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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第3章:迷いの森と白い怪人
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第16話:登山道(中腹)

 ふう、ふう、と息を吐く。

 上の光だけを見て、一歩一歩と登っていく。

 それだけで、モリヒトには、かなりの消耗となっていた。

 坂が急である、というのは、確かに一因だ。

 足元は階段状になっているわけでもなく、油断すると滑ってしまいそうでもある。

 道の横の壁も含め、全体がなめらかに磨かれたような有様となっていることもあって、ただ登るだけでも気を遣う。

 そのうえで、登る前にあった、クルムの警告だ。

「・・・・・・なんか、修行者にでもなったみたいな・・・・・・」

 モリヒトが漏らすと、すかさずクリシャの苦笑が来た。

「みたいな、じゃなくて、そのものだと思うね」

「だよなあ・・・・・・」

 ただ一点だけを見て登れ、とか、結構な苦行だ。

 自分の身長よりはるかに高い両側の壁のおかげで、景色も何もない。

 唯一、後ろを振り返った時だけ、高いところからの景色が見えるが、足元の不安定さもあって、落ちてしまいそうな錯覚を受け、冷静ではいられない。

「なんでこんな造りに・・・・・・」

「自然な造りではないですね。はい」

「ところがどっこい。この地形って自然の造形物なんだよね」

「・・・・・・マジで?」

「マジもマジ」

 きっちりと工具で線を引いて作らないとできないような造形だと思うのだが、これが自然物であるという。

「力の流れとか、そういうのを操作した結果なんだろうね。というか、むしろこのくらいのものになると、現在の技術じゃあ、人の手では作れないよ」

「うへえ・・・・・・」

 呻きたくもなる。

「・・・・・・もしかして、山頂もこんな感じなのか・・・・・・」

「あちらは、上から日の光が入る分だけ、まだましじゃないかなあ? 謁見の場がどうなっているのかは、ちょっと想像したくないけどね」

「クルムは、謁見の場とか入ったことあるのか?」

「・・・・・・クルムたち巫女衆は、時折入ってはいますが、正直、クルム達の感覚は、皆様にはあてにならないかと」

「ん? なんで?」

 一応、上の光を見ながらだが、会話がちょっと面倒臭い。

 話している相手の方を向きたいのを我慢しながらの会話だ。

「クルム達森守の一族は、あまり目がよくないのです。代わりに、音と匂いで周囲を探知します。そのため、実を言うと、皆さまがこの位置に苦労する理由がわかりません」

「・・・・・・種族的なものってことか」

「はい。クルム達からすれば、ただの一本道ですから。外界の方々がこの山道で苦労する理由が、実感しづらいのです」

「山を登る前の警告は?」

「今までにここを登った方々からの経験則ですね」

 ふうん、と頷きながら、モリヒトは登り続ける。

「・・・・・・これ、夜までには登れるって言ってたが、登り切れなかった場合どうなる?」

「上で火を焚いてくれますから、出口が光るのは分かると思います。あるいは、途中にも休憩所がありますから、そちらでお休みいただくことも可能です」

「そうか」

 足を動かし、登りながら、会話をする。

 景色が変わり映えしないだけに、そうしていないと気が狂いそうでもあった。

 一応、足が道を踏みしめる感覚はあるとは言っても、それ以外の感覚が希薄過ぎる。

 気温は一定。目に見えるのは山頂の光だけ。

 両側の壁に遮られているのか、音は静かで風の流れも感じない。

 ただ、伸し掛かるような魔力の圧はあるが、それだけだ。

 多少の会話でもしないと、精神的に負荷がかかる。

「・・・・・・普段、森守ってどういう生活してるんだ?」

「クルム達ですか? 普段は、森の中の集落で、狩りと採取を中心として暮らしています」

「あの森で?」

「魔獣は食べられますから。・・・・・・それらの素材や、森の木々の工芸品などを外界と取引して、不足分は補っています」

 イメージとしては、あまり文明の発達していない、と感じる。

「森守の一族は、黒様より加護を受けているため、生物としては、他より頑強です。必要な食事は少ないですし、病気にも強くて、多少寿命も長めです」

「すごいな。それは・・・・・・。娯楽とかは?」

「多いのは楽器ですね。森守の一族は、総じて楽器を奏でられるものが多いですよ。あと、織物や刺繍。防人衆ならば、狩猟などの戦闘も娯楽のうちでしょうか」

「ほう? 外界の娯楽には?」

「外界との取引はそれなりですから。書物なども取り入れています。特に、オルクトからは地脈関連の技術資料は多くいただきますし、娯楽関連の書物も多く仕入れます。稀にですが、帝国の都市まで、観劇などに出向くこともあります」

