第15話:森の中、怪人と狂科学者
「・・・・・・なるほどな」
森の中に潜み、ミケイルは、手元の書類に目を通していた。
サラを通じて、教団から回ってきた森の中の一団のリストだ。
「・・・・・・・・・・・・ベリガルは、やっぱ目の付け所が違うな」
「何かあったの?」
無手のまま、のんびりと書類に目を通すミケイルに対し、サラの方は装備の調整に余念がない。
周囲に匂い消しの結界を張った上で、その内部で薬品の調合や、道具の整備をしている。
数が膨大であり、雑多だが、置き場所が決められて置かれているおかげか、整頓されて見える。
まるで、小規模な工房のようでもあった。
「さてなあ・・・・・・」
サラのその整備の手並みを横目に見ながら、ミケイルは考える。
「ちょっとしたちょっかい程度のつもりだったんだが」
「割とノリノリで突っ込んでいったように見えたけれど?」
「そりゃそうだろう? ちょっと面白いのがいたしよう」
「・・・・・・クリシャ、のことかしら?」
サラが首を傾げる。
サラは、最後に突っ込んでいって、あえなく撃退されたところしか見ていない。
最初の、ミケイルの手甲を破壊したのが誰なのかを見ていない。
「いやあ、そっちはついで。ぶっちゃけ、帝国軍の方にあれに対する執着はねえだろ。捕まえて、ジルエンあたりに流してやりゃ、今回の遊びの迷惑料としちゃあ上等、と思ったくらいだな」
「・・・・・・・・・・・・」
軽い調子で言うミケイルに、サラは何も答えない。
ちょっとだけ、眉をしかめた程度だ。
「お? なんか気になるか?」
「・・・・・・・・・・・・いいえ」
「ははは」
ミケイルは笑う。
「まあ、俺らみたいなのを研究してたところだ。そこにあんな上物流したら、どうなるかなんざ目に見えてるか」
「・・・・・・・・・・・・」
サラは何も答えない。
ただ黙々と手元を動かすだけだ。
「俺は、あそこで力を得たがねえ」
「・・・・・・私は、失うばかりだったわ」
サラの声は小さく、絞り出すようでもあった。
「そういうもんか? 俺がお前に初めて会ったのって、いつだっけ?」
「二十年前。私が連れてこられた直後ね」
「お? そうだったか?」
「そうよ。私と貴方は同じ牢に入れられていたし、貴方は舌足らずでミとしか名乗れなかった」
「ははは。そうだったな」
ミケイルは気にした様子もなく、ぺらぺらと書類をめくっていく。
その様を横目に、サラはどこか緊張した面持ちで聞く。
「・・・・・・一番最初に牢から出されたのは貴方だった。あれから何をしていたの?」
「覚えてねえな」
ミケイルの返事に、サラの視線が鋭くなる。
「いや、本当に覚えてねえんだ。連れ出されて、なんか注射されたところまでは覚えてんだが、その後はさっぱりだな。次に気が付いたのは、どっかの研究室で教団員ぶっ殺した後だ」
そのあと、途方に暮れていたところで、ベリガル・アジンがやってきて、ミケイルを連れ出した。
「・・・・・・いつの間にか、ミュグラ、なんて名前を付けられてるしよ? 正直意味が分からんぜ」
「外でいろいろと名前が売れているみたいだけど?」
「ベリガルが言うには、あれ、全部俺じゃねえらしい」
「は?」
「ミュグラは、あくまでも俺みたいな改造をされた人間の総称だ。で、その中でも外で動いてたやつらが、そういう逸話を残してんだと」
外に連れ出された後、なんとなくむかついて、それらのミュグラに関してはまとめて『処分』してしまったが。
「で、一通り終わったところで、サラと引き合わされたってわけよ」
「そうなの」
ミケイルの記憶はあいまいだ。
「記憶ない間にも、なんか知識はきちんと与えられてたみたいでな。そこらへんは苦労してねえ。あとは、ベリガルにいろいろ体調べられて、どうやって使ったらいいかとかの特訓だな」
外にいた『怪人』を相手にすることで、そういった リハビリは全部済んだ。
「おかげで今はこう動けるってもんよ」
けけけ、と笑い、ミケイルは書類を投げた。
ミケイルの手から離れた瞬間、書類は静かに燃え上がり、後には灰も残らない。
「こういう小細工は、やっぱベリガルが上手いな」
〈お褒めいただき、恐縮だな〉
不意に、そんな声が響いた。
** ++ **
「なんだ、聞いてたのかよ?」
ミケイルが、姿勢を正して声を発する。
それに呼応するように、ミケイルの傍に小さな光が浮いた。
〈いいや。ただあの書類が焼かれたら、この通信が起こるように設定しておいただけだ〉
響くのは、白衣の狂科学者、ベリガル・アジンの声である。
「今どこにいるんだ?」
〈テュールだ。今はいろいろ調査の最中でな〉
「調査だあ?」
〈今回君が起こしている騒ぎも、いろいろ利用させてもらっているとも〉
「け、くえねえ・・・・・・」
