第18話:登山道(夢)
駅、という場所は、今となっては印象深い。
誰もいない改札を抜け、ホームに立つ。
「ここだよな」
のんびりと見回す。
ちょうど、電車が入ってきたところのようだ。
その先頭車両の方へと回り込む。
「ここから飛んだ。・・・・・・ユキオが落ちそうになってたから、それを抱えてたんだよな」
助けるつもりだった、というよりは、手が届く範囲にあったために、とっさに手を伸ばしてしまった、という方が正しい。
正直なところ、助けられると思っていた。
見た限り、ちょっとバランスを崩したようにしか見えなかったからだ。
だが、実際のところは、ユキオの体は見えない手に引っ張られでもしているかのように、ホームへと落ちて行った。
それを捕まえてしまったモリヒトの体ごと。
「・・・・・・さて? 今なら、あれはユキオを召還するために発生していた事象の一つなんだろうと分かるが」
当時は割と本気で疑問だったのだ。
だから、
「俺自身の不幸体質も、当然のように疑ったっけなあ・・・・・・」
異世界転移など、不幸体質極まれり、と思ったものだったけれど、
「巻き込まれとか、やっぱり、俺一人が不幸だった、と」
結局のところは、召還されるユキオの巻き込まれた結果の異世界転移というなら、不幸だったのは自分一人だろう。
「しかも、俺は帰れるかどうかわからない、と来たもんだ」
ルイホウ曰く、他の面々はともかく、イレギュラーにこちらへと来たモリヒトは、帰そうとしてできるかどうかは不明という。
「まあ、こちらに骨を埋めたところで、大して向こうに未練はないんだがね」
諦めとともに、割とこれからのことは軽く考えている。
テュール異王国は、案外に居心地が悪くない。
仕事も探せば多分見つかる。
飯は美味いし、生活のレベルだって決して低くはない。
「・・・・・・で? あんたは?」
振り返ったモリヒトの視線の先に、何かが立っていた。
** ++ **
それは、影だった。
人型はしている。
ただ、細部は見えない。
大まかに人型をしている、というその形以外はつかめない。
形すらあいまいだ。
目で見て受ける印象は、遠い、だった。
駅のホームの中だ。
決して遠いところにいるわけではない。
だが、その姿からは距離を感じた。
いうなれば、巨大な建造物が、遠目には大まかに人型と見て取れる、と、そういう感じだ。
だから、受けるイメージも同じ。
目の前にいる影は、人ではない。
それだけは、はっきりと分かった。
「・・・・・・・・・・・・」
影は、じっとモリヒトを見ている。
動きのないその様子を見て、肩をすくめた。
動かないなら、ここからどうするか、と考える。
「んー」
自分の服装を確かめる。
山を登っていた時に服装ではない。
この場に合わせているのか、向こうで大学に通っていた時によく着まわしていた服だ。
発動体も持っていない。
「おお。マジに何もできることがないのでは?」
駅を出たとして、次にどこに行くか、と言われると、ちょっと困る。
大学近辺には、それほど思い入れのある場所はないのだ。
「・・・・・・ここが、高校の近くなら、まだわかるんだが・・・・・・」
そう、つぶやいた時だった。
景色が切り替わる。
「・・・・・・ん?」
ボロいアパートがあった。
「・・・・・・いや、高校っつったろうがよ。ここまで戻ったら中学近辺なんですけど?」
思わずぼやいてしまった。
目の前にある築何十年か経過していそうなボロい安アパートは、モリヒトは中学生まで暮らしていたアパートだ。
今はない。
モリヒトが高校生になる前に、火事が起こって灰になった。
家にお金を置いておくことはなく、貯金通帳なんかもつねに持ち歩いていたので、お金の面では大して問題にはならなかった。
ただ、住む家がなくなったことと、保護者がなくなったことは大問題だった。
最終的にはどうにかなったものの、火事の後、目が覚めたら病院にいるし、やたら心配そうな顔した面々に囲まれるし、医師やカウンセラーに診断を受けさせられたり、警察や消防署の事情聴取に、と大変だった。
そういった雑事を乗り越え、なんとかかんとか高校に通った。
高校自体に悪い思い出はない。
どことなく遠巻きにされている感はあったが、生徒会に入ってから、いろいろな雑事に奔走している間に、いつの間にやら壁は消えていた。