「引きこもっているわけではないんだな」

「この森の方が居心地がいいのは事実です。先ほど言った通り、森守の一族は、視覚より聴覚や嗅覚が強いので、大都会の喧噪は逆に負荷が高く感じますね」

「なるほど」

 クルムと会話を交わしながら、足を進める。

「モリヒト様。大丈夫ですか? はい」

「・・・・・・ん?」

「いえ、先ほどから、顔色が悪くなっているように見えます。はい」

 ルイホウの気遣いを受けて、モリヒトはむ、と唸る。

 正直、

「体がめっちゃ重い」

「それは」

「周りの魔力の圧がな。重いわ。これ、正直きつい」

 体に何かがかかっているわけでもないが、伸し掛かるような負荷を感じている。

「モリヒト君は、体質が体質だ。できるだけ急いで登ってしまった方がいいかもしれないね」

 クリシャの言うことももっともだ。

「正直、こんな真っすぐな道なら、それこそ帝国から飛空艇でも借りてきたいよ」

「飛ばないと思うよ。この山の魔力圧ひどいから」

「きつい。馬とかないのか・・・・・・」

「無理じゃないかなあ。正直、ボクでもこの圧力は結構きついもの。この環境化じゃあ、魔術はどれも使えないし、素の身体能力だけで登らないといけないし」

「ああ、それもそうか・・・・・・」

 はあ、と一度足を止めた。

 ふう、と大きく息を吸い、吐く。

「お水をどうぞ。はい」

 ルイホウから差し出された飲み口から水をもらい、喉を潤す。

「今どこら辺?」

「ちょうど半分ほどですね」

 クルムがこともなげに答える。

「俺ら、どのくらいの時間登ってた?」

「ん? さあ?」

 クリシャが、肩をすくめた。

「時間の感覚が狂ってるよ。正直、どのくらい登ったか分からない」

「そうですね。おそらく、まだ一時間ほどしか経っていないと思いますよ。はい」

「ルイホウは分かるのか?」

「巫女衆には、こういう感覚を閉じて行う修行もありますので、ある程度は、というところですが。はい」

「ふうん」

「気になるなら、足を踏み出した回数を数えていけばよいかと」

「む、なるほど」

 ふう、と息を吐いて、もう一度上を見上げる。

「近づいてる気がしねえ・・・・・・」

「上を見ても下を見ても、どっちも景色が変わらない、と思うけどね」

 確かに、とクリシャの意見に頷く。

 上を見れば光があるが、下を見れば暗闇だ。

 だが、どちらにも道がないようにも見える。

 暗闇の中を、ひたすらに光に向かって進んでいるようで、

「ゲームとかじゃあ、よく見たけど、現実で味わうとこんなきついのか・・・・・・」

 はあ、と息を吐きながら、そっと横の壁を見てみた。

「・・・・・・暗闇、か」

 なめらかな感触とは裏腹に、その壁はこちらを反射もしない。

 ただ見ていると、暗闇が広がっているように見える。

 引き込まれるようだ、というのは、確かにわかる。

「ふう・・・・・・」

 息を吐いて、上を見上げる。

「・・・・・・・・・・・・む」

 ちら、と光の中を何かが通り過ぎた気がした。

「?」

「・・・・・・どうかしましたか? はい」

「ん。いや・・・・・・」

 目頭を揉む。

 変に横の壁を見たせいで、幻覚が見えたのかも知らない。

「・・・・・・なるほど、こういうことか」

 一度、目を瞑ってから、もう一度開く。

 光がちらちらとしているのは、目頭を揉んだからか、あるいは、光に目がくらんだか。

 その光の中、視界の端に、何かが走ったように見えた。

「・・・・・・・・・・・・」

 幻覚、と決めてしまうには、その存在感は重い。

 は、と息を吐いて、

「ルイホウ?」

 そっと、隣にいるはずの相手へと手を伸ばし、その手が空を切った時、モリヒトは唐突に足場を失った感覚がした。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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