吐き捨てるようにミケイルは言う。
「だがよお。あの資料の内容。事実でいいんだな?」
〈正確な観測ができているわけではない。ただ、そう推測すると、いろいろ通りがいい、という程度の話だ〉
「・・・・・・? 何の話なの?」
サラが話についていけず、口をはさんだ。
それに、ミケイルは視線をやって、答える。
「モリヒトって名乗った男がいたろう?」
「黒の真龍に謁見のために呼ばれたっていう?」
「あいつの話よ」
ミケイルは、手を握ったり開いたりする。
そうやって腕の調子を確かめる。
「ベリガルの推測は、多分あたりだろうよ。何せ、あいつの魔術は俺に傷をつけた」
〈・・・・・・ほう?〉
ベリガルの声が、驚きのためか多少上ずった。
「資料の通りなら、納得だ」
「どういうこと?」
「あのモリヒトってのには、魔力を吸収する性質があるらしい」
「・・・・・・・・・・・・? それが何?」
サラは首を傾げる。
「珍しい体質ではあるでしょうけど、それが貴方の体に傷をつける理由には・・・・・・」
〈なる〉
ベリガルは、ぶつぶつと何かを考えながら、答えを吐き出す。
〈ミケイルの身体強化は魔力を用いる。ミケイル自身がある種魔術具のようなものだ。つまり、ミケイルは常に魔術を発動している状態、とも言える。そんなミケイルが、周囲に魔力を吸い取られた場合、その身体強化に綻びが生じる。さらには失った魔力の回復は、おそらく体力を通常より多大に消費することが考えられる以上、見た目以上に消耗するはずだ」
戦闘を思い返しながら、ミケイルは頷いた。
「普段の俺なら、あの程度の拘束は引きちぎってる。それができてねえ時点で、モリヒトの近くに行けば行くほど、俺の身体強化が落ちてんのは明らかだ」
「・・・・・・よくわかるわね」
「ここに来た初日に、黒い花畑に踏み込んだろうが」
「ああ、なんかいきなり帰るっていったやつ?」
「あれと同じ感覚だった」
森に来た初日、ミケイルは山に登ってみようとして、山に近づくために黒い花畑に踏み込んだ。
だが、花畑に踏み込んだ瞬間、すさまじい倦怠感を得て、慌てて撤退したのだ。
「ただの草の葉っぱで肌が切れるくらいまで弱ってたからな。あの花畑は、俺にとってマジでやべえ場所だ」
そして、
「モリヒトに近づけば近づくほど、似たような感覚はあった」
〈山の裾野の花畑か。あそこの花は魔力を吸収する性質があるからな。やはり推測は確かか・・・・・・〉
「それってつまり・・・・・・」
「おう!」
ぱん、とミケイルは手の平へと拳を叩きつける。
「モリヒトは、俺にとっちゃあ、天敵ってことだな!」
「・・・・・・嬉しそうね」
ミケイルの顔には、野獣めいた笑みがある。
「たりめえよ! 俺を殺せるやつなんざそうはいねえと思ってたがよ! これがどうだ! あんな弱そうなやつが、明確に俺の天敵だ! しかも、あいつにゃあ、俺を殺せる魔術があるときた!!」
ははは、とミケイルは、実に楽しそうに哄笑する。
「あれでもうちょい戦いの駆け引き覚えれば、実に楽しく殴り合えそうだ!!」
その様に、サラは、はあ、とため息を吐いた。
「しょうがない男」
〈楽しそうで何よりなことだ。今後も彼を狙うのかい?〉
ベリガルからの問いに、ミケイルは、ふん、と多少考え込んだ。
「どうすっかな? 今行ったところで、たいして喰い甲斐ねえしな。ここでやることも終わったし」
〈終わった? 教団から持ち出したあれは・・・・・・〉
「おう。全部使っちまった」
〈ジルエンが怒り狂うだろうな。余ったなら、一つくらいは引き取りたかったが〉
「わりいな」
〈まあ、いいさ。本命ではない〉
やれやれ、とベリガルはため息を吐いていた。
「んー。帰りにもう一回だけちょっかいかけっかね」
〈できれば、モリヒトというあの男は、殺さないようにしてくれるかね?〉
「お? なんでよ?」
〈次の『竜殺しの大祭』で、彼にやってほしい役割があってね〉
「ほーん?」
ふむ、とミケイルは考える。
「分かった。気を付けとく」
〈頼んだよ〉
言って、通信のお光は消えた。
光の消えた空間をしばらく眺めたミケイルは、うん、と一つ頷いた。
「・・・・・・決めた」
「何を?」
「おう! 帰り際にあいつらに一回ちょっかいかけたら、そのままテュールに行くぞ」
「・・・・・・一応聞くけど、どうして?」
「面白そうじゃねえか! ただの祭に、大して興味はなかったがよ。あいつが絡むなら、ちょいと面白いことになりそうだ」
そう言って、ミケイルはなんとも不穏な笑みを浮かべるのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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