第17話:登山道(中腹・休憩所)
がくん、とモリヒトが膝を折った。
こちらへと伸ばされた手が、空を切った瞬間だった。
とっさにその手を取って、引き寄せる。
「ん!」
思った以上の重さがかかり、その場へと膝をつく。
「モリヒト君!? ルイホウ君。大丈夫かい?」
クリシャが駆け寄ってきて、ルイホウが抱えるモリヒトを覗き込む。
それから、何かに気づいたように、顔をしかめた。
「ああ・・・・・・。これは・・・・・・」
「・・・・・・飲まれましたね。はい」
モリヒトは完全に意識を失っている。
登り始める前に、クルムが言っていた注意事項だ。
横の壁や床を見ると、下手をすると吸い込まれる。幻覚を見ることがある。
何も、目の錯覚などの話ではない。
この道は、人工的に整備された道ではない。
あくまでも、自然の造形物なのだ。
すなわち、この登山道そのものが、真龍の力そのものの具現化である、ということだ。
「危惧はありましたが、まさか現実になるとは。はい」
ルイホウがため息を吐く。
「そうだねえ。正直、こうなるような予感はあったよ」
クリシャも、似たような表情でため息を吐く。
「あの、大丈夫ですか?」
クルムから声をかけられて、ルイホウは頷く。
「ええ、大丈夫です。・・・・・・少し、心が惑っているだけでしょう。はい」
腕の中のモリヒトを見下ろす。
呼吸は静かで、深く、長い。
まるで、眠っているようだ。
「精神だけ、地脈に取られたね。この登山道、まさしく地脈の中だもの」
「はい」
ルイホウは、頷く。
ほんの少し、魔力を目に集めるだけではっきりと分かる。
目もくらむほどの魔力のほとばしりだ。
この登山道は、決して道などではない。
この登山道は、地面の上へと表出した、地脈そのもの。
魔力の激流の中を、逆らないながら登っているようものだ。
魔力を使わないからこそ、影響なくのぼっていられるのだ。
仮にここで魔術など下手に使おうものなら、それごと押し流されて、一気に麓まで流されて落ちることになる。
ルイホウもクリシャもクルムも、それは分かっている。
だから、三人とも、魔力に関しては体外へ漏らさないよう、注意を払っていた。
だが、モリヒトは別だ。
モリヒトは、体質もあって、外部への魔力の放出はない。
一方で、体質である魔力吸収は、当人にも制御ができていない。
ただ、これについては、ルイホウの方でちょっとした仕掛けを施している。
モリヒトの手にあるライトシールドの発動体だ。
この強烈な魔力流の中でなら、ある程度は自動で発動体が稼働する。
暴発ともいえるが、ルイホウやクリシャは、自前でそこらへんは制御できる。
モリヒトの持ち物については、キャンプにいる間にルイホウの方で対策を施している。
ライトシールドもそうだ。
これによって、モリヒトの体を守るように仕込みをしてあるのだ。
「・・・・・・ですが、足りませんでしたか。はい」
「というより、もともとモリヒト君はこういうことに吸い寄せられやすいんだろうね。だから、呼ばれたのだと思う」
「体質の問題ではないと?」
「体質は、副産物的なものじゃないかな、とボクは思う。地脈、もっと言うなら、真龍の魔力に馴染みやすい、ということかな」
クリシャは肩をすくめる。
「そのようですね。おそらく、馴染みやすいが故に、周囲の魔力と自分の魔力を同化させることができる、と。はい」
「・・・・・・? どういうことなのでしょうか?」
「ん。まあ、要するに、モリヒト君は黒の真龍の影響を受けやすいっていうこと」
何はともあれ、とクリシャは考える。
「近くに、休憩所ある?」
「ええ。すぐそこです」
クルムが近場の壁を押すと、そこがへこんで空洞が出来上がる。
「そういう仕組み?」
「いえ、クルム達の場合は、ちょっと魔力を利用することでこの道ならどこでもこのようにできるので」
「・・・・・・実際の休憩所は?」
「ここです。そもそも、クルム達がいなければ、この道での休憩は、そこに座り込むしかないですね」
「・・・・・・・・・・・・なるほど。そういう意味でも、案内必須なんだね」
「そういうことです」
クルムがしたり顔で頷いているのを横目に、クリシャはルイホウへと声をかける。
「モリヒト君が目覚めるまで、ここで待とう」
「そうするしかありませんね。我々では、モリヒト様を運んでいくのは困難です。はい」
ルイホウが抱えるようにモリヒトの体を運ぶ。
「ちなみにクルム君」
「はい?」
「君、モリヒト君を運べるかい?」
言われて、クルムがモリヒトとそれを抱えるルイホウを見る。
「・・・・・・背が高いので引きずってしまいます。それに、クルムは身体強化は不得手なので」
「そうかい」
確かに、モリヒトに比べると、というかクルムはクリシャと比べても小さいから、無理だろう。
