んでしまったね。今日はここで休んで、明日もう一度登ろうか、って、そんな話をしてたところ」
「・・・・・・そうか」
ふう、と息を吐いた。
そうしたところで、モリヒトは後頭部にほんのりと柔らかいものを感じ、今の姿勢を鑑みて、
「・・・・・・膝枕?」
ルイホウの膝の上に頭を乗せて、横になっていたらしい。
「足、大丈夫か?」
「ええ。問題ありません。はい」
ふふ、とルイホウは微笑んだ。
その微笑にわずかな違和感を感じて、む、と唸る。
「・・・・・・どうかしたか?」
「は? 何がでしょうか? はい」
「ん? いや、何でもないんならいいんだけど、なんか様子がおかしいような・・・・・・」
「それを言うならモリヒト様です。いきなり気を失われたのですから、もう少し休んでください。はい」
「・・・・・・うん。それも、そうだな」
なんだか、クリシャが面白がっている気配がする。
あと、クルムになんか見られてる。
「・・・・・・」
なんだこの空気、と思いながらも、モリヒトはルイホウの膝枕の上で、もう一度目を閉じた。
「もうしばらく膝借りる」
「どうぞ。はい」
見られている状態で膝枕、というのは、よく考えたら恥じるべきなのか、と思いもするが、
「・・・・・・・・・・・・」
薄目を開けて見上げたルイホウの顔に、嫌気の感じはない。
だから、甘えてしまおうと、体重を預けてしまうのだった。
** ++ **
「こういう人です。はい」
自分の膝枕の上で寝息を立て始めたモリヒトを見て、ルイホウはため息を吐く。
「膝枕くらい自然か・・・・・・」
「この人、他の人にはこういう甘え方しないんですよ。はい」
「のろけかい?」
「・・・・・・私が、やられた理由です。はい」
はあ、とルイホウはため息を吐いた。
クリシャは苦笑し、クルムは首を傾げる。
「まあ、だから、このままでもいいか、と、そう思ってしまうんです。はい」
「厄介だねえ」
クリシャの声には、労いも含まれているように聞こえた。
ルイホウとて、実は初めての相手、初めての感情で、わからないことだらけなのだ。
「・・・・・・いずれは、と私の方こそ、モリヒト様に甘えているのかもしれません。はい」
今度は、クリシャは何も言わなかった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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