アパートの前、アパートを見上げている影がある。
だが、こちらは駅で見たものとは違う。
「女、かな?」
シルエットから、そんな印象を受ける。
それに、駅の影に比べると変な話だが、存在感がはっきりしているのがわかる。
多分、モリヒトの記憶でもそこに誰かが立っていたのだと思う。
だが、それがモリヒトには分からない、という感じだ。
「・・・・・・・・・・・・」
なんとなく、それをぼうっと見ている。
アパートの中に入ってみようか、という気にはなれない。
住んでいたのは、二階の二部屋目。
部屋の中は汚く、父親が散らかしたゴミが散乱していて、モリヒトが片付けをやらされていた。
基本的に、父親はいないかいても酒を飲んでいる。
狭いアパートの中、ろくに会話も交わさず、互いに互いがいないものとして、生活していた。
たまに目が合えば殴られるのだから、ろくな関係ではないのは自明だ。
あの中に、いい思い出はない。
「・・・・・・ふう」
頬をさする。
痛みが、あった気がした。
「本当に、一体ここは何だ?」
いい加減、ここから出たい。
「・・・・・・あ」
言っている間に、アパートが燃え上がった。
「黒い炎とか、地獄かな?」
あっという間に灰になった後、影は消えている。
「・・・・・・なんか、嫌な思い出だなあ・・・・・・」
火事が起こった後、なぜか病院で目を覚ましてから、アパートのあるところに戻ってみれば、がれきは綺麗に撤去されて、完全な空き地になった跡地だった。
火事で人が死んだためか、買い手がついていなかったらしい。
高校に入ってから、学生寮に入ったために近寄ることもなくなった。
「で、次は高校ね?」
順番が変なんだが、どういうことなのか。
「高校ねえ・・・・・・。先輩もいないだろうしなあ。この調子だと」
やれやれ、困ったもんだ、と思ったところで、
<やあ>
テュールで見た夢魔が、そこにいた。
** ++ **
どういう理屈か、そいつは、モリヒトが通っていた高校の制服を着ている。
「・・・・・・また会った、と言えばいいのか?」
これは夢か、と目の前の存在を見ながら、モリヒトは思う。
テュールで会ったときと、顔立ちは変わっていないと思う。
いや、その髪色や目の色が、少し赤みがかって変化しているように見えた。
「何者、とか聞くのは野暮かね」
<覚えていないでしょう?>
「テュールで会った」
<そう。でもそれだけ>
「その前に会ったことがあると?」
<さあ、どうだろう?>
相も変わらず、目の前にいるものが何なのかが分からない。
「ここは何なんだ?」
<夢は記憶。君の記憶で構成した、君の中の『わたし』の世界>
「俺の中、の?」
<『わたし』を君は知っている。でも忘れてる。・・・・・・でも、君は願ってる>
「何を?」
<『わたし』がいる世界>
「・・・・・・はあ?」
何を言っているんだ、とモリヒトは首を傾げる。
<教えても、意味がない。・・・・・・ここは、君の世界でもあるから、君が思い出さない限り、教えても君にはわからない>
だったら、とモリヒトは口を開いた。
「・・・・・・名前を聞いても?」
<わたしに、名前はまだない。・・・・・・いずれ出会う時に、きっと分かるよ>
くすくすくす、と夢魔は笑う。
<そろそろ、起こすよ?>
「む・・・・・・」
<あっち>
夢魔が指さす先は空だ。
そこを見上げると、黒い太陽がそこにある。
<見られてる中で、これ以上はね。次は、ゆっくり話せるといいんだけれど>
「見られて・・・・・・?」
どういうことだ、と夢魔へと振り返ろうとしたモリヒトだったが、その前に視界が白く染まった。
「ん!?」
<またね? 君が、『わたし』を思い出せれば、きっとわたしの名前も分かる。・・・・・・それが、楽しみだなあ>
ばいばい、と夢魔が手を振った直後、その身から炎が噴き出して、モリヒトを襲う。
「!?」
慌てて身構え、目を閉じたが、覚悟した熱さは来なかった。
ただ、
「モリヒト様? 目が覚めましたか? はい」
そんな、ルイホウの声が、聞こえた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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