「それと、黒様との謁見については、自らの足で道を上ることを条件としています」
「・・・・・・ともあれ、ここで待ちだね」
「そうですね。はい」
「謁見は、到着次第、ということになっています。ゆっくり登れば大丈夫かと、クルムは思います」
クルムの言葉だが、クリシャはううん、と首を傾げた。
「意識だけとはいえ、地脈の流れに飲まれたわけだし、案外、モリヒト君、一人で謁見しちゃってるんじゃないかな?」
「可能性はありますね。黒の真龍が、地脈の中をそこまで深く感知しているなら、ですが。はい」
** ++ **
モリヒトの体を、即席の休憩所となった壁のくぼみへと運び込んだ三人は、モリヒトの体の状態を確認していた。
「呼吸は安定しています。はい」
「体調面は問題なしだね。魔力の流れも安定してる。ほとんど眠っているだけだ」
「他、特に問題のあるところはありませんね。はい」
一通りの確認を終えて、ルイホウはモリヒトを膝枕して、ほっと息を吐いた。
「・・・・・・ルイホウ君は、大丈夫かい?」
「何がでしょうか? はい」
ルイホウは首を傾げるが、クリシャの表情は真面目だ。
「モリヒト君にずっと触れてることだよ。モリヒト君には、魔力を吸収する体質がある。範囲は割と増減するけど、気を付けていれば手持ちの魔力まで取られることはないけど、接触している場合は別でしょ? 魔力消費は体力の消耗を招く。・・・・・・モリヒト君との直接的な接触は、割と命の危険があるんじゃない?」
「ああ、そのことですか。対策済みです。はい」
「・・・・・・そうなの?」
「担当になった後に、なんだか体調がおかしいところはありましたので、対策しました。はい」
「原因分からないのに、どうやって?」
「魔力を使用した際の体力消耗に感覚が似ていましたから。あとは、消耗のタイミングを合わせて対策しました。はい」
「さらっと規格外に優秀なことを・・・・・・」
ふふふ、とルイホウは笑う。
「まあ、このくらいは」
言っている間に、クルムの方がモリヒトを覗き込む。
「それで大丈夫なのでしょうか?」
「たぶん、夢を見ているだけだよ。・・・・・・ただ、その夢を、多分黒の真龍が覗いてる」
「黒様が?」
「故意か偶然かは、真龍ならぬ身には理解が及ばないところだけどね。でも、魔力を通じて夢を共有するのは、混ざり髪にはたまに起こってるのを見たことがある。・・・・・・こういう時は、無理に起こすと危ないんだ」
ふう、とクリシャはため息を吐いて、腰を下ろした。
「目覚めるまでは、待つしかないなあ。・・・・・・まあ、長丁場にはならないよ」
「そうなんですか? はい」
「うん。たぶんね。経験上、一晩を越えたことはないから」
「そうですか。はい」
幾分かほっとした様子で、ルイホウはモリヒトの顔を見下ろす。
ルイホウの膝に頭を乗せて、ゆったりと寝息を立てるモリヒトの顔は、特に何の表情も浮かんでいない。
「のんきに寝てるなあ・・・・・・」
「腕の再生をしたときも、大体こんな有様だったと記憶しています。はい」
あの時も、石の床の上でずいぶんと大人しく寝ていた。
「まあ、その内起きるでしょう」
「気長に待とうか」
** ++ **
ルイホウ達が、道の脇のくぼみへとモリヒトの体を運び込んで、休憩へと入っていたころ、モリヒトは、といえば。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言葉を失っていた。
「なんとまあ・・・・・・。不気味な」
言ってしまうのは、理由がある。
モリヒトの前に広がっているのは、割と最近まで暮らしていた場所。
すなわち、大学周辺の街並みだ。
ただ、色彩がない。すべてがモノクロだ。
「・・・・・・んー」
黒から白までの色で使われた街並みを、どうしたものか、とモリヒトは眺めていた。
「・・・・・・なんだかなあ? つか、マジに何だ? この光景」
さっきまで、登山道を登っていたはずだ。
それが、不意に、
「ん。待て。俺は何を見た?」
何かが、山頂の光の中にいた気がする。
それが、駆けおりてきて、壁の中へと消えた、ような気がする。
「・・・・・・・・・・・・」
周囲に人影の類はない。
これもまた、自分が見ている幻覚の類か、と考える。
どうにも現実感のない光景だ。
「んー。こういうパターンだと、ほら、あれだ。もう一人の自分とか出てくるパターン」
言ってしばらく待ってみるが、
「・・・・・・なしか」
だとするとなんだろうなあ、と考える。
「さて?」
大学の正門前。
「まあ、あっちかね?」
とりあえず、駅へと行ってみるとしよう。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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